久しぶりに会いました
リゼットは第三騎士団の建屋の前にいた。
二度目になるため、今日は案内人はいない。前回と同様にミラを待合室に残して騎士団に向かって歩いていた。
初めてここに来たのは、もう3カ月も前のことだ。あれから色々あった。レオナルドと出会い、仮初の恋人関係になった。二人で一緒に出掛けたり、のんびりとした時間を過ごしたり。レオナルドは忙しい人だけど、時間を工面してリゼットと一緒にいてくれる。
リゼットのために時間を作ってくれることが何よりもうれしかった。側にいられるだけでいいと思えるなんて、恋とは不思議なものだ。前ならば、本のように沢山二人で出かけて、思い出を作ってと何かをすることばかりだと思っていた。それがどうだ。二人でいられれば特別な場所なんていらなかった。
浮かれた気持ちでレオナルドと出会ってから今日になるまでを思い出しているうちに、騎士団の入り口についた。ひょこりと入り口から顔をのぞかせて挨拶をする。
「こんにちは」
「おう、デニスの所のお嬢ちゃん」
入り口にはやはり前回と同じ騎士のおじさんがいた。彼は手を軽く上げて気軽に挨拶すると、用件を聞いてくれる。
「今日はデニスの所か?」
「デニスよりもレオナルド様に用事があって」
ちょっと照れながら、レオナルドの名前を出す。彼にはいつでも騎士団に来てもいいと許可をもらっていたのだが、なかなか来ることはなかった。受付の騎士は何か知っているのか、にやりと笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃん、団長はいい男だからよろしく頼むよ」
「レオナルド様は素敵ですよね」
頬をバラ色に染めながら、きっぱりと言い切るリゼットに騎士は破顔した。
「よくわかっているじゃないか。団長はいい男なんだよ。ちょっとばかりこの国の基準では外れてしまうから、胸糞悪い女しか寄ってこなかったけどな」
豪快に笑いながら、そんなことを言う。リゼットはレオナルドのことをよく知っているようなのでこの騎士に訊ねることにした。
「ねえ、騎士のおじさま」
「おじさまも悪くないが、マークって呼んでくれ」
「じゃあ、マーク」
名前を教えてもらってすぐに呼びなおす。マークはにかっと男らしく笑った。
「なんだい?」
「レオナルド様の好みって何か知っている?」
「好み?」
マークは首を捻った。
「そう。レオナルド様の好きなものが知りたいの。なんでもいいのよ。好みの色でも、食べ物でも」
「好みねぇ。レオナルド様は何でも食べるし、好き嫌いは少ないと思うが」
「レオナルド様の気持ちをガチっと掴みたいの」
「そんなに頑張らなくても、団長、お嬢ちゃんにぞっこんだけどなぁ。いい年した男が年下の令嬢にデレデレなんで、気味が悪いほどなのに」
顎を撫でながらマークが言う。リゼットはぞっこんと言われて顔が緩んでしまったが、それではいけないと思いなおす。
「わたしは恋人寄りの妹なの! ちゃんと女性として好きになってもらいたいのよ」
「必要ないのに、団長のために必死なところが可愛いねぇ」
微笑ましいものを見るように見つめられた。きちんと会話ができている気がしない。何かがずれていて、リゼットはどうしたらいいかと眉を寄せた。
「ねえ、マーク」
さらに言葉を重ねようと呼びかけたところ、ぽんと頭の上に何かが乗った。顔を上げれば、呆れ顔のニコラスがいる。
「お疲れ様です。副団長」
「マーク、連絡ありがとう。こちらの令嬢は私が引き取っていくよ」
どうやらマークはニコラスがやってくるのを知っていて、話を引き延ばしていただけのようだ。むっとしてリゼットが唇を尖らせれば、マークは困ったように頬をかいた。
「すまんね。お嬢ちゃんが騎士団にきたらすぐに団長か副団長に連絡するように通達されているんだ」
「えー!」
リゼットは声を上げて驚いた。ニコラスはぽんぽんとリゼットの頭を叩くと、ついてくるようにと促した。
「レオナルド様は?」
「レオは留守だ。私の執務室に行くよ」
「留守?」
留守と聞いて、リゼットは落ち込んだ。確認してから来ればよかったと、後悔する。
レオナルドに会うから今日は貴族令嬢らしい格好で来たのだ。しかもかなり気を遣ったおしゃれをしていた。騎士団という場所なので、華美になりすぎず、リゼットを綺麗に見せてくれるようにとミラにお願いした。当然、髪型も化粧も気合が入っていた。
ニコラスにその気持ちがわかってしまったのか、彼は小さく笑う。
「レオのためにおしゃれしてきたんだね」
「……そういう事は言葉にしないでください」
見え見えであるところが恥ずかしくて、リゼットは頬を赤くした。ニコラスはくすくすと笑いながら、話題を変える。
「私でよければ用件を聞くよ」
「用件というのか、相談というのか」
ぼそぼそとした声で呟いたのだが、ニコラスには聞こえていたようだ。ゆっくりとした足取りで廊下を歩きながらニコラスが促した。
「言いにくいこと?」
「ニコラス様ならもう知っているかもしれないことです」
低めの声で告げられて、ニコラスはため息を漏らした。
「もしかして、ドレス」
「やはり知っていましたか」
ニコラスはどうしたものかと考えながら、副団長の執務室の扉を開けた。リゼットは中に入ると、長椅子に座るように言われる。二人を待ち構えていたのか、部屋にいた補佐がお茶の用意をし始めた。
「それで何に困っているのかな?」
「レオナルド様とのお付き合いは短期間のものだと思っていたんです」
リゼットは包み隠さず事情を話した。ニコラスは一言も口を挟むことなく、リゼットの言葉を聞いていた。リゼットはすべて話し終えると、ようやく肩から力を抜く。
「つまり、リゼット嬢は仮初の付き合いをしていたのだが、本気でレオを好きになってしまった。でも伯爵家の跡取りであるので、結婚ができない、ということかな?」
「ちょっと違います。本当にレオナルド様はわたしとの結婚を望んでくれているのでしょうか?」
「疑問に思うところは、そこなのか?」
ニコラスは驚いたように目を丸くした。リゼットは何がおかしいのかわからない。
「だって、レオナルド様はわたしのことを恋人寄りの妹としてしか見ていないんですもの。何度か付き合っていけばわかります」
「それはあれだな。男として襲うわけにはいかないから……レオの色々な事情の結果だと思う」
ニコラスは言いにくそうに言葉を濁した。リゼットは謎かけのような言葉に疑問符しか浮かばない。
「事情って、わたしが知らない何かがあると言うことですか?」
「……ドレスを贈ると言うことは、愛しているから結婚してくださいと伝えているんだよ」
ここでもドレスだ。
リゼットは眉間にしわを寄せた。
「伯母さまもミラも、ドレスを見て結婚の意思表示だと言うのだけど、わたしにはそれがわからなくて」
「なるほど。国が違うから、言われてもピンとこないのか」
ニコラスは納得したように何度か頷いた。リゼットはため息をつく。
「ドレスも小物も宝飾品も、どれをとっても素晴らしい物でした。用意するにも時間がかかるから、注文した時期を考えると、最初に出かけた頃に注文したのだと思うのです。そんな早い時期に結婚を考えていたなんて、ありえないと思います」
「ふふ、そうか。あいつ、バカだな」
ニコラスは合点がいったのか、一人ニヤニヤしている。リゼットはむっとして睨みつけた。
「どういう事でしょうか?」
「私が言ってもいいけど、やっぱり本人から聞いた方がいい。心配しなくともレオナルドは君に惚れているよ」
「妹としてなら好かれていると思います」
「色々な事情があるんだよ。そうだな、貴女が振られたら、好きなだけ私を殴っていいよ」
気軽に応じられて、それならば信じてみようかと頷いた。
「じゃあ、わたし、帰りますね」
「レオが戻ってきたら、会いたがっていたと伝えておくよ」
「ありがとうございます」
リゼットはとりあえずレオナルドに一番近いニコラスに大丈夫だと言われて少しだけ不安が和らいだ。エリザベートやミラを信じないわけではないが、二人は身内だ。どうしても贔屓目に見てしまうのではないかと思っていたのだ。それがニコラスに大丈夫と言われた。信じるしかない。
足取り軽く、ミラを連れて城を出ればリゼットを待っている人がいた。リゼットは驚きのあまり声が出てこない。
「よ、久しぶり。エリザベート様がここに出かけたと言っていたから、迎えに来た」
そこにはタイラーが立っていた。




