第二十問「生きている事の意味について」
よろしくお願いします。
ほんの少しずつ1話の長さが伸びて来ました。
フェンリルに乗って世界樹の麓に辿り着いた時。
フェンリルが見れば分かると言っていた問題があった。
世界樹の麓には、よく物語にあるようにエルフ達の街があった。いや、正確にはエルフだった者たちの街だったものがあったと言うべきなんだろう。
その光景を良く言えば、平和と安寧に満たされていた。誰一人飢えに苦しむこともなく、誰一人今日を生きる事に怯えることもなく、明日も今日と同じ日が続くことを疑うことさえない。
と格好良く表現してみたものの、目に映る光景をそのまま言ってしまうと、ある人は草原に寝ころび昼寝をしていた。ある人は気にもたれ掛かり居眠りをしていた。ある人はハンモックで寝ながら何かを食べているし、またある人は立ったまま寝ていた。
良くある七大罪の「怠惰」に支配されるとこうなるのかなっていうくらい、ただ生きているだけの、誰一人として生産的な行動をしていない街の景色が広がっていた。
「あの、フェンリルさん。あなたが何とかしてほしいって言ってたのは、この人たちの事で、良いんですよね」
「ああ、そうだ。どうにか出来そうか?」
フェンリルさんも溜息まじりだ。まあ、そうなるよね。でもある意味、理想の生活の最終形なのかも。僕自身は絶対にいやだけど。
「うーん。この人たちって別に誰かに強制されてこうなってる訳じゃないんですよね。ならこのままでも良いんじゃないでしょうか」
「む。さすがのお主にも無理か」
「いえ、それ以前の問題です。見たところ、もう彼らは変化を求めてないように見えるんです。現状で満足しているんじゃないでしょうか。なら自分が何かしても、それって善意の押し売りで、迷惑になるだけじゃないですか」
「なるほど。お主の言も一理ある。ふむ・・・・・・それを承知で聞くが、何か手はあるのか?」
うん、ぱっと思いつくものもありはする。でも上辺だけ手を加えても直ぐに元に戻りそうだし、根本から変えようとすると多くの犠牲を強いることになるだろう。どちらにしても、ここの守護者である世界樹とも相談しないと、勝手に決めて動くことではないと思う。
そうフェンリルに伝えると、
「分かった。では予定通り、お主をこのまま世界樹まで送り届けよう」
そう言って、フェンリルは今度はゆっくりと歩いていく。
途中、寝転がっている人達を踏み潰すんじゃないかと思う場面もあったけど、顔の直ぐ横に足が落ちてきても彼らはほんの少し視線を動かすだけだった。
そうして10分ほど歩いた先に、まさに幻想的な景色が広がっていた。
澄み渡った泉は波一つ無く、綿毛のような光の玉がまるで妖精がダンスしているかのように楽しげに舞い踊っている。視線を上げればいたる所に花が咲き、さらに上を見上げれば雄大な世界樹の枝が視界いっぱいに広がる。
フェンリルは泉の手前で僕を下ろした。ここから先は僕一人で歩いていく必要があるらしい。幸い泉の上にせり出した世界樹の根を伝っていけば濡れることなく根元まで行けるだろう。
近くの根に飛び乗り、根元に向けて歩く僕の周りに光の玉が集まってきては、歓迎してくれているかのようにクルクルと回って離れていく。
そんな景色を楽しみながら歩くと無事に根元まで着いた。さて、ここからどうすれば良いんだろう。世界樹に向けて直接話せば良いのかな?
そう思案していると、先程の光が集まってきて、気がつくと女性の姿になっていた。
透き通るような肌と泉のように穏やかな瞳。深緑の髪には花のティアラが載っている。人間でいうなら30歳手前くらいだろうか。間違いなく彼女が世界樹の精霊、もしくは世界樹そのものなのだろう。
『ようこそいらっしゃいました。テンドウ様。わたくしはこの地を守護する世界樹です』
直接、脳に響くような軽やかでやさしい女性の声が伝わってくる。
「はじめまして、世界樹様。僕はテンドウと言います。って、あれ?なぜ僕の名を既にご存知なのですか?」
『この地で起きていることは、大体分かっています。ふふっ、伊達に守護者を名乗っているわけではないのですよ』
ちょっぴりお茶目な表情を浮かべながら、鈴を転がしたような笑い声を響かせる。
『それにしても、この地を訪れる方は随分久しぶりなものだから、とても嬉しいわ。それにアシダカさんにフェンリル、この泉にまで認められるってすごいわね』
「え?アシダカさんとフェンリルの事は分かるけど、この泉も何かあったんですか?」
『あぁやっぱり気づいてなかったのね。あなた様はもう少し周りの人が自分のことをどう見ているかを知るべきね』
訊いてみると、この泉は悪意あるものが近づくと突然襲い掛かり骨も鎧もすべて溶かしてしまうのだとか。
って、フェンリルさん、そういう事は先に教えてよ。まったく。
『さて、私達の願いを聞いて頂き感謝致します。ここに来るまでにある程度察していらっしゃるかもしれませんが、今この森は生命の危機に瀕していると言っても過言ではありません』
「それはあのエルフ達だけでなく、それ以外のものたちもあれと同じような状態になっているという事ですか?」
『えぇ。その通りです。エルフも、獣も、鳥も、虫でさえ例外ではありません。皆、あと100年としない内に生きる理由を失い、地に還って行くことでしょう』
そう言われると、確かにここまで鳥の鳴き声も無ければ、虫1匹さえ見掛けていない。
「昔からこうだった訳ではないのですよね。何が原因だったのでしょうか」
『それは……』
そう言って一瞬ためらうようなしぐさをしたが、何か覚悟を決めたように続けて言った。
『全ては私の所為なのです。少し長くなりますが聞いて下さい。
私がこの地に降り立ったのは今から約2000年ほど前。その頃はまだ私の力も弱く、大地も荒れ果てており、外敵も多くいましたから、生きる残る事に必死でした。それから300年ほど経ったころに、今のエルフ達の祖先にあたる者たちが私の元にやってきました。彼らも激動の時代を生き抜き、何とか私の元までたどり着いた者たちでした。そこで私と彼らは契約を交わしたのです。彼らが私を外敵から守る代わりに、私は森と大地の恩恵を彼らに授けると。
そうして協力したお陰で、さらに300年が経つ頃。この地を脅かせる者は龍族や神族など、ごく一部を除き居なくなりました。もっとも、それらの者たちからしても、無理にここを襲う理由が無かったからか一度も襲って来ることはありませんでしたが。
それから300年くらいは実に充実した日々でした。私は溢れるほどの力を蓄え、十分な恩恵をこの地に住まうものたちに与えることが出来ていました。皆も外敵を恐れることもなく、夜に怯えることもなく、寿命を除き、死や飢え、病の心配もありませんでした。
そして、いつからでしょう。人々は何もせずとも生きていられる事を理解すると、何もしなくなりました。働くことも学ぶことも遊ぶことも。その変化は人だけに限らず、あらゆる動物にまで広がっていきました。
原因は明確です。私が与え過ぎたのです。生きる為に必要なすべてを私が与えてしまった為に、彼らは自ら求めようとはしなくなってしまった。ですがそれに気付いた時には既に手遅れでした。私が与える恩恵を無くせば、彼らはもう、生きては行けないでしょう。ですが、このままでも、彼らは生きていると言えるのでしょうか。私はどうすれば良いのかも分からず、ただ延々と彼らが生きて行けるように恩恵を与え続けているのです』
そう話した彼女は最後に『ですから、どうか。あなた様のお知恵をお貸し頂き、彼らを導いてください。』そう言って締めくくった。
その話を聞いた僕は、怒りを覚えていた。肝心なものから目を背けてしまっているじゃないかと。
『肝心なもの、ですか。それは一体何でしょう』
「気付きませんか?そうですか。ではお伺いしますが、あなた自身はこの1000年近く、本当に生きていたのですか?」
『!!?!?』
話の後半になればなるほど、彼女自身の事は話に出てこなくなった。終いには彼女の願いに彼女自身が含まれていない。僕がこの話を聞いて一番に思ったのは、まず救うべきものは、変わらなければならないものは、彼女自身ではないのかと。
『私は、きちんと皆の事を考えて……』
「その間、あなた自身は成長されたのですか?」
『それは!?ですが』
「成長、出来ていないのですよね。当然です。なぜならこれ以上成長しようとすると、周りの植物やエルフ達の住処を侵食しなければいけないのですから。考える事すら堂々巡りですし。自身が変われないのに周りに変われというのは道理に適っていないと思います」
『ううっ、仰ることは確かにそうです。ですが、世界樹たる私では、ここから動くことも儘なりません。そんな私に一体何が出来ると言うのですか!』
悲痛な思いが叫び声に変わる。
良かった。これだけ感情を吐露できる彼女はきっとまだ間に合う。それなら後は僕が提案を投げかければ何とかなるかもしれない。そんな彼女にする僕の提案は……
「子供を産めば良いと思いますよ」
『へぅっ!?』
あれ、一瞬にして真っ赤になっちゃった。って僕の言い方がまずかったんだね。
「すみません、誤解する表現でした。要は種子や苗木などで株分けしてみるのはどうですか、って事です」
『あ!?ああっ、ああ。そういう事ですか。私はてっきり、あなた様と……』
上目遣いでもじもじする姿はとてもかわいい。でも、ここで終わらせたら意味が無くなる。
「そのうえで、更にもう一つやって頂きたい提案があります。これをすると、この地に生きる人達に絶望を与える事になるでしょう。それでもあなたとこの地に生きる人達を救うには乗り越えないといけない試練だと思います」
その内容を聞いた瞬間、さっきまで赤かった顔が真っ青になる。
『それは!! 本当に、それをしなければ、ならないのでしょうか……あ、いえ、愚問でした。必要だからこそ、提案して下さったのですよね。……分かりました。そのお話、お受けしたいと思います』
「本当によろしいのですか」
『えぇ。あなたがここに来た。それこそが最初で最後の決断を行える時だと、今のあなたを見て確信しました。ただ2か月ほどお時間を下さい。幾つか準備しなければならないものもありますので』
そう言った世界樹の目に迷いはなかった。であれば、その決断にこれ以上僕が言うことは無いだろう。
ポンッ!
【シークレットクエスト「フェンリルの相談」が進行し、「世界樹の決断」に変化しました】
僕は世界樹に一度深く礼をした後、フェンリルの待っている場所まで戻った。
『もう良いのか』
「はい。今ここで出来ることは終わりました」
そう言いながら、僕は目を伏せた。
『ふむ。お主にはつらい役目を押し付けたようだ。その代わりと言っては何だが、我に出来る事であれば力を貸そう。』
「ありがとうございます。えっと……それであれば。これから1か月ほど、僕を鍛えては貰えないでしょうか。こちらの世界に来てから、まだ師匠と呼べる方が居ませんでしたので、お願いしても良いですか?」
『よかろう。そうすることでお主の気が晴れるなら否やはない。だが心せよ。我の教育は厳しいぞ』
あれ、気付かれたか。でもま、師匠になってほしいっていうのも真実だしね。
「はい、これからよろしくお願いします、師匠」
『師匠か。ふむ。存外悪くない響きだ』
そして、師匠と僕は元の洞穴のある広場に戻り、時間の限り鍛錬に励む日々が始まった。
……いや師匠。師匠と追いかけっことか無理ゲーですから。師匠の攻撃を避けろってのも無理です!!
生かされていることと、生きていることは別です。
ちょいちょい種を仕込んでいますが、この章の内に大体刈り取ります。
次回はリアルパート&掲示板、かな。




