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子供の作り方って?


 デニスは反対したが、リゼットはかなりの本気だった。この国で一時の恋をして、その思い出に子供を作る。それぐらい祖国の男どもと結婚するのが嫌だった。


 どいつもこいつも、リゼットを伯爵位についてくるおまけとしか見ていない。リゼットとしても、きちんと信頼関係を築いていきたいと思っていたのに、見合い相手の男どもはつまらない話ばかり。一人もリゼットがどう考えているかなんて、聞いてこない。

 挙句の果てには、領地のことは心配しないで愛されていればいいという。求めている言葉であるようで、少し違う。だって彼らは一度もリゼットに気持ちを聞いてこないのだ。


 だからこそ、余計に心から求めあった恋人と子供を作ってしまうのはとてもいい案に思えた。


 問題があるとすれば、リゼットは恋をしたことがない上に、婚約者が一度もいなかった。子供をどうやって作るのか、具体的には何も知らない。


 何度か子供を作る方法を聞こうと友人たちに聞いてみたが、皆うっとりとして、頬を染めながらあまり教えてくれないのだ。結婚したら、気持ちが高まってめくるめく時間を過ごすことができる、そんな説明ばかり。


 曖昧でよくわからないと思いつつも、どの友人たちも同じように胸が高鳴って素敵な時間、と説明するのだから子供を作る行為というのは素敵なものなのだろう。


 昨夜、酔った勢いで子種とか言ってみたが、実際子種ってなんだかよくわかっていない。わかっていないが、妊娠すると女性のお腹が大きくなるのだから、きっと口にするものだとリゼットは考えていた。そうじゃないとお腹に入ることができない。


「……飲むもの」


 リゼットの呟きに反応したのは部屋の隅で控えていた侍女のミラだ。


「お茶を用意しましょうか?」

「え、ええ。お願い」


 自分の呟きを聞かれて、少しばつの悪い思いをしながらじっと侍女を観察する。リゼットよりも年上で、色々なことを知っている。質問する相手として、とても適切なような気がした。


「ねえ、ミラ」

「なんでしょうか?」

「子供ってどうやってできるの?」


 動揺したのか、ミラの手元が狂ってカップが落ちる。カップのぶつかる音に驚いてミラを見れば、彼女は顔を真っ赤にしておろおろしていた。


「ああ、申し訳ありません!」

「ケガはしていない?」

「ええ、大丈夫です。割れておりませんが、こちらは下げてきます」


 逃げるようにして部屋から退出したミラを見送り、子供を作る方法を簡単には教えてくれそうにないと判断した。リゼットは教えてくれそうな人を思い浮かべる。


「伯母さまはダメよね。勉強していないのがバレちゃう」


 デニスの顔が真っ先に思い浮かんだが、先日こっぴどく叱られたので聞きたくはなかった。考え巡らせていると、ミラが新しいカップを持って戻ってくる。動揺が収まったのか、先ほどみたいに真っ赤にはなっていない。


「失礼いたしました」

「怪我をしていないのならいいのよ」

「ありがとうございます。それから先ほどのお話ですが」


 ミラはこほんと一つ咳払いした。リゼットは期待しながら、ミラの言葉を待った。


「お知りなりたいのでしたら、若奥様に、イレーヌさまにお聞きしたらどうでしょうか?」

「イレーヌさまに?」

 

 リゼットは考えてもいなかった名前を告げられて目を丸くした。ミラは真面目な顔で頷く。


「ええ。やはり身近な女性から聞くのが一番かと」

「それもそうね。では、イレーヌさまにお会いできるか聞いてもらえる?」

「かしこまりました」


 リゼットはミラにお願いした。



******



 イレーヌはエリザベートの長男の嫁である。長男と伯爵が現在領地に出向いて留守のため、代わりに忙しく社交をこなしていた。エリザベートは今年のシーズンから社交の半分を嫁であるイレーヌに任せているので、イレーヌとしても体力と時間の限界まで動き回っていた。


 従妹に当たるリゼットともそれなりに交流があるが、伯爵家の嫁としての務めを優先しており、朝食の時に顔を合わせる程度の関係であった。その従妹からわざわざ相談したいことがあると言われてしまえば、イレーヌも無視はできない。今日は家での仕事が主で出かける予定もないので、リゼットの相談に乗ることにした。


 こちらに友人のいないリゼットを放置しすぎたかと反省しながら、ほどなくやってきたリゼットをイレーヌは気持ちよく自室へと迎え入れた。


「ようこそ」

「イレーヌさま、お忙しいところ時間を作っていただいてありがとうございます」

「気にしないで。それで、相談というのは何かしら?」


 天真爛漫そうな従妹が相談、というのだから、個人では持て余すような悩みがあるのだろうと大人のゆとりで接する。伯母であるエリザベートを選ばずイレーヌを選んだことを考え、さぞかし言いにくい内容だろうとあたりを付けていた。そのため予め侍女を部屋から下がらせていた。

 勧められた長椅子に腰を下ろすと、リゼットは神妙な顔で頷いた。


「子供の作り方を教えてもらいたいのです」


 イレーヌは茶葉の入った箱を落とした。聞き間違いかと先ほどの言葉を反芻した。茫然として従妹の顔を見つめていたが、すぐに我に返る。


「あの、聞き間違いかしら?」

「いいえ。聞き間違えではありませんわ。わたし、子供の作り方が知りたいのです」


 きっぱりと、何やら決意をもって言い切るリゼットにイレーヌはどうしたものかと内心混乱に陥った。いくら3歳年上だと言っても、結婚しているからとしても、口にできる内容ではない。ましてや、まだ日も高いお昼過ぎだ。女性同士の秘め事を教え合う時間帯でもない。

 どんな心境で聞いてきているのか、探ることにした。


「突然どうしたの? その、ご実家では閨について教わらなかったのかしら?」

「母は亡くなっているので乳母に教わったのですが、具体的にどうしたらいいのかわからなくて」


 恥ずかしそうに頬を染めたリゼットを見てイレーヌは生ぬるい笑みを浮かべた。未婚の令嬢が通る道だ。気持ちの通じ合った男女がどんなことが行われているのか知りたいという気持ちは、イレーヌにも覚えのある感情だ。

 自分の知り合いでは聞きにくくとも、ここは祖国ではない。普段顔を合わせないからこそ、大胆にも口にできたのだろう。

 リゼットの初々しさを眩しく思いながら、イレーヌは優しく尋ねた。


「恥ずかしくて聞けなかったのね。どんな風に教えてもらったのかしら?」

「めしべとおしべがくっつくと、子種が入ってきて赤子の卵になるって」


 あまりにもひどい説明に、イレーヌの顔が引きつった。今時めしべとおしべ何ていう説明を使うなんて、古風すぎる。教えてくれたという乳母はどれほど年嵩の女性なのか。そんな漠然とした、あっているようであっていない説明なら、リゼットが不安に思うのも仕方がない。


 イレーヌは感情を顔に出さないように平常心を保ちながら、さらに促した。


「そうね、間違ってはいないわ。どこがわからないの?」

「わたしがめしべで、相手がおしべだと言うことはわかるのです。でも、人間のめしべとおしべはどこにあるのですか?」


 単刀直入に聞かれて、イレーヌは天井を仰いだ。顔が赤くなるのが流石に抑えられない。それでも取り乱したらいけないと、自分自身を鼓舞してリゼットに視線を戻した。


「流石に恥ずかしいから言葉にはできないわ。そうね、わたしの好きな本を貸してあげましょう」

「本、ですか?」


 本が出てくる理由がわからず、リゼットは首を傾げている。イレーヌはにっこりと力強く微笑んだ。


「ええ。何冊か、お貸しするわ。それを読めば愛し合った二人が大体どのようなことをするのか、わかるから」

「わかりました。ではお借りしますね」


 嬉しそうに笑うリゼットにイレーヌは危機を脱したと安堵の息を吐いた。


「どうして突然そんなことを考えたの?」

「恥ずかしながら、わたし、恋をしたことがなくて」


 ぽっと頬を染めリゼットがもじもじする。イレーヌはそれもそうだろう頷いた。


「貴族令嬢は恋などできないですからね。政略結婚相手と愛を育む人が多いわね」

「わたしには婚約者もいませんし、せっかく他国に来たのだから、短い時間でもいいから恋をしてみたいと思って」


 恋をしてみたい。


 少女らしい夢を見るような思いに、イレーヌは嫌な予感がした。


「もし恋をして心が通じ合っても、あなたは後継者だからこちらに嫁いでくることはできないでしょう?」

「ですから、期間限定の恋人がほしいの」

「期間限定」


 イレーヌは仕方がないとため息をついた。羽が伸ばせる環境で、最悪な状況でなければ恋をするのもいいのかもしれない。そう思いなおすと、頷いた。


「恋をするのはいいけれど、子供を作っては駄目よ?」

「わかっています」

「本当に大丈夫かしら? 本気の恋にならないといいけど」


 リゼットは余計なことを言わなかった。デニスですら怒ったのだ。次期伯爵夫人として生きているイレーヌに告げたら、反対されるのは目に見えていた。反対されて行動範囲を制限されるのは困る。


 二人は話題を変えながら、今のドレスの流行や美味しいお菓子のことを話しながら、おしゃべりに花を咲かせた。




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