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脱出経路のその道中

「……ん?」


 目が覚めて自動的にメディカルチェックが起動した。オールグリーン、体調に問題はない……ふむ。それは変な話だ。

 周囲を見渡すと、真っ暗なままだ。俺の膝の上でマクアもまだ寝ている。寝付きが悪いわけじゃないのだが……なんだろうか? 嫌な予感がして目が覚めてしまったみたいだ。


(……どうにも、魔力を見れるようになってから感覚が鋭敏になってるな)


 全身義体になると感覚的な話とは無縁になる。というのも、肉体の感覚自体が擬似的な触覚、視覚、嗅覚で補完されているせいだ。意識が活動してない場合には、低出力なセンサーに置き換えられて異常事態を完治すると目覚めるようにアラートがなるのでそういった予感やらで目覚めることがなくなる。

 まあ、義体の睡眠なんてものは脳を休ませるためだけの行為なのだが……


「…………」


 なんとなく、気配を探ってみる。すると、真っ暗な室内でゴソゴソと誰かが動いている音が聞こえる。

 ……デュエットの兄の方か弟のほうか……まあどちらでもいいが。だが、違和感を感じる。消灯してから不審な動きをすると目をつけられるという話ではなかったか?


「……何をしてるんだ?」

「うおっ!? ……なんだ、アンタ……起きてたのか」

「ああ。あと、ドウズだ」

「ドウズな。分かった」

「……それで、何をしてるんだ? 夜中に不審な動きをしていると、目をつけられるんだろ?」


 その質問に闇の中で動きを止めるデュエットの兄。

 ちょっとした沈黙の後に、明るい声で答える。


「ああ、そうだ。まあ目が覚めてな。気にしなくても大丈夫だ」


 ……不審だな。どう見ても。

 何を企んでいるのか警戒するべきか。だが、気配を感じたのか慌てるデュエット兄。


「まあ、待て! ……別に危害を加えようなんてつもりはない。本当だ。それならもっと早くに動いてる」

「……本当か?」

「本当だ……まあ、アンタに対して危害は絶対に加えないことは約束する。俺の市民データに賭けていい」

「そこまでいうなら……まあ了解だ」

「ああ、夜が明けたらすぐに動く」


 そう言って話は打ち切られて、また夜闇の中で何かしらをしているデュエット兄。

 ……まあ、嘘はついてないだろうがそれでも警戒するに越したことはない。ぼうっとソニック社の新製品がそろそろ発売するなという事を考えながら、俺は夜が明けるまでひたすら神経を張り巡らせるのだった。



(……結局何もなかったな)


 バチンと部屋の電気がついて朝が来たことを伝える。

 一応警戒はしていたが、途中から兄の方は寝入ってしまいなんで俺は警戒しているのだろうか? という自問自答を繰り返すことになってしまった。まあ、いいんだが。


「……ん、おはよ……」

「マクア、よく寝てたな。疲れは取れたか?」

「…………うん」

「……そりゃ疲れまでは取れないか。まあ、もうちょっと我慢しててくれ。な?」

「うん」


 寝てる場所も俺の膝の上なら硬いだけだからな。ちゃんとベッドで寝させてやりたかったが高望みというものだろう。

 ふと見ればデュエット弟は既に起きて朝食の準備をしている。……見た目はごついが、昨日は整備をしていたり意外と手先が器用なんだな。そして、兄を起こしに行っている。


「兄ちゃん、朝だよ」

「……ん? ああ……そうだな……眠い……」

「ほら、兄ちゃん。今日は前に買ったタマゴを焼いたから食べようね」

「……ああ、食べる……」


 そして兄はとんでもなく眠そうに起き上がって身の回りのことをしてもらっている。

 ……なんだろう。面白いなこの兄弟。


「お前たちは生まれついての兄弟なのか?」

「いや、兄ちゃんに俺は拾ってもらったんだ。まだ、俺が小さい時はイエローはこんなのじゃなかったから」


 意外にも弟が俺の質問に答えてくれる。


「どうすればいいかわかんない俺を拾ってくれて、弟にしてくれたんだ。いつか、市街地区に家を持って人間になろうって」

「……いい兄ちゃんだな」

「うん。自慢の兄ちゃんだよ」


 そういいながら、朝飯を食わせている。寝ぼけながら兄は差し出された食事をもぐもぐと口に入れている。


「アンタ達は飯は?」

「俺はオイルだけだ。こっちの子に出してくれ」

「じゃあ、後で作るから待っててくれ」


 そう言って食事の世話を続ける。


「ドウズ……」

「ん? どうしたマクア」

「……わたしも……」

「やらねえぞ? 自分でちゃんと食え」

「……」


 不満そうな表情のマクア。

 ……この兄弟、子供の教育に悪いな。



「……すまない。恥ずかしいところを見せた。朝は弱いんだ……本当に」

「まあいい。それで、イエローを出るんだよな?」

「ああ、一応は警備の奴らには「昨日のやつはレッドの領地に追い出してくる」と説明している。あっちも俺が追い出すわけじゃないのは分かっているだろうが面倒事はごめんだからと見逃してくれる」

「なるほどな」


 そういって、整備された町並みを通り抜けていく。歩く人間は廃棄地区の人間にしては洗練されていて、市街地区でみてもおかしくないレベルだ。義体率も低くない。


「……どっちが幸せなんだろうな。ブルーとイエローで生きるなら」

「人によるだろうな。成り上がるつもりなら、廃棄地区自体が踏み台だ。その考えには意味がないさ」

「それもそうか。悪いな、変なことを言って」

「いや、今のイエローを見た奴らはたいてい同じ事を考える。なんなら、警備の奴らもそんな事を言うぞ? 家畜と獣。どちらが幸せなんだろうなってな」


 まあ、誰も考えることは同じか。

 そして、巨大な外と中を隔てる壁にたどり着く。


「……それで、どうやって出るんだ?」

「ここだ」


 そういうと、近くに行って地面に触れて……何かを引く。すると、死角になっている壁近くの地面からハッチがガタンと開いて小さな地下への扉が開いた。


「地下への隠し扉か」

「ああ。一部の人間しか知らない通路だ。レッドの領地を通るし、あんまり逃げ出すと問題になるから伏せられている」

「ここを通ればブルーに行けるのか?」

「そうだ。もともとはレッドの奴らから隠れてブルーとイエローの人間が移動するための通路だからな。とはいえ、通路の途中がレッドに占拠されたのはお笑いだが」


 そう言って低く笑う。

 そのまま中に入る。……通路と呼べる程度にはしっかりとした穴だ。地面も固く踏み鳴らされていて、思っていたよりも明るい。どうやら光源を設置して道を照らしているようだ。マクアは不安そうに俺に掴まっている。

 俺たちが降りたのを確認してデュエット兄も降りて扉を閉める。


「よし、付いてきてくれ。すぐに案内できる」

「ああ。それで厄介な連中ってのはなんだ?」

「……まあ、見るのが早いんだが」


 そう言って俺を連れて行く。

 ……そのまま進むと、音が聞こえてくる。ワイワイとしたにぎやかな声。上のレッドの人間たちのような、夢も希望もなくなったような声ではない。

 まるで、熱狂している人間たちのような……


「ここだ」

「……これは……」


 驚いたマクアがギュッと俺の身体を掴む。

 そこは……特設リング。そしてそれを囲むように様々な人間が野次を飛ばしている。

 その中心では、二人の義体の男が殴り合っていた。驚く俺達に、デュエット兄が答える。


「見たほうが早かったろう? ここはな……秘密のファイトクラブだ。義体の人間同士で武器なしで殴り合い、誰が強いかを決める会場。そして、ここを通り抜ける条件はこれに参加して……勝ち抜くことだ」


 そんな頭のネジの外れたようなことを言われるのだった。

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