今度こそお見合いを成功させたい早坂さんはモヒカン刈りの露出狂
2019.10.9
―――昨夜未明、市内のコンビニエンスストアの駐車場にて、不審な女に声を掛けられる事件がありました。声を掛けられたのは市内に住む20代の男性で、声を掛けてきた女は赤いモヒカン刈りの女で下は下着一枚を着用し、素肌に白い厚手のコートを羽織っていたとの事です―――
「…………ZZZ」
「……!!」
―――ガバッ!!
「まただ……!! またあの『モヒカン刈りの女』の夢を見てしまった!!」
ベッドから飛び起き、彼は吹き出た汗を拭った。先日気晴らしに出掛けたコンビニの駐車場で不意に声を掛けられ、振り返るとそこには酷くカチカチに固められた赤い鶏冠の様なモヒカン刈りに前が開いた白いコートが眼に入った。
そして上から下へと瞬時にその衝撃的な人物情報が彼の脳内へと響き渡る!!
(モヒカン!? オッパイ!? パンツ!? コートだけ!?)
女は直ぐさま逃げ出し、彼はその場に立ち尽くしてしまった。その強烈な出で立ちに、彼は彼女の顔を全く覚えておらず、警察は『モヒカン刈りの女』として注意を呼びかけた。
彼はモヒカン刈りの女が脳裏から離れぬまま出勤するも、当然仕事は手に着かずしばし上の空だった。
「―――君」
「…………」
「―――佐藤君!」
「あ! は、はい!!」
「どうしたのだね、ぼうっとして!」
「す、すみません……!」
「お見合いは今週なんだぞ? 気を確かに持ってくれよ」
「は、はぁ……」
彼にはモヒカン刈りの女以外にもう一つ悩みの種があった。
それは世話焼き好きな上司から、強引にセッティングされたお見合いである。今まで幾多のカップルを作ってきたと豪語する上司のお見合いを断る都合が着かず、彼は面倒事に巻き込まれた不運を嘆いていた。
(可愛くなかったら何て断ればいいんだ……)
上司の顔に泥を塗ること無く穏便にお断りする方法を模索しながら、彼は何とかその日の業務を終えたが、いつもより熟すスピードが遅く帰りは深夜になってしまった……。
(くそぉ、こういう時電車通勤は不便だな……)
深夜の路地を歩く彼を街灯が懸命に明るく照らす。深夜の公園の前を通り過ぎると、人気の無い遊具達が少し恐ろしく見えた。
―――カッ カッ
不意に彼の以外の足音が聞こえだした。後ろを振り返るとそこには赤いモヒカン刈りの女が居た…………
(―――ヒッ!!)
彼は酷く怯えた。眼に入るのは夜風で少したなびく赤いモヒカン。白いコート。そして露わになった大きな胸と黄色の下着。
「……あわわわわ!!」
無言で佇むモヒカン刈りの女を見て、彼は大きく尻餅を着いた。街灯に照らされた赤いモヒカン刈りが彼の恐怖心を大きく膨れ上がらせる!!
―――クルッ
モヒカン刈りの女は後ろを振り向くと、来た道を足早に戻っていった…………。
彼が警察に電話したのは落ち着きを取り戻してからだった。
「すみません、顔は覚えて無くて……」
モヒカン刈りと素肌に白いコートのインパクトが強すぎて、彼はまたしてもモヒカン刈りの女の顔を覚えてはいなかった。
「あ、うなじにホクロがありました」
辛うじて思い出した特徴を伝え、警察に家まで送ってもらった彼は翌日も仕事が手に着かず、あれよあれよと言う間に週末のお見合いを迎えてしまった。
「……は、初めまして…………」
「……こ、こちらこそ…………」
「まあまあ、そう硬くならずに。じゃ、後は若い者同士で……ね」
挨拶もそこそこに、上司は部屋から去ってしまう。残された二人はぎこちなくも挨拶を交わした。
「わ、私は佐藤真一と言います。今日は宜しくお願い致す」
「……ふふ」
緊張の余り挨拶がおかしくなる彼だが、それが場の空気を少し緩やかにしてくれた。
「早坂いつきと申します。部長さんには今まで色々とお見合いの場を設けて頂いてますが、どれも上手く行かなくて……今日は素敵な方でとても嬉しく思います」
ぎこちなかったのは最初だけで、後は自然と会話が弾む二人。年は近く彼が一つ下であった。学生時代に流行った音楽の話ではお互いの共通点も見付かり更に打ち解けていく。
(良かった。こんな素敵な女性なら安心してお付き合いが出来そうだ)
彼は上司の顔に泥を塗らずに一安心した。
「ごめんなさい、少し御トイレに……」
そう言って立ち上がった彼女の髪を見て彼は言葉を失った。後ろに纏められた髪の毛の近く……うなじに見えたホクロが彼を激しく動揺させた。
(……くっ!)
少しして席へと戻った彼女は、落ち着き無くソワソワする彼の異変に気付いた。
「ど、どうしましたか?」
「い、いえ……べ、別に…………」
『別に』と言いつつ彼は額から汗が止め処なく流れており、尋常では無い様子だった。
「何かありましたか?」
心配そうに見つめる彼女の頭にモヒカン刈りの幻覚が見えてしまう。今にもおかしくなりそうな彼は、縋る思いで彼女に事の顛末を告げた。
「……先日、『モヒカン刈りの女』に出くわしまして……」
「えっ!?」
今度は彼女が酷く動揺を見せた。焦点は定まらず視線はキョロキョロと彼方此方を彷徨っている。
「知っているんですか!?」
「えっ! い、いえ、ニュースで少し……」
「いつきさんのホクロがあのモヒカン刈りの女に似ていたので……動揺してしまいました」
「―――!!」
彼女はハッとした表情で思わずうなじのホクロに手を当てた。しかし彼は気付いた。何処のホクロかは言っていないにも拘わらず彼女はうなじのホクロに手を当てたからだ…………。
(そんなに目立つホクロじゃないのに……。他にホクロが無い? いや、彼女の動揺振りは常軌を逸しているぞ!! 俺と警察との話を聞いていたのか!?)
事実彼女は彼以上に汗を掻き頭は揺れ手は震えていた。
「ち、違います…………!!」
「……ですよね。すみません」
彼女は湯呑みを持つ手も震え、左手で右手の震えを押さえているがお茶が溢れ飲むのを諦めた。
「今夜、この間の公園で待ってます……」
彼は汗ばむ手をおしぼりで拭くと、静かに部屋を後にした……。
夜になり、彼は人気の無い公園のベンチに座っていた。町は静寂に包まれており、街灯には小さな虫が集まっていた。
―――カッ カッ
その足音が聞こえると、彼は静かに立ち上がり彼女を出迎えた。
「それが、本当のいつきさんなんですね?」
けたたましい赤いモヒカン刈りに黄色の下着。素肌に白いコートを羽織り開かれた前は大きな胸が見え隠れしている。
「……ええ。真一さんは?」
彼は何故か青いモヒカン刈りにブリーフ一枚を着て、素肌にジャケットを羽織っていた。
「君と同じ景色を見たくてね……」
「そう。優しい人……とても」
「一緒に居ても……いいかな?」
「ええ、勿論♪」
そして二人は深夜の町中でモヒカンデートするのがお決まりとなった。