第八話 思いを繋いで
漆黒の黒い体。
赤い光が血管のように全身を巡ってその輪郭を際立たせる。
細く女性的な雰囲気をかもし出しながら、冷徹な女性を思わせる動作。
ミズラフ地方で名を馳せる風の団が敵わない化物。
黒い巨人。
そいつが今、セトたちの目の前にいる。
ガルダはセトたちを庇い巨人と対峙するように前に出た。
バティル、カイムにジズ、そして、ヴィドフニルが敵わなかった相手。
助けにいったハンサもおそらく。
恐怖が内から湧き出てきそうだ。
一人で逃げれば助かるかもしれない。あらゆる手段を用いれば命だけは助かるかもしれないと頭によぎる。
ガルダは、そんな負のイメージを頭から振り払った。
そんなことはできない。子供達の前でそんな格好悪い姿は見せられない。
なら、何とかしてこの窮地を切り抜けなければ。
ガルダは覚悟を決めていく。自分の命を使ってでもセトたちを逃がして見せると。
黒い巨人の様子を探る。
巨人もこちらの様子を探っているようだ。いきなり威嚇や攻撃がないところを見ると知能が高いのかもしれない。
巨人から感じる近似感、全身が黒く金属を思わせる甲殻これは遺跡固有種との特徴に一致する。
異なるのは、完全に人型であることと全身を巡っている赤い光か。
全長も魔獣メアの2倍ほどの大きさがある。
変異種か全く新しい新種か。どちらにしてもこの辺りにはいなかった魔獣だ。
ガルダが合図を出す。
セトたちに隙を見て逃げるように指示を出した。
遺跡固有種と同じ対処法でまずは当たり、巨人の行動パターンを分析する。
倒すのではなく引き付けセトたちから引き離す。
今、ガルダにできるのはそれぐらいだ。
黒い巨人が右手に黒いドロドロとしたモヤのようなものを纏わせる。
ガルダの警戒値が跳ね上がった。
遺跡固有種にあんな攻撃手段はない。
考えた対処法は的外れだったかもしれないが、試して見る以外に手段がなかった。
遺跡固有種は目で直接対象を見てはいない。音や温度に敏感で間接的に相手の情報を集めている。
ガルダが遺跡でアハットを撒いたのはこの特性を熟知していたからだ。
巨人が少しでも似た特徴を持っているのなら効果はあるはずと、ガルダは仕掛けていく。
投げナイフを投げて、岩や木に当てていく、
これで音に反応しているのかが分かる。
続けて、火の術式で引火薬に火をつけてばら撒いた。
火の術式はいきなり火が出るのではなく、高温のエネルギーが最初に生み出される。それで、引火物に火をつけるのだ。
ガルダも四大系程度なら術式を扱える。引火薬をばら撒いた周囲が煙に覆われ視界が狭まる。
温度を見ているなら、これが目くらましとなるはずだ。
そして巨人に投げナイフ一本放つ。
ナイフがカンッ! コンッと音を立てていき、煙の中からナイフが飛んでくる。
黒い巨人は迷うことなく自分に投げられたナイフを黒いモヤで、侵食し消滅させた。
完全に目で見ている。フェイントも無視ときた。魔獣メアも目があるが、まだ音に優先的に反応することが
これまでの調査で分かっている。
音や火で誤魔化すのは効果がない。
直接、足止めしなければ意味がないことが判明する。
ナイフを投げつけられた黒い巨人の気配が変わる。
ガルダを睨みつけた。
黒い巨人が狩る立場なら、猫に逆らうネズミがいることは許さないといっている。
ガルダはそう感じた。
明確な敵意が自分に向けられたと、ならば、引き付けることは成功だ。
ネズミも危機に陥れば、猫ぐらいかみ殺すとガルダも睨み返す。
完全に黒い巨人の注意がガルダに向いた。
ガルダは叫ぶ。
「今です!! 町に向かって走ってください!!」
後は命が尽きるまで時間を稼ぐのみ。
黒い巨人との距離を一気に詰め、注意を引き続ける。
自分を無視できないように剣を振りかざし一閃を放つ。
だが、一閃は黒いモヤに防がれ黒い巨人に届かない。
それでも構わない、黒い巨人がこの場にはりつけになっていればいいのだから。
さらに一閃を振り抜くが、ガギィンッ! と剣が押し止められる。
ガルダの表情が驚愕に変わる。一閃を受け止めた黒い巨人の腕から黒い剣が現れていた。
それは、団長が得意とするマグヌス流剣術の技ではないのか。
なぜ、それを黒い巨人が扱える。
ガルダの頭が混乱していく、この黒い巨人は人間の技ぐらいどうということはないのか。
「ぐあ!」
弾き飛ばされ、宙を舞う。すぐさま受身を取り黒い巨人に向き直る。
これでは、時間を稼げない。
単純に力の差が大きすぎる。まだ死んでいないのは黒い巨人が様子見をしているからだろう。
もう一度仕掛けた。防御を行わせるだけでも時間は稼げている。
ガルダは黒い巨人の腕と足に狙いを定める。
それに合わせる様に黒い巨人が動いた瞬間。
黒い巨人が爆発と炎に包まれた。
「な!?」
「ガルダさん、今のうちです!」
「逃げなかったんですか。まったく、みなさん一回くらい私の指示を聞いてほしいですね!」
アズラの術式が黒い巨人に直撃し、黒い巨人の動きが止まった瞬間をついて足の間接部の隙間に剣をねじ込んだ。
黒い巨人が膝を突き地面に手をつく。
「走ってください!」
ガルダの指示で一斉に逃げ出すセトたち、
森を駆け抜け、姿を晦ましていく。
時間稼ぎと撤退の両方に成功した。
ガルダは、一安心するも、まだ油断できないと追跡が困難になるように動いていく。
それでも、なぜいきなりうまくことが運んだのか不思議に思った。
そんな顔をしていると、団長たちを助けに飛び出していったバカの声が聞こえてきた。幻聴か。
「うまくいったね。ガルダありがとう」
「・・・」
「やだなー、死んでないよ。ピンピンしてるし、ほら、ヴィド爺も無事だよ」
「ガルダ、心配をかけたの。すまんかった」
「いろいろ聞きたいことはありますが、とりあえず後にしましょう」
ガルダの顔に笑みが戻ってくる。
ハンサはヴィドフニルの救出に成功していたようだ。
そして、援護するチャンスを窺っていたと。
実は、セトたちは逃げずにずっと黒い巨人に術式を叩き込むべくチャンスを待っていた。
セトたちは、指示を聞かず戦おうとしていた。風の団のみんなを助けに来たんだと。
一緒に戦おうとしたところ、黒い巨人に見つからないよう回り込んできたハンサとヴィドフニルと合流したというわけだ。
ヴィドフニルの情報により黒いモヤには、対象を侵食する特性があり魔力で消滅することがわかった。
そこである作戦を立てる。
ガルダの攻撃により黒いモヤが動き薄くなる箇所が出るのを待つ。
薄い箇所が現れたら、魔力の高いアズラの魔力をぶつけ黒いモヤを消滅させ。
ハンサとセレネの火の術式で攻撃と目晦ましを同時に行う。
といったものだ。
即興の作戦だったが、ガルダの意地とハンサの指揮で成功した。
ガルダに自分たちが助かっていることすぐに伝えれなかったが、状況が状況だったのでしかたがない。
救助した赤毛の少女はセトに連れられて走っているが、衰弱しているようにも見える。
どこかで休んだ方がいいだろう。黒い巨人は追ってきていないようだ。
いきなり、ギュッン! と空気が圧縮される音が響いた。空を引き裂く音がセトたちに聞こえる。
「黒い巨人が来るぞ! 急ぐのじゃ!」
ヴィドフニルが注意を促す。
ハンサたちはまだ見ていないが、黒い巨人は空を飛べる。それは逃げる側にとっては圧倒的に不利な条件だ。
ハンサは考えを巡らす。ようは、あの黒い巨人が追っ手来れなくなればいい、そのためにはどうすればいいか。
隠れるか、いや目の届く位置で隠れても時間の問題だろう。隠れるなら目の届かない場所へ。
「ハンサさん、遺跡の中に隠れたらどうでしょうか」
「それだ! セトちゃん頭いい」
セトの提案を受け、遺跡に向かう。
空を引き裂く音が近くなってきた。セトたちは森の中を走っているのにどうやって捕捉しているのか、
ここから一番近い遺跡の入り口は、破壊されてしまっている。もう一つの方に向かうしかないが、
こっちは入るといきなり第二層からだ、特別指定個体のメアと遭遇するかもしれない。
危険度はどちらがマシか、黒い巨人と特別指定個体メア、両者ともセトたちでは倒せない相手。
遺跡から出てこないメアのほうがまだマシだろう。
セトたちは、ハンサの案内で遺跡に急ぐ。森の木々が揺れる音が響き始めた。
セトたちの真上が暗くなる。
黒い巨人に追いつかれた。
「セレネ、水と火いくわよ」
「はい!」
アズラとセレネが息を合わせて術式を唱える、大量の水と高温のエネルギーを合わせる。
高温のエネルギーを与えられた水が一瞬だけ膨張したように見えた直後、水蒸気爆発が上空で発生した。
頭上が白い煙で覆われる。粉々に散らばった水が雨のように降り注いだ。
セトたちを水の術式で守りながら、空の様子を確認する。
黒い巨人は健在だった。アズラも倒せるとは思っていない。
だが、爆発から逃れるため黒いモヤで体を覆い速度が落ちた。
これで、そう簡単には近づけないだろう。
遺跡の入り口が見えてきた。後少し。
こちらの意図に気づいたのか黒い巨人が、一気に迫ってきた。
アズラとセレネが術式で妨害しようする。
だが、黒い巨人がその黒いモヤを二人にぶつけ、術式の展開を妨害した。
「くっ、こいつ」
こちらが用いた手を使われた。どんなにいい手もこの巨人には二度も通用しない。
ガルダとヴィドフニルが遺跡に到着した、先に遺跡内に入っていく。
ハンサが遺跡前に立ちセトたちを待つ。
赤毛の少女を連れているセトが遅れている。
少女が足を引きずり始めていた。体力の限界がきているのか、このままでは逃げ切れない。
アズラとセレネがセトと少女を支える。
ハンサは術式による援護攻撃を行うも、黒い巨人にはまるで効いていない。
黒い巨人の手が伸びる。
セトと赤毛の少女を捕まえようと腕を伸ばした。
そのとき、
白銀に輝く一閃が黒い巨人の腕を弾き飛ばした。両断は出来ずとも巨人の腕にヒビが入る。
黒い巨人は、防御姿勢になり距離を取ろうと後ろに下がった。
初めて巨人に警戒の色が見えた。
セトたちと黒い巨人の間に、3人の男が立っている。
全員ボロボロで、鎧も剣も砕けて折れているが、心は意思は折れていないとその姿が示していた。
砕けた武具からは、想像を絶する戦いがあっただろうことが容易に感じ取れた。
絶望的な力の差を意思の力だけで埋め合わせた3人。
ハンサは泣きそうな表情でその3人を見た。
セトたちも当たり前だ負けるはずがないとその3人を見る。
風の団のバティル、カイム、ジズが黒い巨人を止めた。
「間に合ったみてえだな。セト!! 走れ!! その子を守りきるんだ!!」
バティルの声に突き動かされ、セトは足に力を込める。
バティルに任された、なら後はやるだけだ。
黒い巨人は逃走を阻止しようとするもバティルたちに阻まれ動けないでいる。
「__ッ___ッ___!!」
黒い巨人が怒りの声を出した。人の言葉ではないその声は耳に触る不快感を感じさせる。
ギュッン! と宙に浮かび一気に空から赤毛の少女を手にしようとする。
「そうくると思ってたぞ!!」
バティルの合図でカイムとジズが黒い巨人に目掛けて、上段による剣撃を放つ。
魔力で構成した速度の乗った剣先で、黒いモヤを切裂いていく。
少女に狙いを定めた黒い巨人はそれを無視する。多少のダメージは仕方がないとそのまま突っ込む。
そこに、切裂かれて僅かに開いた隙間に白銀に輝く強烈な突きをバティルが刺し込んだ。
あまりの威力に、黒い巨人が吹っ飛び木々を薙ぎ倒して倒れる。
黒い巨人の甲殻を貫き胴体に穴を空けた。
凄まじい威力。
セトたちはその隙に遺跡の中へと滑り込んでいった。
今回から5000文字ぐらいで一話を構成していきます。
ちょっとだけ短いかもしれません