俺のルール
2019.6.23
秋月忍さん主催「気楽に読めるアホコメディ」企画参加作品より
朝一でビンゴゲームで使う数字の書かれた玉が入ったカゴを回し、今日も私はルールを確認する。一日に3つ、自分でルールを決め守る。それが俺の日常だ。
「……35……35……」
『35 犬のウンコが落ちていたら必ず拾う』
「…42………」
『42 ズボンのチャックは開けっぱなし』
「最後は……67……」
『67 一日中同じガムを噛み続ける』
私は決められた今日のルールを確認し、颯爽と会社へと向かった……。
朝は清々しくて好きだ。口の中のミントガムの清涼感が更に俺を気持ち良くさせてくれる。股間の涼しさもなお良しだ。犬のウンコは未だに見掛けないが、そのうちあるだろう。
いつもの満員電車に乗ると、隣で幼稚園生が飛行機の玩具を持っていた。
私も昔はパイロットや消防車になりたかったなぁ……なんて感情に耽っていると―――
「ママ、靴ズレちゃった! 飛行機持ってて!」
「ダメ、ママは両手塞がってるの。何とかなさい」
忙しき現代のママは、両手一杯に荷物を持ち、背中にもリュックを抱えていた。子どもはちょっと困った様子を見せ、キョロキョロとした後に私の股間へと目をやった。子どもの目線的にチャックが開いているのが直ぐ分かったのだろう。そして私の顔を見た。
(ニコッ)
私のスマイルに子どもは安心したのか、持っていた玩具の飛行機を尾翼から私のチャックの中へと押し込んだ!
私の股間から聳えるジャンボジェット機。これには機長も苦笑いだろう。
「着いたわよ。さ、何してるの!? 行くわよ!」
「あ! ママ! 待って~!」
子どもはママに手を引かれ、電車から降ろされてしまった。
残された私の股間にはジャンボジェット機が取り残された。流石にチャックだけなら目立たなかったが、ジャンボジェット機が生えているとなるとかなり目立つ……。
しかし、飛行機を取るわけにはいかない。何故なら、取った後にチャックを上げられないからだ!!
チャックを上げなければ不審者に思われてしまう! それだけは避けねばならない!!
私は鞄で股間を隠すようにして、会社へと急いだ。
「おはようございます」
オフィスへと着くと、私は鞄をデスクへと置いた。
「おはよう山口君」
課長が私に向かって挨拶をし、見たことの無い若者を引き連れ私の側へとやってきた。
「山口君。今日からこの営業所へ配属になった佐々木君だ」
「うっす……」
学生上がりのチャラチャラした猫背の男が課長に促され私に小さく挨拶をした。私はイラッとする気持ちを抑え深呼吸をした。
「最速で悪いが山口君。佐々木君の面倒を今日一日見て貰えないかな? 本来の担当の関口さんが急用で休みでね……悪いが頼むよ」
「は、はぁ……」
私は課長の頼みと言う事で仕方なく返事をし、課長は席へと戻っていった。
「え!? あ、あの! 待って下さい!」
いきなり慌て、課長を追い掛ける新人の佐々木君。
「ん? どうしたんだい? 何か分からない事があれば山口君に聞くと良い。彼はこの営業所で一番優秀だからな! ハッハッハッ!」
小さな声で言っても聞こえてるぞ新人君……。
「そ、外回り行ってきます! 行くぞ新人君!」
私は面倒事になる前に新人君の手を引き外へと連れ出す事にした……。
「せ、先輩! 待って下さいッス! もしくは説明をオナシャス!」
「これは俺のルールだ。気にするな」
「え!?」
私は不満げに顔をしかめる新人君の手を離し、朝のオフィス街を歩き出した。因みにガムの清涼感はもう無い。
「今から直ぐ側にある得意先に挨拶でも行くか。アソコなら新人の多少のヘマも笑顔で許してくれるからな」
「良いッスね! 営業っぽいッスね!」
私は街行く人の視線を股間に集めながら、堂々と歩き出した…………が、チョイとしゃがみこんだ。
「何してんスか?」
「気にするな、ルールだ」
そう言って私は深く追求させないようにして、辿り着いた得意先の扉を開いた。
「いらっしゃ―――いぃ!?」
受付嬢は私を見るなり(正確には私の股間を見るなり)笑顔が引きつってしまった。
「いつもお世話になっております。〇×コーポレーションの山口と申します。田中部長は居られますでしょうか? 新人のご挨拶に参りました」
「お、おお、お待ち下さいませ」
受付嬢は引きつったままの笑顔で内線をかけ、二三返事をした後受話器を置いた。
「お、お待たせ致しました。生憎田中は席を外しておりますが、専務の鈴木が代わりに話しを聞きたいと……」
そう言って案内された先には。強面なオジサンが深々とソファに腰を掛けている。
(マズい。田中専務とは初対面だ……)
田中専務は私の股間と新人君を一目見て立ち上がると、新人君の手を握った。
「いつもお世話になっております山口さん。初めまして、私が専務の田中と申します」
「あ、あの。山口さんは……こっちです」
手を握られ困惑した新人君はゆっくりと私の方を見た。
「え!? この股間に飛行機を挿した格好の奴がか!?」
「初めまして―――クチャ」
私は慌てた余り、口に隠していたガムが音を立ててしまった!
そして名刺入れを胸ポケットから出そうとした瞬間、名刺入れと一緒に黒い固まりが机へと転がり落ちた。黒くて長くてチョイと臭い。それは紛れもなく犬のウンコだ。
「なっ!!」
「スミマセン! ルールなので!!」
私は犬のウンコに私の名刺を突き刺し、あたかも名刺置きとして誤魔化そうとした。
「先輩それ犬のウンコじゃないっスか!?」
「言わなきゃ分からなかったのに!!」
「帰れーーーー!!!!」
追い出された私と新人君。……新人の面倒を見るのも楽じゃない…………