せんせいへ贈る
春めいた風が吹いている。
体育館で卒業式の練習という名の進行確認を済ませた後、3年2組の担任は生徒を教室へ戻るようにと指示を出した。
何人かは冗談でも言っているのか、笑い声が大きい。
体育館の窓が閉まっているかどうかを確認した後、担任は1度外へ出る。
桜の枝枝が大きく揺れ、今にも開きそうな蕾が落ちそうである。
1人の生徒が教室へ戻る列から外れ、外へ出た。
「先生!せんせい!」
女生徒は両手に何かを握りしめ、息を弾ませて担任に近付く。
「これを!読んで!ください!」
女生徒は手にした分厚い本を、担任に向かって大きく振りかぶった。
【宣誓】による、【先制】だ。
すぐさま【卒業先制】と判断した担任は、胸ポケットから女生徒の先制攻撃査定チェックシートを取り出し、分厚い本を躱しながら上から順に査定する。
・【宣誓】のタイミングは攻撃の前、丸
・【先制】は担任が1人の時、丸
・【先制】は授業時間外、丸
・【先制】の武器は学校に持ち込み可能の物、、、狂極冬彦の本、丸
他、【卒業式前日に担任に読んでほしい】という少女漫画でよく見られるフェイント技を考慮し、加点する。
「先生、避けないでください!」
体を軸にし、振りかぶってくる本という名の凶器。上から、下から、斜めにと、独楽のように回りながら攻撃を繰り返す女生徒。担任は全て避け続け、査定のボールペンを止めない。
「良い動きだ。随分練り込んだな」
技が研ぎ澄まされ、業となっている。担任は思わず微笑した。
「卒業式にっ!間に合わせたかったんっです!」
吠えて女生徒が高く跳ぶ。太陽を背にし、一瞬目が眩んだのか、女生徒のシルエットが見えた時、担任は査定を止めて両手を前に出していた。白刃取りならぬ、本取りだ。
本を両手で掴み、そのまま女生徒を後ろに投げる。女生徒はくるりと回転し、地面に着地した。
「ふむ、こちらの査定の手を止めさせたか。いいだろう、合格だ!」
担任が先制攻撃査定チェックシートに合格と書き丸で囲み、女生徒に手渡した。
「明日の卒業式に参加し、校長先生から卒業証書をもぎ取れ。今のお前なら、できるはずだ」
「ありがとうっございます!」
大きく礼をし、女生徒が去って行く。
残された担任は、こきりと首を回し、ふと上を見る。
膨らんだ蕾の1つが、風を受け落ちることも無く、花開いていた。
暖かくなると、このような作品を……読みたくなりますね。
遥彼方様の、ほころび、解ける春 企画に参加させていただきました。
三人称視点、『青春、春』、格闘描写、短く纏める、に挑戦しました。