第五話 新しい力それは戦う力
セトは洗礼の儀を終え、洗礼名ルサンチマンを授かった。
セト・ルサンチマン・アプフェル。
これが、セトの新しい名前だ。
セトは無事に成人を迎えられたことに安堵した。
祭壇に階級が現れなかったが、そういうこともあるのだろう。
アズラが目元に涙を浮かべて喜んでいる。
まるで自分のことのように喜び、セトはちょっと恥ずかしく思う。
でも、それ以上にセトは嬉しかった。これで姉を助けてあげられると。
今までの助けになれないもどかしさが無くなっていく。
アズラが喜びの余りセトに抱きついてしまった。
セトはびっくりするも、今日くらいは思いっきり喜んでもいいだろうと。
一緒になって喜ぶ。
「アズ姉! 僕やったよ、ルサンチマン! 今日から、セト・ルサンチマン・アプフェルだ!」
「うん! うんッ!!」
二人の喜びように、どうしていいか分からず、セレネはフンフンしていたが、
アズラが抱きついたものだから、ハワハワしだした。
セトとアズラは彼女のことを忘れている。
「コホン! よろしいかな?」
神官ハインリヒの呼びかけで、我に返るセトとアズラ。
アズラは自分が抱きついていたことに気づき、セトを押しのける。もちろん顔は真っ赤だ。
「セレネ、セト、君たちは無事に主アイン・ソフとの契約を結んだ。
これからは、その契約に基づき、神託を聞きそれを行う必要がある」
「「はい」」
「ここディユング帝国では、神託の内容は国策の中に含まれており、
我ら臣民はそれをこなすことで、契約を果たす事ができる。わかったかな?」
「はい」
「あの・・・、帝国臣民以外の人はどうするのでしょうか?」
セレネが疑問を問いかけた、確かにツァラトゥストラ教は帝国以外にも信者がいる。
そのもの達はどうするのかと。
「いいところに気づいたね。帝国以外の国々の教徒は、ジグラットから都度、神託を受けることとなっている。
教徒の住む国が神託をこなしたか管理してないので、我々ジグラットの者が管理しているのだよ。
帝国がいかに我らが主の教えを重視してくれているか分かるであろう」
「はい、ありがとうございます」
「では、神託を告げるとしよう。神託は脅威の排除と理解の進展である。
この内容は、敵対者の無力化ならびに排除、そして、帝国とツァラトゥストラ教の使者として、
各国と友好を深めることとなる。無論、これらの対象と生じる権利はこちらで用意する。
君たちは出された指示に従い行動をすればよい。」
「魔獣退治をしながら、王様や領主様に会えばいいのでしょうか?」
「概ねその理解で正しい。詳しいことは後日改めて連絡しよう。
その時に、多少の文武の研修を受けてもらう。その結果で仕事内容が決まるので準備しておくように」
「「はい」」
やはり研修はあるのかと、セトはがっかりする。セトは勉強が嫌いだ。
アズラから聞いてはいたが、いざ言われるとがっかり感が増す。
今日のところは、ジグラットでの用事は済んだので、風の団のみんなに会いに行くこととなる。
ジグラットを出ると、日はすっかり落ちていた。
セトたちは宿に戻ることにする。バティルたちも宿にいるだろう。
「あ、あの、今日はお疲れ様でした。」
戻ろうとするセトたちにセレネが声を掛ける。
「こちらこそお疲れ様でした。いや、おめでとうございますかな」
「! そ、そうですね。おめでとうございます。あの、居住区に向かうのなら一緒に行きませんか」
「うん、そうだね。もう遅いし」
「あ、ありがとうございます」
セレネも一緒に居住区にある宿へ向かって歩き出す。
夜のラガシュは、大通りは街灯が灯っており、道を照らし出しているが、
裏路地などは、闇の入り口のように見える。
ラガシュは治安の良い方だが、それでも犯罪は発生する。特に夜は危険だ。
セレネも一人で行くのは、不安だったので声を掛けた。
人と話すのが苦手なセレネであったが、セトたちの人当たりの良さのおかげで、
徐々に緊張がほぐれてきようだ。
「あらためまして、セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレです。えへへ、ぼくも今日から成人です」
「こっちも、あらためまして、セト・ルサンチマン・アプフェルです。同じ日に成人になった者同士よろしく」
「はい! よろしくです」
「わたしは、アズラ、セトのお姉さんよ」
(わわわッッ、やっぱり美人さんです。あれ?お姉さん?てっきり恋人かと)
「よ、よろしくです」
「セレネさんは、どこから来たの?この町の人?」
「え! えっと、ヴィーホットていう町から来ました。あと、ぼくのことはセレネでいいですよ」
「うん、じゃあ僕もセトでいいよ」
「はい! はっ!そういえば、セトの洗礼の儀すごかったです。いきなりルサンチマンを授けられるなんて驚きです。」
「いやぁ、僕にも何がなんだか分からないんだけど。儀式の途中で声が聞こえたと思ったら、全部終わっていたから。」
「声が聞こえたんですか?」
「セレネは聞こえなかったの」
(やっぱり、すごい人なのかも)
「ぼ、ぼくは、祈るのに必死で」
「セト、体とかはなんともないの?」
「うん、大丈夫、うーん、気のせいだったかな」
声が聞こえたのは自分だけ、セトは勘違いだろうかと考える。
確かに聞こえた気がしたのだが。
(何かを止められた気がするんだけど・・・まあ、いいか)
確かめようがないことは考えない。セトは深く考えないことにした。
宿に到着した。風の団のみんなはもう休んでいるだろうか。
セレネは今から部屋を取るらしい。忘れていたようだ。
アワワとうろたえるセレネをアズラがフォローしている。
セトは部屋に荷物を置きにいった。
レンガと木で建てられた普通の宿だ。
お値段も普通となる。
客は一般人もいるが、傭兵が多い印象を受ける。東の森が関係しているのだろう。
町の治安維持と魔獣討伐に充てる人数が不足し、急遽、傭兵を雇ったと見るべきだ。
セトは部屋に荷物を置く、4人部屋のようだ。2段ベッドが二つ置いてある。
机と椅子は部屋の奥に一つだけポツンと置いてあった。
宿が混んでいると誰かほかの人が後二人ほど来ることになる。
できれば、アズラと二人がいいと思うセト。
知らない人と一緒よりは家族と同じ部屋がいいだろう。
広間から騒がしい声が聞こえてくる。早めにアズラの所に戻ろうと足を速める。
何やらセトたちの知っている声が聞こえた。
ガラっと扉が開く。
「ワハハハ、うぷ、ハンサちゃんは、一時撤退しすぐに戻るのだ」
「あ」
「キャーーーーーーー!! セトちゃーーん!! 寂しくて会いに来てくれたのーー」
「え、いや」
「だいすきよーーー!」
ムギュ!・・・と、セトはハンサに捕獲された。セトは無抵抗で連れられていく。
もう諦めているのだ。
それから、セトはこねくり回される。悲しいかな今回は止める人がいなかった。
カイムやヴィド爺は明日の準備だ。残りのメンバーはむしろ煽る方だろう。
セトにとっての地獄は始まったばかりだ。
見かたによっては、むしろ天国か?
「セト、遅いなぁ」
「そうですね。トイレですかね」
この日の夜、セトの悲鳴を聞いたアズラが、広間に突入したことにより、ハンサの暴走は止まるのだった。
どんな状態だったかは、彼女の名誉のため割愛しよう。
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夜が明けラガシュに活気が溢れてくる。
早朝から馬車に荷物を乗せて出発の準備をする行商人、飲食店は仕込みの準備をしている。
そんな心地よい朝から、セトたちは城門の外で風の団直伝の特訓を受けていた。
セトは模擬戦用の木刀を持ち、風の団団長のバティルと対峙していた。
木刀を握り締め、バティルに打ち込んでいくが、軽く受け流される。
もちろんバティルは本気ではない。バティルが本気ならセトは反撃どころか一撃で終わるだろう。
剣術の基本中の基本、剣の構え方、振り方から鍛え直していた。
「どうした! 腰が下がってるぞ。もっと力を入れろ!」
「はい!」
「剣は斜めに振るな! 左右の腕を同時に動かせ」
「はい!」
バティルは形から入るタイプだ。故に教え方もやらせてみて間違いを指摘していく方法を取っている。
初めは、注意されるばかりで嫌になるだろう。
だが、バティルからの指摘がなくなった瞬間、それは、剣の腕が上達したことを意味する。
その瞬間は、バティルからの確認がなくとも、やっている本人がすぐに気づく。
指摘されていたことのすべてが自分の体から出力されるからだ。
今も、ブン! ブン! と剣を振る音が、
ヒュン! と空を切る音に変わった。たった一回だが確実に変化した。
「! お?」
「よし! そのまま後100回は打ち込んで来い」
できたことは、忘れないうちに体に覚えこます。同じ動作を何度も繰り返す。
今日の特訓はいずれ、セトの強さの基礎となる。
アズラとセレネは、ハンサより術式の教えを受けていた。
結局、昨日はゴタゴタの後、セトとアズラにセレネとハンサで寝ることとなった。
ハンサは酔いつぶれていたので人畜無害となっていたが、会ったばかりのセレネと
一緒は少し気まずかったかもしれない。
彼女に罪はないのだが、アズラが必要以上に気を使ってしまっていた。
セトと同い年の女の子だからだろう。
アズラはもう少し気持ちに余裕を持つべきだろう。
セトはもう少し配慮をしよう。同い年の女の子がいるのに無反応で気絶するように寝てはいけない。
たとえハンサに何をされたとしても。
そんなこんなで、朝、バティルたちにジグラットの研修の話をしたところ、特訓をしてくれることになった。
セレネも一緒に参加だ。
ハンサが術式の説明をしようとしているが、
「では、術式の説明を・・・、アズラちゃんお願い睨まないで」
「何のことでしょうか。ハンサ先生」
「昨日はホントにごめんなさい。マジでごめんなさい。悪酔いが過ぎました。そう、あれはお酒が悪いんです。」
「では、禁酒ですね先生」
「うっ・・・、せめて1日一杯」
「・・・上半身」
「ワー! ワー! 禁酒!! 禁酒します。わたしいい子だから禁酒します。だからお願いゆるして・・・」
「・・・裸で」
「ホントだから! マジですから! 頼みます。アズラさん!!」
「・・・、フゥ・・・、まだ信用ならないけど、いいわ。許してあげます」
「ありがとう、アズラちゃん・・・う・・うう・・」
(アズラ先輩が怖いです・・・。先生泣いちゃいました)
ハンサのくだらないプライドは根元からポッキリ折れたようだ。
まずかに残った大人の面子を保とうと術式の説明を開始する。
「う、う・・、ひっく・・・、ま、まず、術式という物はね、ひっく、
スー、ハー・・・、
術式は、人や自然界に存在する魔力を用いて、自身の望む現象を得る技術のことをいってて。
そもそも、魔力というのは、この世界を構成する主要元素の一つと考えられているみたいで。
つまり、私たち人は、みんな魔力を持っているのです。」
「ほー」
術式は自身の魔力を用いて、世界構成に干渉する技術のことである。
自身の魔力はきっかけにすぎず、周囲の魔力構成を変換し無から水を出したり、
他者の魔力を治癒力に変換しケガを癒すことができる。
もちろん、周囲の魔力が少なければ自分の魔力を充てることで術を行使することになる。
セレネは関心して聞いているが、アズラはこの辺りの話はしっている。
術式の使用方法を知りたいのだが、基礎は大事なので復習がてら聞くことにした。
「世界を構成しているということは、空気にも地面にも、魔獣にさえ魔力はあって、
術式はその魔力に自分の魔力を干渉させて術を発動させるのです!」
「「おぉー」」
ハンサは得意げに右手に水の球を浮かべてみる。重力を無視する水がハンサの意思通りに漂っていた。
アズラもセレネも思わず声が出てしまう。
よく見ると、右手から光る白いスジが何本も束ねられ水の球へと集まっている。
魔力で水の球を浮かべているのだ。
「アズラちゃんとセレネちゃんには、基本となる四大系の術式の一つに挑戦してもらいます。
四大系というのは、土、火、水、風の4つの属性を扱う術式のことで、最も習得しやすい術式のことね」
「じゃあ、アズラちゃん。あたしの隣に来て。今の水の術式をやってもらうから」
術式の基本となる四大系の土、火、水、風の属性は、魔力の種類がその4つに属するのではなく、
元となる魔力が変化した系統を属性と呼ぶ。
魔力そのものは無属性ということだ。
属性は魔力の変化した種類だけあるので、細分化すると数百を超える。
よって、系統ごとにまとめて最も基本となる四大系、
高等系の癒呪、光、闇の三導系となる。
ハンサはアズラを自分の隣に立たせる。
その顔は、先ほどの情けない顔ではなく一人の戦士としての顔だった。
「まずは、自分の魔力に術式を使うという命令を出すの、コツは魔力を一点に集中させる感じ、
集中させたら、術式の発動命令を唱えるの。慣れない内は声に出して唱えるのがいいよ。
慣れたら、頭の中で発動命令を唱える。それじゃ、やってみようか。あたしに続けて唱えてみて」
ハンサの指示で、魔力を集中していく、体の中で一際輝く塊が生まれる。
体の中心でエネルギーの塊、太陽を抱え込んだ感じ。
それを惜しみなく使い切る命令を出す。
アズラの体を光る白いスジが纏う。
少しづつ収束し術式を唱える体制へと移る。
「「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・マイム・エリアコード・A」」
術式を唱えた瞬間、体の中心にあった魔力が腕を伝い、手の平に移動するのが分かった。
手の平から出てきた魔力が何もない所から水を生み出し、宙へと浮かべる。
ハンサはピンボールほどの水の球を波打たせることなく、ピタリと静止させている。
アズラのはサッカーボールほどに大きく膨らみ、水を球の形に維持するのが限界のようだ。
「・・・すごい、すごいよアズラちゃん、一発で成功だなんて」
「ハンサさん、これ全然おとなしくならないんですけど」
「指先で持てる分だけの水をイメージして、維持するんじゃなくて小さくする感じ」
サッカーボールほどのうねって暴れていた水がその体積を減らし、ピンボールほどの水の球となる。
まだピタリと静止はしないが、自然に水が宙に浮かぶ。
アズラは術式に成功した。
黙って見ていたセレネが拍手を送る。
「よし、次、セレネちゃんいってみよ」
「はい」
セレネも同じように、魔力を集中していく体を光る白いスジが纏っていく。
術式を唱える体制へと移りハンサに合わせて唱えていく。
「!?」
いきなりバシャッと水が弾けた。唱えたセレネは、ずぶ濡れになっている。
パチクリと目を瞬かせ、起きたことを確認していた。
失敗したようだ。
ハンサは飛んできた水さえも宙に浮かべてコントロールしている。
同じ術式でもここまで初心者と達人で差があるようだ。
「どんまい、どんまい、セレネちゃんも水の発生には成功しているから、後もう一息だよ」
(うう・・・、ビショビショです。)
「も、もう一度、挑戦します」
セレネは何度も挑戦するが、そのたびにずぶ濡れになっていく。
目頭に涙を浮かべながらも成功するまで諦める気はないようだ。
身に着けた衣服が水を吸って肌に張り付いている。
存在が確認できない丘を無理やり強調するようにそのラインを浮き彫りにした。
そんなセレネを見ていたハンサは、すでに3つも水の球をコントロールできているアズラに、
唐突に術式による水鉄砲を食らわせた。
「隙あり!」
「!?」
「フハハハ、油断大敵なのだ! おっとっ」
「きゃ!」
アズラも無言で反撃するが、ハンサに回避されセレネに命中する。
セレネはもうビッチョビッチョだ。
「もぉお! ぼくは頑張っているのに何するんですか!」
セレネは怒ったみたいだ。プンプンしているが可愛らしい。
3人による水かけ合戦が始まる。狙いは濡れていないハンサをずぶ濡れにすること。
アズラとセレネは共同戦線を張る。
「ちょ! ズルイ。二対一なんてズルイ」
「問答無用です」
徐々にハンサを追い詰めるも術式でうまく水を操作し、
ずぶ濡れになるのを回避しているようだ。
いつの間にかセレネも術式で水のコントロールが出来るようになっていた。
ハンサの狙いはこれだったのか、それとも気を使って気持ちを和らげようとしたのか。
おそらく後者だ。ハンサはあれで人の気持ちが良く分かってる。
そんな様子を稽古を終えたセトとバティルが見ていた。
セトはアズラが楽しそうに笑っているのを嬉しく思っている。
ずっと守ってもらっていたから。
これからもっと一緒に笑う機会が増えるのだろうか、そんなことを考えていた。
ぼっーとするセトにバティルが唐突にこんなことを聞いた。
「それで、セト。お前は誰がいいんだ?」
「?」
「あの3人で誰が好みなんだ?」
「!!!? ふぇ?」
「お前は、昨日、ハンサの胸をもろに見ているしあの性格だ。魅力半減だろう。
それでもハンサはいい女だ。あいつがダメな分、守ってやろうという気になる。
セレネは、今はまだまだだが、俺の見立てでは、あいつはあの3人の中で一番伸び白がある。
アズラは、お前が一番分かっているだろう。すでに完璧だ。胸は残念だが」
「え、えっと、僕はですね」
「やっぱ姉ちゃん一筋か」
「い、いや、その、やっぱりそうなのかな?」
「ハッハハハ、大事にしたい人と惚れた女の違いもその内分かるさ」
セトは背中をバシッと叩かれて、バティルが立ち去っていく。
アズラのことをどう思っているのだろうとセトは考える。
もちろん好きだ。だが、この好きはバティルの言う惚れた女ではないのだろう。
考えても考えても答えは出てこない。
そもそも、答えはないのかもしれない。
ウンウン唸っていると何やら飛んできたようだ。
バシャッアァァと大量の水がセトの頭上に降り注ぐ。
女性陣の奇襲攻撃。
セトは反撃しようと思ったが、水がない。
逃走を開始する。
風の団直伝の特訓はこれにて終了した。
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翌日、ジグラットより研修の連絡が届いた。
セトとセレネは二人で、ジグラットに向かう。
バティルたちに教えてもらったことを思い出しながら研修に備える。
二人で特訓のことを復習しながら向かった。
ジグラットに到着し、研修が始まる。
洗礼の儀を執り行った、神官ハインリヒは担当ではないようだ。
午前に算術や礼儀作法の教育。
午後に模擬戦による戦闘試験が行われる。
この研修は基礎知識を叩き込み、戦闘で使える人材かどうかを判断するためにあるようだ。
セトは読み書きは問題ないが、算術は苦手だった。
特に乗算除算が難しい。なぜ数が跳ぶんだと頭を抱えるセト。
セレネは得意分野のようだ。
算術どころか礼儀作法も完璧にこなしている。
以外にも頭がいい。もしかしたら、英才教育を受けてきたのかもしれない。
セトはセレネの助けも借りて午前の研修を乗り切った。
セレネは教え方も上手だった。理論やルールで語るのではなく、日常生活や昨日あったことに置き換えて、
分かりやすく解説してくれる。
彼女は教師や商人に才能があるのかもしれない。
セトとセレネはお昼ご飯を食べている。近くの飲食店で肉とサラダそしてパンだ。
サラダと合うように肉が茹でられ油が落ちてさっぱりしている。
肉にかかっているソースはお店のオリジナルだろうか。
甘酸っぱくて食欲をそそる。
さすが、お店が出すメニューだとセトが舌鼓していると、
「ねえ、セト、模擬戦の相手、魔獣みたいですけど戦ったことありますか」
「あるけど、勝ったことはないよ。アズ姉やみんなに助けられてばかりだから」
(やっぱりアズラ先輩は強いんだ)
「そんなことないですよ。剣の稽古見てましたけど、かっこよかったですよ」
「そうかな? なんか照れるな・・・」
「模擬戦ですけど、たぶんボア種辺りと戦うと思うんですよ」
「どうして?」
「この一帯に生息していて、比較的おとなしい魔獣だからです。
おとなしいですから捕獲も容易ですし、初めての魔獣退治には、もってこいだと思うんです」
セレネは模擬戦の予想を説明していく。
初心者に相手をさせる魔獣なら管理がしやすく、万が一の事故が発生しにくいものがいいだろう。
ラガシャ周辺でそれを満たすのが、魔獣のボア種。
種類が多いのがこの魔獣の特徴の一つだか、
この辺りなら、グリーン・ボアもしくはフォレスト・ボア。
セレネには、この魔獣が相手になるという確信があるようだった。
「なるほど、わかった。魔獣ボアの対策をメインに考えよう」
「はい、任せてください」
二人で対ボアの対策を練っていく。
そして、あっと言う間に、模擬戦の時間が来た。
ジグラット内にある模擬戦場に案内されるセトとセレネ。
何もない砂だけが撒かれた部屋。
木で作られた柵が15mほどの円を描いていた。
「これより、魔獣討伐模擬戦を開始する。一度説明した通り、実際に魔獣と戦ってもらう。
特にこれといったルールはないが、魔獣討伐に成功すれば終了、こちらが危険と判断すれば、
強制的に終了させるのでそのつもりで。決して無理はしないように」
ルールは簡単だ。魔獣を討伐できれば成功。その手段は問わない。
前日の特訓が生きてくる。特訓内容がそのまま使えるのだから。
「セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレ、前へ」
「は、はい」
セレネが木の柵の中に入っていく、柵が閉じられ神官が4人、柵の四隅に待機する。
万が一事態を収拾する役目だろう。
セトとセレネが術式使いの特徴に詳しければこの4人は術式使いであると分かるのだが、
二人には、まだそこまでの知識と観察眼はない。
セレネがいる所と反対側の柵が開く、獣臭が漂いグリーン・ボアが二体姿を現した。
神官より開始の合図はないが、魔獣が放たれた。
もう始まっている。
セレネは、グリーン・ボアを注視し、静かに魔力を練っていく。
予想は的中した。ボア種のグリーン・ボア。
草原に生息し草を主食とするイノシシのような魔獣。なぜ魔獣に指定されているのか疑問が付く魔獣である。
ブォォォォッ!とグリーン・ボアが声を上げた。セレネの敵意に感づいたのか、まっすぐ睨んでくる。
前足で砂を蹴り、攻撃態勢に移る。
静かに睨み合い。
セレネが先制攻撃を仕掛けた。
「「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・マイム・エリアコード・A
セットアップ・クレスト・アダマー・エリアコード・A」」
特訓で習得した術式。それを正確に実行する。
手の平から水が出現し、それを無定形のままグリーン・ボアの真横にぶつけた。
突如現れた水にグリーン・ボアは驚き、そのまま突っ込んでくる。
セレネは一切動かずに、それを見ていた。
グリーン・ボアが目の前まで迫る。
まだ、
まだ見て、
ギリギリまで引き寄せ、
ザァ!! と突如、砂や石が集まり壁を目の前に出現させた。
砂や石は小さくとも集まり固まれば岩となる。
ゴン! と鈍い音が鳴る。
頭を強くぶつけたグリーン・ボアは泡を吐きながら動かなくなった。
実は、セレネとアズラは特訓が終わった後も、ハンサより術式の呪文をいくつか教えてもらっていた。
この砂を操る術式もその一つ。
四大系の土属性術式。
残り一体も砂で足を取り、術式で顔を水で覆って窒息させた。
おとなしい魔獣では相手にならない。セレネは確実に強くなった。
セトはちょっと引いていた。
確かに確実に無力化できる。地面の上での窒息。
だが、その残酷な手段を躊躇わず選択するとは、
セレネという子は案外、ドライな内面を持っているのかもしれない。
「セト・ルサンチマン・アプフェル、前へ」
「はい」
次はセトの番。
柵が開き、獣臭が漂いボア種が二体姿を現した。
一体は先ほどと同じグリーン・ボア、もう一体はフォレスト・ボアだ。
フォレスト・ボアは森に生息するタイプだ。
こちらも比較的おとなしいが縄張り意識が強く、攻撃的になることがある。
何より、その硬い毛皮は刃物を通さない。
セトは静かに構える。
基本となる剣の構え。今回、ダガーは使わない。
特訓で使用したロングソードを使用する。どこにでも有り触れた剣。
それを上段で構える。
攻撃タイプの構え。
セトがこの構えを選択した理由は最も剣速が速い構えだからだ。
フォレスト・ボアたちが唸り声を上げ、すでに攻撃態勢に入っている。
セトが足を踏み込み駆け出した。
・・・、
セレネは目を輝かせ、頬を高揚させている。
一蹴、
まさに、この言葉通りにフォレスト・ボアたちが一撃で倒されていた。
刃物を通さない毛皮も意味を成さず、一撃で急所を貫かれている。
セトがバティルより教わったのは、先制攻撃と強襲の重要性。
そして、それに適した構えと技だった。
守るのではなく攻める剣をセトは身につけていた。
試験が終了しセトたちは控え室に案内された。
模擬試験が終わり、セトたちは初仕事が言い渡されるのを待っている。
今か、今かとウズウズしているセトだが、そんなセトをセレネはちょっとかっこいいと思って見ていた。
控え室の扉が開き、神官ハインリヒが入ってきた。
立ち上がり挨拶する二人を座らせて、
「二人ともご苦労だった。研修結果が非常に優秀で喜ばしい。これも、日々の信仰の賜物だろう。
さて、早速、仕事の内容に移るが、二人とも東の森、東マルアフ・ノフェル遺跡群森林区の調査を命ずる。
最近になり発生している、魔獣の生息域変化の原因を突き止めてほしい。
魔獣のテリトリーとなっている樹海は調査隊を送っている。君たちには遺跡内部の調査を頼みたい。
護衛の選定は済んでいるので、外で挨拶を済ませておくように」
「「はい」」
東マルアフ・ノフェル遺跡森林区、通称、東の森。
セトたちの村、アクリ村にまで影響を及ぼしている元凶があるかもしれない地。
そこの調査を行うこととなった。