後悔と決闘の末
俺の拳はガラクの胴体を貫いた。
血を吐いて、心臓を貫く。義体化をしていない生体だった心臓から、オイルと血が溢れて地面を濡らしていく。
俺が腕を引き抜くと、ガラクは地面に倒れ伏す。
「クソっ!」
「ゲホッ……がはっ、ああ、良い威力だ……ひはは」
心臓を貫かれても、強化骨格の影響でしばらくは生きている。だが、それでも破壊された心臓をカバーしなければいずれ死ぬだろう。
だから俺は、ガラクに言いたいこというために必死に声をかける。それは、俺がやってはいけないことをシてしまったからだ。
「待て! おい、ガラク!」
「――便利屋ぁ……クソ、勝ちたかったぜぇ……ひは……情けねえ死に様だぁ……お前の方が強かったなぁ……」
「違う! 違う! 俺は――!」
身体が熱くなる。ああ、違う。強かったなどと言うな。
ガラクという殺し屋は人格破綻した最低な人間だ。誰に聞いてもそう答えるだろう。
だが、それでも俺との決闘でコイツは最後までフェアに、出し切って戦ったのだ。
だから、俺は血を吐くような思いで吐露をする。
「――俺は、お前に勝っていない!」
そうだ。俺はやってはいけないことをした。勝ちたいという強い意志が、俺に無意識に使わせていた。
「これが証拠だ! 俺の義体の修復機能を、俺は使っちまったんだ!」
忘れていたのだ。俺の身体にはナノマシンが存在していることに。
最後の瞬間、破壊された腕が再生されていき撃ち抜いた。
――だが、この勝負にはそんな手段で勝ってはいけなかった。
「だから――俺は勝ってねえんだ!」
それはフェアではない。ナノマシンは義体の機能だから許されるだと? そんなわけがない。殺し屋であり、暗器を使い、騙し討ちも是とするような奴が。俺と戦う上で本当に己の身体一つで俺に立ち向かった。それに対して勝つためにナノマシンを使ってしまった?
命を賭けて真剣な勝負をした奴に対して、俺は――取り返しのつかないことをしてしまった。
「ひはは……なに、いってんだよぉ……そりゃ、お前の力さぁ……ひはは」
「違う! お前が、本気で俺と戦った! だってのに、俺は」
「ちげえぜぇ……なあ、ドウズ……これは、俺が間違えたんだぜぇえ……」
だが、ガラクは責めなかった。心臓を貫かれ、必死に内部の義体がガラクを生かそうとしてなんとか命を繋いでいる状態だというのに。
――満足した表情ではない。悔しそうな、勝ちたかったという思いが伝わってくる表情で。おそらくガラク自身も無意識に涙を流しながら。
「ああ……殺し屋になったからって……サボるんじゃなかったぜ……師匠を殺して……満足して……スマートな義体術だの、練習してた……馬鹿な野郎だぜ……俺って奴はよぉ……ひは……八極を……追求しきれば、勝ってたはずだ……」
「……」
「ひはは……殺し屋で、使う技術じゃねえからなぁ……こんな運命の相手と……出会えるって思ってなかったから……げはっ……すっかり、錆びついちまってた……」
そこには俺に対する恨みも、何もない。ただ、自分が道を間違えたことを後悔しているという独白のみだった
だからこそ、俺は取り返しのつかない後悔をしていた。
「……俺は」
「ひはは、勝ったやつがそんな顔するもんじゃねえぜぇええ……ごほっ……便利屋ぁ……お前は、俺を殺したんだ……絶対に、俺以外に殺されんじゃねえぞ……」
「……ああ、そういやそうだ」
思い出した。ナノマシンを使ったリスクを。すでに骨子パーツは戻っていて頭も視界も元通りになっている。
身体を見れば、ガリガリと兵装が削れていっている。俺の身体に付属した兵装くらいしか食わないだろうが……
「――わりいな、ガラク。俺もここで死ぬ」
「ひは? おいおい……どういうこった……治ってんだろ……?」
「治ってるのは義体だけさ……その影響で熱量がドンドン上がっていくんだが、俺の生体は無視しちまう。セーフティーもねえから、このまましばらくはドンドン温度が上昇して……最後には脳みそが焼けて死ぬ」
「ひはは……馬鹿じゃねえか?」
「ああ、馬鹿なマッドサイエンティストが考えて作った義体なんだよ」
ロクヨウの父親は優秀なんだが、本気で狂ってたからなぁ。セーフティーは組み込まれていない。まあ、組み込めるなら俺の義体のナノマシンは一般的に広く実用化されている。
そんな危険な義体だからこそ、金を払ってまで被検体を募集したのだから。
そして既に発動してしまったナノマシンは俺の兵装を半分以上食らっている。ガリガリと削られていき、体温が徐々に上昇していく。
このナノマシンの活性を止めるには、金属の有無ではなくナノマシンの稼働限界である臨海点の温度まで行かなければならない。だからこそ、使うなと言われているわけだ。
「ひはは……おいおい……締まらねぇ終わり方だなぁ……」
「全くだ……まあ、だが仕方ねえ。ここで心中してやるよ」
そう言って俺は座る。俺は、どこか心の底ではこの結末に納得していた。
コイツの全力を俺はナノマシンで無為にしてしまった……そんな不粋なことをした俺自身への罰だ。
後悔はある。だが、それでも仕方ない。こんな仕事をしていて、最後がベッドの上で満足できるとは思っていない。いつだって死は平等でままならないものなのだから。
リナもユーシャも、ロクヨウも。俺が死んだとしても……なんとか元気でやっていけるはずだ。
「ひは、気に入らねえなぁ……」
「ああ? 何がだ」
だが、笑顔を浮かべながら不満だというガラク。
「ひはははは……お前さんが、そんな納得したようなのが気に入らねえ……ひは、ああ、最後に嫌がらせしてやるぜぇ……」
「ああ? 嫌がらせだ? 死ぬ前に何をしようってんだ」
「そりゃあ、お前が嫌がることさぁあああ」
「……そうかい、好きにしろ」
投げやりにそういう。
温度の上昇で、意識が朦朧としてきた。確かにサムライと戦ったときと違う。まともに行動できなくなるような感覚が襲ってくる。終りが近いと感じていた
思っていたよりも苦痛はない。ただ、ゆっくりと俺がどこかに消えていくような感覚がするだけだ。
……死ぬか。
(……ああ……最後にリナにもユーシャにも何も言えねえのは嫌だな)
ふと、そんな事を思って。
俺の身体が誰かに担ぎ上げられる。
「は……? なんだ……?」
ぼうっとした頭でも俺がどこかに連れて行かれようとしている事くらいは理解できる。朦朧とした意識でも、無理矢理に視線をその誰かに向ける。
俺を担ぎ上げているのは――
「回収屋……? お前、何を……!」
「フッ、仕事ダ。ガラクカラノ依頼ダ」
「……そういう、ことかよ……」
最初から、そういう段取りだったわけか。
俺はやりきれない気持ちでガラクを見て……
衝動的に叫んだ。
「ガラク、てめえええええええ!!」
叫ぶ。身体の熱で朦朧としていた意識もあまりの怒りに覚醒してしまった。
あの野郎! なんで俺だけが運ばれているんだ!?
「ひは、ひはははは! ゴボッ、ゲホッ! そりゃあそうだろうよおお! 勝ったら、生きて帰れて……敗者は死ぬに決まってんだろぉおおおお! ひゃははははははは!!」
楽しそうに、楽しそうに笑うガラク。
だが、俺はもはや目の前が真っ赤になるほどに怒りを覚える。あんな反則をした、俺だけを生かしてお前は死ぬ? ふざけるな!
「ふざけんじゃねえ! ガラク!! お前も生きやがれ! おい、再戦だ! 回収屋! 報酬は払う! ガラクを……」
「暴レルナ。ソノ熱量ハ俺デモ厳シイ」
「うるせえ! ならアイツを連れてこい! まだ間に合う!」
「駄目ダ」
「なんでだ!」
「「勝者を回収してくれ」ガ奴ノ依頼ダ」
――そう言われて、回収屋はテコでも曲げないだろうと悟る。その依頼を絶対に成功させるのは、ここに来るまでに散々に見た回収屋の在り方で、矜持だからだ。
だが、このままガラクを見殺しにするなど、俺の挟持が許さない。血を吐きながら楽しそうに叫ぶガラクに叫ぶ。
「ガラク! 俺を回収した所で、生体の脳にダメージが行けば死ぬんだ! だからお前は――」
「ひは、ひはははは! そこは気合でなんとかしてくれやぁああああ! もしも駄目だったらよぉおおおお」
ニコリと。今日一番の笑みを浮かべる。
「地獄で今度こそ決着をつけようぜぇええええええ!!!」
「ふざけんな!」
「ひははははは! 勝った奴に拒否権はねえぜぇええええ! まあ、地獄に来ても叩き帰してやるがよぉおおおおお!」
「ガラッ……」
浮遊感。ガツンという衝撃、脳が揺さぶられて、既に限界が近かった俺は強制的に意識が途絶させられる。
回収屋のクソ野郎、俺を投げてトランクにしまい込みやがった。
「サテ、オ前ノ仲間ノ所マデハ生キテ運ンデヤロウ」
そういうと、俺を押し込めたトランクが一瞬で霜が降りる程に温度が下がる。
ナノマシンは止まらないものの、動きが低下する。急速冷凍。液体窒素を使っているようだ。
だが、それでも凍りつかない。ソレほどまでにナノマシンは高温になっている。だが……
「シバラクハソレデ持ツダロウ。サテ、飛バスゾ」
「クソ……この……野郎……」
もはや身体は動かず、何をすることも出来ない。
そうして俺の意識は凍結し……真っ暗な闇の中に落ちていった。
――車が恐ろしい速度で走っていくのを見送って、ガラクは一人呟く。
「ああ、行っちまったなぁ……ひはは」
そして、一人取り残されたガラクの元に誰か歩いていくる。
それは、先程連れて行ったはずの回収屋だった。
「ひは、どうしたんだ……? そっちは、いざと言うときの義体だろぉお……」
「質問ガアッタノデナ。動カシタ」
「珍しいなぁ……ぐっ……手早く頼むぜぇえ……げほっ……そろそろ、意識がやべえからよぉおお……」
既に生体は血の気を失い、機能不全となった義体や骨格はもはや使い物にならない。意識を保っているのも、ガラクの強い意志によるものだった。
そんな彼に、回収屋は質問をする。
「何故ソレヲ、使ワナカッタ?」
「ああ……? 何のことだかわかんねえなぁ……?」
とぼけるように言うガラク。
「オ前ノ強化骨格ニハ、幾ツカ仕込ミガアルダロウ。ソレヲ使エバ、勝ッテイタノデハナイカ?」
「……くは、忘れてただけだぁ……」
「嘘ダナ。何度カ使ッテイタダロウ? 何度カ、オ前トノ仕事デ見タカラナ」
その質問に、ガラクは笑みを浮かべて視線をそらす。
死の間際だというのに、どこかとぼけたようなガラクから答えを引き出そうと回収屋は続ける。
「オ前トハ腐レ縁ダガ、騙シ討チモ戦イノ華ダト言ウ性格ダッタ筈ダ。ダト言ウノニ、何故今回ハ使ワナカッタノカヲ教エテ欲シイ。負ケズ嫌イナオ前ガ、使ワナカッタ理由ヲ」
「ヒハハ……」
「答エルマデ、質問スルゾ?」
「ひはは……げほっ……分かった分かった……笑うなよ?」
恥ずかしそうにしながら、ガラクは答える。
それはガラクという人間が初めて言う理由。
「惚れた奴の前で……ひはは、カッコつけたかったんだよ……騙し討ちなんかもせずになぁ……ひは、それだけさぁ……」
意外だったのか、回収屋はキョトンとして。
低く笑い声を上げる。
「……クク、ソウカ。オ前モ人ノ子ダトイウ事ダナ」
「笑うなって、言ったろうがよぉお……ごほっ……んで、聞きたいことは終わったかぁ……?」
「アア。悪カッタナ、ガラク」
そして、ガラクの隣の廃材の上に腰掛ける。
「げほっ……オイ、帰らねえのかよぉ……」
「最後クライ、オ前ノ最後ヲ看取ル奴ガ居テモ良イト思ッテナ」
「ひはは……そうかい、そうかい……好きにすりゃいいさ……がはっ……」
血を吐いて、もう時間がないことが見て分かる。空を見上げるガラク。
じっと見つめ……涙を流して、呟く。
「ああ、でも勝ちたかった……ひはは……ああ、悔しいなぁ……」
「……」
「ひはは……ああ、ドウズの奴と……もっと、戦いたかったなぁぁ……あああ……」
回収屋は何も言わない。短くない付き合いだったガラクは、この最後を汚すことを望まないから。
そうして、そっと一人の殺し屋の最後を回収屋は看取るのだった。
あと2話くらいで一旦キリが良くなる(テンドウ社編が終わる)ので、ちょっと投下ペースが変わる予定です




