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第三章 長官救出への糸口を見つける

 タカルと別れ宿屋に戻ると黄捕頭をはじめとする捕吏たちは戻ってきていた。首尾はどうだと尋ねると一様に浮かない顔をした。

「とりあえず目星はつけたのだが……」

 黄捕頭はそう断りを入れて、卓の上に紙を広げた。ちょうど卓と同じくらいの大きさの紙面に何やら図が描いてあった。一目見てそれが法州の概略図であることが分かった。方形に引かれた太い線は城門を表し、その中に描かれた細い線は街路を示していると見てとれた。所々に描かれた小さな四角は主要な建物だ。中央にある大き目の四角は法州政庁だろう。

「まず考えられるのは政庁だろうな」

「ええ」

「しかしそんな分かりやすい場所に監禁するだろうかという疑問もある」

「じゃ、他にはどこが考えられる?」

「たとえばここ」

 黄捕頭は南西側にある四角を指さした。

「ここには恩涼寺という寺が建っている。結構な広さで、人一人くらいなら楽に隠せそうだ」

「候補に入れといてよさそうね」

「とにかくこちらには手掛かりがほとんどない。そなた一人に負担をかけるようで申し訳ない」

「まあそれは覚悟の上だから。じゃ、あたしは先に部屋へ戻って支度をするから。晩御飯の時間になったら呼んでね」

 水蘭は自室に引き上げた。

 夜の空気は都とは違い乾いた峻烈なものだった。城壁の外に広がる荒れ野からはひんやりとした風が吹き渡ってくる。水蘭はその風に身をさらしながら政庁の屋根に取り付いていた。まずは定石通り政庁から探ろうというのである。

 夜の政庁は閑散として、大きな提灯をさげて巡回する衛兵の他は人の姿はない。水蘭は彼らに注意しながら屋根を飛び移り、獄舎へと向かった。

 政庁の建物はどこもみな同じつくりになっており、獄舎の位置も記憶通りの場所にあった。水蘭は周りを確認してから獄舎の前に降り立った。そして術をかけて壁をすり抜けた。

 中に入った途端、鼻が曲がるような臭気に襲われた。透明になっても臭いは防げないのだ。水蘭は顔をしかめながら囚人の首実験にかかった。薄暗い中、相手の顔を判別するのは難しい。水蘭は格子をすり抜けて、近くまで寄って人相を確かめた。皆ひげが伸び放題なので苦労したが、長官らしき人物はいなかった。

 そうやって改めていくうち、ついに最後の房になった。水蘭は格子を通り抜け、うつむいている相手の顔を窺おうとした。と、相手がいきなり顔をあげ、ひげ面をにっとほころばせた。そして「来客とは珍しい。しかも女人とはな」と呟いた。

 水蘭は衝撃を受けた。初めての経験だった。自分の術を見破れる人間がいるとは。恐怖で体が震える。

「はは、そう驚くことはない。人間特技の一つや二つ持っているものだ。そして物事には表裏二面がある。姿を消す者がいれば当然それを見破る者がいるのはことの道理だ。そういうわけだから姿を見せてはくれんかのう。久しく獄吏以外の人間に会っていないので人恋しいのじゃ」

 男の物柔らか物言いに水蘭は最初感じた驚愕が収まってくるのを覚えた。しかし相手は囚人である。姿を見せた途端襲いかかってくるかもしれない。水蘭は逡巡した。

「獄吏のことなら心配はいらん。あいつらは怠け者じゃからな。お、そうか。まずはこちらから名乗るのが礼儀であったな。失敬失敬。拙僧は妙慶と申す。故あって獄に繋がれているが、断じて罪を犯したわけではない。ただあの悪徳知事の逆鱗に触れたまでじゃ」

 その声音にはさっきまでの剽軽な物言いとは違う厳しさがこもっていた。根は硬骨漢なのかもしれない。それにしても僧侶だとは。髪もひげもぼうぼうなところを見ると長い間牢に入れられているらしい。

 水蘭は覚悟を決め、正体を現すことにした。

「ほう見目よいおなごじゃ」

 妙慶はおどけたような口調で言った。この状況下でもそんな口が聞けるとは肝が太いのかもしれない。

「それで何用があってこんなところに忍び込んできたのじゃ」

 ここまでくれば隠すことはない。水蘭は正直に答えた。

「うーむ。その件はもしかしたら我が寺も一枚かんでおるかもしれん」

「どういう意味です」

「我が寺の別院として帯庵というのがこの街から北に三里ほどいった荒れ野の中にある。普段は修行の場に使われておるが、一方で僧侶の懲罰の場所として使い道もあってな。人を閉じ込める機能もあるのじゃ」

「じゃあもしかしてそこに」

「可能性がある。そもそもわしをここに閉じ込めたのも、そういった計画を実行するのに邪魔だったせいかもしれん」

「詳しい場所を教えてもらえませんか。私たちで早速……」

「まあ、待て。お前らがいっても門前払いされるのが落ちだ。それに中に入るには秘密の仕掛けがあってな。その解き方を知っているものは限られた人間しかおらん」

「では、あなたが」

「そうさ。なにせわしは恩涼寺の住職じゃからな」

「え!」

「だからまずはわしをここから連れ出すのが先決じゃ。牢屋暮らしにも飽いたわ」

3 

「……というわけなの」

 水蘭が事情を説明すると捕吏たちは一様にうなった。何事か考え込んでいる風である。ややあって「そこに長官がいる可能性は五分五分だが、賭けてみるしかあるまい」と黄捕頭が決然とした口調で言った。

「しかし、牢を破るのには人手がいります。我々だけではとても……」

「うむ」

 黄捕頭の表情に迷いが生じる。一同は考え込んだ。その時水蘭の頭にある考えが閃いた。(もしかしたら)。

「あたしに考えがあるわ。ただ具体的なことは言えないけど。ちょっと夜まで待ってもらえない」

「そなたがそう言うのなら」

 黄捕頭は承諾してくれた。

 水蘭は外に出ると市へ向かった。賑わいの中彼女が探しているのはタカルの姿である。彼女の計画にはどうしても彼の手助けが必要だった。しかし承知してくれるか、そもそも計画が成功するのかどうかさえ心許なかった。

 水蘭は人だかりがしているところを見つけると、寄っていって中を覗いてみた。だが求める彼の姿はどこにもなかった。いざ探すとなると結構難しいものである。そうやって時ばかりが徒に過ぎていき、最早日も暮れようとしかけた頃、水蘭は人混みの中から突然「水蘭」と声をかけられた。

 はっとなって振り向くと目の前にタカルが立っていた。

「ああ」

 水蘭は思わずしゃがみ込んでいた。

「ど、どうしたんだい」

「あなたを探していたのよ」

「へぇ、どういう風の吹き回しだい」

「茶化さないで。大事な要件なの」

 水蘭は立ち上がるとタカルの肩を掴んだ。その気迫に押され「とりあえずはあそこで聞こうじゃないか」とタカルは近くの酒楼を指さした。

「で、話ってなんだい」

 席に着いて料理を注文するとタカルは身を乗り出して訊いてきた。水蘭も同じく身を乗り出しささやき声で経緯を話した。するとタカルの顔に驚きの表情が浮かんだ。

「まさか妙慶上人がそんな目に」

 声音には憤りが含まれている。

「それは是非とも助けださねば」

 いますぐ飛び出していきそうな興奮ぶりだった。

「でもそれには人手がいるし、それに事を大きくしたくないの。できれば敵に気取られないように」

「じゃ、どうすれば」

「そこで相談なんだけどあなたの幻術でどうにかならないかしら」

 タカルはそうかという顔をした。

「できる、できるさ」

「そうと決まればあたしについてきてちょうだい。仲間を紹介するから」

 水蘭は立ち上がるとタカルを促した。


 


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