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* しいたけ短編集 *  作者: しいたけ
ラブコメディ
10/17

ある夫婦の一日

2019.5.6

 タバコのヤニで黄ばんだ麻雀牌をかき混ぜながら、俺は後二局で18000点をまくる算段を考えていた。


 親番は既に過ぎている上に、トップから満貫直撃は望み薄だろう。やはり高めのツモ上がりを狙うのが一番か……。


「わり、カミさんから電話だわ」


 手配を倒し窓際へ行く同僚。どうやら電話の向こうでは嫁さんが相当怒っているようだ。あたふたと焦る様子でひたすらに謝っている。


「スマン! 俺の一人負けで良いから今日はもう終わりで良いかな!?」


 現状三着の俺としては異存は無い。後の二人の同僚も『仕方ないな』と言った感じで牌を伏せ帰り支度を始めた。




「アイツこの前子ども産まれたばかりだからな~。夜遊びもキツいんだろな……」


 独身二人組が他人事の様に話す中、既婚者でまだ子どもの居ない俺は複雑な思いだった。俺も子どもが出来たら飲み会も麻雀も競馬も競艇もパチンコも花札も出来なくなるのかぁ…………。


 深いため息を着きながら、俺は家賃2万円のボロアパートのドアノブへと静かに手を掛けた。




   (「ただいま~」)


 忍び込むように、そそ~っと家へと上がる俺。どう見ても怪しい。何故自分の家でこんな事をせにゃならんのか……。


()()()()




 起きてた……




「遅かったわね!! 仕事!? 麻雀!? 酒!? 仕事!?」


「……仕事……かな?」


 俺は唾を飲み込み審判の時を待つ。


「右手の親指!」


 嫁が素早く俺の右手の親指の腹を取り上げて見た。盲牌で酷使した親指の腹の色が少し赤くなっていた。


「右の唇!」


 嫁が指差した唇の隅には、煙草を咥えすぎて火傷した痕があった。


「よって……麻雀!!」


 俺は有罪となった……。もはや言い逃れは出来ない。俺は素直に麻雀を認め、勝ち分の五千円を嫁に渡した。


「子ども貯金入りました~♪」


 子ども貯金とは、子どもを授かった時の為の貯金である。そのまんまだ。故に全てはココへ集約される。




「で? 今日は……するの!? しないの!?」




 でたぁ……。




 俺はうんざりした目で嫁を見た。最近は何かとあれば子作りをせがまれる。『田舎の両親に孫の顔を早く見せてやりたい』とか『友達は皆子ども産まれて羨ましい』とか『早くしないと体力的に厳しくなる』とかとかとか……。


 正直、俺はもう少し遊んでいたいのだ。


「今なら設定6(当たりやすい)よ!! さあ!私で遊びなさい!!」


「ごめん、今日は麻雀の気分なんだわ」

「丁度良いわ! 今なら国士無双13面待ち(当たり牌だらけ)よ! さあ!私に放銃しなさい!!」


 ……俺のギャンブル好きに合わせて嫁のボキャブラリーが日に日に増えていってて困る。俺は苦笑いをし鞄をテーブルの上に伏せて風呂へと向かった。



  ―――ドンッ!!!!



 突然顔の横の壁に突き刺さる包丁。俺は驚き蹴躓いて尻餅を着いてしまった!


「あ、危ねえだろ!? 何考えてんだ!!」


「それは私の台詞よ……」


 嫁はエプロンを脱ぐとキッチンの椅子に置き、更に服を脱ぎ始めた……。


「ここでアンタから息子を切り落として代わりに育てても良いのよ?」


 嫁の視線が俺の股間を狙い澄ます。考えただけでも恐ろしい……。嫁は話しながらも更に服を脱ぎ続ける。


「それとも、大好きな近藤君(Mr.ヒニング)トレパネーション(穴を開ける手術)をしても良いのかしら!?」


 止めろ……それだけは止めろ……。



「私でパチンコするか、好きな(パイ)をぶっ放すか……近藤君に死んでもらうか…………今すぐ選べ」


 もう脱ぐ服が無くなった嫁は再びエプロンを着けると、壁に刺さった包丁を静かに抜き、逆手に持ち―――



  ―――ドスッッッッ!!!!



 俺の股間の真ん前に突き刺した!!

 築30年の腐りかけの床に包丁が深々と刺さり、俺は恐怖で奥歯がガタガタだった…………。



「大丈夫。今日は青天井(制限無し)よ♡」


 そう言って冷蔵庫から次々と出て来るドリンク剤。赤マムシ、マカ、亜鉛剤、謎の瓶、ハブ酒、謎の瓶。その全てをジョッキに注ぎ、嫁は俺に差し出すが、その毒々しい臭いと色が俺の脳に危険信号を灯らせる。


「飲めばヤる気が出るわ! さあ!」

「あの~……」


 それでも口篭もる俺に、嫁は無言でエプロンのポケットからカードを一枚床に投げた。


 『スマッタさんの(いかがわしいお店の)パイケーキ(名刺になります)


 裏にはご丁寧に『また来てね♡ あかね』と手書きで書かれていた……。



「ははは」

「ふふふふ」


 二人は笑い、一瞬で真顔に戻る。



「すいませんでしたぁぁ!!」


 俺は深々と土下座をし、ゆっくりと顔を上げた……。


「……(ニコッ)」

「…………へへ……」


「ご新規一名様 フルコース入りまーす♡」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 俺は寝室に引きずり込まれ、特製ドリンクを口に流し込まれた!


 そこから先は、覚えていない…………。

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