5秒後 ウンチ漏らす
2019.11.17 投稿
「行ってきます!」
「待て待て、父さんも一緒に行こう」
今日も父と二人で朝の通勤ラッシュに戦いを挑む。私は学校へ、父は会社へ、それぞれの行き先へ向かう分岐点が駅である。
仕事のストレスで頭の横が薄くなってしまった父だが、私はそんな父が大好きだ。私も父に負けないくらい頑張れる人になりたい。
しかしその日は電車の中で急な腹痛に襲われた!
(ヤバ……トイレ行きたいかも)
満員電車の中、気合と根性で耐え抜こうとするもジワジワと襲い来る御霊の圧に、徐々に阿修羅の如く熾烈な表情へと変貌する私。その傍らで父は偶然空いた席へ座り、下を向いて寝ていた。貴重な睡眠時間を妨害するわけにもいかず、私は孤立無援の戦いに挑むことにした。
超安売りセールに押し寄せる主婦の波の如く御霊が下界に現れようとしているが、私は開店時間を告げるベルが鳴るまではそのゲートは開けないと必至だ!
──キキーッ!
(……!!)
電車が急に揺れ、私はバランスを崩し咄嗟に踏ん張った!
しかしその代償に主婦達はゲートを抜け、あられもない御霊が下界に降臨なされてしまった…………
(もうお嫁に行けない!! まだ彼氏も居ないのに……)
私は下を向き涙目に―――
しかしその時不思議なことが起こった。
何故か電車が止まっており、辺りを見ると人の動きも完全に止まっている。まるで時間が止まっているみたいにだ!!
「な、なにこれ……」
そして私はパンツに降臨なされた御霊が無いことに気が付いた。
「ふぉふぉふぉ……ツケにしといたぞ?」
声の方を振り向くと、そこには裸足の白髪が凄いお爺さんが立っていた。
「……え? え? え!?」
「其方の漏らした〇〇〇はそこにいるモヒカンの男の腹に移しておいた。いいか? 其方が嫁に行くとき、このツケは払って貰うぞぉ?」
ふっとお爺さんの姿が消え、電車が再び動き出した。
「―――ファッァァ!?」
向こうでギターを抱えたモヒカンのお兄さんが盛大に御霊を降臨させている。ゴメンお兄さん。それ私のやつ…………。
私はその日何事も無かったかのように学校へ向かい、そして平穏な日々を送った―――
時が経ち、社会人となった私はついに彼氏が出来た! 二つ下の可愛い彼氏だ!!
今日は二回目のデートで水族館へ行くのだよ!
「おっと、行く前に整腸剤を飲んでおかないとね」
何時ぞやの事件以来、私は欠かさず整腸剤を飲むようにしていた。
「―――ってコレ下剤じゃない!?」
いつも買っている整腸剤である『お腹ストッパー君』と瓜二つのパッケージ。よく見ると名前が『お腹ストッパー君ストッパー』だった……。マジですかぁ?
しかしデートまで時間が無い! 仕方なく私は行きがけのコンビニで『お腹ストッパー君Z』を買って飲み、そのまま待ち合わせの水族館へと向かった。
「おまたせ♪」
彼氏に手を振りそのまま腕に抱き付く。あざといとか思われてもいい……それだけ私は彼の存在が嬉しいのだ。
水族館は魚がいっぱい(当たり前)で、何処も彼処も魚類で溢れていた(当たり前)。
──ギュルギュル……
人知れず『ストッパー君Z』VS『ストッパー君ストッパー』の戦いのベルが鳴る。私は全財産をストッパーに賭けて全力で応援したい。
「あ、あれ美味しそうだね♪」
「あれ飼育員さんだよ?」
水槽の中でトドかジュゴンかマナティか何かにエサをやる飼育員を指差してしまった私。ぶっちゃけ今は腹が気になってそれどころでは無い……!!
(ヤバ……ストッパー君が負けそう)
体力の限界を感じた私はトイレへ行くことにした。電車と違ってココならトイレがあるから安心だね♪
「ごめん、ちょっとトイレ行って来るね……」
──ドン!!
私がトイレへ向かおうとした刹那、大柄な男の人と激しくぶつかり、御霊は再度下界へと降臨なされた……。
(……まだキスもしてないのに…………)
私は下を向き涙目に―――
しかしその時再び不思議なことが起こった。
何故か水槽の魚が止まっており、辺りを見ると人の動きも完全に止まっている。まるで時間が止まっているみたいだ!!
「な、なにこれ……」
そして私はパンツに降臨なされた御霊が無いことに気が付いた。
「ふぉふぉふぉ……ツケにしといたぞ?」
声の方を振り向くと、そこには裸足で白髪が凄いお爺さんが立っていた。
「……えっ!? また!?」
「其方の漏らした〇〇〇はそこにいるドレッドヘアの男の腹に移しておいた。いいか?其方がキスをするとき、このツケは払って貰うぞぉ?」
ふっとお爺さんの姿が消え、時が動き出す……。
「―――ファッァァ!?」
向こうでサメのぬいぐるみを抱えたドレッドヘアのお兄さんが盛大に御霊を降臨させている。ゴメンお兄さん。それ私のやつ…………。
そして何食わぬ顔でトイレへ行き、残りの降臨の儀を執り行うとストッパーの戦いは終わりを告げた。
「ゴメンゴメン」
何食わぬ顔で彼の元へ戻り、私達は水族館デートを楽しんだ。
帰り際、私のアパートまで見送りに来た彼が何となく物欲しそうな顔をしている。
(ははぁん。これはキスの予感かなぁ?)
彼と向き合い、その距離が近付く。閉じる瞳、もう言葉はいらない。
(……『キス』?)
脳裏に白髪のお爺さんの言葉が過った。
「待って!」
私は彼の肩を押さえキスを止めた。まずい……キスをしたら漏らしてしまう……はず。
「ゴメン……」
「……えっ?」
彼は戸惑い言葉に詰まる。私もどう説明すべきか言葉に詰まる。
「もっと特別な日に……欲しいな♡」
彼の胸に飛び込み、ぎゅーっと抱き付いた。そして彼の手が私の頭を撫でる。
「わかった。ごめんねこんな雰囲気も無い場所で……」
私は無言で首を振る。とりあえず誤魔化す事は出来たみたいだ。
それから私は彼のアパートで同棲することにした。どうせいつかは漏らすのだから、早めに戦いは終わらせるべきだ。好都合な事にクリスマスに彼が指輪を買ったことを察知した。
私の寝ている隙に紐で指のサイズを測っていたから直ぐに分かった。まあ、その時たまたま起きたんだけどね……。
「結婚して下さい!!」
キスもしてない女と結婚するなんて、この人どうかしていると思ったけど、私が初めての彼女みたいだし、舞い上がっているんだろう。それでも嬉しいものは嬉しいぞい!
「一つ……いや二つかな? 貴方に言ってなかった事があるの……」
彼はキョトンとした顔で私の言葉を待った。
「私ね……結婚した瞬間ウ〇チ漏らしちゃうの」
「……え?」
「それとね、キスした瞬間にも漏らすの」
「……え?」
「それでも良いかな?」
私は彼が後に退けなくなった時にこんな事を告げるのはルール違反と思うかも知れないが、私だって必至なのだ! 私がルールブックだ!
「それって……キスする度に漏らすの?」
彼の質問は意外な点だった。確かにそこは気にした事無い。
「……多分一回だけだと思う……」
私は曖昧に返事をして席を立つ。そしてトイレへと入って中から彼に声を掛けた。
「私は貴方が好きよ? お願い。今日の粗相だけは水に流して貰えないかしら?」
彼の気配がトイレの前からする。
「お願い。私と結婚して下さい……」
「―――はい!!!!!!!!」
その言葉に涙が……ってついでに御霊降臨の儀が強行される予兆が!!
「お願い耳を塞いで!!」
私ははばかること無く盛大に御霊を迎え入れ、その器は御霊の数々で満たされた…………。
──ガチャ!!
「―――へっ!?」
彼が勢い良くトイレの鍵を開け中へと入ってきた!!
「な! ちょっと来ないでよ!!」
恥ずかしさで顔が赤くなるも、彼はお構いなしに私の唇を奪ってきた!!
「―――!!」
意に反して再び執り行われる御霊降臨の儀。お互いにお互いの耳を塞ぎながら……何度もキスをした。それは降臨の儀が終わった後も続いた…………。