第九章 ウメ視点 『汚れた欲』に支配された村
そして『事実』は
新たなる『事実』を生む
そして懸命に隠れていた 『事実』もまた然り
でも、さっきから聞こえる怒鳴り声は、間違いなく村長さんの声。そして同時に聞こえるすすり泣きは、最近子供を産んだばかりのリサさんだった。
私は木の影に隠れながら、村長さんの屋敷の門を見張っていた。でも、そこも前と変わっていた。
前まで、門に立っている人なんて居なかった筈なのに、『木と鉄の棒』を持った人が二人、怖い顔をして門の前に立っている。
そして、『木と鉄の棒』から、焦げ臭い匂いもしている。私の足は震えて、今にも枝から落ちそう。
でも、門から出た人を見て、私はその場で気絶しそうになった。村長さんに引っ張られて出てきたのは、傷だらけになったリサさん。
顔が腫れて、着物も切られて、体も以前より痩せ細っていた。そしてそんなリサさんを見下ろす村長さんも、以前とだいぶ違っていた。
あれだけ優しく微笑んでいた顔からは想像できない、鬼の様な形相。細かった体も木の幹の様に太くなり、着物もだいぶ派手になっていた。
リサさんは、ボロボロの体を引きずりながら、村長さんの足にしがみ付いて、何かを懇願している。でも村長さんは、そんなリサさんの頭を踏みつけ、唾を吹きかけていた。
そして門の両隣で立っていた二人もリサさんを虐めていた。そして私はその最中、屋敷の周りにも違和感を感じる。
前まで、村長さんの家を行き交う村人が沢山いた。なのに今は、誰一人として通る姿が見えない。道からは屋敷の庭が見えてる筈だったのに、大きく頑丈な壁が立ち往生して、中の様子が伺えなかった。
屋敷の庭はとても広くて、色々な木々が伸び伸びと育ち、四季の移ろいを感じるのにうってつけの場所だった。リサさんはボロボロになった体を引きずりながら、決して壁に寄りかかって歩こうとしない。
私はリサさんが心配になって、彼女の後を追う。そしてそこにもまた、私の目を疑わせる光景があった。
村にある家の一軒一軒が、まるで手入れされていない空き家の様になっている。そして一軒の空き家からは、細々としたリサさんの旦那さんが、信じられないくらい小さな子供を抱き抱えて出てきた。
リサさんの旦那さんは、いつも朝早くから村を出て、森の年老いた木を切り取るのが仕事。いつもリサさんの家には、その商売道具である大きな斧が立てかけてある筈。
遠くから家の中を覗いたけど、家には何一つ物が無い状態だった。蝋燭立ても、布団も見当たらない。押入れの中は殆ど何も入っておらず、神棚はあるのに何も飾っていない。
そこにはつい最近まで、リサさん一家が大切にしていた仏像があった筈。
私が呆然と荒れ果てた村を見ていると、屋敷から再び村長さんの怒鳴り声が聞こえた。
その声と同時に聞こえたのは、サバネの痛々しい悲鳴。
私は再び屋敷へ引き返した。