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三話 寂しん坊

 ヘズは居丈高な態度を崩さない。相手に敬意を払わず、自分の欲するところは何でも手に入ると言う傲岸不遜な考えは、ライラにとってとても懐かしい気がした。

 愛する妻の為に国を窮地に立たせた父と同じだったからである。


「疎まれるよりは称えられた方がそなたも嬉しいだろう」

「何にも知らないくせに―――こいつが死んだら困るのはてめぇらだろうが」


 何も言えなかったライラに代わってペルケレが激昂する。五百年を共に過ごしてきたペルケレにとって、ヘズの言葉は聞き流せないほどの侮辱だ。


「ペルケレ、もういい。王子なら歴史だってそれなりに学んでるはず。その王子がまともに知らないのならば、そもそも正しく伝わって居らんのだろう」

「歴史?王国の歴史なら黎明期からきっちりと学んでいるが」

「……語られなかった歴史を知らないのは仕方のないことだとしても、これから世話になろうとする人を脅すのが今の王族の礼儀なのかのう」


 ライラはヘズにも分かりやすくため息をついた。見えてないのでは表情や仕草で無く、音や声で感情を表現しなければ伝わらない。

 呆れている、と示せばヘズは口を噤んだ。不敬だと激昂しない辺り、実は本人もそう思っている。

 頼む側のはずの自分がなぜ偉そうにしているのか。それは王子として育ってきたヘズにとって仕方のないことだった。


 態度を崩してはならない、へりくだってはいけない、それが上に立つ者としての姿勢だ。

 崩せば下の者が戸惑う。自分より上の身分が王と王妃以外いないヘズはそのように教えられてきた。外界から閉ざされた国の欠点だ

 だが、ここにはそれを咎める者はいない。


 互いに意見が平行線たどることを覚悟した時、ヘズの腹がぐうっと鳴った。城を出てから追手をかわしつつ魔女を探しながら馬で走り回ったのだ。空腹に耐えかね、どうすれば良いのかひたすら考えたヘズはそろそろと膝をついて土下座をした。

 背に腹は代えられない。しかしライラたちがいる方向とは微妙にずれている。


「済まなかった。討伐云々の事は忘れてくれ。腹が減りました。どうか、助けて下さい」


 恥を忍んで最大級の礼を尽くす。なりふり構わぬヘズに、元王族のライラはもう一度呆れてため息をついた。


「仕方ないのう。わしはライラ、こっちはペルケレじゃ。取り敢えず食事を作るとするか。ペルケレ、相手をしておいてやってくれ」

「げ、俺が。こんな小生意気な王子と話でもしてろってか。勘弁してくれー」

「おやつ二割り増し」

「よーっしゃーまかせろっ。いいか、王子。後ろに長椅子があるからそのまま座ってろ。ゆっくり、ゆっくりだぞー」


 ヘズはそろそろと探りながら言われた通りに座る。いきなり放り出されない事に安堵し、肩の力を抜いた。


「私が王子と知っても態度を変えられないのは初めてだ。大抵、へりくだるかそなたのように反発するかのどちらかの反応しか見たことが無い。ペルケレ殿、あのご老人は何者だ?」

「あまり深入りしない方が良い。お前が王子ならなおさらだ」


 ヘズの足元でペルケレが話し始めるとヘズは怪訝そうな顔を下へ向ける。


「ペルケレ殿、やけに低い場所から声が聞こえるのだが、床に座っておられるのか」

「あ、ああ。ちょっと今、靴の具合を見ていたところだ」


 ペルケレはヘズの頭程度の高さの棚に上り、そこから話しかけることにした。


「ライラはこの森にいなくてはならない。少しなら外へ出ることも出来るが、あいつが死んだらこの地域に禍が起こる。それはどこまで際限なく広がっていくか分からないから、もしかしたら世界規模かも知れないな」


 森の浸食を魔術で食い止められているから、畑を作って自給自足の生活も出来ている。それはライラだけではなく山脈の内側で生活する者すべてに言えることだ。

 もしもライラが日課を怠ればたちまち森は浸食を再開するだろう。ペルケレの言うように山脈を超えていくかもしれない。


「それと言うのがどのようなものを指すのか知らないが、本当ならば城に迎え入れて保護されるべきではないのか。禍を防ぐのならば魔女では無く巫女のようなものなのだろう」

「なんでも自分の定規で計るな。森を離れられないし、大体狙われているお前が連れて帰ったらライラも危ないだろ」


 ヘズは俯いた。ペルケレの言うとおり自分が連れて帰ったら敵にも味方にも狙われる。敵からは脅威として、味方からは王子を誑かした魔女として。

 目が見えたところで状況は何も変わらない。


 やりきれない状況を自覚したところで、ライラから声がかかる。


「さあ、夕餉の支度が出来た。ここまで歩いてこられるか。それとも補助があった方が良いか」


 長椅子からテーブルまでは一直線、段差も壁や扉も無い。城の中で生活している時は何をするにも支える者がいたので、それが当たり前だと思っていたヘズは驚いた。だがここは城とは違うと思い直し、一人で歩く決意をする。


「壁伝いなら歩けない事も無いが、真っ直ぐでいいんだな」

「ああ、そのまま七歩程前にテーブルがある」


 長椅子から立ち上がったヘズはそのままそろそろと歩いた。

 途中でペルケレが「待った」と声を掛け、ライラが慌ててヘズの腕を取る。方向が少しずつすれて壁に激突しそうになったからだ。


 ライラの家の中はそれほど広くは無い。必要な家具しか置いてないが、少しでも歩けばヘズがぶつかるのは時間の問題だ。


 椅子を引いてやり、丁度良い位置まで歩かせてからゆっくりと座らせる。

 誰かの世話を、ましてや目の見えない者の介助などした事のないライラは、何をするにしても気を使わねばならない状況に戸惑っていた。


「しばらくここに居るつもりならば、わしが全ての行動の面倒を見なくても良いようになってほしいのじゃが……」

「すまない、善処する」


 ヘズが席に着いたのを見届けてからライラは料理をテーブルの上に出す。

 食器は滑りにくいように木製の物を出したが、目が見えなくても食べやすい料理が分からなかったのでパンと大きく切った野菜のスープにした。

 ライラが手を開いてさじを持たせ、スープの入った器に手を添えさせたところでヘズは違和感に気付く。


 手の感触は少し荒れてはいるが老人のようにしわしわではなく、滑らかな若い人間の物だったからだ。


 ―――ライラはもしかして若い女性なのか。


 だとしたらもう少し自分は丁寧な態度を取ったのに、何故老人のふりをする。もちろん老人を邪険に扱うつもりは無いが、若い女性に向ける気づかいとは違う物だ。

 戸惑いとは裏腹に、急に変えることも出来ずそれまで通り偉そうな態度を取ってしまうヘズ。


「今日は野菜のスープとパンじゃ。スープの器の左側にパンが置いてある」 

「いつもは一口ずつ食べさせてもらうのだが」

「我がまま言うな。ライラだって食事をとるんだ。それともライラを侍女のように扱うつもりか」


 ペルケレの声を聴いてヘズは恐る恐るさじをゆっくりと口に運ぶ。城の料理は毒見を通すのでいつも冷めていたが、ライラの料理は適温だった。熱すぎて火傷することも無い。


「有り難い、少し冷ましてあるのは助かる。私が目が見えない事に対しての配慮だろうか」

「ペルケレが猫舌だからじゃ。思い上がるな」

「……うまいな。城で食べる物より、余程愛情がこもっているのだろうな」

「俺への愛情だ。お前じゃねー」


 感謝を表し歩み寄ろうとしたヘズに気付かず、つっけんどんな態度のライラたち。


 ライラは食後にトイレの場所と配置を教えた。目の見えている自分だけでは気づかなかったが、歩き回るヘズを見ていると家具の配置も複雑なので明日には変えることを告げる。


 いきなり家の外に放り出されることは無いとヘズは安堵し、その日は久々に暗殺も気にせずぐっすりと眠った。




 次の日、ライラはヘズが壁伝いにあちこち行けるよう家具の配置換えをした。長椅子も二階の空き部屋から下ろしたベッドに替える。もちろん全て魔法で移動させたのだが、ヘズは驚いていた。


「こんなにも自由自在に魔法を操れるなんて、王族でもほとんどいない。魔女と言うものは本当に才能豊かなのだな」


 昨日は食後に支えてもらわないとたどり着けなかったベッドにも、今日は一人で行けたヘズ。日課をこなさなくてはならないライラは、ヘズに注意事項を告げる。


「少し出かけるが他の人間が入って来られぬように一応家の周りに魔法をかけていくから、外へ出ないように。薬の類は危険なものがあるからこの部屋以外の物は勝手に障ってはいかん。それから何か必要なものはないじゃろうか」

「わかった。できれば着替えの衣服が欲しいのだが」

「だぁれが洗うと思ってんだ。昨夜みたいに洗浄の魔法で十分じゃねェか」

「風呂にも入りたい。ライラ殿は入らないのか」

「ほう、年寄りの風呂を覗きたいと申すか」

「残念ながら私の目は見えない。寧ろ若い男の風呂を覗きたいのはそちらではないのか」


 次から次へと出てくる要求と軽口に、出がけのライラとペルケレはイライラしながらも答えた。本当に必要なものであれば買い足さなければならない。異分子が一つはいるだけで生活をがらりと変えざるを得ないのは昨日で理解した。


「それから―――」

「まだ何かあるのか」


 ヘズが言い淀むので、今度こそ絶対に必要なものなのかとライラは身構えた。頼むのをためらうような物だろうかと、警戒する。


「その………………早く帰って来てくれ」

「寂しん坊かっっ」


 ペルケレがくわっと喉の奥が見えるほど口を開けながらツッコミを入れた。

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