俺なりのやり方
目の前に走ってきて拳を一発。だが、これはフェイントだ。
そのままスウェーで回避。本命は足の一撃。空かしたことで体幹のバランスが崩れる。そして、そこに合わせて一撃。
轟音とともに、正面のフェンスに吹っ飛んで男はノックアウト。
『強い、強ーーーい! なんということだ! 挑戦者はノックダウンビリーも打ち倒して二人抜き! まさか、まさかの展開だ! 誰がこの結果を予想した!? もはや大勢の賭けた人は無一文でしょう! しかし、この結果を見れて満足しない観客は居ないはずだ!』
「……いや、褒めすぎだろ」
一戦目のやつをふっとばした後、続けて二戦目。そいつもあっさりとぶっ飛ばす。
対戦相手が弱いというわけではないのだが……どうしても、ガラクと比べてしまえばヌルいのだ。あいつは間違いなく拳闘術の使い手として見るならトップクラスで、それを実践レベルにまで落とし込んでいるような狂人だ。あいつとの戦いの経験は思った以上に役に立っていた。
(まあ、認めるのはちょっと癪だが)
……まあ、それでも忘れることはないのだろう。やっぱり癪だが。
しかし、想像よりも早く終わったおかげでこのペースならあっさりとブルーまでたどり着けるだろう。
……しかし、教会のガキどももそうだがトッシュはなにをやってんだ。
「てか、次の対戦相手は誰だ?」
『さあ、ここであっさりとしたニ連勝! いえ、歴戦のファイターにしかわからない高度なやり取りの末の勝利だったのでしょう! この結果には、歓声とブーイングの二極です!』
聞いてみると、「金返せー!」「ヤラセだろ!」「もっとやれー!」「すげえぞ全身義体ー!」と完全に意見は真っ二つになっている。
全身義体に対するヘイトは理解できる。いうなら、アンドロイドのようなものだから人間としては認めないとか、機械率が高すぎるから公平性がないとかだろう。
認めている側は義体持ちだろう。いかに義体で格闘戦をするのが難しいかを理解している奴らだ。人間の体のように行かないのが義体で、格闘ではなくスペックを使った力任せしかできないのが大抵だ。
(そう考えると、俺も周囲からは相当な変人に見られてるわけか……ちょっと嫌だな)
『さて、続いてのマッチですが……なななんとぉ!?』
「ん?」
実況から驚きの声が上がると同時に、リングの上に誰かがやってくる。
それは、最初に俺の肩をバシバシと叩いていた大男だ。
「なんだ、おっさん現役なのか」
「ガハハ! 生憎だが、お前の対戦相手だったバカが逃げ出してなぁ! 仕方なく俺が相手するって言うわけよ」
そういいながら、もはや重機と見間違うような音をさせる両腕をガキンと鳴らす。
……遺伝子改造タイプか? もしくは、遺伝子異常。実際に二メートルを超えるような巨体の人間は少なくない。
望む人間もいれば、元からそういう風に作られた人間もいる。まあ、どっちでも構わないが。
「まあいい。ぶっ飛ばせばいいんだろ」
「ガッハッハ! ああ、俺をぶっ飛ばし見ろ! だがなぁ……」
『かつて、この闘技場で四天王と呼ばれていたファイター! 現役を退いてこの闘技場の存続のために支配人となった彼! ビッグベアーがまさか、まさかの登場だぁあああああ! 今日の試合は伝説になります! 電子媒体で記録できないこの試合、しっかりと脳髄に焼き付けましょう!』
「……ってわけだ」
「そうかい。まあお前が熊だろうが象だろうが関係ねえ」
そういって、俺も両腕を打ち付け、啖呵をきる。
「ただ、殴り飛ばすだけだ!」
「かかってこい、小僧!」
都合三度目の拳の激突。本来なら負けないはずだが、お互いに激突のエネルギーで上体が跳ね飛ばされる。
「ぐおっ!」
「がっはっは!」
『なんということだ! 今までの技工を凝らした戦いとは打って変わって、シンプルな殴り合い! だというのになんでしょうか、この迫力は! あの巨体のビッグベアーの拳を、比べてしまえばあまりに小さい挑戦者の拳が弾き飛ばします! 衝撃波が金網越しに伝わってくるううう!』
くそ、うるせえな解説が。
シンプルな殴り合いになっている理由。簡単に言えば、このおっさんが想像以上に強い。かつて四天王と呼ばれていたというのは伊達じゃない。
ぱっと見たサイズ差だけでいうなら、俺が圧倒的に不利だろう。だが、実際は違う。
(どんだけ旧式の義体を使ってんだ……)
打ち合えばわかる。見た目以上にあの拳はスカスカだ。虚仮威しに近い。
質量と強度でいえば、二撃目で壊れてもおかしくなかった。だというのに、目の前のおっさんが己の技量のみで、その義体を的確に操り最新といえる義体の俺と同等に打ち合っているのだ。
クソ、ムカつくな
「もっとマトモな義体を使えおっさん!」
「ガッハッハ! 特注でこれしかなくてなぁ! それに、興行にはこのくらいが丁度いいんだ!」
四発目。ついに衝撃で足が乱れてお互いの距離感が変わる。
――見た目だけでいえば豪快なパワーファイター。だが、実際はとてつもない技巧派だ。……実を言えば、こういう繊細な戦い方をする相手は苦手だ。
気づいたら詰められているという、まるで煙に巻かれたような戦い方をされてしまうからだ。
(だから、詰める!)
「おおっ!? いいぞ! がはは!」
巨体で軽やかにステップして俺の攻撃を回避する。
一手、二手と読まれた動きだが、それでも問題はない。俺もそれを理解した上で放っているからだ。
『先ほどとは一点した軽やかなステップからの演舞です! まるでダンスをしているようだ! ビッグベアーのあの巨体からどうしてそんな軽やかなステップが生まれるのか! 相対する挑戦者も、まるで羽が生えたかのように動きます! 一体どれだけ我々を楽しませてくれるのかぁ!』
(こっちは必死なんだよ馬鹿野郎!)
心のなかで罵倒する。ペースを握られれば、勝てるプランが見えなくなる。
だからこそ、せめてペースを握り続ける。相手の動きが読めている間は安泰だ。
「いいぞぉ! いいぞぉ! 面白い動きだ、ちゃんと自分の動きを理解して、俺に勝とうとしている!」
(クソっ、読まれてるか!)
相手もバカじゃない。俺がこうすることでしか対処できないのは分かっているのだろう。
だが、止めるわけには行かない。殴り続ける。殴り……
――しまった、一瞬ペースが乱れた。偶発的に一撃が当たるが、おっさんは笑みを浮かべてそれを受ける。
『おっと! ビッグベアーに攻撃が当たる! だが、効いている様子は一切ない! そして、ビッグベアーも反撃だ! 鋭い攻撃に挑戦者が徐々に動きが鈍っていく! 強い、強いぞ! これがかつて闘技場を荒らし回った『人食い』の力だぁ!』
――最悪だ。
当ててはいけなかった。俺はリズムが狂い立場が逆転する。殴り合いというのは、リズムを押し付け合う戦いでもある。だからこそ、その乱れは負けにつながる。
(……ここで負けてもいいじゃねえか)
所詮は興行だと、俺の中の弱い部分がいう。折れた心に足が止まっていき、ガードも下がっていく。
「おう、良かったぞ坊主! 駄賃には十分だ!」
そう言って、おっさんは最後に派手に俺をぶち飛ばすための一撃を放つ。
すでに、足は潰れた。ガードをしても次なる一撃が待っている。
だから――
(……そういや、あのとき)
ふと、俺の脳内に引っかかるものがあった。
どうせならと、体の力を抜く。あのときの記憶の通りに動いてみる。
「ハッハ! 諦めたか! 安心しろ、痛みは――」
そのまま、ふらりとおっさんの方へ倒れ込んで――
「――ああああああ!」
大地を踏みしめて、自分でも理解できない力の流れを感じる。
そして、そのエネルギーをただ目の前にぶつける。
そう、これは――
「なっ!? 八極だぁ――」
「がああああああ!!」
人生で一番最低な気分で、俺は見様見真似の最低な八極を打ち出し――
とんでもない轟音とともに、おっさんの義体の腕を破壊したのだった。




