刀と拳とハンターと
ゆっくりと歩いてくるその男は、俺に問いかける。
「――お主が、ドウズだな?」
「……はっ、そのくらい分かってんだろ。じゃなきゃ声はかけねえし、こんな罠にもかけねえだろ」
「ふむ、確かにその通り。下らぬ問答だったな」
そう言ってカラカラと笑う。不思議な格好をした男だ。文献やら情報だけで見たことがある。あれは和服とかいう昔に廃れた服装だ。おそらくはオーダーメイドなのだろう、ヒラヒラとしていて身体の動きや義体の部分を上手く隠している。戦闘を考えた民族衣装というところか。
そこで、リナからの連絡。
『――ダメ、スキャンしてもあいつのデータが見えない。あの和装、ジャマー素材を使ってる。義体が解析できないし。それに――ごめん! またハックが!』
「分かってる、リナ。そっちはそっちで集中してていい。ありがとうな」
『――手助けできなくてごめんね、ドウズ』
悲しそうな声で、音声が途絶える。どうやらハッキングへの対処に集中するようだ。
あの服で赤外線やらレーダーによる義体の分析をされないように防いでいるわけか。そして、俺の相棒である電子妖精のリナに対する対策もハッカーか電子妖精か誰かを使ってしていると。なるほど、相当に準備を重ねている。
念の為に、リナから貰っていた外見のデータを確認する。なるほど、間違いないようだ。コイツは――
「お前が「サムライ」か」
「ふむ、顔が売れていて何よりだ。左様、拙者は「サムライ」と呼ばれている。お主には恨みはないが、仕事なのでな。申し訳ないが、捕縛させて貰おう」
「――へえ、捕縛か。なんだ優しいな。そうやって舐めていて、返り討ちにあっても文句を言うなよ?」
「はは、気合は一流だな。何、こちらもプロでな。全身義体を動けないようにした上で、尋問できるように残す方法は心得ている。返り討ちにされないように四肢を叩き切って、頭部だけにしてやろう」
「言ってろ」
軽口を叩きあい――お互いに臨戦態勢になる。
俺は義体術の構えを取り、サムライは腰にある武器に手を伸ばし中腰のままの態勢になる。
あの腰に差しているのは……カタナだろう。一部の愛好家が使っている、古臭く廃れたような武器。とはいえ、もう昔に使われていたカタナとは全くの別物らしい。なんでも、かつて使われていた剣術をベースにして武器に適応させた新しい流派が生まれたのだとか。一部で使われ続けているらしい。
あの構えは……おそらくだが、居合術という奴か。防御の構えであり、一定の範囲に入った敵に対してオートカウンターのように斬撃で断ち切る剣術。俺みたいな拳で戦う拳闘士のようなタイプには厄介な型だ。
「確か、居合いってのは攻められないんだよな?」
「ほう、よく知っている」
「まあな。どうでもいいような情報でも仕入れておくのが生き延びるコツだ」
「なるほど。お前の事は聞いているぞ? 便利屋よ。全身義体でありながら銃器を使わずに義体術を駆使して戦う変わり者だと」
「へえ、お前さんみたいな有名なハンターに知られていて鼻が高いね。サインはいるか?」
「ふっ、どうせ叩き切って使えなくなる腕だ。今の内に貰っておくのがいいかも知れんな」
「なら、こっちに寄ってくれるか?」
「そちらから来てもらいたいな」
硬直する状況に軽口での応酬。そのままジリジリと、お互いの小さな動作を観察しながら立ち位置を細かく調整し、思考をする。恐らく、サムライのやつは俺が銃器を使わないことを知った上であの戦法を取っているのだろう。
義体術で対処の出来ない戦術は多くある。言ってしまえば、銃器で接近させなければ義体術使いは何も怖くない。だが、そのデメリットを差し置いても近接戦闘では相当に優秀だからこそ、いまだに使う人間が多い。一度懐に入り込めば無類の強さを発揮する。
……ちなみに、俺が銃器を使わない理由は普通に下手だからだ。勧めたロクヨウのあの絶望した目は死ぬまで忘れられないだろう。いや、思考が飛んだな。
(……少なくとも、サムライは俺が接近をする手段を持っていると想定しているはずだ)
欠点があれば、それを補う何かを持っている。それは当然の思考だ。実際、こういう状況になった時のために幾つかの隠し武器は仕込んでいる。
以前のパイルバンカーは、防御の固い敵や一撃で仕留めたい敵に対する不意打ちの一撃必殺だ。
だから、こういう戦況の時には……アレを使うか。
「――っ!」
「む」
左腕の一部に触れて、引き抜く。痛覚を切ってないから思わず声を上げてしまって、その声にサムライは警戒をする。引き抜いたのは拳大のパーツだ。その外したパーツは、カチカチと音をさせながらカウントダウンをしている。
そのまま、俺はそのまま投擲のフォームを取って投げつける。
「第一球……ど真ん中!」
「生憎だが、そこはボールだ」
小気味なことをいいながら身体をずらして回避される。……だが、そこでカクンと落下をする。
「何?」
「ドンピシャだ」
そのまま地面で警戒音を鳴らしながら爆発。その爆風が地面を抉り、大地を巻き上げて土煙がおきる。それに紛れながら俺は義体のマニュピレーターを起動して人間の限界を超える速度を出す。そのまま、一瞬で距離を詰める。
揺らめいた先にサムライを見つけ、そして拳での一撃。だが、一瞬で反応しカタナの腹で俺の拳を止められる。やはりカタナは改造しているか。そのまま、俺の身体を両断しようと刃先をずらすが、防御された段階でその動作を予期していた俺はバックステップで回避。また距離は空いたが、最初よりも詰まっている。
「ふむ、強いな。まさか手榴弾を持っているとは。とはいえ、銃器嫌いという噂は確かだったか」
「そこまで有名か? まあ、あんまり好きじゃねえが使う時は使うぞ」
「そうか。だが、この場で使ってない時点でどうでもいいことだ」
まったく持ってその通りだ。お互いにもう一度構える。
先程の武器は仕込み手榴弾。当然ながらソニック社製……といいたいところだが、実はこれはテンドウ社の武器だったりする。義体によっては、干渉したり相性の悪い装備があるのだが、テンドウ社はそういった相性の悪さがないので使いやすいのだ。抜く時にめちゃくちゃ痛いのと、補充をしないと使用数に限りがある欠点はあるが。
ちなみに、ソニック社は全ての義体と相性が悪い。
さて、この話は置いといて……
(ちっ、動揺もしてないか。カタナに触れた感じでも歪みすらしてなさそうだ)
感触的には、イマイチ。戦況は硬直。手を見せた分は俺が不利か。
サムライは居合いの構え。戦法は変えないのか。手榴弾は残り二発。相手からは数は見えていないが、無限にあるとは思ってもいないだろう。
続けて俺がもう一発投げようとすると、居合いの構えを解いてカタナを抜き構える。恐らく投擲をすれば、一瞬で距離を詰め俺が斬られる。
「っと、流石に許してくれねえか」
「当然であろう」
まだ手榴弾は抜いていない。俺が手を外すとカタナを鞘に入れて、もう一度居合いの構えに変わる。
――距離を詰めるタイミングを見る。あいつは俺の対処を見て構えを変えてぶった切るタイミングを見つける。つまりは根競べになるわけだ。詰める時に、手榴弾を抜いて二択を迫るのもいい。
まず、ここで時間をかければリナが終わらせて、戦闘のフォローをしてくれる事も考えれる。ならば、無理をする必要は無いか。このまま硬直状態を維持して……
(――なんだ?)
違和感を感じる。それも、かなり強烈な違和感を。
サムライから視線を動かしていない。何もおかしい所はない。構えは変わっておらず、少なくとも何かをしてくるようには……
いや、まて。俺は見た。剣を使った戦い方を。
(ユーシャだ。確かに流派やら武器自体も違う。だが――)
違和感はもはや拭いきれないほどに大きくなっている。
――いや、分かった。そうだ。あの構えから抜刀しようとしている。ユーシャの動きで覚えている。剣を使う前の動きだ。だが、なぜだ? 距離もある。しかし……
だが、こういう直感を無視することなどは出来ない。だから、俺は地面を蹴り必死に回避する。
しかし、遅かった。
『紫電、残光』
その言葉とともにサムライは抜刀をする。
すると、先程まで俺の立っていた場所に強烈な光と熱線が襲いかかり空間を歪める。
「――があああああっ!」
俺の左腕が回避しきれずに、そのまま斬り飛ばされる。
ガシャンという音と共に、俺の左腕だった鉄塊は地面に転がり落ちる。
断裂面が、バチバチと音をさせて火花を散らす。そんな俺を見てサムライは驚いている。
「――まさか、躱すか。拙者の紫電を。必殺の奥義だったのだが」
「……ああ、お前が抜刀しようと、してたからな……ぐっ……とはいえ、このザマだが……ビームは……反則だろ……」
「プラズマレーザーだ。しかし、剣士と戦ったことのある者などほとんど存在しないのだがな……この結果には仰天したぞ。頭部を残して完全に両断するつもりだったのだが」
驚いたといいつつ、余裕の表情は崩さず構えを変えるサムライ。カタナを抜き正面に構え、直接切りかかるような型だ
恐らく、あの戦法は一回きりの隠し玉だったのだろう。それに武器自体に相当に負担をかけるはずだ。原理としては……鞘を利用したレーザービームのようなものか。
ユーシャと共にネズミ狩りをしたおかげで、相手の動きの予兆を読めて命拾いは出来た。だが、左腕は落とされ、隠し兵器も潰された。相手の居合いもなくなっているが泣きたくなるほどアンフェアな交換だ。
「さて、敬意を表して痛みが無いように削ぎ落としてやろう」
「そりゃあ……優しいこったな……」
最悪だ。リナに連絡を取りたい所だが、先ほどから連絡が通じない。
「電子妖精に連絡を取ろうとしても無駄だ。もうすでに、廃棄地区に入り込んだ。ネットワーク外だ」
「……ああ。お前の動きは……」
「ふっ、わざわざ大仰に動いたのもそれが理由でな。電子妖精には、この手が最も有効だ」
市外地区、中央では電子妖精は無敵だがネットワークなどが存在しない個所もある廃棄地区では、一転して関わることすらできなくなる。
それを理解して俺たちの行動を読み、こうして網を張っていたのか。
くそ、何か手は――
「さて、油断はせぬよ」
「ぐううっ!?」
視線を向けると一瞬で距離を詰めたサムライに、残っていた右腕も断たれる。クソ、油断すらないのか。
「全身義体というのは兵器庫のようなものだからな。特に徒手空拳で戦う義体者であれば、腕に仕込みの二つや三つはしているだろう?」
「……」
まったく持って正解だ。パイルバンカーもそうだが、他にも幾つかの兵装は準備している。
――全くもって完敗だ。
警告音。無視。体の奥から異常な熱が発生する
「両腕を落とした。さて、次は足だ。……胴体もある程度は斬りたいが生きたままがいいからな……」
「はぁ……くそ、本当に強いな……サムライさんよぉ」
「む?」
視界を埋める警告。すべて無視。
急に声をかける俺に怪訝な表情を向けるサムライ。ああ、コイツに負けた。認めたくないが、それは事実だ。
だから――
「……むっ!? 待て! 何を――!」
そういって、サムライは予感を感じ取ったのか俺を無力化しようと首を跳ねるように一撃。
だが、当たらない。もう遅い。
残った脚で、地面を蹴り飛ばし一瞬で距離を開けた。地面が弾け飛ばなかった幸運を喜ぶ。
「……何だその動きは」
「――本当に、使いたくなかったんだよ。これはよぉ」
サムライの知覚すらを超えた高機動。ガリガリと身体がうるさい。
切り落とされたはずの右腕はすでに繋がっている。確認、大丈夫だ。動かせる。切断面が綺麗で助かった。左腕も同じように無理やりつけると不恰好ながら繋がる。
ゴリゴリと、俺の腕にある兵装が破壊されて消えていく。その代わり、俺の骨子フレームが徐々に修理されていく。
「……どういう理屈だ。それは」
「随分昔に、自己再生機能持ちの義体を作るっていうプロジェクトがあってなぁ。まあ、問題があって立ち消えたんだが」
警告は止まらない。生体の危機を訴えかける。だが、全て無視。
義体の擬似痛覚は消えた。味覚も先ほどから消えた。嗅覚も不必要だと無くなった。全身義体の戦闘に必要なのは、聴覚、視覚、触覚だけでいい。だから問題はない。
自己修復のために、無理やりくっ付けた右腕と左腕の兵装のパーツがナノマシンによって分解されて接合するための下地にされていく。
異常な熱が発生し、俺の義体の外付けパーツが溶け始め、それをまた破壊して素材に変える。
「ちょうどその時に、全身義体の被検体が募集されててな。生存は絶望的な高額報酬の依頼だったんだよ」
懐かしい。その話を俺は受けた。
詳しい仕組みは覚えていないが、普段は不活性だが一定以上の熱量を上げると活性化する特殊なナノマシンだそうだ。
起動すれば、最初に記憶させていた形に戻ろうと周囲にある金属を吸収して自動的に戻る。バキバキと、俺の装備した兵装が破壊されて記憶された骨子フレームを形作っていく。
それに応じて、ドンドンと俺の体温は上がり、もはや熱気で風景が歪んでいる。
「――その、生き残りってわけだ」
義体の本来の想定出力を大幅に超えた出力でダッシュ。破壊され、同時に崩壊したパーツを分解し修理に当てる。徐々に軽くなる義体。そして上がっていく熱量。
そうして、義体術の構えを取り――基本の、拳で撃ち抜く。
「死ね」
「ぐっ……なぁっ!?」
初の動揺をしているサムライに、容赦なく拳を叩き込む。
それでもカタナで受け止めたのは、本当に凄まじい技量と戦闘勘だというしかない。だが……グシャリとカタナの受けた個所を溶解させ、俺の拳が突き抜ける。
触れる。肉の焼ける音。義体が溶解する音。
その瞬間、サムライは触れた部分をカタナで無理矢理切り落とす。
「ぐっ、ごぼっ! げほっ! ぐううっ!」
熱によって癒着する前に切り落とした判断は正解だったが……流石に一撃で致命傷になる攻撃を喰らえば無事では済まない。
切り落としたと言っても直接触れた部分のみ。周囲も影響で炭化し、義体まで溶解して酷いことになっているのが見える。
――頼む。これで終われ。
「……もう一発、か?」
「はぁ、はぁっ……! これは、聞いておらぬな……!」
余裕のない表情。そして何かを懐から取り出し――
「――さらば!」
地面へと叩きつける。瞬間、一体を包むスモークが焚かれる。それに乗じて、遠くに走っていく足音が聞こえる。
どうやら、サムライは本気で退避をしたようだ。継続は不可能と判断したのだろう。俺が戦闘継続の意思を見せたからこそ、この撤退判断か。
乗り切った。そして、俺は限界を迎える。
「――がああああああ! ぐっ、あああああああああ!」
俺は悲鳴を上げながら、地面に倒れる。身体は動かない。上昇していい熱量を超えて、制御機構に異常がでている。
その熱で保護されているはずの脳にまで熱を感じるようだ。保護膜が破れれば一瞬で蒸発して死ぬだろう。
「クソ……! ぐっ、あああ……!」
ぐらぐらと、限界がきた。もう危険を示すアラートは映っていない。表示するリソースすら尽きた。倒れた義体の周囲の地面は俺の身体の熱で溶け始めている。
ああ、気絶か。何度目だよ。そう思いながら思い浮かべたのはリナとユーシャの顔で、あいつらはどうしてるかなと思い――
そうして、俺の意識は完全な闇に落ちた。




