廃棄地区における生き方
誤字報告ありがとうございます。とても助かっております!
外に出ると、思わず声を上げてしまう。
「うわっ、こりゃひでえな」
「でしょう? どこからか他の所属が紛れ込んだんですかねぇ……全く怖いですね」
そこら中に散らばっているオイルだの、何かしらの機械だのが通行の邪魔になっている。多分義体持ちがバラされた後だ。
通りを見てみると、大多数の人間が創作でイメージするスラムみたいな感じだ。ボロく崩れたコンクリートの建物が並んでいて、その前には一部義体化をした未来に希望もなさそうなおっさんやらがたむろしている。
と、周囲の人間がこちらに視線を向ける。だが、何かを言うわけでもなくそっと視線をそらした。
「なんだ?」
「ああ、そりゃ全身義体の人ですもん。怖いんですよ。だから警戒ですね」
笑顔で言い切るトッシュ。
……まあ、廃棄地区に突然現れた全身義体の人間は怖いな。俺も廃棄地区で生きている人間ならそんなやつが突然現れたら怖いと思う。
「ああ、あとは色の確認ですかね。まあ流石に無関係とは分かってるでしょうが。ここで散らばってるのはレッドでしょうねぇ」
「色? あー、なんだ。レッドとかブルー、イエローって話か」
「おや、知ってたんですか。ここでは常識なんですよ。ほら、皆も知ってますよね?」
子供達にそう言うと元気よく知ってるーと同意する。廃棄地区の常識というわけか。
俺たちが知っているのはレッドやブルーに分かれて縄張り争いをしていると言うだけ。その内情は詳しくない。
「詳しくは知らねえ。教えてもらえるか?」
「ええ、いいですよ。まず廃棄地区に住む人間はそのカラーをどこかに入れないとダメなんですよ。じゃないと部外者ということで袋叩きにされて、さっきの通りみたいに残骸にされて連れてかれちゃいますから。カラーを入れるなら服でもなんでもいいんですけどね」
「……言われりゃそこら中の奴もブルーが入ってるな。義体とか身体とかに」
子供やトッシュも、バンダナやらにブルーを入れてる。ここらへんの人間は赤を絶対に入れられないわけか。
偽装できそうだなとは思ったが、見覚えもないやつがカラーだけつけて一人で歩いていてもダメだとか。
「僕達の居る地区はブルーの縄張りですからね。廃棄地区ではレッドとブルー、イエローでまあ縄張り争いをしてるんですが……ブルーは廃棄地区を充実させていこう。というグループなんですよね」
「ああ、だからここらへんの地区はコンクリートの建物が並んでるのか。廃棄地区なんてマトモに文化的な生活をしてないと思ってた」
「ええ。他の場所とか酷いところもありますよ。結構腕の立つ人が居るんで、廃材を使っている割には建物もしっかりしているでしょう?」
「確かにな」
周囲を見渡す。不格好だが、それは技術の問題と言うよりも使っている素材の問題だろう。コンクリートと言っても、砕いて無理矢理使っている素材だから劣化も早いというわけだ。それでも十分住めるレベルなのは、逞しいと思える。
「まあそういうわけでブルーは廃棄地区でなんとか良くして生きていこうと考えている人が殆どです。その関係で技師や。なにかの技術を持ってる人間を優遇しているわけですよ。逆にレッドは市街地区に移住する……まあ、廃棄地区を抜け出したい集まりですよ。だから、必死に廃棄地区で金を稼いでなんとか市街地区に潜り込もうとして、ブルーやイエローを下に見てる。だから、レッドとブルーはよく諍いになるわけですよ」
「ほお、ならイエローはどういう集まりなんだ?」
「中立と言うか、アレはごった煮ですねレッドにもブルーにも所属したくない人間が集まって……という感じです。今は一番所属してる人間が多いですね」
なるほど……デュエット兄弟も確かイエローだと言ってたな。知らないうちに随分と廃棄地区の勢力図みたいなのも変わったようだ。
「言うなら廃棄地区にいることを良しとするもの。良しとしないもの。どちらとも距離を置くものですね」
「まあ、そうなると子供を保護してる教会はブルーになるわけか」
「ええ。ですがレッドが少し前まではかなり台頭してきていましてね。相当に無茶をしてきたんですよ。ブルーが持っている資材を奪って売り払ったり、住んでいた場所を奪って拠点にしたり……それだからレッドは無法者の集まりだと言われるんですがね。ブルーにもイエローにも嫌われてるんですよ。もし、貴方が赤を入れてたら、全身義体だったとしても住人たちは襲いかかってきたかもしれません」
「そりゃあゾッとする話だな……まあ、管理ナンバーを買おうと思ったら金はいくらあっても足りねえからな……そういうのが来ても犯罪者にしかならねえんだが」
「ですよねぇ。市街地区に入って犯罪者の生活をするなら何のために行くんだが」
そう言って笑うトッシュ。
廃棄地区から市街地区に移住する人間は意外と多い。というのも、市街地区で死ぬ奴や自分の中央管理データを売り払う人間が多いからだ。そして、浮いた住人のデータは格安で廃棄地区の人間に売られ、それを使って潜り込む。これは実質的に黙認されている行為だったりする。というのも、人口管理の面で中央の負担が増えることを嫌っているからだ。
まあ、これは言うなら上の怠慢だが助かっている人間も多いのだが。と、フラフラと寄り道しそうなガキの首根っこを掴んで回収してから、ふと気になって聞いてみる。
「前までってのはどういうことだ? 最近は違うのか?」
「はい。最近はすっかりレッドの威勢の良さは鳴りを潜めてますね。というのも、レッドを主導していた中心人物が少し前に不慮の事故か何かで居なくなりましてね。ブルー側が今まで奪われていた場所やら、資材やらを求めて一気に攻め込んだという感じです。前の神父様もその関係で巻き込まれたのかなと」
「不慮の事故ねぇ。陰謀か何かじゃねえのか?」
「そうですねぇ……どこかの企業とつながっているのか、身体の多くを義体にしていましたし……そことトラブルを起こしたのかもしれませんね。変な奴らとも関わりがあったみたいですし。活動範囲が市街地区の近辺なので詳しくは知らないんですが」
「……ん?」
「どこから仕入れたのか、廃棄地区では手に入らないような武器を使っていたり、義体化もしていましたし……犯罪者組織と何か企んでたのかもしれません。廃棄地区側としては、パワーバランスもあるんで市街地区とか中央に関わってほしくないんですけどねぇ」
「ああ、そうだな」
あることが思い当たり、生返事をしてしまう……アレか? ユーシャを拾った時にボコボコにしたアイツラか?
意外なところで繋がっていた話に、ちょっとだけ面白い気分になる。もしかしたら、アイツらをぶっ倒してなかったらこうして助けられたことは無かったのかもしれない。
と、考えながら歩いていると、ふと気づく。
「うごけー!」
「たたけー!」
「……ってガキども! やめろ叩くんじゃねえ! こら、汚れた手で触るな!」
くそ、だからガキは嫌いなんだよ! 飛び乗って俺をオモチャにしてやがる! 兵装が無くなったせいで、パワーに余力がありすぎてガキに乗られたことに気づかなかった!
そんな風に、歩きながらギャアギャアと騒いでいると人が多くなる。
流石に騒がしいか? と思っていると……
「おうおう、うるせえと思ったらブルーのガキ共がなにを歩いてんだ?」
「……ああ?」
ガラの悪い男に絡まれる。頭に赤いバンダナを巻いている義体率の高めな男だ。とはいえ、廃棄地区の人間にしてはだが。
コイツはレッドか。分かりやすいな。と、トッシュに耳打ちされる。
(ここからはもう市街地区が近いので明確な縄張りはありません。それに、あまり大規模に揉めると市街地区から処罰に来る可能性があるので、基本的には個人間の争いには不干渉です)
(……なるほどな)
廃棄地区から市街地区に近寄るとそうなるか。ブルーだろうがイエローだろうがレッドだろうが、市街地区には関係ない。揉め事を起こすなら纏めて処罰しておけとなるのは目に見えている。
だが、逆に言えば小さい争いを止めていたら労力ばかりかかるから個人間の争いには干渉しないと。……しかし、もう市街地区に近いのか。思ったよりも早かったな。
「おう、無視してんじゃねえぞ! ハリボテ野郎が!」
「はぁ? ハリボテだ?」
「へっ、見た目だけそれっぽくしてるような成り切り野郎を連れて護衛のつもりか?」
……あー、そうかそうか。多少義体事情を知ってるやつから見れば俺は全身義体らしくは見えないか。なにせ、最低限の骨子フレームと装備だけだもんな。ちょっと恥ずかしくなってくる。
と、ギャアギャアと男は何かを喚いている。目的は金品か。恫喝しながら近くにおいてあるくず鉄やらを蹴飛ばしている。典型的なチンピラだな。だが場所が場所だからか、人が居る割に揉め事には関わりたくないと誰も寄ってこない。
全く、めんどくせえな。
「――おい、クソ野郎」
「んだとぉ!? 凄めば逃げると思ってんのかっ……あ、あああ!? ぐ、うご!?」
頭を掴んで持ち上げる。
普通なら、今の俺みたいな貧相な装備をした義体を連れていたら威圧のためのハリボテだと思う気持ちはわからないでもない。
だが、相手が悪かった。絡んできたチンピラの目を見つめる。痛みと困惑で怯えているようだが、ちゃんと言い聞かせる。
「ガキ共が怯えてんだろうが」
俺の周りに居たガキも道中の元気はどこへやら、トッシュの後ろで怯えている。それに対して俺は非常にムカついている。
「ガキの見てる手前だ。お前の頭をこのままバルーンみたいに破裂させてもいい」
「ひいいい!? 痛い痛い痛い!!」
ギリギリと力を込める。流石に手加減は間違えないが、握られている側からすれば恐怖だろう。
「だがなぁ……ガキの前で威圧して、怖がらせてるってのは許せねえな? せめて大人ってのはガキの前で多少はカッコつけるべきだろうが」
「いいいいいい!」
「だから……いっぺん反省してこいや!」
そういって、思いっきりぶん投げる。そのままくるくると回転して、近くのゴミ山に突っ込んで埋まる。そこそこに義体化してるのは確認したので、多少怪我をしたくらいだろう。
身体を叩いてホコリを落とす。すると周囲から拍手。褒めると言うよりも、面白い見世物に対する称賛に近いか。
「見せもんじゃねーぞ」
周囲にそう言っておくと、流石に拍手はなくなり全員そそくさと戻っていく。あまり注目されることでもないからな。と、ガキどもは……
「……凄い凄い!」
「かっこいい! ロボ!」
「肩に乗せてー!」
「だーーー! だからベタベタすんな!」
またもみくちゃにされる。くそ、かっこつかねえ! ああクソ! さっき黙らせた通行人共の視線が生暖かい!
と、マクアがテトテト歩いていく。ずっとトッシュの後ろに居たんだが。
「……ありがと」
「お、おう」
そう言ってまた逃げる。
……なんだ、ちょっとだけは気を許してくれたか? それだけはちょっと救いだ。
そして次はトッシュか。
「いやー、強いですね。ビックリしました」
「ああ? まあ全身義体なら普通だ。中途半端に知ってるせいで俺がハリボテだと勘違いしてたんだろうけどな」
「へえ、そうなんですね。僕としては違いがわかりませんけど」
「知ってる奴から見たら、今の俺はガリガリの痩せたガキに見えるようなもんだ。結構情けない姿なんだぞ」
「結構シュッとしてかっこいいと思いますけどねぇ」
本心っぽく言っている……なんだ、裸を褒められてるみたいで恥ずかしんだよな。胡散臭い奴の素直な称賛なせいで尚更羞恥心が湧く。
と、ようやく見覚えのある場所にたどり着いた……ユーシャ達と来たバザーだな。なら、このまま歩けば市街地区に行けるか。
「おう、案内ありがとうな。そろそろここで――」
「えー! 行っちゃうの!?」
「やだー!」
「うおっ! 何だお前ら……」
ガキどもに引き止められる……懐かれたのか? と、足元を見るとマクアも手をおいてしがみついている。
……帰りづらくなるな。微妙に半泣きだし。遊んでだの、もっと一緒にいようと言われると、流石に困るんだが……トッシュに視線を向けると苦笑して手を叩く。
「皆、引き止めたらダメですよ。帰る場所があるんですから」
と、トッシュが仕切る。先生の言葉には逆らえないのか、渋々戻っていくガキども。マクアは離してくれないので抱えてトッシュに直接渡す。
「……」
「マクア、そう睨むな。まあ、また礼に行くからな? これでお別れってわけじゃねえ」
「……おや、来てくれるんですか?」
トッシュの意外そうな言葉。
「当然だろ? 助けてもらったんだ。そのくらいの礼はする」
「どっちかっていうと、こっちのほうが助かってるんですがねぇ。おかげでバザーで買い物を済ませれますし」
「それはそれ、これはこれだ」
場合によっては、どっかの潜りの技師にバラされた可能性もあった。そういう意味ではこの子供達に拾われたことは幸運だった。
どうせ、道中の護衛なんてのは宿代程度だ。命を救われた礼は……あー、どうするかな。まあ今度来た時に考えるか。
「んじゃ、俺の名前はドウズだ。トッシュにガキ共。ちゃんと次は名前で呼んでくれよ?」
「……おや、いいので? 名前を言いたくない理由でもあるのかと思ったんですが」
「まあ、信用できるか分からなかったからな。そのくらいには信用してると思ってくれ。んじゃ、またな。ガキ共もいい子にしてたらすぐに行ってやるから覚えてろ」
「じゃあ、皆。挨拶をしましょう」
その言葉に「ドウズ、またねー!」というガキ共の良い返事が返ってくる。
俺も手を降った後に、歩き出す。
「では、また会いましょう。お人好しの全身義体のドウズさん」
「こっちのセリフだ。うさんくせぇ見た目のお人好し神父が」
バザーを抜けて市街地区に入る。止められるが市民ナンバーを開示するとすんなり通される。
……さて、帰ったらリナに謝らねえとな。
「おお、遅かったな。邪魔しているぞ。ううむ、良い茶を使っている。拙者好みだ」
「は?」
事務所に帰ったらサムライの奴が茶を飲んでいた。
――何故か、拘束されてユーシャに睨まれながら。……なんだこれ?




