第三十問「学生の本分って」
よろしくお願いします。
分かりにくいかもなので補足ですが、
ほのか→天道くん
ほのかのお母さん→天道君
と呼び方を変えています。
7月6日(土) 10:50 ほのか宅。
「おまたせ、天道くん。天道くんは珈琲ブラックで良かったよね」
そう言いながら10分ほど台所に行っていたほのかが珈琲のカップを2つ持って部屋に戻ってきた。
そのうちの一つを受け取って、香りを楽しむ。
「ありがとう、良い香りだねって。あれ?これってもしかして、ファミーユのオリジナルブレンド?」
「えへへ、そうなの。昨日の放課後、マスターにお願いして少し分けて貰ったの。あ、淹れ方も教わったんだけど、味はまだまだだからガッカリしないでね」
そう言って緊張しながら僕を見るほのかを横目に、珈琲をひとくち口に含む。鼻に抜ける香りや口に広がる独特の酸味と苦味を楽しんだあと、
「うん、美味しい」
そう僕が呟くのを聞いて、ほのかも漸く自分のクッションに落ち着く。
「良かったぁ~。『お前がこの珈琲を入れるのは10年早い!修行して出直してこい』って言われるんじゃないかって、ひやひやしたよ」
「それ、どこの美食家キャラ?」
だよねーって言いながら笑いあう。
「じゃあ、始めようか」
「うん、よろしくお願いします」
僕たちは机に向かいあってノートを広げるのだった。
事の起こりは昨日の昼休み。
「そういえば、来週期末試験だけど、天道くんって試験勉強とかどうしてるの?」
という、ほのかの一言がきっかけだった。
最近、小説の執筆が忙しかったり、AOFでばたばたしてたから、期末試験が来週後半にあるの、すっかり忘れてた。
「そっか、来週だったね。すっかり忘れてたよ」
「なら、もし予定空いてたら明日一緒に勉強しない?というか、私、数学で分からないところがあるから教えてほしいの。だめ、かな」
普段は一夜漬けで済ませてしまうけど、そういうことなら。
「いいよ。明日は日中、決まった予定は入ってないし。それなら古文とか苦手なところを教えてもらおうかな」
「うん。古文なら得意だから任せて。じゃあ、明日の朝10:30頃にうちに来てもらって良いかな」
という話から今に至る。
なるほど、最初、図書館とかじゃなくほのかの家なのは何でだろうって思ったけど、珈琲を淹れる為だったんだね。
勉強を始めてからは試験範囲の確認をするくらいで、特に質問もなく進んでいく。あれ、数学で分からないところがあるとか言ってなかったっけ。聞いてみればいいか。
「ねぇ、ほのかの方は順調?」
「うん。もう少しで数学の試験範囲は終わりそうだよ」
「そうなんだ。分からない所があるって言ってたから心配してたけど、大丈夫そうだね」
「あ・・・・・・」
ペンを動かす手が止まって、恐る恐るこちらの様子を伺うほのか。別に怒ってる訳じゃないからフォローしておこう。
「僕に珈琲をご馳走するために、わざと言ってくれたんだよね、ありがとう」
「う、うん。そうなの。心配させちゃってごめんね」
そういって手をぱたぱたさせる。んーほのかがこのしぐさをする時って、何かを隠してる時だけど、気付かないフリをしておいてあげよう。
「そういう天道くんのほうは古文で分からない所とかない?」
「うん、なんとか。分かりにくい所とかは、当時の事が書かれている歴史書なんかを参考にして、情景をイメージするようにしたら、何となく古文を書いた人の心情も理解できて来たよ」
「え!?天道くん、今いったいいくつの資料を開いてるの?」
「今は7つかな。こんな感じだよ」
そう言って携帯PCを可視化モードに切り替えて、ほのかの前に広げる。
余談だけど、今時代、教科書は全部PCで済んでしまう。ノートだけは書くことで頭に入るからっていう理由で手書きだけど、そちらもノート型のタブレットだ。
「・・・・・・私も最近、頭が良くなったかなって気がしてたんだけど、天道くんのこれを見ると大した事無いなって思っちゃうよ」
かなり呆れた感じにほのかがコメントしてくれるけど、確かに去年の僕でも3つくらいが限界だったと思う。
「多分、VRで高速思考とか並列思考をしてるお陰で、脳が発達したんじゃないかな」
「いやいや、それだったら、すごい大ニュースになってると思うよ」
「まぁ、それもそうだね」
そんな話をしているうちにお昼になった。今日はお母さんも家に居るそうなんだけど、ほのか自身が料理してくれるらしい。
女の子の部屋で一人で待ってるのはさすがに落ち着かないので、手伝いに名乗り上げると、最初は遠慮されたけど、何とかOKしてもらえた。
台所には先客が居た。ほのかのお母さんの明乃さんだ。今朝会った瞬間に「私の事はお母さんって呼んでね♪」とウィンク付きで挨拶してくれるお茶目な人だった。どうやら先に下拵えをしていてくれたみたいだ。
「あら、天道君はお料理出来る子なのね」
「えぇ。と言っても、今日はほのかがメインなので、僕は付け合わせを用意するくらいですよ」
「それでも十分よ。うちの旦那は目玉焼きくらいしか作れないんだから。じゃあ私は居間の方に行ってるからごゆっくり~」
そう言って台所を出て行くほのかのお母さん。
「!!?」
ほのかのお母さんを見送ったタイミングで、背後から強烈な熱を感じて慌てて振り向くと、全身を赤い炎に包まれたほのかが立っていた。あ、いや。これは気だ。その証拠にほのか自身も周りもなんともなってない。
「? 天道くん。どうかした?」
「え……あぁ、うん。何でもないよ」
そっか、ほのかのあれは無自覚なんだ。確かに気って強い人でも意識して観る練習をしないと見えないって師範が言ってたっけ。
そうこうしている間にフライパンを火にかけてハンバーグを焼き始めるほのか。横で見てるとまるでコンロの炎が燃え盛って、まるで竈のように全方向からハンバーグに火が通っていくのが分かる。
っと、見とれている場合じゃないな。僕も付け合わせのサラダを用意してしまおう。
10分程ですべての料理が出そろったので、ほのかのお母さんも交えて3人で食卓を囲む。
ほのかのお母さんは「私の事は気にせずに2人で食べても良いのよ」とは言ってくれたけど、一人で食べても味気ないから、と僕から言ってこうなった。ちなみに旦那さんは友人と出掛けていているそうだ。
「「「いただきます」」」
ハンバーグを箸で切り分けると中からジュワッと肉汁が溢れてくるし、何より物凄く柔らかい。口に入れるとまるで蕩ける様に消えていく。思わず「おいしい」って呟いてしまうほどだ。それを聞いて、ほのかのお母さんも得意満面の笑顔だ。
「そうでしょう。もう料理に関しては私よりも上手なのよね。こちらのサラダは天道君が作ってくれたのかしら。不思議ね。普段同じ野菜を使ってるはずなのに、こっちのほうが断然美味しいわ」
「あ、ほんとだ。何て言うか、凄く瑞々しいというか活き活きしてる感じがするね」
そう言って僕が作ったサラダを褒めてくれるけど、単純に食べやすいサイズにカットして盛り付けてドレッシングを掛けただけだ。多分ほのかと同じように僕が発した気によって、活性化されたんだと思う。
そうして美味しく食事を頂いた後、
「天道君は明日の七夕祭はもう誰かと回る約束をしてるのかしら」
毎年7月7日に近所の神社で昔ながらのお祭りが開催されている。僕も毎年小さいころは両親と、最近は友達と行くようにしている。不思議といくら技術が発達しても、こうしたお祭りは昔から変わらないんだよね。
「特に誰って決めてはいないですけど、友達に声を掛けて予定の空いてるメンバーで行くつもりです」
「あ、天道くん。それなら私も一緒でも良いかな」
「もちろん、ほのかも他の人と予定が無いなら行こうか」
「うん♪」
その後は待ち合わせ時間や場所を決めて、もう少しだけ勉強してから、その日の勉強会はお開きになった。
勉強、なのか、青春を謳歌することなのか。
リアルが色々影響受けていますが、主人公たち以外も実は影響出てます。
ただし、本人も周りもなぜかそれが当たり前だと認識しているために、問題にはなっていません。
本作とは関係ありませんが、大作家、
さくらももこ先生のご冥福をお祈り申し上げます。




