第12話・人型の天災と魔科学の極み
第12話・人型の天災と魔科学の極み
一通りの休養も終えて久しぶりにギルドルームに揃った俺達の部屋に、扉を破壊しそうな乱暴さでノックして開いてくる来訪者が会った。
「怪我は治ったようね、身の程知らず共。」
ミルアーク先生。
校長先生を除けば最も魔科学技師に近いと言われている人型の天災にして人工の天災指定物を制作した強大な力の体現者。
当然だが戦闘関係なくても、薬だろうが機械だろうがシステムだろうが材料と時間さえあれば何でもできるといった感じの万能っぷりだ。
だが…
「身の程知らずって?」
「魔科学技師になろうってアホ発言さ。本物は迷信、あたし以上になろうって程度でも夢物語。加えて人型の天災指定の事もある。」
たった今の発言が示す通り、オルミクスに住む人の夢が高ければ高いほどバッサリ切って捨てることで有名で、学生や研究者なんかには嫌われている。
「先生の評判は今に始まった事じゃないですし、先生の受けが良いかなんて今更気にしませんよ。」
「悪いがそっちが気にするかどうかは知ったこっちゃない、チームを解散されたくなかったらついてきな。」
「…はい?」
嫌われている所までは知っていたけど、まさかここまで無茶な人とは…
とはいえやるしかない。
人型の天災指定はバランスを損ねたりするだけの力への枷であって、国で高い位置にいることはまた別の話。
殆ど表舞台で活動できない校長先生を除けば、この魔科学都市のトップもいい所のミルアーク先生が言うからには間違いないんだろう。
連れて来られたのは競技場。
まぁ、完治の確認までしてくる辺り大体察しはついてたけど…
「アンタら三人であたしに負けたら解散。はい、準備は?」
「は…はぁっ!!?」
予想通りの無茶ぶりだった。
一人考えてなかったらしいフィアが叫び、ナードが銃を抜く。
「ま、おいおいは越さなきゃならない相手だ、三対一でも勝てなきゃしょうもないか。」
「ちょっ…ネスト本気!?」
「どのみちあのおばさんが逃がしてはくれないよ。」
多分『人型の天災』相手という事で戸惑うフィアに対して告げられたナードからの短い一言。
内容自体は同意だった。
…おばさんとさえ言ってなければ。
「条件追加しとくわ…不慮の事故で死ね。」
「ちょ!それ願望!!」
年に触れたら生半可じゃなくキレる。
その噂も本当だったらしく、開始宣言も無しにミルアーク先生は魔法陣を展開した。
「くそ…っ!」
俺も考えてる場合じゃなく魔法陣を展開する。
だが…
「フィールドフリーズ。」
直後、フィアが凍り付いた。
…俺にもぎりぎり出来る位だ、中級魔法に詠唱まで必要ないのか。
こっちはそれで撃てるの簡単な一つ二つがせいぜいで、今は詠唱中だって言うのに。
「ネストかフィアにいくと思ったよ!!」
叫びながら接近していたナードが銃を放つ。
先生は顔面に向かってきた雷撃弾をマントで受ける。
そこへ、起動。
ナードの足裏で爆発がおき、盾を前に一気に先生に迫る。
先生は、ナードの直線上と垂直に移動してその突進を避けつつナードに足をかけた。
「雑魚は寝てな。」
前のめりになったナードの背に石の矢を放つ先生。
背中から左肩を貫かれ、地面に刺される。
…いつまでもやらせておくか。
「ライトニングジャベリン!!」
貫通性の高い雷撃。
最初展開した魔法陣が氷だったから準備したんだが、フィア相手に撃った以上それまで。
あのマントだけで中級魔法まで防がせるか!!
肩口に直撃した先生は、何事もなかったかのようにマントを振るい…
脇に、砲身が見えた。
「CCプラズマカノン…シュート!!」
「いっ!?」
咄嗟に横に跳んでの回避。
砲身から放たれた光の弾は俺の元いた場所に直撃し、地面を抉り溶かした。
バチバチと嫌な音を残し煙を上げる地面。
プラズマカノンって…マジかよ、こんなもん単発で中級魔法の威力と張るぞ。
ロストリミット起動。
俺は全力で地を蹴りミルアーク先生へ向かう。
撃たせてられるか!近接で押しきってやる!!
先生は懐から二本のダガーを抜いて構える。構わずミスリルショートソードを抜いて、全力で薙いだ。
金属同士がぶつかる甲高い音が響く。
罅も入らない…高度な特殊合金か?
「無駄さ、知らん訳じゃあるまい。」
「何をっ!!」
淡々と、余裕を持った口調で告げる先生。
事実、ロストリミットを使ったままの連撃をまるで動揺なく捌き続けている。
「手慣れた達人は、自身を自然強化できることさっ!!!」
「な…ぐっ!!」
打ち降ろしを二本のダガーで止められた挙げ句流すように払い除けられ、がら空きになった鳩尾に綺麗に蹴りが叩き込まれた。
一瞬思考が止まる。
競技場の地面を滑っていることに気づいた俺は立ち上がろうとして血を吐いた。
強化状態での蹴り…車に轢かれるのと大差ないぞこれ…
「…ま、こんなもんね。次で終わり…っ!?」
俺を見てつまらなそうにしていた先生が咄嗟に身をかわす。
接続された回転円刃、死神の剣が空を薙いで通りすぎた。
「させるか…っ!!」
「ちっ…餓鬼が!!」
どうやって外したのか、肩に刺さっていた石の矢を抜いて、足を痛めたからか立ち上がることすら出来ないままの膝立ちで死神の剣を投げ放ったナード。
次いで悪魔の尾も放とうとしたが、速射魔法による蔓のようなものが伸びてナードを拘束する。
「フロストサーペント!!!」
殆ど同時に自身を覆う氷を破壊しながら、フィアが氷の蛇を放った。
「ちっ!!」
雷撃の速射で蛇を捉えた先生だが、止めきれるはずもなく炸裂した冷気が先生を覆い尽くす。
「舞えよ不死鳥、立ち塞がる壁を焼き尽くす翼となれ…」
フィアの詠唱を聞きながら、俺は血の固まりを吐き捨て立ち上がった。
内臓を痛める衝撃で四肢が痺れていたが、言ってる場合じゃない。
先生が小さな爆弾のようなものを自身の体の傍で起動すると、先生を包む冷気が迸る雷撃で砕け散った。
いくらなんでも威力が高すぎて誤爆かと思ったが…
雷撃はことごとくマントに『吸われて』いた。
あのカノンのエネルギー…マントから吸収できるのかよ!!
「付け焼き刃で!!」
「っ…フェニックスブレイズ!!」
フィアが放った翼を広げた鳥のごとき炎の塊に、プラズマカノンを放つ先生。
真っ向から衝突し、相殺した熱の塊。
しかし、フィアの側だったために強大な熱量の衝突による爆発は、フィアの小さな体を吹き飛ばした。
「っ…そぉ!!」
俺は再度ロストリミットを起動して接近。
やけになったわけじゃない。
確かに先生の自己申告通り自然強化出来る達人らしいが、それでもロストリミットで引き上げた俺の身体能力のほうが上だ。
さっきは戦闘経験で捌ききられたが…
目一杯の速度で出鱈目に振るっても全部捌けるかよっ!!!
「っだあああぁっ!!!」
「っち、どいつもこいつも無茶ばかり!!」
さすがに…と言うか、まともに剣を修めたわけでないのがかえって功を奏したのか、正規剣術としてはおかしいくせに速いのは速い連撃のお陰で先生の姿勢を崩せた。
ここで大振り。何てどうせ見切られて捌かれおしまい。
意表をつく為にダガーを持ってるのを承知で急所だけ庇って肩から体当たりした。
腕を切られたが、ロストリミットでの体当たり。ダガーを持ってた腕ごと押して宙に浮くほど吹っ飛ばせる。
ここだ…っ!!
背中から落ちた先生を見た所で姿勢を整えた俺は魔法陣を展開して…
「「アースゲイザー!!」」
俺と先生は、殆ど同時に岩の槍を発生させた。
衝突した岩同士が砕けて弾け飛ぶ。
受身をほぼ捨てて魔法の準備して詠唱なしで俺の魔法発動に合わせやがった…
背後に回転しながら起き上がった先生は、血の混じった唾を吐き捨てる。
「天に煌く星の光よ星を包む空の炎よ…」
両手を広げ、巨大な魔法陣を展開して始めた詠唱に、俺は背筋に冷たいものを感じた。
上級魔法。
フィアと二人で試しに制御して発動させた事があるが、アレはほいほい使えていいものじゃない。人型の天災指定の必要性もわかるほどで、下手な使い方をすれば町の地図が変わる位は簡単に起こり得る代物だった。
本気かと正気を疑って先生を見たが、目が完全に本気だった。
止めるしかない。
「舞えよ不死鳥、立ち塞がる壁を焼き尽くす翼となれ…フェニックスブレイズ。」
「我が識る空に顕現せよ…常世の枠の外より来たりて災禍の光となれ…」
俺は二つの魔法陣を展開して両手に形成した炎の不死鳥を重ねる。
「メテオ…シューターっ!!!」
先生の魔法の発動と共に、彼方から赤く光る石が…岩が俺に一直線に向かってくる。
メテオって…あんな物まともに落ちたら競技場すら吹っ飛ぶぞおい!!!
「っせるかっ!ふっとべええぇぇっ!!!」
高速で飛来する燃え盛る岩のど真ん中目掛けて、俺は四翼の炎を放った。
衝突と共に大爆発。ガイズの時同様に視界を光が覆い尽くして…
「っ…ぐ…」
結論から言えば、岩を石の雨に出来た。
頭と体の数箇所、足に当たったりかすったりしたらしく、流れてきた血が目にかかり、激痛とダメージで視界がぶれる。
だけど…っ!!!
「…ま、こんなものかし」
「ま…だだああぁっ!!!」
ガイズの時の総ダメージと消耗を考えれば、ロストリミットの使用時間自体はまだ少ない。
魔法でまともに相手してられないなら、倒すまで斬りかかるだけだ!!
「ちっ…うるさい!」
特攻気味に迫っての斬撃。
剣士でなく、無理をしている俺の攻撃を見切るくらい大したことでもないのだろう。
数発流したところで、先生の突き出したダガーが俺の腕に突き刺さる。
けど…それくらいは分かってる!
「っ…ここっ!!」
「な…がっ!!」
刺さったダガーはさすがに抜く動作なしに動けない。
俺は痛みを無視して顔面目掛けて無造作に頭を叩き付けた。
本来は鼻先に額を叩きつけるのが頭突きの攻撃方として正しいんだろうけど、そこまで丁寧に狙う余裕は無かった。
ただ、『突っ込む』『意識を保つ』その二つだけを覚悟に、頭を叩きつける。
片目を開いて前を見ると、よろけて下がっている先生の姿が見えた。
「おおおぉぉぉっ!!!」
「っ…ざかしいっ!!!」
俺の剣と先生のダガーが殆ど同じような軌道で振るわれ、俺達の間でバツを描くように衝突する。
びりびりと剣を打ち合わせたとは思えない衝撃が走り、俺と先生はそれぞれによろけて後退した。
くそっ…綺麗に振ってただけで力任せに振るえば重い斬撃も振るえたのか…
だけど、負けるわけにはいかない。解散なんて冗談じゃない。
俺の目標どころか、まだフィアとナードにも何も…
「ミルクちゃんやめてええぇぇぇぇっ!!!」
悲鳴。本気で泣いている女性の声。
さすがにそんな声を無視して戦う気になれず、声の意味を理解しようとする方に思考を裂く。
…ミルクちゃんて誰?
思考を裂いて、文章の意味を理解した所で、当然の疑問が生まれる。
俺には全く該当しない。
そうなるともう一人…目の前で放心している女性が…ミルアーク先生…あー…
「っ…くっ…」
「こらクソガキ笑ってんな!くっ…メリアアァ!!アンタいい加減その仇名やめろって何度」
「笑うなって無理でしょこれ…魔科学少女ミルクちゃん…っ…」
「仕事抜きで殺す!今死ねテメェ!!」
「だっ、だから物騒なこと言わないでぇ!!!」
割と大真面目に怒っているのだろうけど、本気で泣いているメリア先生の前で何も出来ないのか、脅す声以外一切飛んでこなかった。
いや、つい変なフレーズが浮かんじゃった俺も俺だけど…さすがに耐えられなかった。
ミルアーク先生が持ってた薬を飲まされた俺達は、割と酷い怪我や消耗を完全に回復された。滅茶苦茶な効能だ、作れたら便利かもな。
「仕事終了!とりあえず『人型の天災』指定は無し!!」
綺麗に並んでいる俺達を前に、ミルアーク先生は八つ当たり気味にそう叫ぶ。
うん?『人型の天災』指定?
「アンタが魔科学戦技会でやったこと、色々と並外れ過ぎなのよ。その剣とか、既に規制かけとくべき対象なのは間違いないわね。で、単に使ってないだけで上級魔法を使えるのではって疑念があって、その調査に全力を引き出す状況を作ったって訳。ついでに全員人並み以上だからギルドチームの戦力調査もね。」
俺を指差して凄まじく怖い目つきで言う先生。
事情は分かった、分かったんだけど…
「仇名は俺のせいじゃなぁっ!」
言ってる途中にダガーを一閃された。
咄嗟に下がるが、鼻先を光の線が走って中々に怖い。
「だ、だから止めてってミルクちゃ」
「アンタが!止めなさいよっ!」
「み、ミルク先生…」
「そこじゃないわっ!!ったく…後任せるわよ。」
ミルアーク先生は舌打ちして去っていった。
どうやら元々は凄い深い知り合いらしいメリア先生。
言っちゃ悪いけど、あれをミルクちゃんだもんなぁ…相当仲良くないと言えない。
なんというか、モヒカン頭でタバコ吸ってる猫背の不良男子が少女マンガを読んでる様な絵面でどうしても笑ってしまう。誓って名前を馬鹿にする気は無いんだけど。
「けどまさか上級魔法まで使ってくるなんて思わなかった…ひょっとしてこれから時々ああなるのか?」
「一回勝負って手段を使ったからきっとそんなに無いと思うけど…」
俺の問いかけにメリア先生が少しだけ不安そうに返す。
そういう理由で無いと『思いたい』んだろう。何でアレと友人なのか分からないくらい人のいい先生だからな、メリア先生は。
「あんなの何回もあってたまるものじゃないわ、メリア先生は仲良いみたいでしたけど…」
「…幼馴染なの。と言っても、ミルク先生の方は見た通りあんなに凄い人になっちゃったけどね。」
苦い表情のフィアの言葉に寂しげに笑うメリア先生。
確かに、知識量はどうか知らないけど、メリア先生が魔科学で競ってミルアーク先生に太刀打ちできる部分はなさそうだ。
「正直少し信じられないです。あの人ならメリア先生のこと苛めたりしそうな気すらしますけど…」
「そんな事無いの、無かった…んだけど…」
ナードが不機嫌な様子で告げた言葉に申し訳なさそうに頭を下げるメリア先生。
否定する言葉は弱弱しかった。今刺々しいとはメリア先生も思ってるんだろう。
「人型の天災指定は、彼女を拘束するために作られたシステムなの。」
「拘束?」
穏やかじゃない内容だった。まして、俺としては少し意外だった。
確かに年代的に先生達が学生だった位の頃が人型の天災指定の出来た頃だったと思うから、時期は一致するけど…
「詳しい話はしてくれてない…ううん、出来ないのかもしれない。ただ、ミルクはずっと校長先生の力になりたいって、技術と力を高め続けたの。町の傍にいるものじゃない竜の素材を手に入れるのに山中へ遠征して狩ってきたり、研究資金の為に国問わずで高難度の依頼を解決したりね。依頼を捌く方は…自分以外できないからって笑って言ってた。」
「世界のバランスを侵しかねない力を持つ者にはめられる枷…そういう事か…」
「頑張った末に、力になりたかった当の校長先生から世界中絡めて自分を縛る法を作られて、高い願い事を持ってる人に冷たくなっちゃったんだ。」
ナードが自分の装備を見ながら呟く。
ナードの装備だけですら、退魔銀他揃えるのにそれなりの手間がいるものだ。
ミルアーク先生のあの能力を持ち、装備を揃えるのにどれだけの…
戦技会用に色々揃えたから、あの戦力に到るのに必要な工程が途方も無い事くらいは想像に難くない。
そうまでして進みたかった先を、そこに居た人に封じられた。ショックは大きいだろう。
「その話勝手にしちゃって良かったんですか?」
「私が怒ってるのミルクちゃんなら分かってるから、分かってて置いてったから大丈夫。」
仇名だけでお怒りのミルアーク先生が勝手に過去話をペラペラしたことなんて知れたら怒られるんじゃと思ったが、お怒りなのはメリア先生も同じらしく頬を膨らませて返してくる。
怒ってそして、俯いてしまった。
「それに…ミルクちゃんは…私に全力なんて必要ない、出してくれるわけ無い…から。皆には…ネスト君には誤解して欲しくないの。きっと、ミルクちゃんの力になれるとしたら私より…」
「メリア先生…」
人型の天災指定。アレに到るのはそう簡単な事じゃない。
確かにきっと、メリア先生じゃ力で手は貸せないんだろう。でも…
「そんな能力の話なんかじゃなくて出来る事なんてきっと一杯ある。友人同士なら尚更。」
「…言ってくれると思った。ありがと、気持ちだけ」
「魔科学を遺憾なく発揮するなら偏見を無くさなきゃならないんだ、無いって思っちゃだめだ。それに、落ち込まなくても、俺達に話しておくのもきっとメリア先生に出来る一つだよ。あのカリカリ先生じゃ話なんてメリア先生以外にはしないだろうし。」
力になる、意味を絞らなきゃメリア先生がなれない筈が無い。
学生ったって所詮知り合って間もない人の為に泣いて怒れる人の心が、よりにもよって友人に何も届かないわけが無い。
それこそ、この話を知っていた事自体が先生の『力』のはずだ。
「私だって先生には魔法適正の関係で色々世話になりましたし、無意味なんかじゃないですよ。ねっ?」
「僕に振らないでよ。…まぁ、二人が力になるなら僕もやれる事はやるけどさ。」
俺達の言葉を聞いて、メリア先生は無言のまま泣き出してしまった。
ミルアーク先生が今に到る過程を大体見て来たんだろうメリア先生にしてみれば、色々歯痒かったんだろうな…
帰り道、俺は皆と離れて道を外れた建物の影に来た。俺だけ気づいた小さな力の反応に誘われるように。
ミルアーク先生が、壁を背にタバコを吸って立っていた。
タバコ…じゃないな、魔法国の薬草…おそらく魔力回復だか増加だかの効果を持つハーブの類を粘膜吸収する為の物だろう。煙の臭いが何か澄んでる。
「魔科学は、あらゆる偏見を無くし、願いを叶える力。」
言われて、俺はビクリとする。
言葉自体は何て事無く、俺も言っているが…
「それは…」
「このオルミクス創始者にして唯一の魔科学技師である、スウィーティア=エリウス校長の啓示。」
やっぱり、この人がわざわざ言うって事は、校長先生に関わる事だったか。
しかし啓示って…はは…この人校長先生慕ってるのは間違いないみたいだな。
「それは本来、他の一切に拘らずに唯一つに全てを費やす事で、その願いを叶えると言う物。剣が斬ることに、盾が守る事に、戦闘機が飛ぶことに、各魔法使いがそれぞれの魔法に特化し磨かれているように。人の身に収まるものなんざそんな程度だから。」
そんな程度。
説明文を流していたような言葉の最後に、何か呪詛のようなものを感じた。
「お前は…神にでもなるつもりかい?」
「は?」
いきなりのぶっ飛んだ発言に頭がついて行かなかった。
って言うか、俺が神って意味分からないんだが…
「フィアリスとレイナード…力量差の酷い二人を選んだ理由、鍛冶屋にミスリル渡した理由、私がそれらを把握しないでとっちめようとしたと思ってるのかい?」
「それは…」
だが、重ねられた問いによって、何となく意図を察する。
最初に言っていた、『自分の一つの願い』を叶えるのと、俺の行動の先にあるものは、まるで別物…
「お前は神に…『常世全ての願いを叶えられる存在』にでもなるつもりかい?」
校長先生に追いすがろうと足掻いて人型の天災指定を受けたミルアーク先生からの警鐘なんだろう。神なんて確かに大それた考えで…
俺は思わず笑っていた。
「…何がおかしいさね?」
「俺は分かりやす過ぎるけど、他に方法だってあるじゃないですか。多分校長先生がここを学校として発展させてきたのは、皆に『自分の願いを叶える力』をあげる為でしょう?」
本人から直接聞いた訳じゃない以上、あくまで予想に過ぎない。だけど、きっとそうだと思ってる。それに、そんな事はミルアーク先生のほうがよく知っているはずだ。直接やり取りして校長先生の力になろうとしていたんだから。そして…
「で…その力になりたくて竜素材や莫大な研究資金なんて欲しがったんじゃないんですか?校長先生と同じ『不老の身』になるために。」
「ちっ…さかしいガキだねホント。」
きっと、これが俺に神様になる気か聞いた原因なんだろう。
校長先生…スウィーティア=エリウスさんは、創始から関わってるなら俺の爺さんと同じ年代の筈。
魔力を維持し、肌を綺麗に見せる程度なら魔科学を凝らせば出来るかもしれないが、生命力みたいなのまで含めて十代同然でまるで落ちてないのは確実に異常と言えた。
年を弄ったら普通より怒る理由も、単なる見た目だけの問題じゃなく、それこそが決定的な不足の理由だと言うなら納得がいく。
それに、神様…人の身を外れる所業としては的を得てる。
舌打ちして吸っていた薬巻を握りつぶしたミルアーク先生の態度は、俺の予想が正解だと示しているようなものだった。
「あの人は今世界の見張り番みたいな状態な上、自分の望む何かが出来ないでいるんだ。」
「出来ない?」
許されてないならともかく、出来ないと言うのはさすがに意外だった。
魔科学は願いを叶える力…唯一の魔科学技師とすら言われている、本当にほぼ全てを修めている筈の校長先生が出来ない事。
「知れば直接協力…それでなくともあの人を縛る役割を少しでも肩代わりすれば、研究なりなんなりできるんじゃないかと思ってね。けど、そのために出された課題が『不老の身』になって来いってもんだった。」
「課題…って、マジですかそれ…」
課題って事は、『それ位出来ろ、話はその後だ』って事だ。
それが不老化って…歴史上誰も生成出来てない『賢者の石』の工程すらふっ飛ばしてないか?
「マジだよ。で、死ぬ気で挑もうとして、後はメリアの話した通り。調子に乗るなと枷を嵌められたって訳さ。」
聞いて挑もうとした分中々気概があると思う。
その上で行動制限されたんじゃ…このやさぐれかたも無理ないか。
「アンタが願いを叶える魔科学技師に『どの程度』の意味でなろうってのか分からんが…度が過ぎるのはやめときな。疲れるのもそうだが、下手が過ぎたらアタシは仕事でアンタを狩らなきゃならなくなる。今回みたいな遊びじゃなくね。」
話すだけの事は話したのか、先生は俺の頭を撫でて町に消えていった。
俺はその背を見送った後で目を閉じる。
『魔科学は偏見を無くして物事を見つめて、願いを叶える力です。』
祈るように、悲しいのを無理に隠すように語っていた校長先生。
人にそれを言いながら自身の願いが叶ってない有様から来るものもあったのだろう。単に願いが叶わず悲しいのは勿論、説得力すら失ってしまう。
真剣に言いながら悲しそうだったのには、それだけの何かがあるんだろう。
「どの程度…か、手間かけて忠告してくれたのに悪いねミルク先生。」
わざわざ俺だけ気づくよう狙って誘い、この話をしてくれたのは、自分の後を追わず人並みにしておけという事なんだろうけど、俺が惹かれた校長先生の言葉の意味がそこにあるのなら…
校長先生の…スウィーティア=エリウスさんの願いを叶える事が、俺の目標になるだろう。
さすがに今すぐとは言わないが、ミルアーク先生の危惧した対立をする羽目になりそうだった。
人型の天災指定、自由の束縛ではありますが…分要らずで隕石落とせるような人に自由にされたら…ねぇ(汗)




