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廃棄地区、イエロー

「悪いな。助かった」

「いやいや、こっちこそ矛を収めてくれて助かったよ。あんたを検査した奴は最近、奥さんと子供の育成を中央から認可されてな。ここで大怪我をして何も出来なくなったら子供は没収だ」

「なるほどな……しかし、イエローってのは想像してたのと大違いだ」

「だろう? まあ、公開されてる情報でもなければ市街地区とは大っぴらに繋がってはいないからな。イエローが現状こうなってるって知っているのはレッドの奴らと一部の人間だけだ」


 そういいながらイエローの縄張りの中を案内するデュエットの兄。

 マクアは俺にしがみついて怯えながら付いてくるが……まあ、怯えても仕方ないだろう。なにせ、廃棄地区だというのにここはちょっと荒廃した市街地区程度の発展をしているからだ。


「どこに繋がってるんだ? 企業か? それとも中央か?」

「中央だ。まあ、中央としては人狩りなんて大っぴらに出来ないし、管理されてる人間の数の調整をどうこうするのはAI様には言えないからな。だから、こうして中央が使ってもいい人間を確保しているわけだ」

「農場か」

「もしくは屠殺場だな」


 お互いにブラックなジョークを飛ばし合い、笑い合う。

 ここに居る廃棄地区の住人は中央からすれば存在しない人間であり、いわば物資なのだ。


「ここに住むと中央に物資として登録される。すると、中央のどこかの誰かに所有されてる物資となり保護されることになるわけだ」

「なるほど。それで、聞きたいんだがお前はどういう立場だ?」


 俺たちをこの中に招き入れられるというのは、単なる住人として見るなら不自然だ。


「……住人だよ。元だがな。今はイエローの自警団に所属してる。だから、ある程度融通は効くんだ」

「元?」

「何かしらの方法で金を稼げば、自分を買い取れる。所詮は物資だからな。だからハンターになったり、何かしらの方法で外に出て金を稼いで自分を買い、市街地区の住人になる。それがここイエローに住む人間の夢で最初の到達地点だ」

「なるほどな」


 ……イエローは、飼われている廃棄地区の物資。自由はないが安全は保証されている。

 レッドは無法者の集団。奪って奪って消費する存在だが、この廃棄地区の頂点捕食者みたいなものだろう。

 ブルーは自由だが、それでも危険と隣り合わせでリスクのある住人たち。


「分かっていたが、廃棄地区も相当に酷いもんだな」

「ああ。全くだ。中央から必要だと言われれば問答無用で出荷される。時間との勝負だよ。あんた達のおかげで弟も買い戻せた。ありがとうな」

「ん?」

「割のいい仕事を紹介してくれただろ? それに、見逃してくれた。あそこで死んでいたら……まあ、こっちで俺の関係者に負債が全て行くわけだ。なんだかんだ言ったがそれは申し訳ないからな」

「そうか。まあいいさ」


 中央で必要とされるのであれば……まあ、人体実験だの新しく開発された義体の人柱だのだろうな。悪趣味な奴らなら何かしらの娯楽に使われる可能性もあるが……まあ、胸クソが悪くなるから考えないでおこう。

 見かけだけの安全。明日呼び出されればなにかの道具として消費される人生。それがイエローか。


「さて、ここが俺たちの家だ。まあ、ゆっくりと話でも聞かせてくれ。一日二日くらいなら俺の裁量でなんとかなる」

「ああ、分かった」


 そういって、一見の何の変哲もない建物の中に入る。


「兄ちゃんおかえ……あっ、前の」

「弟のほうか」

「……」

「客人だ。警戒しなくてもいい」


 中に入ると弟のほうが武器の整備をしていた。一瞬で臨戦態勢になったが、兄がそう言うと警戒を解いて武器の整備に戻る。

 ……まあ、前に随分と弟には酷いことをしたからな。ユーシャが。多少トラウマになって相手をしたくない気持ちはあるのかも知れない。


「さて、そこに座ってくれ。そっちの子は……生体が多いな。お茶くらいなら出せる。飲むか?」

「マクア、飲むか?」

「……うん」


 疲れも溜まっていたのだろう。少々眠たそうにしながらそういう。


「ああ、温かいお茶を飲んで休むといい」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、デュエットの兄はお茶を入れに行く。

 さて、どこから説明するか。それを考えながらマクアの頭を撫でるのだった。



「……ふむ、中央も関係ないのか」

「ああ。完全なトラブルでな。この子が狙われて俺は保護をしているってわけだ」

「なら良かった。中央と揉めていると言われたら俺も流石にどうするべきか悩んだよ」


 そういいながら笑い、寝ているマクアを見る。

 激動だったので眠るのも仕方ない。しかし、連絡はどうするか……というか、教会は大丈夫だろうか? 色々と考えることは多い。


「それで、アンタはどうする予定なんだ?」

「ん? 予定な……正直、状況に巻き込まれてここまできたから何も考えてないんだ」


 まったくもって白紙だ。だが、悠長にしているとユーシャはここまでたどり着く可能性もある。

 ……最悪の場合は、リナがユーシャを手伝うだろう。喧嘩をしている事とは関係ない。なぜならユーシャの依頼を都合よく解釈して不履行したのは俺だ。リナから見れば、マクアがユーシャに殺されたとしても何ら関係がない。

 そこまで人でなしというわけでもないが……俺が帰れないのならリミットは当然ある。


「とりあえず、ここにはどの程度俺は居てもいいんだ?」

「……あと2日くらいかね。俺の説得で入れてもらったがまあ、特例みたいなもんだ。一応イエローから出るルートはある。ちなみに口外してもいいが、中央に潰されるから言わないほうが身のためだぞ」

「ああ、了解した。まあその程度は理解できるさ」

「その子は……」

「当然検閲もあるんだよな?」

「当然だ。下手なゲートよりも厳重で厳しいのだけだ」


 マクアを見て、どうするかと悩ませる。

 この子を、イエローの住人にする気はない。教会の子供を勝手に連れて行ったのだ。保護しているとはいえ、それは不義理だろう。

 だからといって、市街地区につれていくことは出来ない。まあ、リナが手伝ってくれるなら誤魔化せないこともない。だが、その協力は今では難しいだろう。それに、市街地区でユーシャと遭遇すれば酷いことになる。


「……そうだな。一度ブルーの教会に戻りたいんだが……可能か?」

「ブルーに? まあ、ルートはないこともないが……」


 そういいながらも、渋い顔をするデュエット兄。


「どうした?」

「そのルートは、まだ頭の回っているレッドの一部の奴らが陣取っていてな。そこで話をつけて通るしかない。それ以外のルートだと、あのジャンキーの群れに遭遇するぞ」

「……アレは勘弁してほしいな」


 薬物で無理やりゾンビのように追いかけてくる廃棄地区の人間どもの群れ。しかも義体化率はそれぞれバラバラなのが厄介だ。中には一部の力だけ強くした義体持ちも居るだろう。思わぬ被害もあるだろうし、ならば逃げればいいといっても土地勘もない中でひたすらの逃走劇は無理だ。


「だが、その陣取ってる奴らが厄介だ」

「厄介ってのは?」


 ゴソゴソと音がする。後ろで弟の方がベッドを準備している。

 まだ暗くないが……もう寝る準備か?


「……まあ、アンタなら大丈夫か。その時に説明する」

「いや、今のうちに説明しろよ」

「駄目だ」

「なんでだ」

「消灯時間だからだ」


 そういうと、バチンと電気が切れて一気に周囲が暗くなる。

 慌てて外を確認するとライトで照らしながら巡視ロボが周囲を照らしながら巡回している。


「イエローは封鎖されたネットワークで構築されていて管理されている。消灯時間を過ぎて何かしらの活動をしていると警備隊に勾留されて不穏因子として処分。良くて中央送りだ。」

「……なるほどな」

「だから明るくなってからまた話す。ベッドは準備できないが我慢してくれ」

「いや、俺は助けられたからな。構わない」

「ああ。それじゃあお休み」


 そういうと、デュエット兄がベッドに潜り込んでいく気配を感じる。

 ……まあ椅子に座ったまま寝ることは出来る。とりあえずは休息するか。


(しかし……消灯時間を決めて、巡視ロボで脱走させない……稼げなきゃ行き着く先は中央のオモチャねぇ……だいぶイエローもキナ臭いな)


 どこにでも転がっている話だが……それでも目の当たりにすると気分がいいものではない。

 ……面倒な思考になっているな。まあ、マクアの寝息でも聞きながら俺も軽く寝るとしよう。

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