第四十三問「海に行くまでの試練」
よろしくお願いします。
2つに分けようかとも思いましたが纏めてしまいました。
そして月曜日。
僕達3人は、1人に付きボストンバッグ1つという、ごく軽装で僕の家の前に集まっていた。
というのも、先方に確認したところ、遊び道具や食料などは用意してあるので、私物だけお持ちください。という連絡を頂いたからだ。また、移動についても今回の担当の方に車で送迎してもらえることになった。
何から何まで至れり尽くせりだ。
そうして3人で朝の挨拶やら今日この後のことで話をしていると、家の前に迎えのRV車が到着した。
「おはようございます。先生」
運転席から降りて、そう挨拶してくれるのは担当の千堂さん。仕事の出来るキャリアウーマンという印象そのままに、ちょっと頑固で慣れるまでは取っ付きにくく、仲良くなると率先してあれこれしてくれるので僕のすることがなくなってしまう、僕の担当には勿体無いほどの女性だ。
ちなみに今年で26歳だけど浮いた話は聞いたことがない。有能すぎるのが裏目に出てるのかな。
「おはようございます。千堂さん。今日はよろしくお願いします。こちらの2人が、今日一緒に行く水菜ちゃんとほのかです」
「天川先生の担当をしております、千堂と申します。今日明日とよろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いします」」
皆で挨拶を交わすと、後ろでふたりが話し合い始めた。
「・・・・・・お姉さん、ライバル登場でしょうか」
「・・・・・・どうかしら。天道くん、年齢とか気にしなさそうだし」
ライバル?なんのことだろう。まあいっか。
「じゃあ挨拶はこれくらいにして、さっそく行きましょうか」
そう言って全員の荷物を積み込んで出発する。ちなみに席位置は僕が助手席で2人は後ろの席だ。片道2時間ほどなので、その間に今日の顔合わせの最終確認をしておく予定だ。いや、だったという方が正しいかも。というのも。
「あの、千堂さん。千堂さんから見た天川先生ってどんな人ですか?」とか、
「千堂さんもやっぱり天川先生のファンなんですか?」などなど、
2人から質問が飛んできて、真面目な千堂さんは律儀に答えてしまうからだ。まぁ、昨日の内にこちらの確認は済んでいるからというのもあるのだろうけど。
「私から見た天川先生ですか?そうですね、凄く尊敬できる方、でしょうか。年齢などは私よりも下の筈なのに、時には社の誰も知らないネタを披露されたり、新しい発想で次々と課題をクリアしていきますし、私が悩んでいる内容に対して的確なアドバイスをして頂けますし。今の私がこうしていられるのは先生が居てくださったからだと申し上げても過言ではありません。書かれる作品を一番に読ませていただくのは私なのですが、いずれの作品においても先生の誰かを大切にする思いが伝わってきて、恋愛小説などでは自分がヒロインになったかのようにドキドキさせられてしまいます。また先生の言動について総じて言えるのは・・・・・・」
僕の前では千堂さんは物静かで真面目な人だ。そして普段はあまり感情を表に出さない人でもある。話している間も良く見なければ感情の起伏もなく淡々と話しているだけにも見える。
って、こんなに話してるのも初めて見るんだけど、やっぱり女の子同士、気が合うのかな。あと、途中から作品の話じゃなく、僕の話になってるのは気のせいかな。
「あ~、やっぱりそうなんだ」
「ですね。間違いなく」
ただ、そう後ろでつぶやいている2人には何かが伝わっているようだ。
「あの、千堂さん。そんな天川先生の恋愛観ってどういったものだと思いますか?」
って、ほのか。僕ここに居るんですけど。
「恋愛観ですか。そうですね恋愛に限らず人との距離感になりますが、恐らく何段階かの明確な境界を持っていられるのではないかと思います」
「境界、ですか?」
「ええ。分かりやすい所で敵かどうかの境界、他人と友人の境界、友人と家族や恋人の境界といった所です」
「あ、それ分かります。天川先生の作品って、主人公は基本的に凄く仲間想いな部分もあれば、敵には容赦しない部分がありますよね」
「そうなんです。だから一番内側の境界に入った人達は分け隔てなく愛して下さると思いますよ」
そうか。千堂さんて、僕のことをそんな風に見てたんだね。まぁ、敵に容赦が無いっていうのは間違ってはいないかな。でも、何だろう。今の一瞬で車内の空気が変わった気がするんだけど。
そのお陰かは分からないけど、その後は3人で天川先生の作品でどこが一番お気に入りかで盛り上がっていた。
そして、ようやく海辺に到着した。
つ、つかれた。2時間、ずっと自分の話をされるのを聞き続けるのは、恥ずかしいやら、居たたまれないやらで大変だった。
そうして海が見渡せるお洒落なイタリアンなカフェ&ダイニングの前に車が止まる。
「さ、ふたりとも降りて」
「天道くん、ここは?」
「今日の別荘を貸してくれるオーナーさんの経営するお店だよ。先に挨拶に伺おうって千堂さんと話していたんだ」
そう言ってみんなで連れだってお店に入る。
「……いらっしゃい。窓際のテーブルにどうぞ」
そう声を掛けてくれたのは40半ばくらいの渋めの店長と思しき人だ。店内にはほかにコーヒーを飲みながら読書をしている男性客が一人いるのみ。まぁ時間が早いからこれくらいの空き具合なのだろう。
僕たちが案内されたテーブルに座ると、先程の店長が注文を取りに来てくれる。
「何に致しますか?」
「僕はホットコーヒーを」
「私は……って、天道くん。普通に席に着いちゃったけど、オーナーさんにご挨拶するんじゃなかったの!?」
そこまで来てほのかが驚いたように声を掛けてくる。水菜ちゃんもうんうんって頷いてる。まあ、特に説明もしてないし、そう言いたくなる気持ちは分かるんだけどね。
「折角こんな素敵なお店に来たんだから、ただ挨拶して終わりじゃもったいないよ。それに道中話しっぱなしで喉が渇いてない?」
「あ、言われてみればそうね。うん。じゃあ、私はレモネードをお願いします」
「わたしはお兄さんと同じホットコーヒーをお願いします」
「私はアイスティーを」
全員の注文を聞いて店長がカウンターに戻っていく中、僕は改めて店内を見回した。
全体的に落ち着いた雰囲気を出しつつ、海を一望できる絶好のポジション。窓を開ければ風に乗って海の匂いと波の音が程よいBGMとなって人々を歓迎してくれる。
「どうぞ」
そう言葉少なく対応してくれる店長も、そんな雰囲気を大事にしている一人なのだろう。
僕は珈琲の香りを楽しんだ後、一口飲んでみる。
「うん、美味しい」
そうして皆が一息ついたところで、ほのかが小声で話しかけてくる。
「ねえ天道くん、もしかしてさっきの店長さんがオーナーさんじゃないのかな」
たしかに年齢的にも貫禄的にも申し分ないと思う。でもまず間違いなく、
「違うと思うよ。きっと、オーナーさんはあっちで読書をされてる方だと思う。そうですよね、千堂さん」
「ああ、なるほど。さすが天川先生です。それで、なぜ私がそうだと思ったのかお聞きしてもよろしいですかな?」
そう答えたのは千堂さんではなく、読書をしていた男性だ。楽しそうな、それでいて悪戯が成功しなくて残念そうな顔をしている。
「それはまあ、千堂さんが僕たちをこのお店に連れて来たって事は、確実にここにオーナーさんがいらっしゃるって事ですし。なにより、その読んでらっしゃる本、今度映画化する話の原作ですよね」
「はっはっは、なかなかに良く観ていらっしゃる。そしてここまでの行動に一切の嘘がない。噂以上、期待以上ですね。しかしこれは困りましたな」
「??何がですか?」
全然困っていなさそうなんだけど。
「いえね。ここまでの間であなたの人となりは十分に理解出来ました。正直に作品を作ってこられたのですね。
午後から会ってお話しようと思っていましたが、その必要が無さそうです。むしろ、楽しんでいる最中に君を奪ったりしたら、そちらの女性陣に蹴られそうではないですか。
ですので、今日の会談はこれで終わりとしましょう。あ、こちらが別荘のカギになります。それでは、映画を楽しみにしていてください。最高のものに仕上げてみせますので」
そう言ってお店を出て外の外車で帰って行ってしまった。ほのかと水菜ちゃんは状況に付いていけて無くてぽかんとしてるし。千堂さんだけ、終始何も言わずににこにこしている。多分最初からオーナーさんと口裏合わせていたんだろうね。
「あ、うん。じゃあ、別荘に行って、荷物を置いたら海に行こうか」
そう言って今度こそ僕らは別荘に向かうのだった。
まさか、海にたどり着いて終わるとは。
なお、この時代、恋愛は今より自由です。一夫一妻制の概念は希薄です。
お互いの合意があれば、ロリコンおよびショタコンは病気でもなければ犯罪でもありません。
そして恋愛小説っぽくなってきましたが、メインはVRです。
あとは……次の1話で海水浴終われるだろうか。




