File・3 見事なほどの真っ黒だった
勝ち誇った彼女の顔を苦々しく思いながらも行く当てのない俺は次元管理局に半ば強引に就職する事になってしまった。
「ふふっ…では貴方の新しい職場へと向かいましょうか。しばらくは見習社員となりますから…帰るところがない、つまり逃げ出せない……ふふふっ」
彼女が楽しそうに微笑むその姿が悪魔の笑みに見えるのは俺だけなのだろうか?
嫌な予感しかしない…。
「では、無駄話は時の無駄ですから参りましょう」
そう言って彼女は片手を天に向け軽く円を描くように回す。その瞬間、世界がグニャリと歪み気が付くと俺と彼女はだだっ広いオフィスに立っていた。
広いオフィスだった。
反対側が霞んで見えない。
どんだけだよ…時空管理局って。
俺は彼女と並びながら周囲を見渡す。
その瞳に映る様子に懐かしさを憶えた。
死んだ眼で走り去っていく人々、机の下で爆睡する者、山のように詰まれた書類の束を見つめながら奇声を発して髪を掻きむしる者、それらを見て俺は確信を持った。
ブラック企業、確定だな。
そう意識の中で呟いて俺は頭を振った。
いや、これはそんな生易しいモノじゃない。
俺は知っている。
更に上があること……。
俺が見る限り今、視界に映る社畜達は平社員に過ぎない。なぜなら、受けた指示を黙々とこなしているだけだからだ。
本当の社畜とは……中間管理職だ。
なにせ、役職が付けば残業代が出ない……そう、役職手当が付いてしまうからだ。
こんな俺でも会社では役職があった。
現場主任、理不尽を強要され、尻拭いを求められる存在……思い出しただけで胃が痛い。
周囲を見渡してみる。
いたわぁ……。胃を押さえてる人がチラホラと隣の彼女を見ないよう視線を逸らしてますな。
ってか、もしかして彼女はお偉いさんなのか?
背中に寒気が走る。
この感覚はよろしくない。
社畜魂がビンビン警告音を鳴らしている。
そんな俺の心情などお構いなしに彼女は周囲を見渡すと両手を軽く一度だけ叩いた。
その瞬間、今までの喧噪が嘘のようにオフィス内が水を打ったように静まり返ったんだ。
恐ろしい……。
「皆さんに新人を紹介します。名前は板崎渉、取り合えず見習社員からとなります。一言どうぞ」
彼女の声は何故かオフィス全体に響き渡り、全員の視線が俺に向けられる。
憐れむ瞳、虚ろな瞳、何故か瞳を輝かせている者まで…俺を見つめる瞳に一瞬、怯んでしまった。
「あっ、えっと板崎渉です。よろし……」
最後まで言うことが出来なかった。
なぜなら……。
俺争奪戦が始まってしまったからだ。
「是非、私の部署に!」
血走った目で書類片手に俺の袖を掴む女性。
「いやいや、俺のとこだろ!」
しわくちゃだらけのシャツを捲り上げながら女性の腕を掴み俺から離そうとするオッちゃん。
「なぁ~に、言ってんですかぁ!お二人のとこはいっぱい生きの良いのが居るじゃないですか!うちなんて、もう四百年は休みもらってないんですからね!!是非、うちの部署に!」
何故か裸足でパジャマ姿の幼女?がオッちゃんと女性の間に割り込み沈痛な表情で訴えかけてくる。
ちょっと待て……なんか最後の発言、かなり時間の概念おかしくなかったか?なんだ?四百年、休んでないって…。
俺の疑問に気付いたのか彼女が悪魔のような笑みを浮かべ壁に張り出されている社訓を指差す。
時空管理局社訓
時は無限なり、
仕事も無限なり、
無限に働き無限に生きよ
俺は唖然とした。
ブラックどころじゃねぇぞ!?
なんだよ……この無限って。
「この場所は時を司る場所だから時間の概念なんて無いから貴方の魂の赴くままに仕事が出来るわよ」
ちょっと待て……。
そう言えば面接前に「良い感じの魂の色ですね」…確かにこの女は言っていた。彼女から女に変更?当たり前だ、俺の中で既にクソ上司確定だ……いいだろ?心の中で愚痴るくらい。
言ってて哀しくなってきた。
とりあえず、この幼女の部署は却下だ。鬼畜、過ぎる。何が哀しくて四百年も休み無しで働かなきゃならないんだ。
俺は幼女を無視して残りの二人を見つめる。
「質問しても良いですか?」
その言葉に二人はビクッと反応する。
何なの…その反応?嫌な予感しかしないんだけど?
まぁ、いいや。
俺も男だ。覚悟はある。
気を取り直して軽く咳払いする。
「仕事内容を教えて頂けますか?」
俺は出来るだけ平常を装いながら二人からの答えに備える。とりあえず聞いてからしか判断できない。
まぁ、どっちにしろブラック労働には違いない。
ただ俺はこの時、大きな勘違いをしていた。
何故、幼女がパジャマ姿であったのか?
何故、四百年も休みがなかったのか?
それにさえ気付いていれば俺の無限に続く社畜人生は大きく変わっていたかもしれなかったかもしれないのだ。
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