そうして、日常に戻り
「待て!? ユーシャは生きてるんだよな!? 大丈夫なのか!?」
最初に出た言葉がそれだった。
俺を助けるために、ユーシャが何かしらの無茶をした。それを見過ごせなかった。
『わからないって! っていうか自分の心配をしてよ! ドウズだって死にかけてたんだよ!? 分かってるの!』
「いや、そういうが……ああ、いや。悪かった」
めちゃくちゃに怒っているリナを見てしまうと、どうにも何も言えない。
そこで落ち着いたのを確認したロクヨウが教えてくれる。
「……ユーシャのレントゲン。特に肺を見てみれば分かると思うけど」
「ん? ……なんだこりゃ?」
まるでそこだけコールタールを塗りたくられたように真っ黒になっている。
一瞬、レントゲンの撮影ミスか何かと思ったが……
「これはユーシャの肺で、除去できなかった汚染」
「はぁ!? これが全部か!?」
『まあ、義体化してない人がなりやすい奴だね。とはいえ、予想外の汚染率にビックリしたけど』
冷静にそういうリナだが、この真っ黒な肺を見てびっくりしたなどと言えるレベルではない。
まるで、石炭でここだけ落書きをしているかのようだ。
「普通はここまで汚染されない。だって、耐性がある。少なくとも、現状生存している人類は「遺伝的な加工」で汚染大気に対しての一定の耐性はあるから」
「……ああ? つまり……」
ユーシャが異世界の人間だったからこそ、ここまで一瞬で汚染されたというのか?
しかし、ロクヨウはどういう結論を……
「ユーシャちゃんが異世界の人間だから、汚染された」
「……なんで知ってんだよ、異世界の人間だって」
「リナから聞いた。目の前であんな奇跡を見せられて信じるしかない」
なんとも言えない表情を浮かべながら、それでも納得するしかないという顔のロクヨウ。
いきなり正解を言ったロクヨウに驚いて、俺は思わず聞き返してしまったが……まあ、そうか。魔法を見たならそうなるよな。
「……脱線した。医療ポットに叩き込んで、その後に回復したドウズの治療をしたのだけど、そっちも変なことになっている」
「変なこと……って俺もかよ!?」
いきなり言われて困惑する。
身体の違和感もなければ、目に見える異常はない。多少頭痛がするくらいだ。
「……」
「あ? ……いっでぇ!? 何すんだ!」
思いっきり叩かれる。
思わず抗議をしてから、ふと違和感を感じる。俺は痛いといったが……なんでだ?
「これを見て」
「ん? これは俺の方の……うわ、なんだこりゃ!?」
びっしりと、義体の中に白い糸のようなものが張り巡らされている。
まるで蜘蛛の巣のようだ。規則性はあるようだが、なんだこれは。
「これは全部神経」
「……ん? なんて言った」
「神経。今、ドウズの義体には神経系が張り巡らされて同化してる」
「……なんだそりゃ!?」
意味がわからず聞き返すが、ロクヨウは浮かない顔をしている。
「私にもわからない。だから痛覚も本来よりも過敏になってる。叩かれていたかったのもそれ」
「……クソ、不便すぎんだろ。切除とか出来ねえのか?」
「無理。確認したらナノマシンと同化して変質していた。魔法というものが妙な作用を及ぼしている。そのせいでドウズの骨子から生体までがブラックボックスになってる」
……あまりのことに理解が追いつかない。
俺の身体に神経が通っているというのは、普通に聞けば「なくなったものが復活した」と取れるだろう。
だが、実際には「必要がないから切除されていた場所」でしかない。不都合があるから無くしていたのだ。ロクヨウはやはり険しい顔のまま続ける。
「……それで、ドウズの体だけど」
「……おう」
「何の問題もない。少なくともこっちの検分では健康そのもの」
「……ならなんでそんな嫌そうな顔なんだ?」
「理解できないから。本来その神経の通り方をしたら成り立たない。まず、ナノマシンと融合している意味がわからない。理解ができないからイライラする」
「お、おう……そうなのか」
『ロクヨウ、ずっと見てる時イライラしてたんだよ?』
貧乏ゆすりまでしているロクヨウ。どうやら、本気で苛ついているようだ。まあ、技師として理解できないでさわれない状態は不愉快ではあるだろう。
そろそろ座りっぱなしだと思って立ち上がり――俺は吐き気と頭痛で膝をつく。
「ドウズ!?」
『ドウズ!?』
二人で一緒に驚かれるが、俺自身も驚いている。グラグラと揺れる視界に、チカチカとする目。
一体何が起きてるんだ? 混乱すると、声が聞こえる。
「ドウズ……動いたら駄目……多分、魔力酔い」
「ユーシャ!? 起きたのか!?」
「うん……すごく体が辛いし、お腹が痛い」
『そりゃ、人間の耐毒性能が高くても限度があるし……無茶をした分のツケが回ってきてるからねぇ』
「……よくわからないけど、一つ言うね?」
そう言ってユーシャは俺を見て。
「ドウズから……魔法の気配がするの」
もう一度ベッドに座って、ユーシャと向き合う。
ユーシャも状態だけを起こしている状態で顔色は悪い。
「私が使ったのは人の体を元に戻す力。それで、ドウズの身体がもとに戻ったの。思ったよりも戻っちゃったみたいだけど……」
「ああ、予想外にな」
『多分ナノマシンがその魔力と反応したのかもねー。ドクターが昔イジってたナゾ技術だし』
「ぐぐぐ……パパの発明は本当に……」
……ロクヨウがものすごい表情になっているがスルー。アイツ、ドクター絡みになると複雑な感情を持ってるからなぁ……
まあいい。それよりも魔法についてだ。
「それで、魔法についてなんだが……」
「うん……その前に、あの魔法に本来はあんな力はない」
「そうなのか?」
「そう。色々と理由はあるけど……こっちの世界に魔力がとても多いことも要因」
そう言えば最初に言っていたな。元の世界よりも魔力というものが多いと。
「大量の魔力で再生させて……多分、再生したけど基準が私と同じ世界の人の直し方だから、そこで「魔法」に関する何かが付与されたのかも知れない」
「……魔法に関するか」
『あ、メール。ちょっと見てるから話続けててけ』
「おう」
しかし、魔法か……そうか。
俺が魔法か……
「……ドウズ、怒ってるのかな? ロクヨウさん。なんだかソワソワしてる」
「ううん。むしろアレはとってもワクワクしてる。ドウズは昔から変な所で子供っぽい」
「うっせえぞ!」
いいじゃねえか。だってかっこいいだろ魔法。
俺だってバーっと魔法を使ってみたい気持ちはある。
「でも、ドウズはちゃんとした魔法は使えないと思う」
「……何? なんでだ? 俺も火の玉を発射したりしたいんだが」
「……ちょっと怖い」
ユーシャに引かれる。ちょっとだけショックを受けて冷静になった。
「ああ、悪い……理由はなんだ?」
「私の世界でも、魔法を使えるかどうかは才能が関係するし……ドウズは、最初から目覚めてないならそういう使い方はできない。せいぜい身にまとってちょっと動きを良くするくらい」
「……なるほど。そうか……火の玉を投げたり雷を操ったりは出来ないか……」
空を仰ぐ。
……使ってみたかった。
「無理をしたら死んじゃうかも知れないから駄目だよ?」
「そうなのか……はぁ!? 死ぬかもしれないのか!?」
「うん。魔法は危険な技術だから」
……その言葉に、ふと身体を戻す魔法に色々とといっていたが……
「なあ、ユーシャ。お前が俺に使った魔法はどういう魔法なんだ?」
「え? 体を治す魔法で……」
「どういうリスクがある? ちゃんと答えろ。誤魔化すなよ?」
じっと見つめる。青白くなった顔をそむけて冷や汗をかいている。
……コイツ、絶対に何か隠してるな。見続けると、観念したのか小声で話し始める。
「……元の世界だと……死ぬかも知れない魔法」
「はぁ!?」
「で、でも魔力不足になるから……だから、魔力が多いし大丈夫だと思ったけど……身体の魔力が空っぽになったの」
「……ああ、だから魔力で守られたお前の身体が汚染されたのか!? アホか!!」
「だ、だってドウズが死にそうだったから……!」
「俺のために命を粗末にするんじゃねえよ! 最悪共倒れになるかもしれなかっただろうが!」
「だって、死んでほしくなかったもん!」
そうやって二人で言い争いをして……背筋がゾクリとして俺は思わず振り向く。
リナが笑顔を浮かべていた。それはもう素敵な笑顔を。
『ねえ、ドウズ』
「……な、なんだ?」
あまりにも嫌な予感。
昔一度だけ見たことがある。リナは普段から楽しそうだが、ここまで笑顔で表情を固めている時は……死ぬほど怒っている時だ。
『命を粗末にするなーっていったよね?』
「あ、ああ。そりゃ当然だろ?」
『へえええええ~~~~? 決闘を受けて? 命がけの勝負をして? 心中してもいいっていう人が? いいことを言うねぇ~~~!』
……なんでだ? なんでリナが知っている?
悪い予感に流れないはずの冷や汗が流れる感覚。
「……な、なんのことだ?」
『いやー、親切な全身義体もどきの酷いやつが送ってきてくれたんだよね~? 録画した、廃棄地区での戦闘データとか会話データなんだけどさーーーー!』
「回収屋ああああああああああああああああああああああああ!!」
あの野郎!! よりによってとんでもない爆弾を落として行きやがったなぁ!?
『あははは、そうだよねぇ。自分が楽しかったからどうでも良かったんだよねぇ?』
「ま、まってくれリナ! 勘違いだ! 俺が悪かった!」
『ドウズ』
「なんだ!?」
そして、俺を見て笑顔から……一転して、思いっきり泣き顔で。
『バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!』
思いっきり叫んで、俺にブラクラを大量に送りつけた後に姿を消した。
てか、クソ、頭痛がする! 情報量が多すぎるおまけにブラクラで、情報を確認するだけで目が痛い。
「ぐあっ、り、リナ……!」
「……ドウズ、最低」
「ち、違うぞロクヨウ!」
「……ドウズ、私達が必死だったのにそんな事を言ってたんだ」
「待て! クソ回収屋の野郎がぁああ!!」
魔法も使えず、リナを本気で怒らせて、ユーシャとロクヨウを幻滅させてしまい……
この騒動の顛末は散々な結果に終わるのだった。
――だが、それでも生きて帰れた。
それは……何にも代えがたい結果だったのだろう。……代償は本当に大きいが。
はい! ということでテンドウ社編終了です
次から魔王編。ちょっと毛色が変わり魔法がメインになってきます。
ドウズが魔法を感知できるようになりました。この世界でも唯一の全身義体の魔法を使えるサイボーグですね
次回更新ですが……とりあえず、明日はお休みします。流石に忙しくて時間が……取れない……!
とはいえ、すぐに更新は再開する予定なのでお楽しみに!




