目覚め
「……ぐっ……んん?」
ここは……?
目が覚めると見覚えが……あるようでない。いや、覚えている。ここは……
「ロクヨウの工房の地下か……」
ああ、よく考えてみればロクヨウの工房は破壊された。それなら使う場所としては破壊されていないであろう地下しかないのは分かる。
というか、俺は生きているのか? なにか夢を見ていた気がするが、イマイチはっきりとしない。
「クソ、頭が痛え……」
「……」
ガチャリと扉が開いて……入ってきたロクヨウと目があった。
珍しい、本気で驚いた表情を浮かべるロクヨウ。回収屋に付けられたすっかり傷はない。ああ、あの後なんとか治ったのか。
「……よう」
「……ドウズ」
そして、座り込む。そのまま涙を流し……ちょっとまってくれ!?
「お、おい!? なんで泣いてるんだ!?」
「……パパだけじゃなくて、ドウズも死んじゃうかと思った」
だからって泣くか!? キャラじゃないだろお前という言葉を必死に飲み込む。
そう言ってポロポロと涙を流すロクヨウに、俺は必死になだめていると……
『ドウズーーーーーー!!!』
「ぐおおおおおっ!?」
『ドウズ! ドウズ! ドウズ!! 良かった、良かったぁ……あああ、うえぇ……良かったよぉ!』
死にそうな程の情報量。リナが動揺して俺に大量の情報を送ってきているようだ。
シャットダウンしたいが、上手く出来ずに吐きそうなほどの情報量でぶっ倒れそうになり……そこでようやく気づいたのか、リナが情報の流出を引っ込める。
「げほっ……加減してくれリナ」
『ぐすっ……だって、ドウズ……私、ドウズが死んじゃうんじゃないかと思って……! だって、本当に駄目だったんだもん……』
「そりゃあ悪かったな……ロクヨウもリナも無事か……良かった」
「うん。治療ポットで治癒できたし、リナは……まあ動揺してひどかったけど大丈夫」
ロクヨウが遠い目でそういう。
俺は噂でしか聞いたことがないんだが……俺が死にかけている時、リナは相当にひどいらしい。ポンコツ化するとか。
一度見てみたいが、俺が死にかけてる時だから見れないんだよな……
「それで、俺は生きてたのか……俺を運んだのは――」
「回収屋。ドウズを持ってきたから、なんとか治療できた。でも感謝はしない。」
「そりゃそうだ。今度一発殴ってやろうぜ。とはいえ、アイツの車が溶けかけてたんだろ? ざまあみろってんだ」
「……そうだけど、なんで知ってるの?」
「そりゃ……なんでだ?」
完全に意識は失っていたから、俺がそんな物を覚えているはずが……
『私が情報送ったからかな? たまにそれで知らない知識を知っちゃうこととかあるらしいし』
「……そりゃ、怖いな。まあそれだろうな」
理由を考えても思いつかないならそれしかないだろう。
しかし……なんとかやり過ごせたわけか。
「……ん? そういえばユーシャは?」
「それは……その、そっちをみて?」
「ん? なんだ、ユーシャも寝てんのか」
俺の隣においてあった寝台に寝かされているユーシャ。どうやらユーシャも無事だったか。
ただ顔色が悪い。真っ白で、まるで病人のようだ。点滴を受けている。
「ドウズの方が早く目覚めるなんて思ってなかった」
「……は? どういうことだ? 俺は何日寝てた?」
よくわからないことを言うロクヨウに聞き返す。
「十日」
「十日だぁ!?」
「ユーシャちゃんも同じだけ寝ている」
「はぁ!? おいまて、どういうことだ!?」
「……説明する」
『私も、どう言っていいかわからないから一緒に説明するね』
そう言ってリナとロクヨウは俺が寝ている間に、二人で俺に何が起きたのかを語り始めた……
――ドウズが連れさられてから、必死に捜索をしていたが見つからずにリナは立ち往生をしていた。
ユーシャはまだ気絶していて、ロクヨウも治療を続けている。連れ去られてからも必死に情報を集めていたが、リナは足取りがつかめなくなり混乱していた
『どうしよう、どうしよう! どこにもドウズがいないよ! ドウズ、どこ?』
今にも泣き出しそうな声が響く。
そこに、ガシュンというポットの開く音と共に、傷の治療が完了したロクヨウがやってきた。
「……リナ、大丈夫?」
『あ、ロクヨウ! ドウズが居ないの! 市街のどこにも! どうしよ! 足取りが消えたの!』
「……なら、廃棄地区に連れて行かれた?」
『なのかな!? まって、ログを確認したら……』
起き抜けのロクヨウでも分かる事実すら考えついていなかったリナを見て、なんとも言えない表情になるロクヨウ。
「……本当にドウズが居ないとリナは駄目……」
『えっと、あった! 車両のログ! え? でもなんで戻ってきて……』
その情報に疑問符を浮かべるリナ。と、そこで工房の外に車の止まる音がする。
何事かとロクヨウが外に出てみると……そこに回収屋がやってきた。その姿を見てロクヨウの表情は一瞬こわばる。
なにせ、骨を折られ死ぬ寸前まで痛めつけた相手だからだ。
「……な、何? また私達を……」
「届ケ物ダ」
そういって、異常な蒸気を発しながら溶けかけているボンネットから引きずり出したドウズを投げる。
地面に落下する音ではなく、地面が溶ける音がしてどれだけの熱を発しているかが分かる。
「ドウズ!? なんで、ナノマシンを……」
「敗者カラノ依頼ダ。ココマデハ生キテ運ンダ。デハマタ会ウ時ガアレバ」
「待って、どういう」
「治療シナケレバ、死ヌゾ?」
そう言ってから、歩いて帰っていく回収屋。
(……あ、車置いていくんだ)
何がなんだか分からずに、そんなどうでもいいことを考えて……
それどころではないと、地面を溶かして沈んでいくドウズをなんとかしようと奥から機材を取ってこようと工房の奥に走るロクヨウ。
そこにカメラで確認したリナが叫ぶ。
『ドウズ!? まって、どうして!?』
「リナ! お願い、義体の制御を! ドウズが死ぬ!」
『えっ!? 分かった! ドウズ、死んじゃ嫌だからね! 死なないで!』
そういって、義体をハックするリナ。そのまま無理矢理動かして、地面に沈み込むのを防ぐが少し動いて倒れる。そこに慌てて修理用の工具を持ってきたロクヨウ。
防護服を来て、施術を始める。下は地面だが、緊急事態で文句を言っていられない。
徐々に温度は下がっていくが、それでもドウズはすでに生体に甚大なダメージを受けていた。
(……駄目、脳のダメージが酷い。義体自体も、徐々に崩壊してる)
検分しながら目につく破損を治療しつつ、冷静にロクヨウは助からないと判断していた。
ナノマシンについてロクヨウに詳しいことはわからない。ロクヨウの父であるドクターが中央に所属していた時に発明されて、中央から使えないと廃棄されたものだからだ。
だが、ナノマシンがどういう原理で動いているかは知っている。義体とは別に生体からエネルギーを供給され維持しているのだ。
だから、義体が崩壊していることは脳が停止し、生体が死に始めているということ。
『ロクヨウ! ロクヨウ! どうしよう! 繋がらないの! ドウズの義体から弾かれて、ネットワークも繋がらなくなってる! 嘘だよね!? まだ、大丈夫だよね!』
「……努力する」
慰めは言えない。医者でもない。技師だから。不可能に可能だと答えることは出来なかった
必死に延命をする。だが、ロクヨウも理解していた。所詮これは延命でしかないと。それも、何も繋がらない無為な行為。
義体を無理矢理動かしても、どれだけ残った生体に治療をしても。死んだものは生き返らない。崩壊し続ける骨子パーツ。完全に崩壊すればかつての被験者のように、脳と神経だけが地面に落ちて死ぬあまりにも残酷な最後を迎えるだろう。
そう、奇跡でも起きない限り――
『ドウズ! ドウズ!! 起きて! ほら、まだ、依頼は終わってないでしょ!? ねえ、ドウズ!』
「……ドウズ、さん……」
「ユーシャちゃん……? 起きたの?」
そこには、目覚めたらしいユーシャが真っ青な顔でドウズを見ていた。
兵装は剥げ落ちて、骨子パーツは徐々に崩壊している。それは、知らない人間が見ても理解できる。もう、この人は死ぬ寸前だと。
「ドウズさん、なんで」
「わからないけど……戦って、これだけボロボロになったらしいの」
「……私が……寝てた間に……?」
その言葉に誰も答えない。
誰も悪くない。ユーシャが起きてたところで何かが出来ていたわけでもないから。
それでも、ユーシャが何を感じるかは別だ。
『やだよぉ! ドウズ! 駄目! 死んじゃだめ! 死んだら、駄目なの! 私はまだ、返し足りないのに!』
必死なリナの縋るような声。
悲痛で、あまりにも辛くて。
ロクヨウは、もう駄目だと目をそらした。すると、背後で誰かが動く気配。ユーシャがドウズに歩いていっていた
「……ユーシャちゃん……もう、ドウズは」
「ねえ、リナ」
『ドウズ! ドウズぅ!』
ロクヨウの言葉には答えずに。
必死でドウズに声をかけ聞いていないリナに、それでもユーシャは声をかける。
「……私が死んだら、代わりに……ううん、やっぱり止めておく」
『ドウズ! 起きてよ、ねえ!』
「こういう事は言ったら現実になるって……向こうで教えてもらったから」
そういって、ドウズに手を触れる。
肉を焼く音。まだ、ドウズの温度は下がりきっていない。生体が火傷する程に高温だが、ユーシャは気にすることなく手を置く。
「ドウズさん……」
『……ユーシャちゃん? 何をしてるの?』
リナも、ユーシャの異常に気づいて意識を向ける。
だが、もうユーシャはドウズしか見ていなかった。
「……楽しかった。こっちで親切にしてくれた。助けてくれた。自分に正直になれって言ってくれた」
こっちの世界にやってきて教えてもらったことを反芻するように呟く。
光が集まっていく。それは、不思議な光だった。
照らすわけではない。ただ、そこにあるだけの光。
「――自分に嘘を付きたくない。ここで、もしも死んでしまうとしても……」
更に光は強くなり、ドウズに集まっていく。
「それでも、ドウズさんを助けたいから……」
それは、魔法の存在しない世界から見れば――まさに奇跡だろう。
死んだはずの生体が蘇る。ナノマシンは、生き返ったことで己の本分を思い出して、徐々に再構築されていく。
「※※※※※」
ロクヨウは目の前の光景が信じられずに、夢を見ているのではないかと思った。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
「……なに、これ……?」
『……これが、魔法なの……?』
現実離れした光景。世界の根底を揺るがすような奇跡。
その奇跡の中心に居るドウズは――息を吹き返した。義体が起動し、徐々に再構築されていく。それはナノマシンの正常な範囲の稼働。
何が起きたのか。そう考えるロクヨウの前で……ユーシャは口から明らかに致命的な量の血を吐いた。
「げほっ! ゴホッ! あっ……」
「ユーシャちゃん!?」
『ドウズ!? ユーシャ!? まって! とりあえず工房を開けるから! ロクヨウはまずはユーシャちゃんを担いで! 私はドウズを適当な重機を動かして運ぶから!』
「……ドウズが助かりそうだからって、本当に現金。分かった。スグに運ぶ」
血を吐いたユーシャも、生体が復活し生き返ったドウズも。これが奇跡なのならつなぐのは人なのだと理解した。
そして二人を決して死なせないために、ロクヨウは必死に二人を地下へと運んだのだった。
なんと! もう一話かかります!
……いやー、申し訳ない。書いていたら尺が足りませんでした。
このクソ忙しいのにどうして




