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決闘

 退路はない。

 そして、ガラク。奴は既に臨戦態勢に入っている。

 俺がここで逃げ出すなんて頭の中にすらない顔をしている。


「ひははは! ああ、この日をどれだけ待望んだか!」

「ご機嫌だな」

「そりゃあそうだろうぜえええええ! 待ち望んだ、便利屋との決闘なんだからなぁああああ!!」


 ああ、なんとも言い難いほどのハイテンション。だが、それでも俺は逃げるつもりはない。

 ここで逃げるほど空気の読めていない人間ではない。それに何よりも――


「――それで、ヨーイドンの合図はいるのか?」

「ひはは、面白い冗談だなぁ便利屋ぁ!」


 軽口に笑顔で返すガラク。そして、お互いに義体術の構えを取る。

 ――夢の跡で男二人。ただ、構えるのは己の身体のみ。義体という物はあるが、ここでは一切のアドバンテージにもならない。原始的で野蛮だと言われる戦い方。

 ああ、前時代的だ。銃で打ち合い、兵装をぶつけ合い、リスクとリターンを秤にかけて仕事をする便利屋とはかけ離れている。


(だが――これも、ロマンってやつだろうよ)


 ああ、そうだ。ロマンだ。――最高に格好良くて、最高に面白いのだから、仕方ないだろう。

 ああ、なぜ人は義体になってもこうして拳で戦うのか。それはそこにロマンがあるからだ。

 ガラクの趣味趣向は理解は出来ない。だが、それでも俺には己の築き上げてきた技術をぶつけ合う楽しみは理解できる。

 俺は義体術を正しい形で学んだことはない。だが、俺が今まで使い続けてきた義体術を使い相手を撃退した時には喜びを覚える。

 ――未だにどこかでは拳闘が開かれていて、そこでチャンピオンを決めている。殴り合いの強さに熱を持ち、憧れるのは……人間の原始的な本能なのかもしれない。


(だから、ガラクの野郎を真っ向から迎え撃つ事に躊躇いはねえ)


 そうだ、ここで俺が奴の誘いを断るような真似をすれば……それは、俺という人間の在り方に反する。


「……」

「……」


 睨み合い。ガラクも俺の一呼吸すら見逃さないとばかりに、真剣にこちらを見ている。硬直。

 ――お互いに知らない間柄なら話は変わる。お互いに消耗を狙いながらひたすらに撃ち合い続け、相手の手の内を読み合い、そして戦略を立てて一撃を狙う。

 だが、俺とガラクはお互いに一度戦った。そして、義体術を使う人間同士の兵装を利用しない戦いだと分かっている。そして、俺も奴もマトモに攻撃が当たれば優勢は決まるような威力を出せる。

 その状態で、牽制などは命取りだ。普段戦いなれてないからこそ、集中をしなくてはならない。強くなり、手札は増えたかも知れない。だが、この場において余計な何かは死に繋がる。純化された戦いは、余計なものの乱入を歓迎しないのだから。


「――なぁ、便利屋ぁ」

「……なんだ?」


 気を緩ませず、しかしまるで長年の親友に声をかけるように、ガラクは俺へ雑談をしてくる。

 俺も返事をする。ここで会話をせずその時を待つのも手ではあるだろう。だが、それは良くないとユーシャが言っていたことを思い出す。


「ペースは大事なの。相手が話すなら受けるべき。相手の会話を無視して挑もうとするっていうのは、精神的な余裕が変わる。会話を拒否した側は、そのことがほんの少しの傷になるの。実力差があるならいいけど、同程度から格上相手を相手にしてる時に、その傷はどこかで致命的になるから」


 状況次第ではあるが、それも戦いだという。煽ってくるなら如何にしてスルーをするべきか。相手の呼吸をどの程度理解するか。それは戦いの中で覚えていくしかないと言っていたが……まあ、実践のタイミングがとんでもなく早かったな

 言葉が必要のない戦いもあれば、言葉を受け合うことで場の動く戦いもある。この戦いはまさしく、お互いに場を動かす何かを求める戦いだ。


「どうやら、お前も相当に鍛えたようだなぁあああ! ひはは、なんだぁ? 前よりも立ち方がしっかりしてるぜぇえ! 教科書どおりも面白かったんだがなぁ!」

「そうか? 言われてみないと分からねえもんだな」

「ひはは、そうだろそうだろ。俺だってお前との戦いからずっと鍛え直してたんだぜぇ? でも、案外分からねえもんだなぁ!」

「生憎、俺も学がねえから違いが分からねえ。期待はすんなよ」

「ひは、いいさ。拳で語ってくれればなぁ」


 お互いに雑談。呼吸を乱し、あえてずらす読み合い。

 ――それとは別に、お互いに理解している。ここで交わす言葉が最後になると。だから、悔いのないように言葉を残そうと。


「しかし、パレードなんて馬鹿見てえな名前にしては真面目なんだな。わざわざ鍛錬のし直しなんざ」

「ああ、そりゃあ仕方ねえ。テンドウ社お抱えになったのだって、前任者の殺し屋野郎がつええって聞いたから挑んで派手にぶっ殺してやったら付いた名前だからよぉおお。自爆装置を仕込んでる義体野郎は面白かったぜぇえええ!」

「自爆装置って何の意味が……いや、不粋だな。んで、テンドウ社のお抱えってのはそういうシステムなのか」

「ひは、意外と原始的だろぉおおお? そりゃ、表に出せねえからそうなるってわけだよなぁあああ! だが、あの殺し屋も強かったぜぇえええ。とはいえ、俺のほうが強いんだけどな。どうだ? ビビっちまったか?」

「言ってろ」

「ひはっ」


 ――沈黙。

 そして、ガラリと背後にある廃棄パーツの山が自重に耐えかねて崩れる。

 ほんの少しだけ、お互いの呼吸が乱れる。それが合図だった。


「――らぁ!!」

「――ひはぁああ!」


 お互いの足元が爆発する。お互いに全力で大地を蹴ったからだ。

 一瞬で距離を詰める。至近距離。お互いに既に呼吸は読み切った。

 ガラクは溜めていた右腕を放った。過去に存在した空手の正拳と呼ばれるような型だ。そして、まっすぐに手刀を伸ばして俺の喉を狙う。最初の時と同じ急所狙いの一撃。殺し屋として磨き続けてきた技術なのだろう。

 だからこそ、俺は既に横から掌底を放っていた。その行動を読んで、腕を破壊する勢いでぶち当て、その手刀の軌道をズラして、空を切る。

 ――だが、感覚がおかしい。軽すぎる。


「――貰ったぁあああ!!」


 ――くそっ! 読まれていた。自分から掌底を打ち込んだ方向に身体の重心を傾けていたガラク。そうか、俺が迎撃するという前提で攻撃をしたのか。その受け流した勢いのままに空中で身体を回転させ……そうか、蹴り技がくる。勢いを利用したカウンターの回し蹴り。

 ――この軌道は、俺の頭にぶち当たる。奴の強化骨格の一撃なら容赦なく俺の頭部を破壊して脳まで届く。

 だから俺は。


「があああああああああああ!」


 回避が間に合わないと踏んだ瞬間に、思いっきり地面を踏みしめて義体を無理矢理捩じ切るように姿勢を変える。義体だから出来る人間の可動域を無視した、無理矢理な動き。

 だが、当然ながら義体でしてもいい理由にはならない。ガリガリと、関節が削れる音。パーツの破裂するような音がして、警告が出る。

 だが、方向転換は完了した。そのままの態勢で俺は地面を蹴り、勢いをつけて額でガラクのつま先ではなく、脛を受け止める。


「うらああああ!」

「ぎあっ、ひはははは!」


 ゴキンという鈍い音。強化骨格のガラクの足でも、あの勢いでの義体同士での激突には耐えきれなかったようで折れた感触。だが、その代償に俺の頭部もグシャリという破壊音がした。

 一瞬意識がとびかける。手で頭部に触れてみれば、グシャグシャになっている。ほんの少しズレたら脳に届いていたかも知れない。だが、命を繋いだ。とは言っても代償は大きい。視界が半分ブラックアウトしてしまった。

 追い打ちをかけるように一瞬、身体がよろめく。身体の制御も出来なくなったかと思ったが、倒れなかった。ああ、いい。まだなんとか保っている。だが、頭部の制御機構にも影響が出ている。


「――ひは、ああ、ああ。左足がオシャカになっちまった」

「ああ、俺だって半分何も見えねえ。それに全身ボロボロだ」

「ひははははは」

「くく……ははは」


 笑う。笑う。

 ああ、死ぬほど痛い。死ぬほど苦しい。だが、楽しい。痛みも、無視できる。限界を超えた先で、ハイになっている。

 命の奪い合いだというのに、奇妙な連帯感を持っていた。それは、なんと言えばいいのだろう。

 ――ああ、これは言葉で説明できないのだろうな。命をかけた戦いの中で芽生えるこの楽しさは。精神をせめぎ合うような中ですべてを出し切る楽しさ。


「――ひは」

「――はは」


 最後だ。軸足が折れたガラクはすぐにでも脚が限界を迎えるだろう。

 俺も、視界の半分が削られていて制御機能にも不全が起きている。もう少しすれば倒れて動けないかも知れない。

 情けない最後を晒さないために――お互いに、次の一撃が最後だと理解する。

 だから、俺は――


「……やっぱり、基本だよな」

「ひはは、同意だなぁ」


 お互いに笑い合う。俺は基本の構え。この体になってから、ずっとずっと続けてきた構えだ。

 それは俺の本気の一撃の……正拳の構え。

 そして、対するガラクは……


「……それ、本気か?」

「ひははは。本気も本気さぁ! これで先生もぶっ殺したんだぜぇ?」


 そう言って構えたのは……まさかの、八極の構え。

 大昔の拳法で使われていて伝承に残っているらしく、義体術にもそれは伝わっている……のだが、それはあくまでも伝承に伝わっている未完成の技だ。

 極大の一撃を打ち込むという、一撃重視の拳法である八極。


「ひはっ……これを出すか悩んだぜぇ」

「出し惜しみか?」

「ひはは、ちげえよ……随分と使ってなかっただけさぁ……」


 ……恐らく、暗殺者としての時間が練習を忘れさせてしまったのだろう。

 マイナーすぎる。というよりも廃れた拳技。接近して最大の威力を発揮すると言うが、義体の戦いにおいて接近戦は全てが必殺だ。

 義体術も過去にあった拳技を義体に合わせてアップデートされている。だからこそ、それに対応できずに廃れたのだが……


「ひはっ、発勁だの生体を利用した技術だからなぁ……俺も強化骨格にしてから随分とご無沙汰だぜ。暗殺方面の技術ばっかり磨いてたからなぁ」

「そんなにペラペラ喋っていいのか?」

「ああ、どうせお前も俺も最後だぁ……出し惜しみは無しで行こうぜぇ……!」

「いいな。とはいえ、俺はもう出し切った後だ」

「ひはは、ズルいぜええぇ」


 笑い合う。ああ、楽しい。楽しかった。だが、ここで終わる。

 だから、構える。距離はすでに間合い。限界寸前で次の一撃で決まると分かっているからこその溜め。

 不思議だ。殺し屋と便利屋。その二人が堂々とフェアに戦っている。

 ――ああ、この瞬間はずっと忘れないだろう。


「……らああああああああ!」

「……ひはははははははは!」


 そして、俺は正拳を撃ち出し真正面に。

 それをガラクは迎え撃つ。ふらりと倒れかかるようにして、大地を踏みしめ。

 まるで爆発でも起きたのかと思う衝撃が俺の拳に入った。

 初めて体感する八極の威力は、全力でなければ一瞬で持っていかれるような威力だった


「ぐ、があああぁ!」

「ぎぅ、ひひひひ!」


 体当たりのような攻撃。だが、その威力は体当たりの比ではない。昔、殴り飛ばした兵装の何倍も重く、暴力的な威力に腕が悲鳴を上げる。

 ミシリミシリと、腕が破壊されていく音。しかし、止めるわけには行かない。衝突しているガラクの身体からも、同じような音が聞こえている。

 ――だが、それでも。


「負けっかよぉおおおおおおおお!」


 負けれない。だから、俺は――

 俺は――


 待て。

 ダメだ。

 ああ、ダメだ。

 ()()――()()()()()()()


「ひは――」


 そして――


「ひはは――ああ、勝ちたかったなぁ――」


 俺の拳が、ガラクの体を貫いた。

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