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平和な時間と終わりの時

 廃棄地区を抜けて、ロクヨウの工房に戻るとそこにはすでに店の前でユーシャが待っていた。

 どうやら俺が来るまで、待っていたようだ。リナもすぐに俺の横に電子体を出す。


「おう、ユーシャ。待たせたか?」

「ううん。リナが一緒にお話してくれてたから。えっと……おかえりドウズ」

『そうそう、ガールズトークだね! ドウズ、おかえりー』

「おう、ただいま。女同士仲いいのはいいことだ」


 ロクヨウの工房でのやり取りのお陰か、ユーシャから避けられていた様子も見せていない。すっかり元通りだ。まあ、リナと盛り上がってたのはちょっと怖いが。


「それで、楽しかった?」

「おう、まあそうだな……今日は色々あったんだが――」


 帰り道、歩きながら廃棄地区であったことを二人に教える。急ぎなら車だが、普段はこうして歩いて送っている。

 さて、話は……胡散臭い神父のトッシュのこと、廃棄地区の子供、マクアのこと。そして偶然であった回収屋の話。今日あったことを面白おかしく伝える。

 ……なんだろうな、そうやって帰っているとまるで家族みたいだと思ってしまう。昔からユーシャは一緒なわけじゃないんだが……そういえば、ユーシャが来てからもうすでに一ヶ月以上経過しているのか。まあ、俺がぶっ倒れたり色々と騒動に巻き込まれていたからそこまで経ったようには感じないが。


「……てなわけでな。そこで回収屋のクソ野郎が」

「――ドウズ」

「ん? なんだ?」

「え? あ……えっと」


 ふと、ユーシャが俺を見てそう声をかけてくる。しかし、何故か顔を青くして黙り込む。なにかと思ってまっすぐに見つめる。

 中々言葉を出さないユーシャ。こういうのは根気の勝負だとじっと待っていると、視線をそらしてしまう。


「なんかあるなら言ってくれ。それのほうが助かる」

「うう……そ、その……い、いい天気だね」

「ああ。いつもどおりのスモッグの空だな。お前の世界だとかなり天気悪いんだろ?」

「あ、うん。えっと……今日も義体がカッコいい」

「ありがとうな。でも、お前はもう見てるし今日はあのガキと遊んできて泥だらけだぞ? マクアを探して廃棄場にも居たしな」

「え、あう……」

「なんか言いたいことあるんだろう。我慢せず言えばいいぞ」


 流石に、察しのあまり良くない俺でもこれは何かを言おうとして言えなくなったのは分かる。だが、その理由がわからない。

 別にリナも止めてない。ならこの対応は間違ってないだろう。もう言うしかないと思ったのか、ユーシャが意を決したように言う。


「……その……最近、すごい……楽しいなって」

「楽しい?」

「あ、えっと……その。ごめんなさい。なんでもないから……」

「なんでもないってことはないだろ。どういうことだ?」


 なぜか謝られた。もう今にも泣きそうだ。

 意味がわからず理由を聞き返すと、まるで怒られる直前のような子供みたいに、小さくなって答える。


「……だって、まだ魔王を倒してないのに……楽しい何て言うのはダメだから」

「はぁ? それは誰が言ったんだ?」

「だ、誰じゃなくて……私が決めたことで……だから、私が悪いの……」

「……あー、」


 なんとなく分かった。復讐のために魔王を殺す特訓をし続け、その旅を続けてきたユーシャだ。誰かに言われたし、本人も納得したんだろう。

 楽しんではいけない。それは復讐を終えたときだけ。その気持はわからないでもない。

 ……まあ、だが。


「楽しんだっていいだろ。ここはお前の世界じゃないんだ」

「……え?」


 ぽかんとした表情。まあ、ユーシャとしては怒られると思ったのだろう。

 だが、俺としてはむしろ楽しいと思ってはいけないという方がムカついている。


「お前としちゃ、魔王を倒してないのに楽しいなんて思うのは申し訳ないって気持ちなんだろうがそんな……そんなのは捨てちまえ」

「え、ええ……?」


 本気で困惑してるユーシャに、いつもと変わらない調子で話す。


「復讐の最中だから楽しんじゃダメなのか? 復讐の最中だからお前は我慢しなきゃいけねえのか? そんな訳はねえだろ。楽しいことは楽しいって思え。嬉しいことは素直に喜べ。それとこれとは別だ。復讐を本気でやってるなら後は自由だろ」

「そ、それだと。死んじゃった人に申し訳ないよ……」

「死んだやつは何も言わねえよ。申し訳ないなら、死んだ奴の分を精一杯生きて楽しめ。なんなら、ここはお前の世界じゃねえって思えばいい。不幸な面してるよりは、その方が百倍はマシだ」


 だが、俺の言葉には納得をしてなさそうなユーシャ。なんと言えばいいかな……と思うと、リナが俺の言葉を補足してくれる。さすが相棒。


『まあ、ドウズのは暴論だけどさ……楽しいのに楽しんじゃダメだって思い込んでたら、いつか忘れちゃうよ? そういう楽しい感情』

「忘れる……?」

『そう、忘れるの。そっちの世界はわかんないけど、こっちの世界は身体を捨てて、いうなら心だけになってるんだよね。だから、その分心の大切さを知ってるの。身体と気持ちは切っても切り離せないって昔は言ってたんだけど、ここでは切り離せちゃう。だから、心が駄目になったときの重大性もよく分かってるんだよ?』


 電子妖精が言えば重みがある。電子妖精の死因は退屈と諦観と絶望。いうなら、生きる意思の喪失だ。

 不死身に近いようで、もっとも儚く厳しい生き方をしている。だから、気持ちというものを最も大切にしている。


『人って不器用だから忘れるの。我慢したら、我慢しただけ思い出すのに時間がかかるし、人によっては忘れて消えちゃって他の感情になっちゃう。でも、そんなの寂しいじゃない? だから、感じたことはしっかり出していこう?』

「……そう、なのかな? 私は、本当に楽しんでいいの?」

「おう、楽しめ。笑って、泣いて。楽しんで、それでお前が決めろ。最後に決めるのはいつだって自分だ」

「自分……」

「ああ。感情を忘れて決めた時に、いつか後悔しちまう。それも、最悪の後悔を。だからせめて、前を向けるように。後悔をしないために自分に正直になれるように今から練習しとけ。……で、何が楽しかったんだ? 聞いてやるぞ」


 そう聞くと、慌て始め るユーシャ。

 だが、その慌て方はどちらかと言えば……言いたいことが多すぎて、どれから言えばいいのかわからないような慌て方でリナと二人で思わず笑みを浮かべる。


「ゆっくりでいいぞ」

「う、うん……えっとね、ロクヨウさんのお仕事が楽しくて……あっちでは、お仕事って言っても魔物退治とか、そういうのが多くて……私は魔物退治しか出来ないからいっつも魔獣を狩ってて。だから、こうやって私にも出来ることがいっぱいあって楽しかった! あと、あとね。いろんな義体の人が話をしてくれて――」


 帰り道、ユーシャの話は止まるところを知らず……それは全て他愛ない幸せだった話。

 だが、それは間違いなく幸福なのだろう。

 こんな日がいつだって続けばいい。そう思わずには居られない。



 ――祈りが通じたかのように、何もない期間がしばらく続いた。

 一ヶ月近く、ユーシャとの特訓にユーシャのバイト。俺がその間たまに仕事をしたり、廃棄地区に顔を出したり。ようやくユーシャに攻撃を当てれるようになってきて楽しくなってきた。

 いい報告はまだある。リナに聞けば、テンドウ社との争いのリミットは後少しだというのだ。

 というのも、穏健派も馬鹿ではない。ここでユーシャを手に入れられればせっかくの地盤硬めも全て無駄になる。だからこそ、敵対派閥の資金を削り、人材を削り、成功報酬に提示した価格を支払えないようにすれば俺たちの襲撃も終わる。

 その工作が功を奏して、もう少しで凍結できるらしい。


『残り三日くらいかな~。私も手伝ってるけど、結局ハンターも仕事だしいくらプライドが高い奴でも、支払先が払えないとか言い出したら怒るでしょ? テンドウ社というビッグネームでもそれは絶対に駄目な不義理だからね。だからテンドウ社との争いは本当に終わり』

「なるほど。そう考えると、襲撃が遅いのが気になるな。サムライもオーガもサクサク襲ってきたってのに」

『んー……その二人は言うならさっさと失敗にしろ成功にしろ仕事にケリを付けたいから普段よりも低コストに襲ってきて、撤退も早かったからさー。そういう意味だとサイレントって奴は本気なんじゃない?』

「……ああ、なるほど。逆に言えばこんだけ時間をかけるなら本気だってことか」

『そうそう。サイレントって本当に情報がないの。ハンターとして所属はしてるし仕事の成功率は気味が悪いくらい高い。でも、何も情報がない幽霊みたいなハンター』

「なんで名前が知られてんだ?」

『というかね? サイレントって名前が「何も言わない。何もわからない。でも、仕事だけは確実にこなす奴」ってことで付いた名前らしいんだよね』

「……ゴーストじゃねえのか」

『え? だって幽霊なんて流行らないよ?』


 ああ、流行り廃れの問題か。まあ、電子ゴーストよりは電子妖精の方がよっぽど幽霊だしなぁ。

 と、そこでユーシャの迎えの時間になる。


「まあ、残り三日だ。ユーシャさえ守りきれば終わりか」

『そうそう。でも、油断なく……』


 リナが止まり、電子体が消える。何事かと思えば、すぐに復旧する。

 だが、その表情は鬼気迫るものだった。


『ドウズ! 全力!』

「どうした!?」

『ロクヨウの工房が襲撃されてるの!!』

「はぁ!?」


 その言葉に、意味がわからずに聞き返す。

 工房というのは義体を扱う関係上、荒事に対する対策はしっかりとしている。なんなら、義体持ちを一瞬で無力化したり最悪解体することも可能な特殊な兵装が揃っている。

 俺の体を作ったマッドサイエンティストの使っていたロクヨウの工房なんぞ、もっと恐ろしい。昔、潜り込もうとした義体持ちがどうなったのか。言葉にするのもためらわれる。


「バカかそいつは!? 死ぬだろ!」

『――ロクヨウから。もう、保たないって』

「――マジか!? 何が起きてんだ!?」


 もうすでに走り出している。そのまま車に乗り込みアクセル全開。全力でぶっ飛ばす。

 リナから聞いた情報は、あらゆる警備が破壊され侵入。最後の扉の前だが、そこも怪しいという。


「どうなってんだ!? そこまで完璧にあの工房を襲撃できるのか!?」

『わかんないよ! 私だって知ってるけど、あんな場所を突破できるなんて意味がわからない! 義体が三つや四つあっても足りないよ!?』


 二人で混乱しながら、それでも祈るようにアクセルを踏み込む。後ろから交通法を守れと巡回しているアンドロイドが追いかけているが無視。無事を祈りながら必死に道を通っていく

 そして工房の前にたどり着き……炎上をしている工房を前に、怒りがこみ上げる。

 ロクヨウの住む、ここを壊したやつへの怒りが。


「――突っ込むぞ!」

『おっけー! こっちでも操作する!』


 そのまま炎上する工房の入り口に突撃。そして、工房内を無理矢理車で通る。表示される扉が最後の壁のようだ。そこまでぶっ飛ばす。

 ――そして、ちょうど破壊される寸前の扉。その前に立つサイボーグ。目視した瞬間に車に装備しているニトロでブースト。弾丸のようになった車で突撃。


「死ねやぁ!」


 義体と車が衝突する致命的な破壊音。そして、吹っ飛んでいくサイボーグ。壁とサンドイッチになり、グシャリという音が聞こえた。

 俺はニトロを起動した瞬間に車から飛び降りて、扉の向こうへ駆け寄る。そこに、ユーシャとロクヨウを見つけた。


「……はは、ヒーロー……みたい。遅いよ……ドウズ、リナ……」

「ロクヨウ! 大丈夫か!」

「……あまり……ユーシャちゃんも、気絶してる」


 血だらけになり、ズタボロになっているロクヨウ。その姿を見て自分の無力に、涙を流しそうなほどに悲しい気持ちになる。

 見てみると、ぐったりと倒れているユーシャ。


「何をやられた!?」

「気体アルコール……違和感を感じたときには、もう侵入してきて……ユーシャちゃんは、電磁ロッドで一発で気絶させられて……」


 アルコール。確かリストにもあった。アレは吸収が早すぎてユーシャは一瞬で酩酊する。そこに電磁ロッドで確実に気絶させたのか。

 良く見れば、ロクヨウは足が折れている。体中ボロボロで血も滲んで……生体だというのに、ロクヨウが必死に守ってくれたのが分かる。


「……すまない。助かった」

「いい……うちの、看板娘……だから……」


 強がって、咳き込む。生体の多いロクヨウだ。肋骨が折れて肺に刺さったりすれば大事になる。


「今すぐ医者に……」

「いい……リナに、医療ルームを開放してもらう……それよりも」

『ドウズ! 後ろ!』


 振り向けば、そこには轢いたはずの敵が無傷で佇んでいる。

 そして、俺はそいつを見て、一瞬で頭に血が上り叫ぶ。


「――回収屋ぁあああああああ!」

「言ッタハズダ」


 だが、回収屋はいつもと変わらない声と調子で俺に向かって言う。


「全テ等価デ――俺ハタ、回収スルマデダ」


 そして一歩踏み出す。一種の伝説に足を踏み込んでいるような怪物……回収屋が俺の前に立つ。


「回収ノ時間ダ」

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