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約束と因縁

 がたがたと揺れる車の中で揺られて俺は運ばれていく。

 荷物のように積まれてトランクの蓋を閉められた俺は暗闇の中に居た。


(……視界は塞がれている。音は聞こえるがヒントになるようなものは聞こえてこない。……身体はちょっとは動くようになってきたか。時間的には十分以上は経過してる。……相当な距離を走ってるな)


 動けないなりに動けるように回復に努めていたおかげか、随分と動けるようにはなってきていた。だが、トランクを蹴ってみたが開かない。まあ、義体なども確保して運べるようにそのくらい丈夫にはしているか。

 セルフチェック。エラーが出るが、それでも動くの自体には問題はない。あれだけ激しい立ち回りを見せていたわりには、リスクをとった右足以外には目立った後を引くダメージはないようだ。


(不幸中の幸いだったな……回収屋と戦って……待てよ?)


 考えてみれば、次の依頼だと回収屋は言っていた。つまり、俺も回収対象だからこそ、俺を無力化しようと電磁ロッドなどを使って戦っていたわけか。

 ……ああ、なるほど。その気ならもっと殺傷能力の高い兵装やら、なんなら最初の段階で俺をぶち殺せるなにかを使えたのだろう。


「クソ……! 本気なら死んでたのか俺は……」


 呟いてから、さらに敗北感が芽生える。手加減をされていたのだ。何がやり過ごせただ。その気なら俺は負けていた。

 ギリギリと、手を握りしめる。自傷行為に対する警告が出てくるが、それでも俺のこの悔しさは……


「――ドウズ、気ニ病ムナ。ソコマデオ前ニ遠慮ハシテイナイ」

「うおっ!? なんだ!?」

「……運搬物ノモニタリングクライハスルゾ?」


 呆れたような物言い。どうやら、俺は監視されていたようだ。

 運転席に居た回収やからそんなふうに声をかけられる。どうやらスピーカーでも着いていて声を聞かせられるようになっているらしい。

 悪趣味だとは思うが、暗闇の中で俺は聞き返す。


「……んで、いきなりなんだ? アフターケアでもしようってのか? それも仕事の一環か?」

「不貞腐レナイデモイイ。本気ダノ、死ンデイタダノ言ッテイタカラ訂正ダ。純粋ニオ前ハ強クナッテイタ。予定デハ破壊サレズニ、モット義体ヲ節約出来テイタハズデ、オ前モ無傷デ確保出来ルハズダッタ」

「そうかい。だが、手加減をされたことには変わりねえだろ」

「ハハ、オ前ハ潔癖スギルナ。形振リ構ワナイ戦イヲスルノデアレバ、今ノオ前ハ「オーガ」ニモ「サムライ」ニモ勝テナイ。ソレハ元ノ資本カラ違ウカラダ」


 軽く笑われながら、まるで覚えの悪いガキを諭すようにそういわれる。

 耳でも塞いでやろうかと思ったが、それこそ子供っぽいと気づいて止めて素直に聞く。ああ、気持ちはどうあれ勝者の言葉だ。聞くしかないだろう。


「家ニ住ミ着イタネズミヲ追イ払ウノニ、家ヲ焼キ払ウノハ愚カ者デシカナイ。仕事ニハ適シタダケノ「リソース」ヲ注グベキダ。ソノ見込ミヲ超エタノナラ、オ前ハ想定サレテイル以上ニ強イ。ソレヲ卑下スルナ。手加減ダノ何ダノ言ウ前ニナ」

「……そうかよ。俺はネズミか」

「ククッ……負ケズ嫌イダナ、ドウズ。ダガ、考エテミロ。誰モ彼モ常ニ全力ヲ出セルワケデハナイ。オ前モ「プロ」ヲ名乗ルナラ、結果ダケヲ見テ判断シロ。オ前ハ便()()()()()()()()? ソレトモ何ダ? 武闘家カ、戦争屋ニデモナッタノカ?」


 その言葉に、ストンと気持ちが落ちる

 ……ああ、そうか。負けたことは悔しい。だが、それでも俺は便利屋だ。


「……ちっ、変なことを言ったな。悪かったよ」

「ククク、イイサ。後進ノ教育モ先輩ノ努メダ」


 何で俺をボコボコにした奴に励まされて諭されてるんだ俺は。

 だが、回収屋の言うとおりだ。俺は便利屋でしかない。マンハントのプロフェッショナルであるハンターやら、殺し屋の相手なんてのはあくまでも本来の目的の障害でしかない。

 俺の目的はなんだ? ユーシャを保護して魔王を探し出すまでサポートする事だ。ならば、ユーシャを守りきれた時点で俺は出来る事をしている。


「現実ニIF(もしも)ハナイ。アルノハ、結果ダケダ。ソレ以上ヲ求メルノハ強欲ナダケダロウ?」

「……」


 そう言われてしまえば、俺も何も言えない。だが、心が少しだけ軽くなった。

 ああ、そうだ。俺は出来ることをしてきた。強くなって、自分でできることも増えたせいで勘違いしていたが……俺は便利屋だ。


(……クソ、本当にガキみたいな悩みだったな)


 恥ずかしくて生体なら赤面していた。

 ――だが、いまだに疑問がある。俺を回収するように頼んだのは誰だ? 約束というのも、ピンとこない。

 ……まあ聞くなら今しかないか。


「なあ、回収屋。一体どこの誰が俺を……」

「着イタゾ」

「いでっ!」


 そういって、車が止まり俺の体が思いっきり揺さぶられ頭を打つ。くそ、固定されてないで荷台に転がされてるせいで当たるんだよ。せめてちゃんと固定しろ。

 そうして荷台が開けられ、引っ張り上げられてから投げ捨てるように降ろされる。


「ぐほっ! おい、コラ! ちゃんと降ろせクソ野郎!」

「フッ、モウ身体ハ動クダロウ?」

「……ちっ、んで、ここはどこだ?」


 軽くストレッチ。問題ない。クソ、俺が頼んだ側ならいい状態で運んでいたと褒めるレベルだな。

 場所のあたりを付けるために見渡してみるが、そこは廃材が積み重ねられている薄暗い場所だった。周辺を金網で囲まれているが、覚えはない。まるで大昔の時代にあったコロシアムようだ。出入り口は大きいのが一つだけ。そこから回収屋は車で入ってきたらしい。

 ……嗅覚センサーは起動するなと警告しているなら、下水よりも酷いようだ。まあいい。ネットワークに繋ごうとするが反応がない。一瞬、妨害かと思ったが違うことに気づく。

 物理的に繋がっていないのだ。


「……ここは廃棄地区……まさか、「夢の跡」か!?」


 この感覚には覚えがある。廃棄地区の奥深くだ。完全にネットなどの設備がなく、廃棄地区の住人からも捨てられた地帯。何度か踏み込んだ事がある。

 なぜ廃棄地区の人間すらも住まないのか。それは汚染濃度が半端ではなく高くなっているからだ。生体で踏み込めば、一日も立たずに臓器の解毒が間に合わずに血を吐きながら死ぬようなレベルで汚染され、義体でも一ヶ月も住んでいればフィルターがぶっ壊れ残った生体が汚染されるような危険地帯。。

 あの大気に適応した虫やネズミすらいないというから驚きだろう。廃棄地区の人間が本当に不必要なものを捨てるゴミ捨て場。ああ、誰かが言った廃棄地区ですら使われることのないゴミの行き着く「夢の跡」だ。


「こんな場所に誰が呼んだんだよ……」

「俺だ! 待ったぜぇえええええ! 便利屋ぁあああああああああ!」

「……この声は」


 聞き覚えがある。うんざりするような大声量で、叫ぶように呼ばれるアッパー系の声。

 現れたのは特徴のない顔立ちの男。だが、ギラギラとした目と、強化骨格で偽装した生体にしか見えない身体は間違いない。アイツだ。


「……お前かよ……ガラク」

「ひはははははは! 久しぶりだなぁ! いやあ、無事なようで何よりだぁあああああ!!!」


 ガラクの馬鹿野郎だ。

 ああ、この享楽的な殺し屋か。完全に脳みそから抜けていた。確かに呼んでくるならコイツだろうな。

 ……そういや、礼を言っておくか。


「ああ、前の情報は助かった……こっちは死ぬような思いをしてきたんだが、帰えしてくれるか? 俺だってこんなボロボロで……」

「ひは、そんな事は聞けねえなぁあああああ! なあ、便利屋ぁああああ!!」

「いや、俺の話を聞けよ」


 なんというか、あの激しい戦いの後にこのハイテンションな男と顔を合わせると死ぬほど疲れる。

 クソ、さっさと終わらせて帰るか。


「それで、なんだ? あの時もう一度戦う約束か?」

「ああ、それだぜぇええええ! どうだい、遊んでくれるってのかあああああ!? ひはははははは!」

「まあ、情報の礼代わりだ。満足するまで付き合ってやるよ。それでいいな?」

「……足りねえな」


 ピタリと哄笑が止まる。感情がストンと抜け落ちる。

 落差に俺は驚愕してしまう。あの時の俺に忠告をしに来たガラクの浮かべた無機質で色のない表情だ。


「なあ、便利屋ぁ。お前は俺の獲物だって約束しただろう?」

「約束はしてねえよ」

「ひは、そうだったか? ああ、でもすげえな。あの歴戦のハンター共から生き延びるなんてなぁ。俺は驚いたよ」


 脱力をしているのか、重力に引かれるように身体がゆらゆらと揺れている。まるで幽鬼のような姿。

 それがあまりにも不気味だ。ガラクという人間に出会ってからというものの、コイツは最初のようなハイテンションで接触してきた。だから混乱する。

 一体、コイツは何を考えているんだ?


「……どうした? 調子でも悪いのか?」

「ああ、いや、ちげえよ。ちとダウナーに入ってるだけだぜぇ。ひは、ひはは」

「……そうか。電子ドラッグでも使ってんのか?」

「ひはっ、ヤクなんざじゃ感じねえよ。俺はなぁ、昔から勝つのが好きだったんだ。殺すのが好きで、打ち負かすのが好きだ。積み重ねた物の上でもぎ取る勝利が好きだ。そう、それだけで満足なんだ。逆に言えば、それ以外じゃ満足できねえ。借り物の力を持ってるやつをぶっ倒しても面白くねえし、調子に乗っているだけのやつの鼻っ柱をへし折っても物足りねぇ。ひりつくような勝負の先で、俺が生きて目の前の奴が死んでる時が最高に好きなんだよ」


 自分のことを訥々と語っていく。

 それと同時に寒気がする。いや、寒気というよりも、恐れか? 目の前にいるガラクという人間の輪郭が徐々に濃密になっていく。

 それは、狂人の気配だ。たった一つのことのために全てを殉じれる狂信者。


「義体術を学んだのは偶然だ。でも、俺はすっかりこれにハマっちまったよ。最高だろ? 生身で義体をぶっ倒そうなんてイカれた技なんて。それで、俺が義体術を教えてもらってから最初に殺したのは教えてくれた人だったよ。……ああ、あの時が人生でも最高の絶頂だったなぁ……そんで、その後も義体術の道場破りでいろんなやつを殺したよ……ああ、あの時は楽しかったなぁ……でもなぁ、義体術を実践で使うような馬鹿は徐々に減って、俺より強いやつは居なくなっていった。俺は強いやつを探してぶっ殺しまくって、気づいたら俺自身が一番強くなってたんだからよぉ……だから、殺し屋になった。もっと強いやつがいて、ひりつくような勝負が出来ると思っていたからだ」

「……」

「でもなぁ、殺し屋になって分かったのは、こんな技術を使って強いやつは居ないって現実だよ。義体をアップデートして、兵装を積んで……たまにはいるぜ? 強いやつも。ひりつく勝負も。だが、何かが違うんだ。俺を熱くさせるものがなかった。それはな、土壌が違うからだ。そこでの勝利も敗北も、言い訳ができちまうんだよ。取り返しのつく勝負ばっかりで、詰まらねえ。その時、俺は「ああ、生まれる時代を間違えたんだな」って思ったよ。生体の、取り返しの出来ない状態での勝負。それがやりたかったんだと思った。言い訳の出来ない競り合いの末に勝ちたかった。そうだ、そうなんだよ」


 徐々に熱くなっていく。それに応じて、目の光が徐々に灯っていく。

 ああ、これはガラクという狂った人間の根幹なのだろう。ギャンブラーでバトルマニアで、どうしようもない武の狂信者なのか。

 肉体を鍛え上げる技術が一般的だった時代に生まれれば、アイツは満足できたのかもしれない。


「だからお前だ! お前しか居ねえんだ!! 全身義体になってまで義体術を使って戦うような馬鹿が! 俺が一切の言い訳無く、勝負をして決着を付けれる相手が! ああ、お前が勝ったから! だから俺の気持ちは止まらねえ!! お前を殺したい! お前を打ち倒したい! ああ、俺が生きてる実感を沸かせてくれ!」


 ガシャンという音。背後を見れば、回収屋がこの夢の跡に繋がる道を金網で封鎖した音だった。

 ――理解した。ここはリングだ。俺とこいつだけの、特設リング。観客も居ない、誰の助けもない。電子妖精すらも来ない。ただ、本当に二人で殺し合うためだけの場。


「だからぁ! 約束通り、殺し合おうぜぇえええええええ!! そうだ! それしかねえんだ! 俺たちの繋がりは! ああ、本当に、心の底からこう思うんだぁあああああ!!」


 晴れやかで、何の迷いもない笑み。

 ――狂人が、本懐を遂げる笑み。


「俺とお前が殺し合うのは、運命なんだってよぉおおおおおおお!!」


 ああ、それは――俺の人生で最も最低な愛の告白だった。

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