絶望と伝説と
「サテ、回収サセテ貰ウゾ」
そういう回収屋の前に俺は立ちはだかる。
ああ、クソ。いろいろな疑問と怒りと困惑と……俺自身、心のなかではぐちゃぐちゃになっている。
だからか、俺の中にに浮かんだ疑問が口をでていた。
「……お前がサイレントなのか?」
「……アア、ソウ呼バレテイルラシイナ。便利ナノデハンターノ資格ヲ持ッタノダガ、イツカラカソウ呼バレテイル。ダガ、ソウ呼バナイデ欲シイ。俺ハ回収屋ダカラナ」
全く変わらない調子。その様子に怒りが心から湧き出てくる。
「――そうか。なら、お前は俺の敵だってわけだな?」
「ソウナルナ。ソノ少女ヲ回収スルノダカラ」
「なあ、お前はあの廃棄地区で話してたときも、内心笑ってたのか? 愚かなやつだと思ってたか?」
「イイヤ。仕事トソレハ別ダ。イッタロウ? 全テガ等価ダト。ダカラ、オ前ハ面白イ同業者。ソレダケダ」
「そうか……ああ、それならいい。だが、いい」
拳を握り、構え、奴のくそったれたガスマスクを見る。ガラクを回収して鼻で笑われた時の記憶が蘇る。
ああ、そうだったな。
「お前は俺を馬鹿にしたよな? いつでも殺せるって」
「事実ダ」
「はっ、事実だったのかも知れねえが……それでも、喧嘩を売ったって事実は変わらねえ」
体の調子はいい。ああ、なんだ。怒りで熱くなりそうで、頭の中身はまるで澄んだ空のように冷静だ。
――覚悟なんてのは、とうに出来ている。
「――回収屋ぁ! 約束通り、そのガスマスクを叩き割ってお前の顔を見させてもらおうか!」
「ソウカ。出来ルトイイナ」
「ああ、そうだな! 余裕ぶって……泣きべそかいた、吠え面拝ませてもらうぜ!」
地面が破裂するほどの勢いで蹴り出し、突撃。
回収屋はそれに気づいて回避するが、遅い。着地。そして、義体術の型に合わせ……だが、俺なりの撃ち出しやすい形で拳を撃ち出す。ユーシャとの特訓で上達した義体術の、一撃。
「ム――」
腕を構える。シンプルな防御の姿勢。
だが、回避出来ないのならこの完璧な一撃を受け切ることなんてのは出来ない。
兵装も必要ない。爆発的な加速、そして義体の正しい姿勢から打ち出された完璧な一撃。その拳を手で受け止めようが、止まるわけがない。そのまま殴り抜ける。グシャリと腕を破壊し、吹き飛んでいく。そのまま顔面に拳をぶち当てる。そしてガスマスクが破壊され……ゴキリと、首から外れたような音が聞こえた。
そのまま勢いは止まらずに、錐揉みして吹き飛んでいく回収屋。ガシャンと崩れ落ちて、そのまま動かない。
「……いや、待て」
……あっけなさすぎる。威力が予想外だった? 俺自身完璧な一撃で、あの義体を破壊した感触は間違いない。
だが、それだとしても意味がわからない。なら、あの余裕を見せていたのはなんだったんだ。
だから、俺は踏み出して――
――嫌な予感を覚えてとっさに飛び退く。
「……うおおおおっ!?」
落下。破壊音。そしてそこに何かが打ち込まれる。見れば、電磁ロッドだ。全身義体でも喰らえば行動不能になるような違法に改造されているモデル。
一体何が襲ってきた? 協力者か? 脳内は混乱して、必死に結論を出そうと暴走する。罠だったのか? おかしい。違和感を感じる。そしてその姿を見てさらなる驚愕。
なぜ、回収屋が降ってきた!? なんで無事でいるんだ!?
「フム……成長シテイルナ。前ナラコレデ終ワリダッタロウニ」
「……どういうトリックだ?」
「トリックダトイウナラ、自分デ考エルベキダナ」
皮肉げにいいながら、陰気臭い回収屋がそこに立っている。その姿は間違いなく偽物ではない。
だが、俺が殴り飛ばした回収屋も間違いなく本人だとしか思えなかった。なんなら、奥でまだ倒れ伏している。意味がわからない。囮か?
――ああ、めんどくせえ。
「まあいい、復活しようがなんだろうが、殴り飛ばせば済む話だ!」
「フッ、イイ思イ切リダナ」
もう一度、飛びかかり同じように全力で殴り――その攻撃は、あっさりと回避する。
なるほど、あの攻撃自体は効いていたのか。つまり、あの威力自体は予想外だったと。
ああ、頭の血が抜けてきて思い当たる。義体を遠隔操作する技術だ。それでダミーだった可能性が高い。
言うならキグルミのようなものだ。とはいえ、戦闘力も落ちるおまけに本人が体を使って操作をしなければならない。危険作業に使われるような技術。
種が割れれば、怖くも何ともない。単なる臆病者だというだけだ。
「なるほど、遠隔操作だったな。こっちの手段を見るために」
「フム、博識ダナ」
「はっ、便利屋ってのは情報が命だろ?……ユーシャを虐めて、ロクヨウを傷つけた分だけ、責任をとってもらうぞ」
「コチラモ仕事ダカラナ」
そういいながら、回収屋は懐から何かを取り出す。
電磁ロッドかと思い、構え……コートから出したのは、一丁のマグナムだった。
しかも、義体向けにカスタマイズされた超大口径の高級品だ。
「……げっ!」
「銃ハ苦手ナヨウダナ」
そういって、轟音とともに銃弾が放たれる。
必死に回避をするが、躱しきれずに肩をかすめる。すると義体を抉られた。クソ、弾頭に仕込んでるか。
当然ながら義体の使うマグナムは人間が使うレベルを超える口径だ。一見強力で便利な武器だが、シンプルな銃器は自動照準が付いていない。
つまり、奴は自分の腕前で当ててていると言うわけだ……それが一番厄介だったりする。
以前も経験しているが、大体は自動照準を使っている。しかし、自動照準には癖があるから、それが読めれば回避はできる。だが、ああして完全に個人の技量に頼るとそれが読めず避けずらいのだ。
銃弾を必死に回避。だが、徐々に義体が削られていく。
「くそったれ! この義体は新品だったんだぞ!」
「ハハ、不運ダナ」
軽口を叩きながら、銃弾を放ち続ける回収屋。リロードも高速で、距離を詰めれない。銃を使うタイプだと、デュエットの兄弟が居たが、アイツらはあくまでも遠距離で戦っていくタイプだ。近接で銃を使う回収屋とはタイプが違う。
俺とは相性が悪い。あのコートで体の動きを隠して、射線を読ませない動き。厄介だ。かろうじて射線から身体をズラして回避はしているが、このままでは硬直する。
「ちっ、仕方ねえ。リスクを取るか」
一応手段はあるが、俺の技術次第。ミスをすれば、あの銃弾が俺の体を破壊して何もかもが終わりの可能性はある。
だが、それでも俺は自分の成長を実感していた。
(……回収屋の動きはわかってる。アイツはあくまでも基本に忠実だ。俺が対処できている時点でわかっている。前なら何回も死んでた。だが、俺は生きてる。)
バカみたいな火力のオーガとも、とてつもない技量を持って戦うサムライとも違う。なんなら、異世界の技術を使う生粋の戦士であるユーシャなどとは比べ物にならない。アイツは優秀だが、それだけだ。
そう、どこまで言っても優秀で飛び抜けたものがない。だからこそ、俺にも予想ができる行動しか取らない。そういう意味では、俺は恵まれている。
なにせ、ユーシャに直々に訓練をして貰えているのだから――
真っ直ぐに突っ込んで来る俺に回収屋は銃弾を放つ。俺は銃弾を見て……右腕をぶち当てる。
「……ぐおっ」
「ナニ……!?」
ガキンと言う音と共に、腕の装甲が外れて銃弾を無効化する。流石に回収者も俺の動きは予想外だったのだろう。当然だ、なにせ普通ならあの口径の銃弾を激しく被弾すれば義体でも流石に命に関わる。
だが――
「効かねぇなぁ!!」
「――装甲板ダト……!?」
「お前みたいな戦術の相手用に用意してたんだよぉ!!」
まあ嘘だが。ソニック社製品、ロクヨウから死ぬほど文句を言われた装甲板だ。義体に付ける盾という触れ込みで販売されたが、「狙って盾にぶち当てろって馬鹿じゃねえのか」「これを着るなら棺桶に入ってるほうが早い」「というか近接戦闘出来るやつじゃないと反動で死にそうになるゴミ」と言われたが、今の俺にはピッタリだ!
装備してた理由は単純、ウエイトを増やしてトレーニングをするといいとユーシャに言われたからだ。義体だと筋力は関係ないのではないかと言われて、ユーシャと顔を見合わせたのもいい思い出だ。先日のことだったのでまだ装備していたのが功を奏した。
流れは俺に来ている。
「どうしたぁ! 回収屋ぁ!」
「クッ……!」
二発目。だが、見えている。左腕で受けて、そちらの装甲板が破壊される。だが、問題ない。十分に距離を詰めた。
胴体に向けて更に発砲。生憎だが、そこもガードしている。最も被弾してはいけない箇所を固めている使い捨てだ。無駄使いは出来ないが、このタイミングだからこそ輝く。
そして、しっかりと構える。最初と同じくらい完璧な一撃を。
「一発でダメならなぁ!! 何発だって、お見舞いしてやらァ!!」
「グオッ……!」
もう一発。最初の一撃以上に激しい一撃が入る。ガスマスクは破壊されて、そのまま吹き飛び先程破壊した義体を超えてぶっ飛んでいく。手応えあり。そして、吹っ飛ぶ時にマグナムも落としている。
――だが、油断はしない。そのまま追いかける。周囲の警戒は十分だ。奇襲をされても対応できる。
「さあ、今度こそお前の顔を拝ませて……」
衝撃。
グシャリと、鈍い音がする。義体の破壊される音。
興奮してる頭で最初は、回収屋が破壊された音なのかと思った。だが、違った。
俺の脇腹がえぐられていた。
「……は? ぐっ、ああ……」
自分の怪我だと気づいてしまえば、身体が危険だと警告を告げる。
――俺の脇腹をえぐったのは、ロクヨウの工房にあった義体撃退用に使ったであろう兵装。それをまんまと利用された。
だが、それ以上に理解不能な光景が俺の思考を止める。
殴り飛ばした回収屋が立ち上がる。
「――驚イタ。オ前ハ廃棄地区上ガリダト油断シテイタ。ロクニ教育ヲ受ケテイナイ、チンピラダト」
俺の脇腹を抉ったのは……当然ながら回収屋だ。殴り飛ばしたのと別の回収屋。
だが、警戒はしていた。どこからも奇襲は来ないと思っていた。だが、誰が予想できる。
完全に頭部を破壊し倒れていたはずの回収屋の義体が襲いかかってきただなんて。頭のない義体が、兵装を持ち死んだふりをして俺を攻撃しただなんて。
それは、知らない技術だ
「ダカラ、認識ヲ改メヨウ」
そう言ってゆらりと立ち上がる。まるでドクロのような義体の顔をしている回収屋。その目は緑色に光り、そして回収屋の言葉と共に……
俺が殴って破壊した回収屋の義体。車で轢き潰した義体。そして奥から他の要因で破壊されたであろう義体。あらゆる義体がまるでゾンビのようにゆらゆらと殴り飛ばした回収屋の元へ集合してくる。
なんだ……? これは、一体。
「馬鹿ナ男ガイタ。電子妖精ノ技術ヲ転用スレバ、自分ヲ複製出来ルト考エタ男ガ」
――その男は、電子妖精の仕組みを知ってからずっと考えていた。
肉体を捨てて、電子に意識を移植する。つまりは、それは意識を他に移す技術だ。それが出来るのであれば義体でも出来るだろうと考えた。
脳もいらない。その仕組みで言えば、生体などは必要なくなるのだと。義体を破壊されても他の義体がすぐにカバーできる。頭を破壊されても動ける。完全な自分という軍団を。だから、男は実行した。己の複製という、神に挑むような技術を。
義体を作り、電子妖精の技術を使って自己の複製。だが、最初の一人目は失敗した。なにせ、自分と全く同じ。それはつまり行動も思考もすべて同じ。何かをしようとすれば全く同じ行動を取り衝突してしまう。それでは意味がない
連携が取れなければ、全く行動の被ってしまう自分は足手まといでしかない。だが、そこの序列をつければ意味がない。それは自己の複製ではない。
だから、共通の意識にした。稼働している義体の全てに同一の意識を。クラウドのように自分の意識を作り、全ての義体にその意識を移植する。それは酷く苦痛で、地獄のような日々だった。だが、それでも意思と時間を費やして自己の完璧な複製を可能とした。
「――ダガ、男ハ忘レタノダ。最モ重要ナ事ヲ」
そして、己の複製を実用化した時――
男は目的を失った。なぜその技術が発展しなかったのか? 簡単だ。それをする理由がないのだ。
何かを成すため? 自己の複製をして動かせるようにしたのに費やした時間。その時間で人を雇ったほうが余程いい。永遠がほしければそれこそ電子妖精として生きればいい。苦痛を味わい自己を増やす意味がどこにある?
なにもない。複製をして成すこともなければ、それでやるべきこともない。なぜなら、己が百人居ても己が生み出す物しかないのだから。未知も存在せず、作り上げたい既知も存在しない。
「絶望シタ。ダガ、ソレデモ嫌ダトイウ気持チガ残ッテイタ」
――無為にしたくない。己の技術を。己の成果を。己の意味を。無駄にしたくなかった。
だから男は作り上げることにした――生体が失われ、義体のみになり。すべてを失い自分が誰であったかを忘れても。中央から人として認められず、その目に宿す光が緑色になろうとも。それでも、その一つだけを忘れないように。
回収屋という、伝説を作り上げるという目的のために生きる。
己の存在した意味を刻みつけるための、目的を。
「アア、久々ニ語ル。愚カナ男ノ話ダ」
語り終えた回収屋の義体は十を超える数まで増えていた。全員が破壊されている。ここに突入するために使われた義体達。だが、その破壊された義体達は何も問題がなく動き、俺を見据えている。
アイツの意識は、集合意識のようになっている。どれが本体でもないのだろう。そして、その理屈から言えば回収屋の義体が行動不能になる条件は完全に破壊されるまで。
ああ、なんだ――
「ドウズ、オ前ハ優秀ダ」
俺のことを褒めながらも、その無機質な緑の目は俺を見てくる。
「ダカラコソ、俺ノココデ出セル全テヲ持ッテシテ迎エ撃ッテヤロウ」
絶望という二文字が脳裏をよぎる。
そして、それぞれの義体が別の兵装を構える。銃を。電磁ロッドを。ナイフを。ミサイルを。
「全テハ等価。回収屋トイウ伝説ノ為ノ糧デシカナイ」
ああ、気持ちが折れそうだ。
でも、俺の背後にいるユーシャを思い出す。
だから、立ち上がる。たとえ、絶望しか無くとも。
「回収ノ時間ダ、ドウズ――回収屋トイウ伝説ノ、糧トナレ」
「ああああ! 上等だ! そこにいるお前を全員、ぶっ飛ばしてやらァ!」
ここから俺の、地獄のような時間が始まる――
つまりほぼ無限残機で完全に死なないと永遠に襲ってくる一人ゾンビパニックです




