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一話 森の魔女

 栗色の髪を椿の櫛で梳きながら、ライラはため息をついた。非常に長いこと使っているが最大の注意を払っているので櫛の歯は欠けておらず、覗きこんだ鏡に映る自分の肌に不都合を見つけてしまったわけでもない。


 鏡の中の自分を見るたびに死んだ家族を思い出してしまうのだ。


 父譲りの髪は非常に味気なく、もしもこれが北方の国出身の母と同じ金髪だったら人生はもう少し明るいものになっていたかもしれない。緑色の瞳は母親にそっくりだが、この辺りでは不幸の色として疎まれている。

 弟は逆に金髪に人懐こい鳶色の瞳だった。


 いつもと変わらない毎日。いつもと変わらなさすぎる一日を今日も過ごす。別に不満があるわけでは無いが、流石にそろそろ終止符を打ってもいいのではないかと思い始めていた。


 このままこの状態を続けることは果たして良いことなのか。

 しかし続ける以上の良策など出るはずもなく、きっと明日も明後日もずっと同じ毎日を繰り返す。


「ライラ、起きてるか」

「はあい、今行くわ」


 部屋の外から声が掛かったので、急いで着替えた。服の上から纏うのは森色をしたフードつきのマント。黒いローブにとんがり帽子と言う出で立ちは、いくら魔女だと言ってもライラの感覚に合わない。魔女をよく思わない者たちから身を守る為でもある。


 扉を開けると一匹の黒猫がお行儀よく座っていた。


「おはよう、ペルケレ」

「おはよう、ライラ。今日も美人だ」

「有難う。さ、朝ごはんにしましょうか」


 人の言葉を話す使い魔の黒猫、ペルケレはライラが二十四の時から五百年もの間、欠かさずこのやり取りを続けている。最初はいちいち照れていたライラも慣れてしまった。言葉と言うのは不思議で本当に自分が美人であるような気さえしてくる。いつのまにか振る舞いや仕草にも自然と気を使うようになっていった。


 ライラが歩くとペルケレも音を立てずに付いて来る。


 小さな宿屋を改築した二階の一部屋を寝室として使っていて、初めは六部屋ある内の一番奥の部屋を使っていたが徐々に面倒くさくなって階段に近い部屋を使う様になっていた。


 一部屋は書庫、一部屋は薬草を調合する部屋として使っていて、残り三部屋は客室用―――と言ってもここへ来る人間などほとんどいないので、ベッドが置いてあるだけの空き部屋だ。


 森の中の小さな家は五百年もの間、主を変えずそこに有り続けている。

 その家の中でライラは朝食を済ませ、外へ出る。いつもの日課を済まさなくてはならない。




 昔々のよくある話。この辺りにはフォレスタリアと言う国が栄えていた。


 周囲をぐるりと山脈に囲まれた小さな国で、北側の峡谷が唯一の外界への出入り口だ。国土のほぼ中央に王都があり、その周囲に街や村が点在していた。王都の中央には美しく立派な城が存在し、その敷地内に建国以前より神の住まう場所として祀られている小さな森があった。


 王と王妃の間には王女と王子が一人ずつ。山脈と言う要塞は他国からの侵略を防ぎ、天候不順などの自然災害も長い周期で起きていなかった。小さいながらも国は豊かで、皆が幸せに暮らしていた。


 ある日、自然を愛する王妃の為に四阿ガゼボを立てようとした王の命令で森の木が切られてしまった。

 玉座の間に怒り狂った森の神が現れ、巨大な森色の魔石を出現させてどこかへ消えてしまう。

 王たちは恐れおののいたが、石が部屋に浮いている以外何が起こるわけでもない。命を落としたり、目覚めぬ眠りについた者などは居なかったので早急の対策を怠った。


 ところがその日の夜、暗闇の中で森の範囲が広がっている事に気付いた見張りの兵士たちが騒ぎ始める。

 増えていく木を斧で切って防ごうとしても後から後から根や枝葉を広げて、或いは地面から新たな芽を息吹かせて、まるで動く生き物のように森は広がって行った。

 木々は三日で城を覆いつくし、城壁を破り城下町もろとも飲み込んでもなお浸食は止まらない。


 神の怒りを鎮めようと荒狂った民衆によって王の首が落とされた。

 王妃や王子たちも手にかけられそうになった時、魔力の多い王女が魔術で封じ込めることを民衆に提案した。本来ならば城にいる魔術師が言うべきことだが彼らは既に皆逃げ出してしまっている。


 拙いながらもそれまで学んだ魔術を駆使して魔石を封じ込め、漸く森の浸食は止まった。だが不完全なその術は毎日王女が魔力を注がねばならない。その後、悪魔ペルケレと契約して長寿を得た王女ライラは一人、魔女として五百年ほどをこの森で生きている。


 ―――神の怒りに触れて国が滅ぶなんてよくあることよ。犠牲が父様だけに抑えられたのは幸いと思わなくては。


 何度も何度も自分に言い聞かせながら、毎日同じ日課・・をこなす。





 その日、いつもは静かなはずの森が妙にざわついていた。鳥や獣の声では無く、風に揺れる梢の音でもない。言うなれば森全体がそわそわしている、そんな気配をライラは感じ取っていた。


 辺りを見回しても、いつもと何も変わらない景色。空気までもがうっすら緑色に染められそうな、深い深い森の中。栗色の長い髪をかき分け耳を澄ますが、何も聞こえなかった。


「変ね。何か起きる前触れかしら」

「さぁな。それよりどうも全身の毛が逆立ってしょうがない。早めに済ませないと雨が降って来るかもしれねぇぞ」


 ペルケレを連れて、ライラは森の中心部へと急ぐ。木々が鬱蒼と茂る獣道をたどり、向かった先には森に飲まれてしまった古城が佇んでいた。


 白亜の城と称されていたはずの壁は朽ちてひび割れ、木の根とも枝ともつかぬ部分がうねるようにして絡みついている。

 中に入れば大理石の床に天上から落ちてきた瓦礫が転がったままの状態だ。

 遺跡と化したそこにはかつて栄華を極めた痕跡が随所に見られるが、訪れる者も今ではライラだけとなってしまっていた。


 奥へと進んで行くと、主のいない玉座の前に森と同じ深い緑色をした巨大な魔石が浮いている。

 その周りに何重にも張り巡らされた魔法陣へ手をかざし、ライラは魔力を注いでいった。消え入りそうな光で浮いていた文字や図形は徐々に輝きを増していく。

 これが、ライラの欠かす事の出来ない日課だ。


「ふぅ、こんなものかしら」

「毎日毎日ご苦労なこった。この地の人間なんてとっとと見捨てて逃げちまえばいいのに」

「そういうわけにもいかないでしょう?悪いのは私の父様なんだし」


 ペルケレは「けっ」と毒づいた。


「お人よしの魔女なんて聞いた事もねーや。あーあ、ハズレのご主人様引いちまって、俺ってばなんて不幸なんだ」

「ごめんね。長いこと付き合わせてしまって本当にごめんなさい」


 ライラが頭を下げるとペルケレは余計に憤慨した。前足をたしたしと床に打ち付けて説教をし始める。


「だーかーらー。魔女ならそこは『あら、嫌ならとっとと出て行ってくれて構わないのよ』とか高飛車に厭味ったらしく言うべきだろうがっ」

「ペルケレってば、私のまねが上手ね」


 ライラが笑いながらほめるとペルケレはふてくされてそっぽを向いた。悪魔なのに、なんだかんだ言って見捨てずに付き合ってくれるペルケレの方がお人よしだとライラは思う。


「さあ、帰りましょうか」

「ああ、雨の降らないうちにな」


 城を出ると既に雲行きは怪しく、予想通り帰る途中で降り始めた雨は直ぐに雷を伴うまでになった。住処にしている家まであともう少しと言う所で、ライラの耳に馬の嘶きが聞こえてくる。足を止めると既にずぶ濡れのペルケレに「何やってんだ!」と怒鳴られた。


「静かにして、何か来る。……馬?」


 誰も乗せずに走る馬が木々の合間から見えた。この辺りでは滅多に見る事のない、白くて美しい馬だ。

 ライラは直ぐに辺りを見回しながら馬が走って来た方へと向かうと、森の色にはそぐわない何かが落ちていた。

 近寄ってみるとその物体の一部がわずかに上下していて、荒く呼吸をしているのが分かる。


「人かしら?」

「だな。けがをしているみたいだし、ほっときゃ死ぬだろ。帰るぞ」


 ペルケレの言うとおり、物体の着ている衣服は血に染まり、足があらぬ方へと曲がっている。

 森のすぐ外で生活を営んでいる村人たちとは明らかに違う、高級な布地が惜しげもなく使われた服だ。それは身分が高い者であることを如実に示していた。


 見るからに厄介ごとだ。助けるかどうしようか、ライラは迷った。

 今までも何度か迷い込んできた人間を助けたことはある。その度にいざこざがあるのでペルケレのいう事ももっともだった。

 ギュッと目をつむり踵を返そうとしたその時、物体から声が発せられた。


「誰か、いるのか?」


 思わず足を止めて振り向いてしまったライラの目に、震えながらも宙に伸ばされる手が見えた。


「目が……見えないんだ。どうか、けほっ、助けてくれないか」


 かすれる様な弱々しい声だったが、うるさいほどの雨音の響く中でなぜかライラの耳にはっきりと聞こえてしまった。やがて、手はぱたりと降ろされ、それきり男は動かなくなってしまう。ペルケレが近づき男の顔の周りでスンスンと鼻を鳴らして様子を探る。


「気絶してる様だぞ」

「……そう、丁度良いわ」


 ライラは魔術を使って男の体を宙に浮かせ、けがの様子を見て魔術で止血などの応急処置だけをする。

 完全に回復させるには傷口の洗浄などを行わなければならないが、この土砂降りの中では簡単に出来そうにもない。


「おいおい、助けるのか?」

「まさか、傘がわりに使うだけよ」


 魔術で頭の上まで持ち上げ、まるで傘のように雨避けにしてそのまま歩き始めた。もちろん、傘はライラの頭上に浮いたままだ。ライラの所業にペルケレは「ひでぇ」と呟く。


「何よ、見捨てろとか言ったりしたくせに」

「仰向けにしたままだと鼻に雨が入るだろ」


 そう言うことかと男をくるりと下向きにして、ライラは住処にしている小屋へと戻った。


始めてしまいました。よろしくお願いします。

ケルト文化からキリスト教に掛けて緑は不幸や嫉妬、悪魔を表すそうです。

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