第1話・魔科学とギルド
「魔科学は偏見を無くして物事を見つめて、願いを叶える力です。」
開口一番、その人はそう言った。
真っ先に思ったのは、『正気かこの人』だった。
だって、願いを叶える、だ。
今時聖夜にギフトを届けてくれるのだって両親だって思ってる子供達が殆ど。
この学院都市オルミクスの主産業…と言うか、その名の通りの学院の入学式。
その、高等科の入学式で、校長である女性が、開口一番告げた台詞が、これ。
次に感じたのは、『努力して目標を達成する』と言う一般的な意味で受け取らなかった自分自身への疑問。
普通の人はそう思う。
誰も疑問なんて持たないし、そういう話であるのなら学校で話すのにおかしい事は無い。
でも、俺は先生の正気を疑った。
「この学院で学んだ事が、皆さんの願いに繋がるように…」
呆けるようにして見つめていた校長先生が、改めて告げる。
それで理由が分かった。
祈るように、悲しいのを無理に隠すように語る校長先生。
あぁ違う、この人そんな形式的なつもりで言ってない。
コレを本気で言ってるから、俺は正気を疑ったんだ。
「凄い人…だな。」
俺がここに来た理由なんてその辺の学生よりしょっぱい理由だ。
ピンキリ全部抱えてるこの学園じゃ、それこそ極まった凄い理由の奴もいるんだろうけど、魔法や科学の本場であぶれたとか、元が孤児だったからとかで仕方なくとか適当に来てる奴もいる。
俺の場合、田舎の農作業を修得するかこっちに出るかで、魔科学を選んだ。
爺さんが魔科学に関わってたって話で本色々持ってたから、暇だったし魔法が出来る方だった俺は昔から趣味にしてた。
たったそれだけで何の展望も無かった俺は、ソレを目指してみたくなったんだ。
大人になればなるほど言えないはずの夢のような台詞を。
魔科学技師の夢物語~願いを叶える力~
第1話・魔科学とギルド
魔科学。
そうは言っても戸口は広い。
あまりにも広すぎるが故に、結局方向性は絞られる事が多い。
魔法に関しては属性ごとで適正があり、攻撃に使える術から肉体、精神への影響を与える術、環境変化に降霊まで。
科学も機械から組み込むAI、細胞、人体、生体、人機融合…作れる機械の種類にしても大型中型小型、電子機器からからくりのような完全主動ギミック等等…
いくら魔科学が色々使って願いを叶えるって方針にしていた所で、その辺の人間がこんなもの全部修められる訳が無い。
だから、いくらかのオルミクス独自の必修科目以外は割と好き放題取得する感じだ。
実際ここまで来ておいてわざわざ魔法だけ、科学だけ覚えようって奴もいる。
「さて…と、とりあえず魔法学の方に様子を見に来てみた訳だが…」
魔法学の中でも派手な模擬戦。
魔力や瘴気の影響などを受けた生物であるとされる魔物が出る為、戦争が無くても護衛職のような形でこの手の力は必要とされる。
医療技術があれば即死でなければ大概どうにかなる為結構派手な見ものなんだけど…
その場にいるくせに、関係なさそうに壁に背を預けて眺める側に回っている女子がいた。
…よし。
俺は監督役を担当している教師に声をかけた。
飛び入り…なんて道場破りのような真似はさすがに無理だが、俺も今年入学のオルミクスの学生で、今やってるのは魔法学を受ける予定の人の実力検査。
怪我とか考えると物騒だからやりたくないって人は避けられるんだろうけど、学生の情報が欲しい先生側からすれば、俺が参加したいと言って断る理由は無い…と思う。
頼むだけ頼んで断られたらそれまでと言う事で、とりあえず声をかけてみる。
「すみません。」
「はい。あら、新入生ね?」
「はい。彼女と模擬戦してみたいんですけど。」
俺が指差した女子を見て、先生は驚いたようだった。
口に手を当てて固まった後に俺を見直す。
「いいけどその…彼女新入生内ではちょっと」
「凄いみたいですね。なんとなく分かってるんで大丈夫です。」
「あ、あら?そう?」
想像通りというか、下級魔法を詠唱まできっちりやって打ち合ってる新入生の中からすれば、大分異端らしかった。
先生は二、三言女子と言葉を交わすと、その女子は俺を見た。
「…アンタが、私と試合したいって?」
「あぁ。」
「私の事知ってるの?」
「え?いや?初めまして…だと思うけど。」
俺の答えに彼女は目を細める。
とげとげしいのもそうだけど、知ってるのかどうかとわざわざ聞くくらいだから訳ありみたいだな。
「彼女はフィアリスさん。ええと…君は?」
「あ、ネスト=グラスレインです。よろしく、フィアリスさ…」
言いながら右手を出したのだが、彼女はさっさと競技場の中央に歩いていってしまった。
仮にも学校であの空気で大丈夫なんだろうか?
「えっと…」
「あ、大丈夫です。」
フォローしようとしたらしい先生に応えるように大丈夫とだけ伝えて、俺はフィアリスと向かい合う。
強そう…なんだけど、やっぱ無理があるような感じがする。
なんにしても油断は出来ない。少しは興味持って貰えないと話にならないからな。
「それじゃ…始め。」
おっとりとした先生の試合開始の合図と同時に、フィアリスは魔法陣を展開する。
展開までの速度が先の新入生の非じゃない、やっぱり只者じゃなかったか。
魔法学の模擬戦という事もあって、試合は中距離を守っての撃ちあいを基本にする。
回避は構わないが、武器を振り回すと授業関係なくなる。
と、冷静に見ている間に、彼女は魔法を撃って来た。
氷の針を飛ばす下級魔法。
魔法陣の展開と少しの溜めだけで詠唱も無しか、殆ど速射魔法に近いな。
俺はそれと打ち合わせるように石の針を放った。
彼女と同じく、詠唱無しの魔法陣展開。
空中で衝突したそれは、氷の針を砕いて、失速して地面に落ちて解けて消えた。
貫通して彼女に向かってく程じゃなかったか、やっぱ凄いんだな。でも…
「っ…逆巻け氷雪、我が紡ぐ道を凍り砕く吹雪となれ!」
「む…岩壁展開!鉄より硬い壁になれ!」
詠唱。
魔力の意味を乗せて正確に象る為のソレが、わざわざ必要。
となると、彼女が撃ってくるのは当然…
「アイスストーム!!!」
中級魔法だった。
予想通り…と言うか、予想より強い位の氷の竜巻が一直線に俺に向かってくる。
直撃したら人体なんか細切れの氷像になりそうなそれに対して…
「ガイアシールド!!」
岩壁を展開する中級魔法を放った。
地中から盛り上がるようにして現れた石の壁が、向かってきた氷の竜巻を受ける。
範囲の殲滅力は高いが、貫通力はそこまででもない竜巻系統。展開した岩壁表面がバリバリに凍っているんだろうが、こっちに抜けてくることは無かった。
静かになったところで岩壁を解除…
おぉ、周囲が騒がしい。無理も無いか。
中級魔法を単独で撃つなんてそもそも既にその辺の人間のレベルじゃないらしいからな。
と言うか、フィアリスも結構顔をしかめていた。
俺が防げない予定だったんだろうけど…あれ防げなかったら病院送りじゃないのか?そこまで考える余裕が無いんだろうか。
中々に一杯一杯らしい彼女。けど、それなら何で…
「なぁ、何で本気でやらないんだ?」
「…どういう意味?」
意味が分からないと言った感じで問い返してくるフィアリス。
周囲に人がいるし、悟られないように…
俺は小さく、火を意味する呪を指先で描いた。
素人…察する所を何も知らない人なら見ても判らないだろう。
けれど、彼女にはソレで十分だったようで…
「あ…ぁ…っ!!!」
後ずさったかと思ったらいきなり逃げ出した。
ってちょ、そこまで!?
「ま、待った!待て!」
「あ、貴方が待ちなさいっ!」
慌てて追いかけようとした俺の足に何かが絡みつく。
見ると、地中から伸びたツタが俺の脚に絡まっていた。
どうやら先生が放った速射魔法らしい。さすがにここの魔法の先生だけの事は…って!
「すみません!話は後で!!」
俺は腰につけていた筒を手に取り、魔力を通して刃を作ってツタを切った。
「そ、それマテリアルウェポン!?って、あ、ちょ!」
先生の驚く声を背に、俺は競技場の出口へ向かって駆けるフィアリスの後を追った。
強そう、とか見ただけで思うくらいにはしっかりしていたらしく、魔法使いの癖に速い。
けれど、いつまでも全力疾走は出来ないのか追いついた俺は彼女の手を取った。
「っ!は、離してよ!」
「は、離したら逃げるだろ!?ちょ、ちょっと聞いてくれ!」
「聞くって何を!どうせ脅すか嗤うかしに来たんでしょ!?」
「絶対違うから聞いてくれ!」
片手を掴んだままで、深々と頭を下げる。
しばらくそうしていると…
「昼間から痴話喧嘩ってさかんねぇ…」
「単位とって生活するだけならそこまで難しくも無いからって…」
周囲から不穏当な声が届いた。
完全学科の校舎は繋がっているし、集会とかはそこでやるんだが、科学側の大型機材を使う科目や今回の戦闘含めた広い場所が必要な競技場などは校舎とは外れている。
つまり、街中で掴んだ女子に深々と頭を下げてる訳で…
「いや痴話喧嘩って!俺達新入生で」
「あぁもう!分かったから騒ぎを広めないで!!」
逃がさないよう彼女を掴んだままで周囲に言い返そうとした所で空いてる手で頭を殴られた俺は、そのまま引きずるように先導しだした彼女に連れられて競技場への帰り道を歩き始めた。
「「すみませんでした。」」
競技場に戻ると、既に他の生徒が引き払った場所で不安そうにしていた先生が待っていたので、俺とフィアリスは示し合わせたように謝った。
先生…純魔法学のメリア先生は口調通り優しい先生らしく、謝った俺達に何を言う事も無く、戻ってきてくれてホッとしたと言ってくれた。
「それで、えっと…ネスト…君?」
「はい。」
「呪の意味は私も知ってるから、君のほうから教えて欲しいんだけど…なんでアレを書いたの?」
黙っているフィアリスに代わってか聞いてくるメリア先生。
俺は自身の目を指して、魔力を通した。
「え?ぁ…う、嘘っ!?」
「あの…メリア先生?彼の目がどうしたんですか?」
魔科学学校の先生だから知ってるのか気づいたのか、驚いているメリア先生に対して、意味がよく分かってないフィアリス。
魔力が通ってることは分かるらしくいぶかしんでいる彼女に説明する事にする。先生も勘違いして驚いてるのかもしれないし。
「解析術を使って発動させてた魔法の性質から魔力、魔法の特性、傾向の解析をしてたんだ。だから、火に適正があるのが分かった。それだけで、まさか逃げ出すほどとんでもないことがあるなんて知らなかったんだ。悪い!!」
改めて頭を下げる俺。
印象最悪になってしまってるだろうが、謝るくらいはしておかなきゃならない。
「悪かったわ、謝らないで。そもそも完全な勘違いだったんだから。」
力ない声で謝られて頭を上げると、目を逸らして俯いているフィアリスの姿があった。
気丈な装いを見せて一人立っていた時と違って、完全に何か怯えているようで、かすかに震えていた。
…これは本当に悪いことしたみたいだな。
「…えっと…ネスト君。」
「はい、なんですか?」
「良かったら、フィアリスさんと真面目に模擬戦してみない?魔法学のじゃなくて、普通に。」
「「え?」」
俺とフィアリスの声が被った。
聞いた限り、それ本人にしてみれば逆鱗なんだろうに、なんで?
「まさか新入生の内にそんな人と会うなんて思ってなかったけど、魔力の解析は出来る人ならできるの。だったら、全力戦闘の記録を取って先生方には提出したいなって。フィアリスさんの経歴と実力で、今更新入生よりちょっと上程度の勉強とかしたって仕方ないでしょう?」
特性や操れる魔力の程度は生まれ持ったものの影響が大きい。
魔科学ならその辺を融通利かせられるとはいえ、下手に弄るよりは特性や本人の力量に沿った方が楽なのは間違いない。
この模擬戦でその辺も図ってるんだろうが、『手を抜いた上途中で逃げた結果』で取ったデータから学ぶ魔法を決められたらフィアリスとしても面白くないだろう。
「…先生、それは私に彼を殺せって言ってます?」
「いいえ、彼が全部使って普通に戦ったらいい勝負になると思ってるわ。」
微笑む先生の言葉を聞いて、俺に視線を移すフィアリス。
目つきが怖いので、とりあえず笑みで返す。
友好的にしたいから作ってる笑顔。仲良くしたいから嘘ってわけじゃないが、引きつって変になってないといいが。
「強がりと舐めてる訳ね…いいわ、やってやろうじゃない。」
「え!?別に舐めてるわけじゃ…」
完全な誤解。
だったけど、今更怖がっても変すぎるし、怖くないって言うのは本当だ。
俺だってそれなりに装備も魔法もあるし、彼女がそこまで物騒な人間だなんて思ってない。
実際、腕を掴んでたときに振り払おうと殴りかかったりはしてこなかったし。
先生も見てる中での試合だから大丈夫とは思ってる。
何より、見てもいいなら彼女の全力って言うのは見たいと思った。気になったから声をかけたわけだし。だから、ワクワクはしていたけど怖くはなかった。
さっきと同じに向かい合う。けど、ちょっと緊張した。
変に気負ってない彼女の様子を見てると、さっきより余程強いんだろうってのは想像つくから。
「それじゃ改めて…始め!」
開幕、彼女が俺に向かって振るった手から拳大の火球が飛んで来た。
速射魔法。
予想通りだった。
俺は同じく無言で翳した手に氷塊を作ってその火球を受けて…
氷塊は火球の衝突で爆散した。
「って属性じゃ有利なのに!火だとどれだけ強いんだよ!」
「あんたこそ地属性が適正じゃなかった訳!?」
「無適正だよ!」
氷塊を速射で出した俺に怒鳴ってくるフィアリスに正直に無適正だと暴露すると、むしろ怒らせたらしく余計に目つきが怖くなった。
無適正。
どれかの属性に傾倒して得意ってことがない魔法使いとしてはあまり望まれない適正だが、魔科学ではマテリアルウェポンのような魔力を動力にして起動する兵装に素の魔力を流し込むのには一番向いている適正。
その無適正で速射魔法を使った事に怒ってるのか、それが氷塊だったから怒ってるのか。
とにかく、怒らせたのは間違いなく、その証拠に彼女は魔法陣を展開していた。
「降り注げ爆炎、地を焼き尽くす火の雨となれ!!」
予想通り中級魔法。
洒落になってない。氷の時はこっちの地で有利だったのに、有利属性を使って炎を止められてないのに、炎の中級魔法なんて。
中級って言うから可愛く聞こえるが、この時点で軽災害級なんだ。当然だがまともに受けるわけには行かない。
先生は使えって言ってたけど、ズルい気がするが…しょうがないな。
「ロストリミット!アクティブ!!」
宣言と同時に魔力を送ると、首輪につけた石が光り、システムが起動する。
そして、俺は地を蹴った。
「ファイアスコール!…嘘っ!?」
炎の雨が降り注ぐ中、俺はフィアリスに接近して筒…マテリアルウェポンから伸ばした魔力の刃を彼女の首に突きつけていた。
背後から、降り注いだ炎が地を焼く音が聞こえてくる。
うわ、予想より派手だな…受け手に回ろうとかしなくて良かった…
「な、なに…身体強化魔法?いや、それにしたってこんな…」
「そ、そこまで…あの…ネスト君?今の…」
試合終了を宣言されたと同時に俺はその場でへたり込む。
聞かれるとは思っていたし、別に隠す必要も無い為首を指差した。
「ロストリミットユニット。ま、俺の自作なんだけど。身体強化魔法で身体を強化しながら、その強化度に応じて神経伝達を早めるマテリアルウェポン…武器じゃないか。マテリアルシステムを組み込んだアクセサリーです。」
で、ロストリミットの名の通り本当に限界無視して力を発揮できるようになる為、身体強化が追いついていないと身体が壊れるし、追いついていたって強度だけ。
内臓の処理的な意味ではついていかないから酸素は足りないわ熱いのに汗も追いつかないわと、限度考えないと死ねる代物だ。ロストリミットの癖に。
よく分かってないフィアリスに対して、メリア先生は何をさせてるか察しがついたのか、若干青ざめている。
…まいっか、俺は大丈夫だし。
俺を見下ろして呆けている彼女に向かって、俺は座ったまま手を伸ばす。
「ずるい気がしたけどあれは防ぐ手が無かったからついな、お見事。」
「…こっちもお陰でここがどういう場所か少し分かった気がするわ、ありがとね。」
フィアリスは、座ったままの俺に合わせるように屈むと、俺の手を握り返してきた。
履修するのにある程度出席する必要があるとは言え、何を選ぶかは午前中2時間の必修授業以外は自由と言うのがここの方針。
ただ、余計な騒動と二人だけ遅れての試合の結果、授業開始時間からずれ込んだ俺達は、少しカフェで話をすることにした。
「で、なんで私に声をかけたの?」
「君に興味があって、君の興味を引くのにいっかなと思って。」
正直に答えると、テーブルに肘をのせた手に顎を置いたフィアリスは、呆れたように顔を歪めて息を吐いた。
「…何それ、本当にナンパに捕まった訳?」
「ナンパ?あぁ、都市部で男が女の子捕まえる奴だっけ。」
言われて見れば確かにそんな感じになっているようにも思う。
「君が魔法使いとして凄そうに見えたから、俺と一緒にやってかないかと誘いたくて。って言えば誤解解けるか?」
「凄そうに見える…ね、都市部とか言ってたし、本当に田舎から出てきて私の事も何も知らないのね。」
肩を竦めてティーカップを傾けるフィアリス。
…よかった、とりあえず変に突いたりしなかったからか悪い印象は無いみたいだな。
さすがに怯える程の問題を突いて傷つけて嫌がられてたとすると気が引ける。
「…何も聞かないの?」
「一緒にやれればいいんだって。そりゃ聞かせられる話なら聞いとけば力になれるかもしれないけど、聞かれるのも嫌なら悪いだろ。」
「そう…」
カップを置いた彼女は、俺を見て微笑んだ。
「一緒にってギルドチームの事でしょ?とりあえず協力してあげる。他はまぁ…貴方次第で。」
「サンキュー、フィアリス!」
「フィアで良いわ、よろしくネスト。」
改めて手を差し出してきたフィアと握手を交わす。
とりあえずは良かったな、万々歳だ。
孤児まで学生として迎えるに当たって無制限というわけには行かない。
そのためにこの学園都市では、大小さまざまな仕事を依頼形式で集めて、難易度別で振り分けている。
何も知らない子供でも出来るような単純作業や力仕事から、魔科学の技術を使った高難度の仕事まで。
そして当然、魔科学の範囲の広さから一人で全てを網羅しているような人間はそういない。
だから、基本的には中、高難度の依頼に関しては組織を組んで、あてがわれた研究室や組んでいるチームで引き受けるのが基本だった。
そのギルドチームの申請を出す為の最低人数をそろえるのが、俺の初めの目標だった。
部屋などが決まったら呼んで欲しいと言うフィアと別れ、今度は俺は科学側の教室へ向かう。
授業も終わって雑談やらに興じる学生達の中、一人手元の教材を眺めている人を見つける。
…ふむ。
「こんにちは。」
「ひっ!あ、え、な…」
教室を出てきたところで声をかけると、その人は思いっきり肩を竦めて驚く声を上げた。
長い金髪が揺れて、泣きそうな目をしている姿を見ていると、女子と思うが…
「あれ?あ、男子か。悪い、女子だと思った。」
「あ、は、はぁ…」
悲鳴にしては高くない(それでも男子には聞こえ辛かったが)声と全身を見て男子だった事に気づく。
遠目に見て間違えていた。
「じゃ、じゃぁ僕はこれで…」
「ってあぁ違う違う!謝ったのは女子と見間違えた事!声をかけたのは用があるから!」
「は、はぁ…」
引き止めるとおっかなびっくりではあるが止まってくれた。
「ギルドチームを組まないかって誘いなんだけど…」
「え?」
驚いた彼は、周囲を見回した後で、俺をいぶかしむように見る。
「な、なんで僕なんかに?」
「ぶっちゃけるとアレなんだけど…暇あるかなって。」
「うぐっ…」
つくろってもしょうがないし、初対面で人が話しかけなさそうな相手にわざわざ選んで声をかける理由なんてそうはない。
正直に告げると、彼はあからさまに表情を歪めた。
「ま、まぁ一人でいたからってだけじゃない。ほら、キリキリしてる奴だと一人でも忙しそうだろ?そんな様子もなかったからな。」
「う、うん…」
あっている。
あっているが、それだけに彼が意気消沈していく。
どうしたもんかな…嘘八百都合のいい営業トークで仲間を作ろうとは思わないし…別にそれでいいから声をかけているんだけどな…
「あ、あの…」
「ん?」
「ギルドチームなら…仕事捌けるん…だよね?僕、生活費に余裕ないから…」
ギルドで仕事を捌けば当然報酬が出る。
個人でも受けられるが、得意によっては大変だろう。望む仕事で割のいいものが常にあるわけも無いだろうし。
「そりゃ当然。そもそもチームの部屋使えば寮借りる必要ないし、費用も浮くと思うぞ。」
お金が無いという問題があるならさすがに持ち家ではないだろう。
チーム組んで部屋借りるにも資金はいるが、それは二人に考えさせるつもりは無い。
「…分かった、僕でいいなら。」
恐る恐るだが、彼はそう言って頷いて…あ。
「そういや名乗ってなかったな。俺、ネスト。よろしく。」
「僕はレイナード…よろしく。」
今更ながら名乗った俺は、レイナードと握手を交わした。
ともあれこれで三人揃った。
チームの申請を出して部屋を取る為にまず三人で集まって…
「ひっ!!」
会って早々に、フィアを見てレイナードが悲鳴を上げた。
「…私なんかした?」
「え?いや、ちょっと怖い顔な位だけど。」
「失礼ね!初対面で悲鳴上げられたら顔も強張るわよ!」
当たり前と言えば当たり前のフィアの言葉に、俺はレイナードを見る。
落ち着くように息を大きく吸って吐いたレイナードは、小さく頭を振った。
「…ご、ごめん…ちょっと女性にトラウマがあって…」
「あー…なんか怯えがちだったのはそのせいなのか…」
悪いとは思っているのか頭を下げるレイナードの姿に、最初話しかけたときの怯えようを思い出す。
いきなりで声をかけられた相手が性別どっちかなんて瞬間で判断きかない。
出来ても反射なら驚いた後だろう。
「そう言う訳だから、僕はやっぱり」
「ちょっと待った!でも、それで一人だとかなり困るんじゃないか?依頼受けるにも女性避けなきゃいけないし、そんな感じじゃ科学科目受けてたのに精密機器とか薬品弄れないだろ。」
「そ、それは…」
去ろうとしたレイナードを呼び止める。
無理強いする気はないけど、ただでさえお金に困ると事前に言ってる位だ。
ここで逃げさせたら、後々大変になるのは目に見えている。
「所在がはっきりしてるちゃんとした女の子から慣れたらどうだ?えっと…フィアがよければだけど…」
いるだけで怖がられる事になるフィアがよければと言う前提。
フィアは斜に構えたような態度で目を細めてレイナードを見る。
「少なくとも殴ったりいびったりはしないわよ。ま、何でトラウマなのか知らないからなんともいえないけど。」
ぶっきらぼうにも見える態度だが、やっぱり根は優しいらしい。
後はレイナードの返事だが…
「出来るだけ頑張る…よ、よろしく…」
「震えてるのに握手なんて頑張らなくていいわよ、慣れたらね。よろしく。」
震えながら手を差し出すと言う前向きさを見せたレイナード。
そんな姿に肩を竦めるフィア。
俺は、二人の片手をそれぞれ握る。
「直接握れなくてもこれでチーム全員繋がれたって事で。それじゃ改めて、これからよろしく!!」
二人は俺を見て少しだけ笑みを見せてくれた。
『魔科学は偏見を無くして物事を見つめて、願いを叶える力です。』
集会で聞いた先生の、荒唐無稽な願い事。
一歩目だが、進む準備は整った。
これを本気で言ってた先生に応える為の魔科学技師目指して頑張っていこう!
と言う訳で…以前からご存知の方がもし居れば、一応まだ生きてました(苦笑)。
始めてから長い間が空くのは気が進まなかったので、始めた以上は定期で進めていくつもりです。