襲撃者との会話とか教育
「さて、聞かせてもらおうか」
拘束してふん縛っている二人を前にそう聞く。ちなみに義体の痛覚設定を切ってなかった弟は、もぎり取られたショックと痛みでひどい顔で気絶している。それを見て兄の方も心が折れたらしい。今にも泣きそうな顔でしょんぼりしている。
まあ、目の前で少女に義体とは言え腕をもぎられて気絶する身内を見たら流石にな……
「なんで俺たちを狙ってきた?」
「……それは……い、いうのは……」
「こっちも、腕を外したほうがいい?」
急にむんとアピールをするユーシャ。
あの後、ちょっとだけ引きながらも褒めたせいかやる気を出しているらしい。止めてやれ、漏らして気絶しそうなくらい顔が真っ青だぞ兄の方。
弟は穏やかな顔で眠っている。死んでねえよな……? と不安になるが、リナいわく大丈夫だとのこと。
「や、やめてくれ! いう! いうから! そのよくわからない子供に腕をもがせるのはやめてくれ!」
「した方が良いの?」
「だから、止めてやれって。あー、なんだ……」
(……こうやって倒したこと自体は褒めるほうがいいのか? それとも注意するほうがいいのか?)
『褒めるかどうかだよね。どっちにしてもなんかね……』
俺の悩みを理解したのか苦笑するリナ。まあ説教は後でも出来るんだが……
どうかな? といいたげに顔を見てくるユーシャ。……とりあえずは、弟の方を無力化したことを褒めとくか。
「ありがとうな。お前のおかげで助かった。尋問の手間も省けそうだしな」
「うん……良かった」
撫でられて嬉しそうにする。……本当に小動物みたいだな。
まあ、本質的には大型の肉食獣とかだが。なんで素手で義体を破壊できるんだろうな。
さて、兄の方に情報を聞き出す。
「さて……サクサク答えてもらうぞ。俺たちを狙ったのは、どこの依頼だ?」
「……あんたら、賞金が掛けられてるんだ」
「はぁ!?」
思わぬ一言に、聞き返すが嘘を吐いてはいないようだ。表情でも分かるし、嘘を付く理由もない。
……しかし、賞金だと?
「俺たちハンターにも依頼は来てるが、裏に大きく流れてるぞ。全身義体の便利屋であるアンタの首を取れば相当割の良い報酬が貰えるってな」
「……ちなみに幾らくらいだ?」
価格を聞くとマンハントの相場の2倍とは行かないまでも、1.5倍はあるようだ。……その価格なら受けるだろうな。
しかし、1.5倍か……と目頭を押さえる。俺の家の壁が壊されたり、命を狙われる値段そのくらいなのか……っと、義体でも出るんだよな。人間のときの癖みたいなの。
「まあ、全身義体をぶっ倒してこの価格は相当割がいいが……怪しいと思わなかったのか?」
「怪しいも何も、相場通りでちょっと高いくらいだ。上手くいけば相当に稼げる依頼だろ。情報開示もされてたし……」
その答えに、リナがなるほどといいたげな顔をしてうなずく。
『あー、なるほど。これはやらしい手だねぇ……1.5倍っていう価格設定も』
「ん? どういうことだ?」
『ドウズ、品行方正だからまっとうな評価しか見れないだろうし、その価格なら割と稼ぎたい殺し屋とか賞金ハンターが狙ってくるよね、事務所抑えられてるなら仕掛けやすいし』
「……調べたりしねえのか? 俺のことを」
「裏付けを取るために調べても、まっとうな便利屋でここまで出来るなんて知らなかったんだが」
『……あ、そういえば面倒なのに絡まれないように見せていいの以外はドウズの戦闘ログとか秘匿情報にしてた。ごめんね?』
……あー、なるほど。無駄に派手なログは見れないようにして無用なトラブルに巻き込まれないようにしてくれてたのか。これは運が悪いので、リナに大丈夫だという。
電子妖精の相棒がいると、こういった中央のデータに干渉などの普通に考えると不可能に近い根回しやらサポートをしてくれるからな。意識から抜けてしまうのだ。
「だが、テンドウ社はなんでこんな価格で流したんだ? もっと高けりゃ確実に殺しにくるだろうに」
『それは先に賞金とかを賭けて裏社会に流して、「狙われる理由がある」って思わせるのが目的なんだと思うよ。後ろ暗いことをしてる。もしくは何らかの秘密を握ってるんじゃないかって思わせるつもり。この価格設定は多分採算ラインなんだろうね』
「……何の意味があるんだ? それ? テンドウ社はバレたら困るんだろう? 外野につつかれるだろ」
『困るだろうけどさぁ……私達が握ってるっていう情報が荒唐無稽すぎるからねぇ。ドウズは、賞金をかけられてるやつから「テンドウ社は異世界からやってくる物資を占領するために、異常磁場地帯を確保してる」って言い出したらどう思う?』
「そうだな。間違いなく電子ドラッグでもキメてんじゃねえかって一笑するな」
『そそ。真面目に言ってもジャンキーの妄言だと思われて、下手するとドラッグ絡みだと思われるでしょ? こっちが嘘をつけば、そっちが本筋になるし。そういう狙いで賞金首の情報流したんだろね』
「……だが、実際に物資を捜索されたらバレるだろ? 管理されてる範囲を超える謎の物質なんて中央から視察を送れば……」
『だから時間稼ぎだろうねー。ここから情報操作とか根回しとか。それに、私達は個人零細だから殺し屋に狙われて対応に追われてそんな準備もなかなかできず……って感じにしたいんだろうね』
なるほど。説明をされて納得はできた。
恐らく前の殺し屋で殺せなかった時点で、俺たちを始末するコストが高いと判断したのだろう。だからこそ、手間のかかる方法を使い時間稼ぎに賞金を流したと。
『この価格設定も運良く殺せたときのコストを抑えたいって見えてるね。パレードで倒せなかった時点で暗殺は諦めてるんだと思うよ。とりあえず置いとけば、稼ぎたいやつは挑んでくるだろうし』
「……クソめんどくせえなおい」
『こっちでも情報操作はしておく~。それで……』
と、俺とリナはデュエット兄弟の方に向く。
「くっ……うぅ……好きにしろ! 俺は負けたんだ! さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「……潔いな。お前」
「どうせこんな商売だ。負けた時点で終わりなんて覚悟はしてる!」
悲痛な表情を浮かべながらも真っ直ぐに見てくる。その顔はたしかに嘘はついてない。
……ふむ、ちょっと聞いてみるか。
「――お前、廃棄地区上がりか?」
「……そうだが。なんだ? 廃棄地区上がりだから、スクラップにして売っぱらうつもり……」
「どこだ? 廃棄地区のブルーか? レッドか? あるだろ、所属陣営」
廃棄地区は無法地帯に見えるが、ああ見えてあそこなりの秩序がある。そして、廃棄地区は色分けをして縄張りを主張しているのだという。
お互いに色分けをして、その色をした何かを身につける。そうすることで、簡単に異端者が入ってこないようにして結束を高めているのだとか。
「――イエロー! イエローだ! それがどうしたってんだ!」
「イエローか、ツテはないな……なら、聞きたい。お前はまだ廃棄地区に住んでるか?」
「……ああ。兄弟で廃棄地区上がりになるには難しいからな。まだ俺だけしか市街ナンバーは持ってない。だから、廃棄地区に住んでる」
「そうかそうか。よし」
市街ナンバーは、こうして市街地区に住むためのIDだ。それがないと中央から市民としてカウントされず、存在しない人間として扱われる。
その市街ナンバーは、実は少々面倒だが譲渡をすることできる。だから、死んだ人間のナンバーを売るビジネスも存在しているのだ。だから廃棄地区の人間の目的は市街ナンバーを買うこと。そうすれば住居も買えて、晴れて市民になることが出来るのだ。
さて、なぜこんな質問をしたのかと言えば――
「お前に依頼がある」
「……なんだ? 殺すやつに何を――」
「まあ先に聞け。少々雑で面倒な依頼だが、廃棄地区で「増えた住人」について調べて俺に情報を送れ。報酬はちゃんと払う
「……人探しじゃなくて、増えた住人だと?」
その提案に、どう判断すべきかと顔を歪める兄。
意外とよそ者はよく見られている。廃棄地区で、知らない人間がやってきたかどうかは金を握らせればすぐに聞けるだろう。だが、俺は更に続ける。
「他のレッド、ブルーの増えた住人についても情報がほしい。そうだな……それと、住人によくわからない奴がいるなら優先的に教えてくれ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまだ。後はそうだな……俺たちが廃棄地区に行く時に先導を任せたい。そのくらいか」
「……俺たちにメリットが大きすぎる。何か裏があるんだろう」
……ふむ、やはりいいな。
大抵の廃棄地区上がりのハンターは、この話に何も考えずに飛びつくだろう。
「――実は俺たちはテンドウ社に睨まれてるらしい」
「はぁ!? あの大企業に!? 何をしたらそんな……」
『それはね~、ちょっと握ったら不味い秘密を知っちゃってね? 手打ちをする前にこっちを殺したいって感じなんだよね』
「――で、電子妖精……!? くそっ! なんだよその厄ネタ! そんな依頼、相場の三倍くらい必要だろうが!」
『まあ、君たちは時間稼ぎの捨て駒って感じ。まだ本隊は襲ってきてないから、ある程度消耗させて自社の手駒でって感じじゃないかな~?』
「なっ……そんな……いや、でも確かに……」
……リナの嘘を真実を混ぜた話で、混乱しているようだ。リナのこういうところは本当にいやらしいな。ほとんど真実だが、細部が信用しやすい嘘の話にすり替えている。しかも裏付けを調べても詳しくはわからないというか……調べても出てこないだろうしな。
『――で、どうかな? 報酬はこのくらいで』
「……短期契約でこれだと? 安すぎるが――」
「いや、継続依頼だ。少なくとも、契約を切る場合には一月前に連絡する」
「……なあ、捨て駒とかにするのか? 俺たちはあんたらを殺しに来たんだぞ? こんなの、廃棄地区の人間にするような依頼内容じゃない」
疑っているな。廃棄地区上がりにしては相当に頭が回るデュエット兄弟の兄は、俺としては協力者として抱えるメリットは十分にあると感じているが、廃棄地区の人間は人間に非ずと考えている市街、中央の人間はとても多い。疑う気持ちも理解できる。
だが、俺は廃棄地区の情報をやり取りする上で、ある程度自分で考えることのできる相手が欲しいし差別やら区別をする気持ちもない。まあ、殺しに来られたがそれはそれ。これはこれということで。
「まあ、そっちも仕事だからな。どうだ? 結局は仕事の話ってわけだ。片方で失敗したが、他で認められたってことだよ」
「……分かった。契約をする。どうせ敗者に決定権はない……なんで失敗して美味い仕事にありつけるのか、理解できねえが」
複雑そうな顔をしながらうなずく兄の方。本当にこいつ、廃棄地区上がりにしては潔いな。個人的には好きなタイプの人間だ。
と、ユーシャが話が終わった気配を察知したのか、こっちにくる。
「話、終わった?」
「ああ。終わった。まあそれはそれとして……だ」
俺は拳を握って、ゲンコツを頭に落とす。まあパワーは抑えているが。
グーで頭を殴られて、涙目になって抑えるユーシャ。
「痛い……な、なんで……」
「知らない人間の言うことをホイホイ信用して出るな! こっちは心配したんだぞ! さっきは褒めたが、こっちの説教はまだだったんでな!」
「だ、だって……二人が危ないって……」
『え~? ショック~! 私達、そんなに信用されてないんだ。まあ、出会ってすぐだもんねぇ……』
「そ、そういうわけじゃ……」
泣きそうになりながら、必死に弁明をするユーシャ。少々可愛そうにも思えるが、必要なことだ。
「お前は報酬を出した依頼主だ。つまり、俺たちを信用したんだろ? だってのに、俺たちを信用してないって馬鹿にしているも同然だ。分かるか?」
「う、うん……」
「あと、俺がいいと言うまで外に出るなって言ったろうが」
そういて、もう一発ゲンコツ。なんだかんだ言われるかもしれないが、今回は相当に危なかった。
ユーシャがもしも義体に対抗できる力がなければ。手元が狂って銃を撃っていたら。俺たちが交渉を受けてしまっていたら。
あらゆる「もしも」があるのが、この界隈だ。だから、痛くてもこうして覚えさせるしかない。
さて、今度は……
「――説教は終わりだ。んで、俺もお前を説明もせずに事務所に置いていったのは悪かった。すまない」
「……えっ? ま、まって……悪いのは私だから、頭なんて下げられても……」
「それはそれ、これはこれだ。痛かったろ? その分、俺を殴っていい。置いていったことは本気で反省している」
流石に頭に血が上って逃げられる前に倒すためとはいえ、ユーシャのことを放置したのは俺が悪い。
これに関しては言われても仕方がない。殴った分は殴られてもいい。
『いいんじゃない? こう言ってるし、殴られてちょっとムカってしたでしょ?』
「えっと、別にそんなことは……」
『いいのいいの! 手打ちにするためだし、ほら一発!』
「う、うん……」
そう言って、手をグーにして。
思いっきり振りかぶって……思いっきり?
「おい! 待て! そういうのは普通はある程度手加減……」
「えい!」
今回の戦闘で聞かなかったような轟音。頭部を思いっきり揺らされて、視界がグラグラ揺れて体制が崩れて地面に義体がメリ込む。
重機に殴られたような衝撃。人くらい死ぬぞこれ。視界の端でリナがテンパって、デュエットの兄がめをひん剥いて、ユーシャが動揺している。
……いや、というか……
「……そういうのは……加減……するもんだろ……バカ……」
「あ、そ、そうなの? ごめんなさい! え、えっと」
『工房への地図出すから! とりあえず抱えて! どのくらい……え!? 持てるの!? まあいいや! そっちの兄弟は……え!? そっちも持てるの!? どういう力――』
リナの困惑をする声を聞きながら、俺は完全に意識が途絶える。
――少女に頭をぶん殴られて気絶するって最悪だ――