第六話 鉄と脅威と
セトとセレネは、ジグラットより初めての仕事を引き受けた。
それは、名実共に、一人の大人として生きていくことを意味している。
二人には、まだその実感が薄いのかもしれない。
今までしたことのないものに挑戦する。そんな感じだろうか。
そう思っていたとしても、現実はしっかりと現状を認識させてくれた。
セトは首を傾げる。あれ? 一緒に仕事に行く護衛さんがいない。
外で待っていると聞かされたが聞き違いだったろうか。
護衛の代わりにハンサが、ここにいるぞーと手を振りピョンピョンと跳ねている。
豊満な丘が跳ねるたびに揺れていた。
セトはそれを無視する。あれは罠だ。
ハンサが来たということは、迎えに来たということだろう。
セトは、ハンサに話かけたらそのまま連れて行かれる気がした。
セトとセレネは、これから仕事の挨拶や打ち合わせがあるのだ。
ハンサには悪いが少し待っててもらおうとセトは考える。
「セト君、あれ・・・」
「ん? 護衛の人が見当たらないね。先に行っちゃったのかな」
「護衛はたぶん・・・」
「セトちゃん! なんで無視するの? あたしなんかした? あ、いっぱいしてる・・・」
無視という孤独に耐えられず、ハンサが走り寄って来た。
ちょっとショックを受けている。ハンサは傷付きやすい心の持ち主のようだ。
「すいませんハンサさん、少し待っててもらえますか。仕事を一緒にする護衛の人と挨拶をしてくるので」
「フッフッフ、セトちゃんその必要はないよ。なぜなら、その護衛とはこのあたしですから!」
(うん、知ってたです)
「ワー」
「ははは・・・、そんな感じがしてました」
「う・・・、もうちょっと喜んでほしかった」
ハンサの信頼度は低いようだ。人の信頼度は第一印象で半分ほど、
次の行動でほぼ決まるだろう。残念だがハンサは3回連続で悪い印象をセトとアズラに与えてしまった。
悪い人ではないのに、何がいけないのか。酒癖か。
まだ、セレネは直接ハンサの酒癖の悪さを見てはいない。
先日の宿での騒ぎのときはアズラに置いていかれ、宿の女将さんとお茶をしながら待つはめになった。
そこが信頼を取り戻すチャンスとなるだろう。
「とりあえず、宿に戻ろっか。団長から話もあると思うし」
「それにしても、護衛がハンサさんとは、世間は狭いですね」
「いや、実はね、あたしたち以外手が空いていなかったのよ」
簡単な話だ。町にいた傭兵は治安維持や魔獣討伐で出払っていて、
最近、町に来た風の団に護衛依頼の白羽の矢が飛んだということだ。
町としてもこの事態は早めにけりをつけたいということだろう。
宿に戻り広間に入ると、風の団が勢揃いしていた。アズラもいる。
セトとセレネが今回の話の主役だ。団長バティルの真正面に二人は座る。
バティルを挟むように右側に副団長のカイム、左側にアズラが座っていた。
「まずは、二人ともおめでとう。お前達はこれで大人の仲間入りを果たしたわけだ。そして、これから俺達と一緒に
仕事をする。つまりパートナーだ。今まで見たいに子ども扱いしないから覚悟しとけ」
「はい、バティルさん」
「わかりました」
セトとセレネはそれぞれ返事をする。バティルはその意思を確認し仕事の話を開始した。
仕事内容は、東マルアフ・ノフェル遺跡群森林区、通称東の森にある遺跡調査となる。
遺跡内部にて、魔獣の生態系を乱す原因を確認できればそれを報告するものだ。
「なぜ報告だけかっていうと、森に生息する魔獣を凌駕する化物がその正体の可能性もあるからだ。
東の森には、大型昆虫種の魔獣が多い。ギム・ゼントなどがいい例だな。それを上回るんだ正体も分からず
挑むのは馬鹿のやることだ」
「ほかにも、理由があるのですが。マルアフ・ノフェル遺跡には遺跡固有種ともいえる魔獣が生息している。
アハットと呼ばれる非常に危険な個体で、鉱物に覆われた体を持っているのが特徴となっている。
剣や弓での討伐はまず不可能と思われるだろう。特別指定個体であるメアも生息している。出会ったら必ず逃げるように」
副長カイムが補足説明を入れる。現在の東の森は、魔獣の生態系が崩れ非常に危険な状態。
また、遺跡内部も遺跡固有種の存在がネックのようだ。
話の中にあった特別指定個体とは、討伐が困難な魔獣に指定される処置だ。
魔獣はその危険度で、討伐対象個体、特別指定個体、絶対隔離個体の三段階となっている。
討伐対象個体は、対象周囲の人間に被害発生するレベル。
ギム・ゼントが討伐対象個体だ。
特別指定個体は、通常討伐が困難で、対象周囲の人間に避難を要求するレベル。
絶対隔離個体、これは対象に人類が接触してはならないレベルだ。
基本的には魔獣と接触しないことが前提で、魔獣の方から来る場合に討伐対象とするルールとなっている。
「そこでだ、調査に行くメンバーは術式使いメインで構成する。ハンサを筆頭にアズラとセレネ、後、セトとガルダだ。
術式で足止めし、可能なら撃退する算段だ。セトとガルダはハンサたちの護衛が仕事だ」
「僕が護衛ですか?」
「当たり前だ! 嬢ちゃんたちを盾にする気か!」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりは」
「まぁ、お前が盾役で出てくることはないさ。そんときは、ハンサとガルダは死んでるからな」
「・・・!」
そう、もう守られるだけではない。自分から守っていかなければいけない。
与えられて当然、守られて当然と思っている者は、いざという時何も出来ずすべてを失う。
守りたいものは自分で守るのが当然だ。
打ち合わせは進んでいく、魔獣の種類から攻撃手段と弱点。
簡易的な地図も用意される。町や森の大まかな位置と主要道路が分かる程度のもの。
それを見ながら目的地の確認が行われる。
「我々、遺跡調査メンバー以外は、樹海調査に向かった者達と合流し依頼を引き継ぐ手筈となっている。
主に、樹海の外に行こうとする魔獣の討伐となるだろう」
「内容の確認は以上だな。特に質問がなければ終了だ。開始は明日明朝、寝坊するなよ」
「「おう!!」」
風の団メンバーの力強い返事が木霊する。
セトたち遺跡調査チームとバティルたち樹海調査チームで依頼をこなす。
セトたちにとって初めての仕事の打ち合わせが終了した。
今日はもう遅いのでセトたちはそのまま就寝する。
ほかのみなが寝静まった部屋で、アズラは今日のことを振り返っていた。
洗礼名が授かれなかった自分、足手まといになった自分。
そんな、自分が仕事を貰い成功させるためにみんなと一緒に頑張っている。
アクリ村では考えられなかったことだ。
村でも仕事は貰っていたが、誰かの分を譲ってもらったのが殆どだった。
アズラはそれがとても心苦しかった。村のみんなには感謝してもしきれない。
それだけ世話になった。だけど、アズラは、彼女は、一つも返すことができない。
せめてセトの世話だけはと、意地になって家事をこなした。
でも、それも元々は母の仕事だった。セトは毎日のように感謝と尊敬を返してくれた。
それが生きる理由になっていた。でも心苦しかった。いずれ離れ離れになると思っていたから。
でも、今日からは違う。セトが側にいる。
一緒に仕事をする仲間もいる。自分の役割があり、目指す目的がある。
居場所を手に入れたと思えた。仕事が終わったらみんなと別れるのが辛いが、
それは、手に入れたものが大きい証だった。
アズラは、手に入れたものの大きさを確かめ眠りに付いた。
----------
翌日、セトたちは、バティルたち樹海調査チームと別れて、遺跡方面へと向かう。
マルアフ・ノフェル遺跡。
ラガシュから東南方向に広がる東マルアフ・ノフェル遺跡群森林区。
その森に飲み込まれている遺跡がマルアフ・ノフェル遺跡だ。
はるか昔に滅んだ先史文明期の遺跡とされている。現代の技術体系は、魔力のコントロールを
基礎に発展しているが、先史文明は大きく異なり、魔力を利用した技術が確認されていない。
先史文明期には魔力がなかったのか、それとも扱えなかったのか。
今では当時のことを知るすべはない。
遺跡があるこの辺りは、森がそれほど深くはない。
10mほどの木々が生い茂り、太陽の光が遺跡全体を明るく照らしていた。
アクリ村の森とは異なり、木の幹に絡みつくツタが少なく、地面を覆いつくす草が印象的だ。
セトたち遺跡調査チームは、草を掻き分けながら進んでいく。
遺跡が見えてきた。遺跡はその大部分が地面に埋まってしまっているようだ。
地面から生えるように、筒状の大きな構造物が何箇所か飛び出している。
塔にも見えるが、塔にしては短い、5mくらいの高さ。
明らかに人工物と分かる黒い金属の外装、何枚もの板を重ねて建造されている。
長い年月で植物やコケが張り付いているが、外装は劣化していないようだ。
入り口は飛び出している構造物の一つに、ポッカリと穴を開けていた。
暗い地面のそこに連れて行こうとしているような、不気味な雰囲気を醸し出している。
ガルダが周囲を警戒しつつ、先行して内部の様子を確認しに行った。
ハンサは遺跡内での行動、陣形の確認をセトたちと行う。
遊びではない間違えば命を落とす仕事。ミスは許されない。
しばらくすると先行していたガルダが戻ってくるのが見えた。
「んじゃ、行きますか」
念入りに確認を済ませたハンサが入り口に向かって歩き出す。
ガルダの報告は、異常なし。条件はクリアされた。
セトたちは遺跡の内部へと入っていく。
薄暗く冷たい空気が漂う。
入り口より下層の内部に入ると、ほぼ一本道の通路が目に入ってきた。
どこまでも続きそうな一本の道。天井と床から淡い青色の光が明滅して道を照らしている。
ちょうど3人並んで歩けるほどの横幅があり、床の光は道案内をしているように、点滅を繰り返す。
内部も外と同じ素材で出来ているのだろう、硬い印象を受ける。
色は灰色ベースとしているが、所々白い長方形の部分がある。それが横壁に3m置きで並んでいた。
全体的に曲線の物体がなく直線の物が多い。
まるで、別の世界に迷い込んでしまったような風景、セトたちの足音がカツカツと遺跡内に響く。
「打ち合わせ通りに、まずは第一層を調べるからね」
ハンサの声色がいつもと異なる。目は真剣そのものだ。
ガルダを先頭に術式使いのアズラ、セレネを中央、セトとハンサが後方となる陣形で進む。
遺跡調査チームのリーダーはハンサだ。術式を主体としたチームで最も術式に精通しており、
集団戦を得意としている。もっとも、ハンサ以外は術式を覚えたてのため、補助の役割に徹する。
ガルダが敵を引き付け、ハンサたち術式使いが攻撃、セトがその間の護衛だ。
60から70mほど歩くと曲がり角が出てきた。、
ガルダが曲がり角の先を確認する。ガルダの手が上がった。チームの足が止まる。
「アハット3体を確認しました。ハンサ姉さんどうします」
「無理に戦う必要はないわね、どう避けて通れそう?」
「いけます。ちょっと追い払う必要がありますが」
そう言うと、ガルダがアハットのいる方に飛び出していってしまう。
「大丈夫なんですか?」
「へーきへーき、すぐに戻ってくるよ」
セレネが心配するが、ハンサがいつものことだと安心させる。
少しすると、何事もなかったように戻ってきた。
曲がり角の先には、ガルダを見失いキョロキョロとしているアハットたちがいた。
セトたちと反対方向を向いて探している。ガルダは、魔獣を誘い出すのに長けている。
誘い出せるということは、追い払う方法も熟知しているということだ。
ガルダが遺跡調査チームにいる意味も分かるだろう。
セトは、ゆっくりとアハットたちの後ろを進んでいく。
見た目では、昆虫型魔獣と対して変わらないように思えるが、まったく異なる種だ。
全身が真っ黒で、腹に6本足がついており、顔は角のように尖っていた。
遺跡の外装と同じ素材で出来た甲殻を持っている。
昆虫型魔獣と異なるのは、その身体構成物質だ。
たんぱく質などの有機物ではなく、金属を中心とした無機物で構成されている。
だが、作り物というには精密過ぎ、成長と繁殖も確認されている。
鉱物を主食としており、摂取した鉱物で甲殻が変化する、遺跡の壁を食べているのだろう。
金属でできた魔獣なので、ばらして町に持って行けば高値で売れる。
魔獣に食べられているのに遺跡が傷まないのは諸説あり、
遺跡自体が修復能力を備えている。
魔獣と共生関係にあり、食べているのではなく壊れた箇所を直しているなどさまざまだ。
謎の多い魔獣をおいて、今のうちに、先へ、より奥に進んでいく。
第一層は、ガルダのおかげで、魔獣と戦わずに通過できた。ほとんど一本道で、
ときどき小部屋のような横穴が開いているが、アハットの巣となっているので素通りした。
いつしか、チーム内に余裕が生まれ、話し声が聞こえ始めた。
ハンサとガルダは最初とさほど変わらないが、みんなの緊張をほぐそうと積極的に話していた。
「そしたらね、ガルダのヤツ、いきなりあたしに好きだーっていってさ」
「ハンサ姉さん、その話やめません?」
「「それからどうなったんですか!」」
ハンサの話にアズラとセレネが食いついて離れない。
話のネタとされているガルダは、黒歴史を掘り返されたのか苦笑いしている。
頭から湯気が出ているようだ。
セトは、ハンサたちの楽しそうな会話を後ろから歩いて聞いていた。
いつか、風の団のような傭兵団を持ちたい、最近そんな風に考えることが多くなった。
憧れから来ているのだろう。
今のハンサたちみたいに楽しくやっていける傭兵団。
そんな居場所が出来たらすごくいいなと考えていた。
だが、傭兵とは、雇われて戦争に行く者たちのことだ。
セトは、風の団のいいところしか、まだ見ていない。
彼らはカラグヴァナ王国で腕を磨いたと聞いた。カラグヴァナ王国は紛争の絶えない国だ。
傭兵として腕を上げるにはもってこいだろう。セトは人を殺すことについてどう考えるだろうか。
やはり、悪いことだというだろうか。
まだ、セトは物事の裏側まで見てはいない。今は考えることもないだろう。
けれども、傭兵の仕事がそうだとしてもハンサたちはいい人に違いない。
今はそれだけで十分だった。
第二層に到着した。
一層目とは、風景が様変わりする。非常に広大な空間が姿を現した。
とてつもなく広い、小さい町ならスッポリと入ってしまいそうだ
アハットの巣の中心、空間の中心に鉄骨を組み合わせコロニーを形成していた。
鉄骨の周りに、板を何層にも重ねて花びらのようにコロニー全体を補強している。
鉄骨の先端が赤く光を出し点滅し、巣全体を赤い点で埋め尽くして薄暗い遺跡の中を赤く照らす。
アハットたちは、巣を大きくしようと鉄を集めているようだ。
鉄塊を一体どうすればあんなグニャグニャにできるのか、やはりアハットの生態は謎が多い。
ガルダの手が上がり、セトたちを伏せさせる。
彼がある一点を指差した。ハンサの表情が曇る。
「最悪ね・・・、見える? あれがメアよ」
魔獣メア。
マルアフ・ノフェル遺跡内に生息する、特別指定個体。討伐が困難といわれる強力な魔獣。
外見の雰囲気はアハットに似ている。全身が真っ黒で上半身は人の形をしているが足が四つあり、
それは人と甲殻類を合わせたシルエットをしている。赤く光る一つ目をギョロギョロと動かし警戒しているようだ。
メアも金属を中心とした無機物で構成されていると言われている。というのは、撃破事例がほぼなく、
サンプルもないため、外見よりアハットに近い種なのではと考えられているからだ。
そのメアが巣の中心を歩いている。
ハンサは遠回りしつつ、第二層の深部を目指す決断をする。
東の森の騒動が発生したとき、真っ先に疑われたのがメアだ。
森の魔獣たちを駆逐し生態系を破壊できる。特別指定個体はそれだけ危険な存在だ。
疑いが晴れたのは、メアが遺跡の外に出た形跡がないことだった。
それはそれで問題になり、セトたち遺跡調査チームと、バティルたち樹海調査チームがこうして調査することになった。
巣のある広い空間の隅っこに、壁の亀裂からできた通路がある。そこを通っていく。
足場が悪く、裂けた金属の壁が凶器となっていた。
「セト、セレネ、気をつけて進んで」
「うん、アズ姉も」
「は、はい」
亀裂に足をかけてよじ登っていく。いつも通り、ガルダが先に上り安全を確かめる。
次に、アズラとセレネが登っていく。ハンサが最後だ。
セトの上をセレネが登っているが、こういうことに慣れていないのか足元が覚束ない。
「セレネ、下は僕がいるから安心して登って」
(セトはやさしいな)
「はい、ありがとうです、セト」
「・・・」
アズラは、この会話を何事もなく聞いていたが、何故か胸にズキと来る違和感があった。
なんだろう、変なものでも食べたかなと考える。
いや、違う。
セレネを心配して顔を上げたセトがあるものを発見してしまった。
それを感じ取ったせいだろう。
見上げるとセレネのかわいい小さな桃が、がんばって登っているのだ。男の子なら感激だろう。
アズラは無言でセトのケツを殴った。
「いて、ムギュ・・・」
「キャァアァアアァァ!」
「グ!! ギュム・・・」
「!? な、何!? どしたの?」
セレネの悲鳴と強力な足蹴りがセトの顔面にヒットする。
ハンサが慌てて状況を聞く。殴ったときにセトがセレネの桃に突っ込んだだけだ。
「馬鹿なことしてないで早く登って。心配して損したじゃない」
ハンサが少し怒っている。アズラがシュンとしている。ハンサが念のためメアの様子を確認する。
いない消えた。
ズゥゥゥゥゥウウゥッゥンンッッ!! とメアがハンサの目の前に着地した。
2m以上はある大きな黒い巨体が、赤く光る一つ目でハンサを見下ろしている。
ようこそ我が家へといいたげにハンサに腕を向けていく。
さっき馬鹿をやったせいで気づかれたようだ。
ハンサの髪の毛が逆立ち、顔が驚愕で固まる、本能が警告を脳内で鳴り響かせ魔力を一瞬で全開にした。
「撤退ッ!! 今すぐ撤退ッッッ!! バカバカバカバカッセトちゃんのバカーーーッッ!!」
考えるよりも速く逃走を開始する。
術式で瓦礫から鉄の壁を作り出しメアの行く手を阻むように展開する。
同時にセトたちを風で無理やり壁の亀裂に放り込んだ。
ガガガガッッガガガッ! とメアの腕から放たれた火の飛礫が、
鉄の壁をさも柔らかい豆腐のように穴だらけにしていく。
間一髪でハンサも亀裂に滑り込む。
亀裂の隙間からメアの腕が伸びてきた。あの巨体では隙間を通れないようだ。
ハンサは来るな! と神に祈る。壁に体を押し付けギリギリでやり過ごす。
メアの腕の先端がハンサの胸に当たる。
ハンサは胸がデカイことを生まれて初めて後悔した。腕のもう一つの先端は火の飛礫を吐き出すところだ。
そこに当たらないことを願う。
腕が引っ込んだ諦めたか。
ドガゴォォ!と亀裂に衝撃が走る。突っ込んできた。亀裂が大きくなりメアの上半身が半分ほど見える。
「ヒィイィィィィイィイッ!?」
ハンサは悲鳴を上げながら、術式で瓦礫を浮かせてメアが埋もれるまで叩き込む。
メアが見えなくなったらところで全力で逃げた。
第二層の亀裂からできた通路で、お尻が好きかと怒号が飛ぶ。
「セトちゃんッ! そんなにお尻が好きだったのッ!? 仕事終わるまで待てなかった?」
「うう・・・、ごめんなさい」
「ハンサさん、セトは悪くないんです。私が・・・」
「アズラちゃんは黙ってて! セトちゃんは今ちゃんと怒らないとダメだからね。
そもそもお尻を見なければ、アズラちゃんが怒ることもなかったよね」
「はい、その通りです・・・」
(なんかごめんね セト・・・、ぼくがしっかりしていれば・・・)
ハンサの必死の形相から先ほどがどれだけ危険だったか分かるだろう。
お尻が好きかとしか聞いていないが。
特別指定個体と何の準備もなしに遭遇するのは自殺行為だ。
今回の仕事では、魔獣メアに遭遇しないことを念頭に行動している。
しかし、メアに捕捉されてしまった。もう自由に遺跡内を動けないだろう。
セトへの叱責が収まったところで、そのことを考慮してかガルダが提案する。
「ハンサ姉さん、ここは一旦引きましょう。自分たちだけならともかく、セトさんたちがいます。危険です」
「うーん、そうね。わかったわ。一旦外に出ましょう。第二層に行く道はほかにもあるから安心して」
ハンサがまだ仕事は失敗していないとチームを励ます。
彼女はどんな状況でも明るい性格のままだ。落ち込んでいても、大変なときでもハンサは自分を見失わない。
酒癖が問題で拗ねていた? 気のせいだ。
セトたちは足早に出口を目指す。内壁が裂けて出来たこの通路は、足場が非常に悪い。
まるで血管のように管が大量に伸びており、その上を歩いていく。
気温が低いのか息が白くなる。
管の中に表面が異常に冷たいものが混じっている。一体何が流れているのか。
しばらく行くと、人ひとりがはってやっと通れる通路に出た。
ハンサによると出口はこの先のようだ。
通路かどうかは怪しかったが、出口を目指して進む。男たちは先頭だ。
出口が見えてきた、道の先に外の光が見える。
チームに安堵の表情が広がった。もうメアに怯える必要はない。
ガルダが先に出て安全の確認を行う。
OKの合図が出た。
そのときだった。
セトは最初自分が震えているのかと思った。だが、その考えを裏切り振動は大きくなる。
遺跡全体が震えているような感覚。
セト以外の者も振動を警戒し動きを止める。
十秒ほどで振動が止まった。
地震かとハンサは判断する。出口に進むようセトを促す。
直後、激しい衝撃と閃光が出口より入り込んできた。
セトたちは、思わず手で顔を覆う。
「ガルダ!!」
ハンサがガルダの名を叫ぶが、返事は聞こえない。いや衝撃音で自分の叫んだ声すらも聞こえなかった。
いきなり浮遊感がセトたちの全身を包む。
これは、
落ちている。
衝撃で通路が空を見上げていた。
通路が傾き地面へと突き刺る。
中でモミクチャにされたセトたちはそのまま外に放り出された。
「っーーッ、セトちゃん! アズラちゃん! セレネちゃん! 無事!!」
「い、痛っー、う、うん、大丈夫」
「はい、なんとか」
「ぼくも大丈夫です」
「一体何が・・・」
ハンサが遺跡を見る。そこには、黒い外装が砕け、何かが直撃したと思しき部分は赤黒く溶けて溶解していた。
どれほどのエネルギーがそこにぶつかったのか、マグマのように金属が煮えたぎっている。
火の術式を用いてもこの威力を出すには、国家レベルの準備が必要だ。
第一層は完全に崩壊しているだろう。
遺跡を破壊できるほどの力、それを誰かが放った。
「ハンサさん! ガルダさんが!」
「ッ!? 容体は!」
「ぐッ・・・、全身打撲と腕に中度の火傷・・・」
ガルダは自分でケガの状態を説明する。あの破壊の中をどう生き残ったのか。
彼はその危機回避能力の高さを生かして、破壊と熱波の嵐を潜り抜けたのだ。
ハンサはすぐさま治療を開始する。高位術式三導系の一つ、癒呪の術式で傷の手当を行う。
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・キドゥーシュ・オーバーライド・ハイーム・エリアコード・B」
ハンサの魔力がガルダに流れ込み、傷を負った部分を覆っていく。
すると、見る見るうちにケガが塞がり綺麗な肌に戻っていった。
ガルダは腕の感触を確かめ、完治を確認する。
ドドッ! ズゥゥゥゥウン! と森の方から地響きが伝わってくる。
まだ脅威は去っていない。
ハンサは嫌な予感が頭をよぎった。
遺跡の破壊痕と地響きの方向、これは樹海がある方向だ。
まさかと、ハンサは事態を理解していく。
樹海には誰が向かった。この森には何がいる。
「団長!! みんな!!」
「ハンサ姉さん!! そっちはダメです!!」
ハンサが地響きの方に向かって走り出す。
ガルダも思わず追いかけてしまった。
それを見たアズラが、
「セト、セレネ行くよ。バティルさんたちが危ない!」
アズラの呼びかけに応え、セトとセレネが強く頷く。
風の団のみんなを助けなければ。