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目が覚めるのは決まってベッドの上

 久々の感覚だ。

 自分の意思で眠る時は、夢を見ない。聞いた話では、全身義体になると身体が脳みその負担をカバーするように動く。だから、夢を見ずに目が覚める。

 だが、こうして強制的に気絶した場合には義体にもエラーが起こっているからか、夢を見るらしい。

 懐かしい夢。昔の夢だ。俺がまだ義体になっていなくて、リナもまだ体を持っていた頃だ……ああ、あの時確かリナは泣いていて……そうだ、だから俺は……

 ――だが、そこで目が覚める。どうやら義体が治った影響で覚醒させられたようだ。


「……ここは……見覚えがあるな」

「ああ、目が覚めた? おはよう」

「……おはようさん」


 視線を向けると、そこにいたのは、つい先日見たばっかりの顔……ロクヨウだ。コーヒーを飲んでいる。

 俺は修理工房の作業台の上で寝ていた……そりゃあ、見覚えあるわけだ。ここで全身をチェックして貰ったのも数日前の話だ。


「夢を見てたよ。昔の夢だ」

「強制的な意識の断絶だったからね。じゃあ、気分は悪くない? 頭部のダメージだから、最悪もある。一応はチェックをして問題ないことは確認しているけども、本人からの自己申告も確認してみないことにはわからない。だから何かしらの異常がないかを確認して申告して欲しい」

「そうだな……動いてもいいか?」

「そっちの方にスペースがある。好きに動くといい」


 そう言われて立ち上がり、軽く運動をする。

 柔軟。まあ必要ないが。飛んだり跳ねたり。問題なし。義体術の型を一通り実践をしてみる。イメージ通りに身体は動くな。

 と、そこで拍手をされる。


「なんだ、ロクヨウ? 拍手なんてしてきて」

「君の義体術は見ていて美しい。思わず拍手をしてしまった」

「……そういうの、やめろ」

「なぜ? 美しいと思ったものに素直に反応を返すのは普通のことだ。基礎のしっかりしている型は見ていて……」

「だー! やめろ! 褒め殺しっていうんだよ! 照れるからやめろ!」


 こういう、普段そういうことを言わないやつに言われるのは死ぬほど恥ずかしい。顔が赤くならない義体で助かった

 恥というか、照れくさいというか。まあ、なんとも座りが悪い気分になる。


「……まあ、身体に問題はない。調子はいいくらいだ」

「それなら良かった。寝ていて覚醒までに三日目だから、少々なにか不具合がないか不安にはなった」

「三日だぁ!?」


 そんなに寝てたのか!?

 流石に俺もショックを受ける。というか、ユーシャの一撃はそんなに致命的な一撃だったのかよ……くそ……


「むしろ私も驚いてる。この前、しっかりと整備をして無理をしないように言ったのにまさか気絶して運ばれてくるなんて。そして三日の昏睡となると、もはや技師に対する挑戦状と受け取りたいレベルだ」

「……俺も予想外でな。悪気はないんだ」

「ドウズのそういう思考は理解してる。今回、外傷はほとんどないから臓器系のダメージだと判断して緊急措置を取った上でかなり綿密なチェックをした。結果的には脳震盪状態だったから安心したが、頭部パーツに損傷もあった」

「マジかよ……頭部パーツって相当頑丈だろ」

「少なくとも、他の部分と違って替えが聞かない臓器が入っているから義体で一番丈夫になってる。それと、腕にまたネタパーツをつけていた? 本来は負荷のかからない箇所に相当な負荷がかかってた。ソニック社製品は使う方は楽しいかもしれないが、技師としては正直使うやつをスパナで……」

「あー、悪かった悪かった! でも趣味だからそれだけは勘弁してくれ! 頼むから!」

「……」


 とんでもなく呆れたような視線を向けられる。

 でも、いいじゃねえかよ……俺は好きなんだし。ソニック社の製品は「多分一回くらいしか試用してない」「机上の理論をそのまま実装するバカ」「棺桶を買うほうが安いから自殺したいなら棺桶を買え」と言われるピーキーさだから本当に使っていて面白いんだ。面白いだけで終わるのも多いが。


「はぁ……それで、今回の経緯について私に説明を。流石に技師としても、どういう原因で損傷したのかは気になる」

「あー、そうだな……」


 参ったな。ロクヨウにどこまで説明をするか……


「個人的に、ドウズとよくわからない二人の義体持ちを抱えてきたあの女の子は気になる。あの子が原因なら素直に言う方がいい」

「……まあ、差し支えない感じで教えるわ」


 ユーシャ、俺だけじゃなくあの二人も抱えて……見てみたかったな。その現場。いや、死ぬほど俺が情けないから見たくないわ。



 ――そうして、リナがデュエット兄弟にしていたようなカバーストーリーを説明をする。

 ユーシャはいろいろな実験で偶然誕生した特異体質。他にも逃げ出して、そいつを追っている。テンドウ社が、それに関して情報を止めようと必死に俺たちに干渉している。みたいな感じの話だ。

 まあ、現実離れしているが……


「……そう。相当怪しいけども納得はしておく」

「いいのか? そんなに疑わしげな顔をしてんのに」

「これが嘘だとしたら、私を気遣っているのだろうから。ドウズとリナとの付き合いも長いからそのくらいは信用している」

「……悪いな。ただ、ロクヨウに対して不義理はしねえ。あと、テンドウ社絡みだから迷惑はかけねえように……」

「別に構わない。テンドウ社よりはドウズ達のほうが大事」

「ロクヨウ――」

「全身義体のまま第一線で活躍している客は、ドウズくらい。データも貴重」

「ロクヨウ……」


 そうだよな。そういうことだよな。ああ、分かってた。なんかちょっとジーンとしてしまったのが悔やまれる。

 コイツも、普段はなんというか無感情無表情なくせにこういう茶目っ気あるんだよな……


「ん、リナとあの子が来た」

「おお、そうか」


 どうやら迎えが来たようだ。

 工房の扉が開いて、そこにリナとユーシャが現れる。


『ドウズ~~~~!! 大丈夫!? 元気!?』

「おう、元気だ」

「あ、あの……ドウズさん。ごめんなさい……」

「おう、ユーシャ。気にすんなよ、まあ今度からは加減してくれ」


 そう言ってガシガシと頭を撫でる。

 随分としょんぼりしていたが、俺の変わらない対応に表情が柔らかくなる。


「そういやリナ、ユーシャとロクヨウはほぼ初対面か?」

『ん? ああ、そういえばそうだね。初対面。この前は一気に三人駆け込みだったし』

「久々に大仕事。特にあの弟の方は、無理矢理万力で捻じり切ったみたいな義体の損傷で治すのに相当苦労した」

「あう……ご、ごめんなさい……」


 小さくなるユーシャ。とはいえ、止めるのは無理だ。なにせあの場の全員が普通に予想してない行動だったからなぁ。


「それで、貴方がユーシャでいい?」

「う、うん……私がユーシャ」

「私はロクヨウ。義体の技師をしている。これはお近づきの印に」


 そう言って差し出すのは、棒状のスナック菓子のような……見覚えがあるな。

 ……いや、まて。おい!


「おいまて何を渡してっ……」

「それは、美味しい」

「いる! いただきます!」


 嬉しそうな顔で食べる。サクリといういい音をさせて、もしゃもしゃと食べるユーシャ。

 ……ああ。実際に不味くはないんだろうが……


「お前、食べたのか……それ」

「……? うん。サクサクしてて、しょっぱくて美味しい」

「素晴らしい。私のお気に入り、昆虫スナックを美味しいという人が少なくて悲しかったのだけど、同志を見つけた」


 嬉しそうなロクヨウ。

 そう、実はロクヨウには悪癖がある……それはゲテモノ食いだということだ。食品メーカーには昆虫を捕獲して食品加工しているところもあり、そこのヘビーユーザーなのだ。

 味としては、まあ悪くないのも多いが……昆虫だと知って吐き出すやつが多い。見た目もえげつないんだよあれ。


「昆虫……?」

「そう。昆虫。これはジャイアントホッパーという物の足を加工して素揚げにして……」

(どっちだと思う? ゼリーの再来か?)

『悲鳴を上げるんじゃない』


 顔を俯かせて、沈黙するユーシャをじっと見守る。そして顔を上げて……


「……ホッパーってどういう虫? 気になる」

「ほう、原材料に興味があるとは。素晴らしい。学者になれる。少々待ってくれ。図鑑を持ってくる」


 と、図鑑を探しに離席するロクヨウ。

 ポリポリと食べながらご機嫌な表情をしているユーシャに、恐る恐る聞いてみる俺とリナ。


「……なあ、大丈夫なのか?」

『昆虫だよ? 虫だよ? 見た目キモいよ?』

「よく食べてた。調理すると美味しい」


 ……ん? 待ってくれ。


「よく……」

『食べてた……?』

「虫は栄養がある。カラフルなのは、ちょっと食べる難易度が高い。たまに痺れたり動けなくなる。地味な色ほど安全だけど、甲羅が硬いのは中身がスカスカで……」

「やめろ! 聞きたくない!」

『やだー! 異世界怖い! 異世界怖いよー!!』

「美味しいのに……」


 俺たちはあまりにも悲惨を超えて、恐怖を抱く食生活に必死に止める。

 詳しいことを言い出すユーシャを止めて疲労困憊した俺たちを、戻ってきたロクヨウが見て怪訝な表情をされるのだった。



 図鑑を見て、また今度捕まえると言ったユーシャをどうにかして止めようと決意する。

 そんなやり取りが終わり……


『……はい、ログはこれね? あと他にいるのあったらこっちに連絡頂戴』

「リナ、ありがとう」

『いいよー、だってロクヨウにはお世話になってるもん』


 二人で仲良く会話をしながら仕事のデータを受け渡している。

 そんなロクヨウとリナがデータの受け渡しをしている間に、ユーシャの話を聞いていた。


「この前だけど……あの、殴ったの」

「ああ」

「私が思ってる以上に力が出て……今まで、あんなに強い力を出せたことはなかったから……ごめんなさい」

「……なんだと?」


 異世界人とやらは、全員義体みたいなパワーを持ってるバケモノ種族の可能性も考えてちょっと怖かったが……

 どうやら、ユーシャがこの力を出せるのには理由があるようだ。


「本当に……」

「いや、それはいい。その力が出たことに説明はできるか?」

「え? うん。私みたいな魔法を使う人は、身体に魔力を取り込んでそれを使って力を底上げできる」

「……ふむ」

「だから、魔物は普通の獣よりも力が強いし、丈夫。魔力を扱える人は、使えない人に比べて身体が強かったり、凄い力を持ってたりする」


 なるほど。それ自体は納得ができる。

 魔力に相当依存をした世界なんだな。


「私みたいに、魔力と武器を合わせた戦闘をする人は魔力での身体強化は日常的にしてるの」

「……そういや、この世界は最初に魔力が多すぎるって言ってたな」

「うん。だから、私が出せる力もそれに合わせて凄い強くなってるみたい。だから、普段どおりの力を込めて殴ったけど……魔力が思ってた以上に込められたみたいで……」

「なるほどな……いや、その情報はでかい」

「……大きいの?」

「ああ。魔王はお前と同じ現象が起きてると思うか?」

「……んー、うん。多分だけど……慣れるまでは多少困惑して、力加減を間違うと思う」


 なかなかいい情報だ。

 あの兄弟に追加する情報。それは、「バケモノみたいな力を見せたやつ」か「何か現実離れした噂の流れている奴」を優先的に寄越せというものだ。

 少なくとも、それは指標になる。まあ、ダメで元々だから問題はない。


「そういうわけで、探す基準が増えたな。知らない言語も情報としちゃ大きいが……まあ、そういうのは実はありふれてる。一番大きいのは、目に見えた異常だ。そういう意味でその情報は手がかりになるな」

「……私、それに気づかなかった……」

「そういうもんだ。誰かが気づく事があれば、自分しか気づかないこともある。全部自分でやる必要はないってことだ」


 さて、先の見通しがどうなるかわからないが、悪いことにはならないだろう。

 ……しかし、困ったことがある。


『えっと、もうちょっとなんとかならない?』

「ならない」

「……リナ、どうした?」

「価格の話。今回は臓器系チェックもしたから割高になってる」


 そう言われて請求書を俺も見せてもらい……気絶するかと思った。

 幾らなんでもその価格は……


「……割引とかは」

「ない」


 電磁シャッターの代金。兄弟への仕事の代金。工房への支払い。

 ……仕事、探すか。


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