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七話 買い出し

 朝食でほとんど食材は尽きてしまった。一週間分のライラの食事が二日で消費される様子は、ある意味恐怖だ。日課を終えて戻った後、ライラは皆に宣言する。


「今日は買い出しに行きます。居候が二人も増えたので食料が尽きました。庭の野菜はまだ収穫できません。作った薬を売ることでお金を稼ぐことは出来ますが、患者を待っていては到底間に合いません。という事で二人ともお金は持っているのかしら?」

「王子である私が持っていると思うか」


 ライラは無言で視線をヘズからラッリに移す。横柄な態度のヘズとは違いラッリは真っ青な顔になった。


「殿下……もしかして今まで対価も何も払わずここに……」

「労働するにしても私は目が見えないので足手まといだ。手持ちの荷物は馬に括り付けたままだったし私が払えるものは何もない」


 ヘズは少しも悪びれずに言った。ラッリは床の上で土下座する。


「すみませんっ、これで宿代が只だラッキーとか思っていてすみません。うちの馬鹿王子が本当にご迷惑かけてすみません」

「ラッリさんには床で寝てもらっているわけだし宿賃はいらないけれど、食事がどうにもならないだけで。裏に畑があって少し広げてみたけれど、収穫が間に合わないのよ。近くの村で調達するより他にないのだけれど、先立つものがね」


 そう言ってため息をつきながら、ライラはちらりと二人を見る。彼らは見える場所に装飾品などは身に付けていない。上質な服を売って代わりの物を買ってくれば少しの間はしのげるかもしれないが、どちらにせよ足が付いてしまうのは避けられなかった。暗殺者に狙われているのなら不安要素は出来るだけ潰しておきたいと、部外者であるライラが真面目に考えているのに当の二人は口げんかを始めてしまう。


「ラッリ、お前帰れ。人数が増えればそれだけライラが大変になるんだ」

「王子こそ帰るべきでしょう?呪いを解ける目途が付いたらこちらへ来ればいいだけの話です」

「私はここを離れるわけにはいかない。その―――あれだ」


 ヘズはここに居る必要性を説く為に考えを巡らせた。ここに来て以来、何かをするべきだとは思っていたのだが何もできていない。浮かび上がる答えは寧ろヘズに都合の良いものだった。


「留守番係」

「いらねェな。結界があるし、大体ここに来る客と言ったらお前目当ての厄介な奴しかいねえ」

「ライラの話し相手」

「それなら俺がいる。十分だろ」

「こ、恋人とか」

「ヒモって言うんだ、一方的に世話されんのは」


 口にした言葉を片端から潰していくペルケレに、ヘズの不満が爆発した。


「冷たいぞペルケレ殿!モフられてあんなに気持ちよさそうにしていたではないか」

「気もっ……誰がだっ。大人しくなでさせてやったのにいい気になるなっ」

「喉をゴロゴロ鳴らす程、気分が良かったのだろう?」

「鳴らしてねぇ!」


 そこから今度はヘズ対ペルケレの口げんかが勃発した。何とも賑やかになった今の状況を、ライラは楽しそうに眺めている。


「城には殺し屋がいるのでしょう?せっかく呪いを説く方法が見つかっても手遅れなんて嫌だから、ここに居ればいいのよ」

「ライラ……」

「仕方ないわ。とっておきを売って稼いでくるから、ヘズはここで待ってて。ラッリさんは荷物持ちを頼んでいいかしら?」

「ああ、心置きなく使えば良い」


 返事をしたのは何故かヘズだった。


 森を出てすぐの位置にある村には雑貨屋、服屋、食料品屋などがそろっている。小川沿いで麦を引く水車小屋などもあり、現在ライラはこの村を買い物の拠点としていた。村人たちには薬師の肩書で接触している。


「こんにちは」

「ああ、いらっしゃい。今日は何を売ってくれるんだい」

「この前補充が必要だって言っていた関節痛の薬と、それから化粧水を持って来たの。まとめて十本、置いてもらえるかしら?」


 ラッリが持たされていた瓶をカウンターに並べる。村では見慣れない人物に店主は警戒をあらわにした。


「ライラさん、この人は?」

「ラッリと申します。ライラさんの家に御厄介になってます」

「わけあって、いろいろ手伝ってもらっているの」


 ライラの適当な答えにふうん、と納得していない返事をした店主だったが、興味は置かれた瓶の方へと移る。美人のライラが使っている化粧水とあって、商売魂がむくりと起き上がった。


「へぇ、ライラさん特製の化粧水か。こりゃご婦人方に売れそうだ」

「レシピは秘密よ。それでね、このくらいで買い取ってほしいのだけれど……」


 ライラが商談している間、ラッリは城下とほとんど変わらない品揃えの店内を見回す。輸送費がかさむ分だけ田舎の方が少し割高だが、商品の流通や地域差が無いのをさりげなく確認した。


『城でのいさかいが民の暮らしに影響を及ぼしているようであれば城に戻るのは諦める。奴らに殺されるのは癪だからその時はお前が私の首を持って帰ってくれ―――』


 随分と大げさで突拍子もない主の頼みだが、ラッリは叶えるつもりでいた。戻ったところで王族殺しの罪を被らなければならなくても、である。それほどヘズが信頼をしてくれているのだ。期待を裏切りたくはない。


 ヘズが逃げ出しても城へ戻っても状況は変わらない。ヘズの兄、クレルヴォも優秀だがヘズに対してのみ異様な程、疑心にかられていた。

 商談が終わったところを見計らい、店主に声をかけた。思ったよりも高値で売れてライラはほくほく顔だ。


「店主殿、最近値段が急変した物などはございませんか?」

「とくには無いね。季節がら、リンルの実が高くなるのはいつもの事だし」

「リンルの実?」

「この辺りでは採れないものなの。料理で甘みを出すため、高い砂糖の代わりに使うものよ」


 雨季ではなく乾季に採れるリンルの実は森から離れた場所で収穫される。森は霧なども発生しやすく湿度が比較的高いため、周辺では栽培が出来ない。


 庶民にとって砂糖が高くて手に入りにくいのは、ヘズはともかくラッリでも知っている。ラッリの父親はリンルの実を栽培できる土地の領主だ。魔法によって保存を利かせるか瓶詰に加工して流通させるため、店主の言う通り収穫期から外れた今の時期はどこでも値が上がる。

 値札に描かれた数字は輸送費を含めても予想の範囲内だった。経済は大丈夫だとラッリは判断する。


「ええと、小麦粉と、芋と、肉の腸詰と、葉物野菜と―――」


 化粧水の清算を終えて店主が瓶を奥へしまい込むと、今度はライラが必要とする食料を棚から取り出してはカウンターへ置いていく。畑以外にも森の中で木の実や野草などは採取できるが、三人分の食事をそれですべて賄うことは出来ない。


「今回は随分買い込むんだな。居候は何人だ?」

「二人よ。できれば周りには内緒にしてもらいたいのだけど」


 店主はちらりとラッリを見やり、頷いた。


「ああ、分かった。ちょっとだけサービスしておこう」

「本当に?有り難う」

「人手が必要なら村の者に声を掛けようか」

「いいえ。用事が済んだらすぐに出て行ってもらうから大丈夫よ」


 ここの店主は、小さい頃にライラを見ている。ライラは拠点とする村を十年程で次々と変えているが、偶然にも店の移転先でかち合ったのだ。初めは全く老化しないライラを見て訝しんだが、役に立つものを売るので黙認している。

 ライラ本人は気付いていない。森の魔女は静かに語り継がれていて、陰ながら味方をしてくれる者はいる。


 二人で持てるぎりぎりの量を買い込んで支払いを済ませる。化粧水を売った金額のおよそ半分で賄えたが、また何か入用になるかもしれないと油断はできなかった。

 再三、店主が手伝いを申し出てくれたがライラはそれを断る。只のお節介に彼らを巻き込むわけにはいかない。

 礼だけ述べてライラたちは店を後にした。



「あのう、空を飛んだりは出来ないのですか?」


 村からの帰り道、森に入ってラッリがそれとなく口にした言葉は、古くから持たれる魔女のイメージからして当然の疑問だった。

 箒に乗って空を飛ぶ。それはライラがまだ王女であった頃にもあったおとぎ話だ。これだけの大荷物だって箒から吊り下げて飛べば確かに楽かもしれない。


「物を浮かせたりは出来るけれど、自分自身を浮かせるのは魔力を大量に消費するしとても難しいのよ。今も少し軽くしているのだけれど、気づいている?」

「え、そうなんですか。確かに店を出た直後より楽になっている気がしますけど」


 ラッリは自分の持っている荷物を確認してみるが、魔術が使われている形跡は全く見当たらなかった。


「私が扱えるのは、ほとんど日常生活の範囲内だけ。ペルケレとの契約のお陰で雷は扱えるけれど、戦闘はそこそこしかできないの」

「ライラはちょっと鈍くさいところもあるからなぁ」


 ペルケレが茶々を入れる。日課の為に魔力を温存したいと言う名目もあるので、あまり大きな魔術は使わないようにしている。使わざるを得ない時は魔力の回復薬を用意してから使うのだが、五百年生きてきた中で数えるほどしかなかった。


「人を傷つけるようなことも出来ればしたくないわ。でも暗殺者が来るのならそうも言ってられないのでしょうね」


 過去に全く無かったわけではない。自分や力の弱いものを守る為に結果として誰かを傷つけてしまう魔法は、時に行き過ぎた行為となってしまう。守った者、傷つけた者たちの恐れとなり、何倍にもなってライラに返ってきた。


 悪魔と契約して不老長寿になったからと言って、痛みに鈍感になりたくない。


「普通の人間の感覚を忘れたくないのよ。魔法に頼りすぎて太るのも嫌だし、歩くのは嫌いでは無いもの」

「十分お美しいと思いますが、普段の努力のたまものなのですね」

「ふふっ、ありがと」


 荷物を持って歩く二人の足元を、ペルケレは無言でとてとてと歩いている。

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