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闇の中で

「……ん?」


 目が覚めたが、周囲は真っ暗だった。

 いや、光が周囲にキラキラと点在している。見たことはないが、夜空に燦めいていた星というのはこういうものだったのだろう。

 ……意識ははっきりしているのに、どこにもない。今までのように音が聞こえたりもロクヨウの工房でもない


「……ああ、死後の世界ってことか?」


 何となくそう思った。

 死後など信じていなかったが、実際に体験してしまうと「そういうものだろう」と勝手に納得してしまう。


「なんだ、真っ暗いだけで意外と普通だな」


 体を見る……んん? 義体なのか。まあ、生体だったら俺は脳みそだけになっているからな。

 一説には死後の世界は脳が勝手に作り出す幻想だなんて言葉もある。

 ……ふと、近くの光があまりにも綺麗で触りたくなり俺は手を伸ばし――


「触らないほうが良いよ?」

「!?!?」

「それはデータの塊だからね。混じったら発狂するよ?」


 唐突に聞こえてきた声に、俺は義体が停止するんじゃないかというくらいに驚いた。

 なにせ、その声はもう聞くことはないと思っていた声だったからだ。


「ドクター!?」

「やあやあ、いやあ。久しぶりだねぇ」


 真っ暗な空間の中で俺の横に気づいたら佇んでいた男。浅黒い肌をした人の良さそうなそいつを俺は知っている。ボサボサの髪も、よれた白衣も、もはや情けないとすら思えるような顔にも見覚えがある。

 ドクター。ロクヨウの父親で、既に死んでいるはずの故人だ。

 なぜ、ここにいるのか。


「――やっぱりここは死後の世界か? 死んだドクターが出てくるなんてな」

「ドウズくんは察しが良いねぇ。死後の世界、いい表現だと思うよ。ただ、ちょっと語弊があるとは思うけどね」


 相変わらずの胡散臭い笑み。ああ、記憶にあるのと全く変わらない……

 やはり、これは俺の記憶じゃないのか? そんな疑問が浮かんでくる。死ぬ前の走馬灯というやつだ。

 見極めるために、ドクターを観察し……


「いやあ、見てたよ。ロクヨウと仲良くしてくれているところも、頑張って便利屋稼業を頑張っているのも。ロクヨウには私が死んだ後に苦労をさせたみたいだが、可愛い子には旅をさせよっていうからね。今ではすっかり一流の技師だ。しかし、回収屋くんに持ってこられたら君はもうすごい状態だったよ。彼の車も熱で溶解し始めてたし。ナノマシンの動きが私の知っている動きと変わっていたね。やっぱり君の生体が成長したからナノマシンの行動パターンが変化したのかな? 形状記憶の条件は複雑だし、成長途上段階の子供の生体に合わせての変化を――」

「……」

「おや? どうしたのかな? まるで苦いオイルでも飲み干したような顔をして?」

「いや……俺の記憶だとしても、あんまりにもアンタが昔のまますぎてムカついているだけだ」


 ドクターは前も言った気がするがマッドサイエンティストだ。

 虫も殺せなさそうな顔をしているが、「実験データが足りないから」「臨床すれば実用化出来るから」「楽しそうだから」という理由で何人もの人間を殺している。俺の義体もそうだが、安全よりも理論の実証を先に選ぶやつだからだ。

 そして、数年前に何らかの実験をしたらしく、「実験室から腑分けになったドクター」が発見されて埋葬された。それを機に、ロクヨウがあの工房の主になり真っ当な工房として切り盛りしていたわけだが……


「ああ、記憶というと……もしかしてドウズくんの記憶の中だと思ってる?」

「……違うのか? てっきりそうだと思ったんだが。」

「あはは、違うよ。ここは電子ネットワーク上に存在している場所さ」


 笑顔でそう言われるが、理解できずに脳裏に疑問符が浮かんでくる。電子ネットワーク上に存在している場所っていうのは、どういうことだ?

 そんな俺を見て分かってるといいたげな笑み。やっぱり殴りたいな、この野郎。


「さて、私は前からしてみたいことがあったんだ。ちょっと長くなるけどいいかな?」

「……そうか。まあ聞いてやるよ」

「はは、ありがとう。さて、電子ネットワークが出来て数百年……その膨大な流れる情報量は言うなら大きな情報の大河だ。ここに意識を移植して肉体を捨てて生きていけるのではないか? と考える人は数多くいた。まあ、理屈としてはアレだね。現実だって僕たちは原子だのというデータの塊だから、電子上にステージを移せばそちらで生きることが出来るって考えだね。だけど、過去に何度もその試みは失敗している。なぜ、普通の人間は耐えれないのか? それはね、そこに流れる情報に押し流されてしまうからだよ。言うなら人間の意識は「色のついた水がコップに入っている」状態なんだ。そのコップ一杯に入っている色の付いた水を流れる川に流したらどうなるかな?」

「……ん? そりゃ、流されて消えちまうだろ」

「そう、人間が普通にしても電子で生きられない理由がソレだ。ただ意識をネットに移植するだけでは意識はコップ一杯の水でしかない。流れる大量の情報と自己を切り分けられずに同一化してしまい溶けてしまう。だから、電子妖精の手術は技術的なアンカー……まあ、これは言うなら船だね。そこに意識を乗せて情報の川に溶け出さないようにしてしまうわけだ。それが電子妖精という存在だね」

「……ふわっとした理解だが、電子妖精ってのはアンカーっていうネットワーク上に存在する船に乗って生きてるってことか?」

「そういう理解でいいよ。その船から情報を汲んできて、上手く処理してるわけなんだ」


 ……電子ネットワーク上に意識を移植する場合に肉体を残すと、意識が混濁して死ぬというのは昔から知られている常識だ。俺たちはAIから供給される分かりやすい情報をネットワークから入手して見ているのだが、人間の脳では処理しきれずオーバーフローして死んでしまう。

 そのAIが加工する前の情報を入手して確認し、利用するために自らAIに近い身体になってやろうというのが電子妖精なのだが……船に乗って情報を汲み取っている……なんか、そういうと船乗りということで、妖精から急にロマンがなくなるな。


「まあ、分かった分かった。んで、それがどうしたんだ?」

「うん。実は、このアンカーって実はブラックボックスになってて、詳しいことがあんまり分かってないんだ。」

「……は?」

「中央で情報規制されるし、中央も詳しく分かってないんだよね。だから、機器はあるけど仕組みは理屈はわからない。そんな技術を使っているんだよ」

「そんな危険なのが一般的になってんのか……?」

「うん、でも分かってないだけで安全だし実績もある。だから使われてるんだよ。そういう技術なんて昔からいくらでもあるからね。完全解明だっていずれされるんじゃないかな?」

「……そうかい。んで、そのアンカーについて調べて始末でもされたのか?」

「いや、ちょっと違うんだよね。ブラックボックスの一部を解明できたんだけど……」

「怖いことするなお前!?」


 中央の秘匿情報を解析すると、下手すると情報漏洩の罪で関係者全員粛清もありえるぞ!?


「その技術を上手く利用して転用すればダイバースーツみたいに出来るんじゃないかと思ったんだよね。ほら、私みたいに、技師だから現実に肉体は残したい。だけど、電子妖精のように自分の目で見て調べたいって言う要求を叶えるために出来そうだからさ。生身のまま電子妖精のように意識をダイブして、安全に情報を探査することの出来る装置を作っていたんだよ」

「はぁ!? そりゃ、つまり電子妖精の……」

「そうだね。電子妖精の領分を犯すような行為だね。彼らにしてみれば、土足で家に踏み込んで情報を荒らして帰っていく押し込み強盗にしか思えないだろう。だから隠れてやってたんだよね」

「軽く言うな馬鹿野郎! 下手すりゃ大戦争だろ! だから秘匿されてるんじゃねえか!!」

「まあ、やってみなきゃわからないでしょ?」


 恐ろしいことを笑顔で言い切るクソ野郎。

 ……だからコイツは本当にいやなのだ。本気でこれを言っている。悪気はない。出来たからやってみたというタイプ。


「まあ、失敗したんだけどね。自分で実験してたけど、どうやら安全面での解析が不足してたみたいで……流石に繋いだ神経系に逆流した電流で焼き切られるなんて思ってもなかったよ。ははは」

「そうかい、犠牲がアンタだけで良かったよ。まあ死んだ理由は分かった……じゃあ、なんでアンタはこうしてここにいるんだ?」


 もう、走馬灯やら俺の記憶という線は消えた。なぜなら、これは俺の記憶のドクターじゃない。この会話は俺から出ることのない内容だからだ。

 つまり、これは本当に意識だけで生きているのだ。ドクターは。


「まあ、それ自体は失敗したんだけど……どうやらその機器を使ったことで私の意識は意図してない保護状態になったらしくてね。電子妖精に近い存在になったらしいんだよ」

「電子妖精に?」


 そういうと、空中に手をかざすと映像が出てくる。

 そこには船に水を注いで浮かべている中、一つだけ何かの塊にした色水が川に沈んでいく様子を映していた。


「アンカーを使って浮かんでいる電子妖精と違って、情報の海でも溶け出さない……そうだなぁ、スライムみたいに固形になっていると仮定している。こういう手段があるなんて驚きだよね。とはいえ、これの問題は現実に浮上できないことかな。意識が溶け出さない代わりに、情報の海に深く沈んでいく。だから電子妖精はアンカー方面で発達したわけだ。調べたものも何も出力できないなんて意味がないからねぇ」

「……?」

「まあ、わかりやすく言えば実験の失敗で電子妖精とは違う手段でネットワークに生きる意識になっただけだよ。ただ、異常に深い場所にいるせいで浮上なんて出来ないだけでね」


 ……なるほど、理解できてから次の疑問が生まれる。


「なら、なぜ俺はここにいるんだ?」

「ふむ、それは君の生体が死にかけているからだ」

「死にかけ……ああ、いや。死にかけてるのは正しいな。でも、死にかけたら何でここに来るんだよ」

「まあ、難しい話になるからドウズくんにわかるように簡単に言うよ。すべての人間はネットワークに繋がっている。縁を歩くだけの生体も、浮かんでいる電子妖精もいる。そういう情報をね、AIは絶えずに収集しているんだ。コピーペーストだけどね」

「収集している? コピーペースト?」

「そうそう。記憶だって言うなら情報だ。ネットワークを通じて中央AIは失われるであろうデータを回収して保存している。それを僕は死後の世界って呼んでいる。それがここだよ」


 ……ここは、中央AIが管理しているデータの集積所というわけか。

 ネットワークに繋がっている限り、データは収集されていることは知っているが……まさか、意識もなのか?


「だから、中央AIはドウズくんが死ぬ危険が高いと判断したからコピーしたわけだね。まあ、最近はよく働いてたしハンターともやりあったからねぇ」

「……なんのためにだ?」

「記憶のデータっていうのは、使い道は沢山あるからさ。ほら、よくインストールされてる義体術のお手本。アレも収集されたデータだし。死んだら有用活用ってわけだ」

「そりゃ……ぞっとしねえな」


 知らない間に死んだ後も集められて使われ続けているわけか……

 待てよ?


「なら、なんで俺は意識があるんだ?」

「難しい話になるけど……まあ、死んでなかったからだね。だから意識毎コピーしちゃったわけ。まあ、夢みたいなものだと理解すればいいよ」

「……適当だな、おい」

「難しい話だからねぇ。中央AIも想定してないし、想定してない可能性は切り捨ててる。だから私がここにやってきたわけだ。ここは最下層だからね。行動範囲なんだよ。久々に話もできるしね」

「私欲かよ……というか、まて。俺は脳が焼けてたはずだぞ? なんで生きてるんだ?」


 ……そうだ。俺は間違いなく死んでいないとおかしい。

 生体を復活させる技術はある。だが、脳だけは不可能なはずだ。


「理由まではわからないけどね。ただ、奇跡でも起きたんじゃない?」

「奇跡だぁ?」


 奇跡なんて信じていなさそうな、それを否定するであろう存在から出た言葉に思わず聞き返す。


「うん、だってこの世界にはあの状態の君を治す手段なんてないからね。それを生き延びさせるためには、奇跡が起きるしかないよ」


 あっさりと言い切る。


「……てか、見てたのか?」

「電子妖精が知ることの出来る情報程度なら集まってくるからね。それくらいしか出来ないんだよ」


 そういって昔と変わらない胡散臭い笑みを浮かべる。

 ……身体が軽くなるような感覚。まるで、俺に生き返れとでも言うように。


「なっ! クソ、何がどうなってるんだ!?」

「肉体と精神は切って離せないから、自然と戻っていくんだ。とはいえ、君の場合は無理矢理だから相当欠落するだろうね。だから、ここでの記憶はほとんど思い出せない夢になるんじゃないかな?」

「クソ、最低な夢だな!」


 小難しい話を人生でトップクラスにムカつく野郎にされてただけじゃねえか!


「ああ、でも知ってるかい? 奇跡っていうのはね起きないから奇跡なんだ」


「――それの代償は、相当に高いんだろうね」


 にこやかに、悪気ない顔で。

 そんな不穏なことを言い残したドクターになにか言えることはなく、俺の意識は急速に覚醒していく。


 ――誰かに出会っていた夢を見ていたような気がする

小難しい話になってしまいました……

まあ、ざっくりと「この世界だと、中央AIは裏で記憶を無許可に収集してるよ!」「電子妖精が肉体を捨てるのにはちゃんと理由があるよ!」「ドウズは生きてるよ!」という当たりです

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