File・5 無謀な丸投げされるは社畜の宿命
「ここが新人君の職場です!」
無い胸を強調するように突き出しながら誇らしげに扉の前で立ち止まる幼女先輩……うん、もうこれでいいや。
「…はぁ」
とりあえず間抜けな声で答えて俺は扉に掲げられた部署名の書かれたプレートに目を向ける。
今にも落ちそうだ……。
剥がれかかったプレートの角をガムテープで留めている辺り、涙が出てきそうだった。
「ボロいっすね…」
思わず本音が出てしまう。
ガタンッ。
俺の本音に幼女先輩が地面に崩れ落ちた音だ。
ガックリと肩を落とし項垂れている。
「予算が、予算が……無いのよぉ~」
心の叫びを聞いた気がした。
よくある話だ。
だが、まだ甘いよ幼女先輩。
社畜の潜む世界ではそんなことは当たり前。その上、更に斜め上を行くことを強要される。
それを俺は知っている。
最低の予算で最高の結果を……。
昔の上司の口癖を思い出してしまった。
あれは地獄だった。
いま思い出しても、あれ程の無茶ぶりな仕事をした記憶が他には無い。
けれど、思い出すと何故か笑みが浮かぶ。
社畜人生を驀進してきた者は無茶ぶりな仕事が誇りとなり自慢になってしまう。
あの時の苦労に比べれば…とか。
あの仕事よりマシ…とか。
たいていの社畜はその言葉で現実逃避する。
もちろん、俺もその一人であるから…。
「予算が無いぐらい…あの仕事よりマシ」
俺の言葉に幼女先輩はハッとして俺を見た。
なんだろう……幼女先輩の瞳が物凄く尊敬した眼差しに見えるのは気のせいか?気のせいだよな…。
「おぉ!流石だねぇ~、目から鱗が止めどなく落ちちゃったよ~!そうだね!新人君、なら君に全てを任せた!私は………寝る!!」
えっ………!?
この人おかしな事言わなかったか?
瞳をキラキラさせながら俺を見るのは止めて欲しい。社畜魂が燃え上がっちゃうだろうが……。
「とりあえず中に入って」
建て付けの悪い扉を開いて幼女先輩と俺はこれから働くことになる職場へと足を踏み入れた。
そして俺は入り口で立ち止まった。
うん……そうだろうね。
予想していた通りの光景が広がっていたのだ。
乱雑に置かれた書類の束がデスクや床に至るまで堆く詰まれた光景が俺の視界を支配する。
唯一、片付けられている来客用であろうローテーブルとソファは見た目は綺麗に見えるのだが……それは俺の明らかな勘違いだった。
テーブルは足の高さが違うのか傍を歩くだけでカタカタと揺れ安定していない。
ソファに至っては所々擦り切れて綿がはみ出しており、なにより………毛布と枕が常備されている。
その時点で来客を持てなす気はゼロだろう。
だけど、ソファは大事だ。
特に夜勤明けのソファは奪い合いになる。
俺は思わず過去に想いを馳せながら遠い目になる。なんでだろう………涙が出てくる。
まともに部屋で寝たのは何時だろう。
思い出せない…何だか悲しくなってきた。
そんな俺の心情を余所に我関せずとばかりに書類の束をスルスルと避けながら俺の傍を通り抜ける。
その姿は見事としか言いようがなかった。
不安定な書類の束が微かに揺れるが倒れない。
絶妙な間隔で一直線に目的地に歩いて行く幼女先輩を目で追いかけていた俺は思わず溜息をついた。
「やっぱり、そこが定位置か…」
その言葉に幼女先輩はニヤリと笑みを浮かべると定位置とばかりにソファにダイブする。
うん、しっくりくるね。
枕と毛布の隙間にスッポリと収まった幼女先輩を見下ろしながら俺の中で嫌な予感が湧き上がる。
まさか……な。
けれど、社畜の予感は不思議なものでよく当たる。特に当たって欲しくない時ほどだ。
「…じゃあ、後はよろしく新人さん…ぐぅ」
おいおい、寝るまで一秒も掛からなかったぞってか右も左も分からない新人を放置かよ……。
今の現状に俺は呆然とする。
これまでの社畜人生でここまでの事は初めての経験で何をすればいいのか見当も付かない。
「…えっと、先ずは部屋を片付けるか」
室内に広がる書類の束を見つめながら溜息をつき俺は手近にある書類の束を手に取った。
「うん?なんだ…?」
書類の束に触れた瞬間、奇妙な感覚に襲われた。
言葉では表現しにくいが俺の意識に色んなイメージが大量に流れ込んでくる、そんな感じだ。
まさかねぇ……。
脳裏を過ぎった考えに俺は手に取った書類の内容を見て確信した。
やっぱりかぁ……そうだよな。
なんで新人教育もせずに幼女先輩が睡眠を貪ることが出来るのかが今、俺の意識に流れ込んでくる大量のイメージで理解することが出来た。
ようするに…この部屋に乱雑に置かれた書類の束に触れれば、その内容が理解できるってわけだ。
便利だな、これ。
俺の前の職場でこれが出来てたら仕事がかなり捗る…うん、社畜の宿命だな。
何でも、仕事に直結させてしまう。
俺は周囲を見渡す。
大量の書類の束、社畜と自認する人間が上司から指示を与えられなければ何をするか…目の前の書類の束を手に取る。
チラリと幼女先輩を盗み見ると涎を垂らしながら気持ちよさそうに惰眠を貪っている。
「はぁ、容姿に騙された…策士だ、この先輩」
まんまと嵌められた感が否めないが部屋の片付けがてら書類の内容を次々と頭に入れていく。
半分ぐらい片付け終えて俺は近場の椅子にどかっと腰を下ろすと瞳を閉じた。
「頭がパンクしそうだ…」
情報を詰め込みすぎて思考が停止しそうになるのだが何故か俺は口元に笑みを浮かべてしまう。
それは哀しい社畜の習性だった。
読んでいただき有り難う御座います。
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かなりの不定期更新でボチボチと書いておりますのでご了承ください。
(o_ _)o