そしていつものように
「……しばらく工房に縛り付けるべき?」
「いや、本当にすまん」
「別に義体を壊すことはいい。百歩譲るけど。でも、この短いスパンに何度無茶をするの? 義体と違って生体は替えが聞かない。再生治療を使っても臓器の再生は高難易度。脳に関しては再生をしても意識の移植は不可能だって言われて……」
「悪かった! だから説教はこれ以上は勘弁してくれ!」
いつもの工房でロクヨウに怒られていた。
しかも……今度はいつもと違って本気で怒られている。まあ、そりゃそうだ。俺が使った最終手段、ナノマシンによる再生は危険だからということで使用を禁止されている。
無限に熱量を上昇させながら活性化し、周囲の金属を分解して己の体に変えるナノマシン。これでも人間が使えるレベルまでダウングレードしているというのだから、最初に作られたナノマシンがどれほどの兵器かと思うと恐ろしい話だ。
「……本当に反省してる?」
「反省はしてるんだが、状況が許してくれなくてな……今度こそは使わないように気をつける」
「気をつけるんじゃなくて絶対に使わないでほしいのだけど」
「そりゃ無理だ」
使わずに死ぬのなら、これを使って死ぬ。
使っていれば道が開けていたかもしれないものを使わずに死ぬくらいなら、俺はたとえ後遺症を持って生き残るとしても。苦しんで死ぬのだとしても使うだろう。
それは俺の生き方の美学だからだ。
「……それが決めたことなら、私からは言うことはない。それよりもドウズ、これが見積もり」
「……うお、マジか……」
とんでもない金額が提示される。この見積もりに関しては俺が失った兵装から何までを準備するための金額だが……
少なくとも、準備できないことはないが……それでも最近の出費が重なっていることを考えると決して軽い金額ではない。
「この価格だとすぐに用意するのは厳しいな……んー、なんか売るか……? つっても、余裕がねえしな……」
「個人的に、技師としてムカつくのはソニック社製品のせいでわりかし準備するのに安価に済んでいる部分。普通の兵装なら、そこの金額でもっとキツくなっているはず。他のメーカーに変えてやりたい」
「やっぱりソニック社製はいいな……」
「良くない。義体を壊す前提で運用する兵器という時点でコストパフォーマンスは最悪。それに技師を愚弄してる。マクロ社や、シンの兵装当たりのほうが百倍マシ」
「どっちも癖のある兵装メーカーなんだが……ああ、いや、なんでもない」
本気で怒り顔を浮かべるロクヨウ。普段から無表情だから、こうして怒っていると……その、なんだ。怖いな。
流石に平謝りをして、どうするかを考える。ううむ、仕事をいきなり探しても見つからないし、サムライとは手打ちにしたがまだ二人残っているんだよな……
「……お金に困ってる?」
「ん? まあな。色々と出費が多いんだよな……まあ俺の怪我が原因だが」
「おかげで私は儲かっている」
そう言ってピースをする。無表情でやるな、なんか面白いから。
たまに茶目っ気を見せるんだよな。ロクヨウも。
「まあそういうわけで金欠だな。新しい同居人も増えたしな」
「ああ、ユーシャちゃん。確かに生体はお金がかかる」
「変な話だよな。今では義体の方が安価だ。昔はメンテナンスだの、専用オイルだので義体のほうが金がかかったってのにな」
「その代わり、新しいパーツを買うせいで義体でもお金がない人がいっぱい居る」
そう言って笑いあう。まあ、こういう話は軽い笑い話として話し合うくらいがいいってもんだ。
「んで、兵装はどのくらいで準備できるんだ?」
「ストックはある商品が多いから、数日で準備できる。一週間以内で見てくれたらいい」
「なるほど、了解。その間は事務所にある兵装でカバーするか」
「まあ、簡易的な兵装なら問題はないと思うけど最低限のパーツだから身体への影響は考えて兵装は選んで。そういえば、新しい機材を導入しようか悩んでる。特に、最近はドウズが死にかけたりしてよく来るから、フルスキャンをするためのしっかりした機材が必要だと思ったのだけど」
「ああ、それはすまねえな……」
「怪我をしてくること自体は別にいい。機材も必要になるから問題ない。でも、あんまり心配させないで欲しい。脳のダメージは怖い」
俺のせいでロクヨウの工房に新機材を導入させる申し訳無さに小さくなる。心配させてばっかりだな俺は……
ふと、そこで思い出したことがあり、話を振ってみる。
「そういや、また夢を見たんだが……俺が義体化する時の夢だったぞ」
「……義体化の時……ああ、懐かしい。ドウズが生体だった時」
「そうだな。俺もまだ普通のガキで、ロクヨウもまだ小さかったからなぁ……あのときは可愛げがあったよな。俺の手術が終わってから約束のリナの施術をする時にまさか自分がしろって言われると思わなくて半泣きに……」
「やめて。そのはなしは、やめて」
めっちゃ無表情で感情のこもってない声でそう言われる。……そんなに嫌なのか。
どういう話かというと、リナの電子妖精化の施術はロクヨウが担当したのだ。俺がロクヨウの親父にお前がやるんじゃねえのかよ! と抗議をしたらロクヨウのオヤジの奴は、だから格安にしたんだよ? などと悪びれずに言っていたからな。俺がいきなりガキの体から190cmを超える義体になり、マトモに身体が動かせないからリハビリをしてる時じゃなかったら思いっきりフルパワーで殴ってた。
ロクヨウもロクヨウで、知識はあるが実践はしたことがない状態で失敗すればリナは死ぬとなって涙目で震えながら施術をして、それをロクヨウの親父は笑いながらアドバイスをして眺めていた……今思い出してもムカつくな。
と、ついつい懐かしい話に意識が持っていかれていた。
「ああ、悪い悪い。まあ、前みたいに気絶と違って今回は結構やばかったからな。走馬灯かと思った」
「縁起でもないことを言わない。それで、リナに心配かけて怒られた?」
「……そっちの方がマシだったかもな」
「マシ?」
そういって、リナとユーシャに説明した時のあの地獄を思い出す……
「……で、ナノマシンを発動して再生。まあ義体をボロボロにしながら反撃をしたんだが……」
『なんで前からいうけど、ちゃんと遠距離攻撃出来る装備しないの!? ソニック社とかテンドウ社のおもしろ兵器装備するくらいならミサイルの一発くらい装備しておけば済む話じゃん!』
「いや、俺は銃器は……」
『オートパイロットに、自動AIM機能だってあるんだよ!? ただの好みの問題でしょ! それで死にかけてるなら意味ないじゃん! 反論ある!?』
「た、高いしよぉ……」
『今回の想定被害額、コレね!』
「……うげっ」
『買うのとどっちが高いかな? ねえ?』
「……すまん」
「ドウズ」
「ん? なんだユーシャ」
「凄いリナさん、悲しんでた。最初の方は、ドウズが死んだら私も死ぬって言ってたくらいだったもん。ずっと、忙しそうにしてて居ない間ずっと探してた」
「……お、おう」
「私も、いっぱい助けてもらったドウズが死んだらすごく悲しいよ?」
「悪かった! 俺が悪かった! 第三者視点からそうやって言わないでくれ! 俺の良心はもう限界だ!」
「……てな感じだった。本気で心配されて、こうだったと事実報告される方が心に来るんだよな……」
「身から出たサビ」
「ぐっ……そうなんだが……サイボーグにその例えはやめろ……」
実際、義体のケアを怠りサビまみれになって苦しんで死んだみたいな話はよく聞くからな。
都市伝説ではあるんだが……割と現実感がありそうな話だから怖いんだよな。
「それだけ心配してくれてる。感謝するべき」
「分かってる。まあ、ちゃんと謝罪をしたし行けって言われたからこうやって工房に来たしな」
「言われなくても来なさい」
至極まっとうなツッコミ。まあ、こうやって怒らるからちょっと行きづらかったんだが。
まあ、これも俺が多少は信頼関係を築いているからこその、愛のムチだと思っておこう。
「何度も言うけど、このナノマシンを利用した義体は貴方だけが唯一の成功例。それでも、発動させたらどうなるか分からない危険な機能」
「分かってる」
ロクヨウのオヤジの開発したらしいこのナノマシン。これを利用した義体実験の志願者は数十名居たのだが、かなり悲惨な事故の末に全員死んだらしい。
例えば、ナノマシンの暴走によって己の義体すら分解された結果脳みそだけになり死んだ奴。上昇する体温に耐えきれず、臓器が蒸発し黒焦げになって死んだやつ。ナノマシンが正常に働かずに、動き始めた瞬間に身体が崩壊し死んだ奴。
その中で唯一生き残れたのは幸運だろう。全身義体というのは、本人が強いモチベーションを持った上で手術に耐えてリハビリをしなければいけない。その間にどんな事故が起きるかもわからないのだ。だからこそ、俺は本当に幸運な一例だったらしい。とはいえ、再現性がない上に死亡率も高いから実用化はされなかったが。
「ドウズは幸運を何度も掴み取ってる。でも、次は掴み取れると限らない」
「分かってるよ」
「あと、臓器を特殊な被膜を使って保護しているけどもそれでも完全かどうかはわからない。ちょっとでも許容ラインを超えれば臓器が沸騰して死ぬ」
「あんまり怖がらせるなよ」
「そのくらいしないと聞かないでしょ」
……分かっているようで。まあ、俺としては使うときは使うんだが。
そこで会話が途切れる。義体のチェックも終わった。兵装も頼んだ。
「んじゃ、ありがとうな。金の都合はどうするかな……」
「それなら、バイトをする?」
「バイト?」
……急なロクヨウからの提案に訝しむ。バイト? 懇意にはしているが……そんな風にバイトをしないかと誘われることなんてなかったんだが。
「十分に儲かっているし、以前にここにつれてきた義体者もちょくちょくメンテナンスと兵装の装備に来てる」
「ああ、デュエット兄弟か」
「多分その人達。そこからまた客も増えて、今はそこそこに忙しい」
「ほお、いいことじゃねえか」
「だから、今は雑事をする人手が足りてない」
「ふむ……俺にしろと?」
「全身義体の厳ついのがいても、誰も嬉しくない。ユーシャちゃんがここでバイトをしてくれるなら兵装の価格は半額でいい。シフトはリナに送って確認してもらう。無理はさせない」
「失礼なことを言うな……って、おい。何を考えてんだ? ユーシャを働かせるのはいいが、俺の装備だろ? それだとユーシャの取り分は……」
「ちゃんとそれは払う。だいたいこのくらい」
「……はぁ!? 尚更何を考えてんだよ!? 何をさせるつもりなんだ!?」
バイト代を見たら正当な価格……なんだが、まず俺の兵装の半額を負担している。そのうえで正規の給料をユーシャに払う?
ユーシャが望むなら任せてもいいんだが……いや、話が美味すぎる。知り合いだとしても怪しすぎる。
「でも、あなた達にメリットは大きいはず」
「そりゃあな……」
まず、ユーシャがここで働く間は俺たちもフリーで動けるようになり、ユーシャの安全の保証も出来る。
それに、ユーシャが自分で稼げるならその分本人の行動範囲も広がるだろう。働きながらロクヨウとこの世界についての知識を深められる。
魔王探しという目的にもつながるか。噂話を聞いたり、客にそういう奴がいるかも知れない。
だが、それを差し引いても怪しいんだよ。
「何が狙いだ? 教えろオイ」
「……狙いなんて……」
「本当にか? 目を見て答えろ」
そう言ってじっと見つめると、動揺しているのか視線を合わさない。
そして……ついに観念したのか俺を見る。
「……ユーシャちゃんは可愛い」
「……ん?」
何を言い出すんだ、コイツ?
「確かに義体は好き。義体を見ていて素敵な時間は過ごせるけども、華がない。私は可愛い子を見るのはとても好き。義体を弄るのと同じくらい」
「んん?」
「ユーシャちゃんはとても好み。可愛くて食事の趣味も合う。それに素直で良い子。天使」
「……おい」
「そしてあの子が一緒に働いているなら私のモチベーションもとても上がる。ウィンウィンの関係」
「思いっきり私欲だったのかよ!!」
疑って損をしたわ! というか、一種の身売りになるじゃねえか!
「お願い。私としては客が増えたのはいいけど、むさ苦しい客が多い。癒やしが欲しい。来ないとやる気が半分」
「やる気の問題でしかねえのかよ……というか、初めて聞いたぞ。お前にそんな趣味があるの……」
「だって、言う必要はないから。でも、ユーシャちゃんはドウズの同居人。許可がいる」
……ロクヨウの見る目が変わりそうだ。無表情で鼻息が荒いから尚更変人感が増している。
いやまあ、ロクヨウが変な趣味を持っててもそれはいい……個人の趣味は自由だしな。
「ユーシャ次第だからな。聞いてみるが……最悪分割で払う。無理をさせる気はないし、嫌だと言ったら行かせない。いいな?」
「うん。良い返事を期待している」
……コイツ、もうユーシャと働くこと前提で話してないか?
「とは言っても、ユーシャとは俺もちょっとした約束してんだ。シフトもそれに合わせて調整させる。そんなに期待するなよ」
「……約束? ドウズがあの子と約束って……どんなの?」
「何って、負けて帰ってきたやつがやることなんて決まってるだろ」
約束という言葉に疑問符を浮かべるロクヨウへ、そう言って笑顔を向ける。
いつになって、男ってのはこういうのが大好きなんだ。
「強くなるための特訓ってやつだよ」




