第四話 また一つ大人になって
街道の脇に嗅覚を刺激するうまそうな臭いが広がる。
グツグツと鍋の中のスープが煮込まれ、スパイスの刺激的な香りが漂う。
現在お昼時、セトたちは傭兵バティル一行の風の団に保護されていた。
昼ご飯の準備がせっせと進められ、腹を空かせた男たちがまだかまだかと待ち焦がれている。
一人が口笛を吹き出し、男たちが皿とスプーンで音楽を奏でる。
にぎやかな雰囲気でとても屈強な傭兵団とは思えない。
風の団はミズラフ地方で有名な傭兵団だ。
隣国カラグヴァナ王国出身でそこで腕を上げ、名を広めようと帝国領のミズラフ地方まで出向いてきた。
風の団のメンバーは、
団長バティル。
副長カイム。
ジズ。
ガルダ。
ヴィドフニル。
ハンサ。
の6名で構成されている。
全員が一流の戦士であり、名を上げようと団長バティルの許に集まったのだ。
統一感のある白銀の鎧で身を包み、風の団のシンボルである鳥の模様が装飾されていた。
団長のバティルは、大雑把な性格をしているが正義感が強く、剣術の腕前は相当なものだ。
まさに頼れる男といった感じで、かきあげた黒髪と無精ひげがよく似合っている。
今年30歳で独身だ。
副長のカイムは、そんな大雑把な団長の補佐を勤める寡黙な男だ。
髪は金髪で整った顔立ち、どこかの貴族と間違えられても不思議ではない。
普段はあまり喋らないが、戦いでの指示は的確で正確だ。
バティルが指示を出さないので彼にその役が回ってきたのだが、本人が納得しているので問題ないだろう。
ジズとガルダが風の団の剣、剣士だ。
剣士といっても剣だけでなく状況に応じて斧や槍なども扱う。
カラグヴァナ人の特徴である金髪と青い目の瞳をしている。
カイムにもカラグヴァナ人の血が流れているのだろう。
そして、ヴィドフニルとハンサ。
ヴィドフニルが弓兵と工作兵の役を担っている。ついでに団の会計も担当だ。
残念ながらヴィドフニル以外にまともな金銭感覚の者は風の団にはいない。
白髪のメンバー最高齢、団の相談役。
最後に、風の団の紅一点ハンサ。
メンバーで唯一の術式使い、彼女の術式により依頼された仕事の成功確立は飛躍的に上昇している。
バティルと同じく黒髪でセミロング、そして、巨乳、酒好き。
金銭問題は彼女が原因だろう。
風の団の問題児、ハンサはアズラと食事の準備をしている。
普段あまり料理をしない彼女だが、今日は運悪く給仕担当だ。
幸いにも料理が出来るアズラがいてくれたので、子供たちに対し大人の女性の面子は保たれるだろう。アズラもその子供の一人だが。
風の団の男共はどうでもいいが、子供たちにはおいしい物を食べさせてあげようと一人張り切るハンサ。
おっと、ヴィド爺は別だったとヴィド爺の分も綺麗に盛り付ける。
生まれて初めて分量を守って煮込んだスープ。
少し味見をしてみる。
口の中に野菜の甘みが広がり、柔らかく煮込んだ肉が噛めば噛むほど肉汁の旨味が溢れいる。とどめにスパイスで味の調律で野菜と肉のハーモニーが完成し、息を吐こうとすると鼻の奥まで刺激がしてくる。
(す、すごい、砂糖と塩を間違えたとは思えない!)
間違えたのはハンサだが、アズラが見事にフォローしている。
アズラ一人の方がうまくできたが、アズラはハンサよりも人間ができている。
思っても口には決してしない。
「ハンサ、まだかー」
「今持っていくから、黙ってろ」
奥からジズの声が聞こえたので、黙らせる。
「ごめんね、アズラちゃん。節操のないやつらで」
「いえ、お気になさらず。ハンサさんは、風の団に入ってかなり立つんですか?」
「あたしは、まだ入って3年だよ。団員の中じゃ新人だね」
「新人というには、先輩方より偉そうですね」
「あんな馬鹿共の下じゃ損するからね。扱き使ってやる位がちょうどいいよ」
「ふふ、そうですね。後片付けは全部押し付けちゃいましょう」
「いいね、そうしちゃおう」
盛り付けながら、男共をどう扱き使うか女二人の結論が揃う。
うまい飯が食えるんだ感謝しろと、給仕係をこなす。
アズラはセトは休憩しててもいいよねと別のことを考えていた。
食事が始まった。
礼儀も品もない食卓だが、悪い気はしない雰囲気が見て取れる。
今日を楽しく生きる。それが風の団のモットーなのだろう。
バティルとハンサは、昼間から酒を飲んでいる。
ヴィド爺は礼儀がないこの場で唯一優雅に食事をしている。
ほか二人はアズラのことを聞こうと話しかけていた。
副長カイムは見回りだ。副長が見回りだ。
「アズラは、どこから来たんで?」
「ハンサ姉さん失礼なことしませんでした?」
「今・・・かな?」
アズラは適当にガルダとジズの二人と話をするが、目線はある一点を見つめている。
お前何してるの?と殺意がこもっているかもしれない。
見つめる先で、セトがハンサの豊満な胸に埋もれて抱きしめられていた。
セトは助けを求めているが、アズラには届かない。
セトは悪くないと証明しておこう。
彼は酒に酔ったハンサに、こねくり回され現在に到る。
ハンサにはセトが愛玩動物に見えているのだろう。
バティルは爆笑しながら、セトとハンサを見ているので助けないと思われる。
助けるどころかハンサに加担している。
「すみませんなぁ、ハンサにも悪気はないんじゃが、彼女はかわいいものに目が無くてな」
「かわいいもの・・・?」
「酒でタガが外れとるんじゃろ。見境がなくなっとる」
アズラの気持ちを察してヴィドフニルことヴィド爺が声を掛けた。
さすがは、風の団の相談役、大人の鑑だ。
ハンサがかわいいもの好きなのは判明したが、どうやら彼女にとってセトは守備範囲のようだ。アズラは今後どうすべきか思案する。セトの将来のため、悪い影響は排除するべきだ。
「セト殿とハンサはほっといてもいいじゃろ」
「どうしてですか?」
「互いにいい薬になる。ハンサは酒に溺れて恥をかいたと思うし、セト殿も大人の女性になれてうまくかわせるようになる。二人共同じ失敗はせんじゃろ」
「なるほど」
アズラの不安を見事に払拭し、解答を導き出す。
さすがは相談役、ハンサも頭が上がらないのだろう。
セトには悪いがハンサをほっとくことにするアズラ。
それよりも、ヴィド爺の人生談は為になると、アズラはヴィド爺と話し込んでいく。ガルダとジズは、相槌を打つだけの置物と化した。
「団長、ただいま戻りました。周囲に異常はありません」
「おう、戻ったかお前も食え。うまいぞ」
「では、いただきます」
副長のカイムが見回りから戻ってきた。バティルがスープを勧め、無言で食べ進める。
チラリとセトを見て、懇願する彼の目を見るとサッと目を逸らした。
セトは見捨てられたと思い無抵抗状態になる。
ハンサは無抵抗をいいことに、さらにこねくり回す。
そんなセトを見てカイムが口を開いた。
「ハンサ、悪いのだが見回りに行って来てはくれないか。客人もおられる、警備を厳重にしたい」
「えー、やだー」
「セト君と一緒に向かえば良いと思うのだが」
「ダメ、ダメだよ、セトちゃんはお客さんなんだから。ハンサちゃん行ってくるねー」
カイムの慈悲によりセトが解放される。
「あ・・・、ありがとう・・・ございます」
「いや、申し訳ない」
仲間の無礼を謝罪するカイム、彼はかなり真面目なのだ。
食事が終わり、出発の準備をする。
ハンサも戻ってきたようだ。
顔を真っ赤にして泣きべそを掻きながら戻ってきた。酔いが醒めたか。
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翌日、
もうすぐ昼頃にさしかかろうという頃、
ラガシュまで後、2時間といった距離だ。
風の団は、馬車を二台持っており、一台に武器と戦士をもう一台は後方に置き護衛対象を載せている。
セトたちは後方の馬車に乗っていた。
御者はジズが、護衛でハンサが一緒に乗っている。
アズラとハンサ、セトが向かい合って座っていた。
「ハンサ、さん?」
アズラは目を見開きハンサを見る、ちょっと目が怖い。
こいつ何してるの?と殺意がこもっている。
アズラの目の前で、セトを抱きしめ頭の上に豊満な塊を二個乗せている。
セトも、あれ?お酒飲んだっけと目を点にしている。
「アズラちゃん、・・・セトちゃんはかわいいね!」
なぜか、やけくそ気味に答えるハンサ。
ハンサは昨日に失態を晒したばかりだ。
どうにかして失態を無かったことにして、大人の女性を維持しなければいけない。
初日でこれはヤバイと馬鹿なハンサでも分かる。
ハンサは空っぽの頭から知恵と勇気とその他もろもろを引っ張り出し考えに考えた。脳みそをギュウギュウに絞って、最後の一滴を絞り終えたとき、一つの妙案が浮かんだ。
初めから子供好きのお姉さんなら失態にならないんじゃないかと。
ちょっとスキンシップが激しいくらいだ問題ないと。
奇跡の解答にたどり着いた。
そして実行した。
「あ、アズラちゃんもかわいいよ」
「ありがとうございます。で、何をしてるんですか?」
「ラガシュまでもうちょっとだね。別れるの辛いなー」
「そうですね。何してるんですか?」
「町に着いたら、術式教えてあげる。アズラちゃん才能有りそうだし」
「ぜひお願いします。・・・はなせ」
「はい」
最後、アズラは満面の笑みを浮かべていた。
微笑みながら殺意全開だ。
ハンサはセトを解放し、人生終わったと死んだ魚のような目になっている。
残念だがアズラには、子供好きのお姉さんには見えなかった。
子供好きの変態に見えたのだ。普通はそうなる。
セトは少し信じたようだ。魂が抜けたような状態のハンサを気遣っている。
ハンサの馬鹿な行動でヴィド爺の考えが外れてしまったのが一番の問題だろう。
「ハンサ、あまりアズラさんたちを困らせるなよ」
「わかってるわよ!傷付いているんだからほっといてよ!」
ジズから注意がくるが、ハンサは聞く耳持たんと塞ぎこんでいる。
しばらくすると、馬車や人が多くなってきた。
外を見ると、大きな荷物を持った人たちが我先にと進んでいく。
「見えたぞ、あれがラガシュだ」
セトとアズラは馬車の外に身を乗り出す。
大きな城壁が見える。あれがラガシュ。
ミズラフ地方最大の町。
城壁は町を完全に囲むように四角くそびえ立ち、太陽に照らされ、白く輝いている。町の真ん中に白い塔のような建物が城下を見下ろしていた。
ラガシュは元々王国だった。それが帝国の属国となり併合されてミズラフ地方最大の町となった。町の東には国の象徴として用いられていた城が残っている。現在は、帝国軍の要塞として用いられていた。
城壁の門をくぐる。20mはあるだろうか、町と外を完全に隔てている。
門をくぐり終えると、一気に視界が広がった。
セトは目を輝かせ、新しい世界を見ていく。
人という人、等間隔に並ぶ家、町人の声が波のように押し寄せ体の芯に響いてくる。人以外の種族も町で生活している。トカゲ顔の種族や頭に耳がついている種族、亜人と呼ばれている者たち。
すべてはじめて見るもの。
それは、感動と呼ぶに相応しい感情を湧きたてさせていく。
アズラはそんなセトをやさしく見守っている。
門をくぐってすぐ左側に市場が見える。右は宿屋などが集まっているようだ。
セトたちは、宿屋に向かった。
今日は、宿で別れそれぞれの用事を済ます。
バティルたちが宿に馬車を止め、続々と降りていく。
「俺たちは、明日の準備があるからここで一旦別行動としよう。セト、お前は成人したんだったな。ジグラットなら町の中心にあるでかい塔だ。とっとと洗礼名貰って姉ちゃんを安心させてやれ」
「ありがとうございます。バティルさん」
バティルは、すぐに宿に入ってしまった。準備とやらが忙しいのだろう。
セトの横で何やら、ハンサが騒いでいる。
「アズラちゃん、今度こそかっこいい大人の女性を見せてあげるからね。セトちゃんが洗礼名貰ったら、すぐに来てね」
「はい、終わったらすぐに行きますから」
「ハンサ姉さん、術式はまだ教えれるほど修めていないんじゃ」
「うるせぇ、ガルダは黙ってろ」
アズラは、ハンサから術式と呼ばれる技術を教わる約束をしたようだ。ハンサがどうしても教えたいとアズラに懇願したようだが、アズラとしては願ったり叶ったりだ。
ハンサが使用した魔力でできた炎。
あれを自分でも扱える様になりたい。
まだまだ知らないことがたくさんある。
それを知りたいと、アズラの知識欲が駆り立てられていた。
セトとアズラは、風の団と別れてジグラットに向かった。
ジグラットまでは一本道だ。町を中心に4本の大通りがあり、そこから各区画に分かれている。
門からジグラット、そして、旧城へと続く。ジグラットから北に市場があり、南は住宅街となっている。
道が石で作られた装飾で飾りつけされたものに変わった。見る者に神秘的な印象を与える。
ジグラットは、城壁よりも大きい30mほどあるだろう。
「アズ姉、僕は大丈夫だからね」
「ええ、そうね」
「バシッと決めて、みんなを見返してやるから」
「・・・うん、ありがと」
セトは、2年前のアズラのことを思い出していた。
自慢の姉が、綺麗でかっこいい姉が、泣きながら帰ってきたあの日。
理由は聞かされたがセトにはピンと来なかった。
だけど、アズラがいやな思いをしたのは、すぐに理解した。
その場所に、自分が来た。
ジグラット、真下から見上げるとその高さが際立つ。
木の枝のような装飾が施されている。道に合った装飾と同じものだ。
窓と出入り口は一階にしかないようだ。
セトは覚悟を決め、門番に話しかけた。
「セト・アプフェルと申します。洗礼の儀を受けに参りました」
「しばしお待ちください」
フゥとセトは息を吐き、門番が中に入っていくのを見送る。
アズラも祈るように右手を胸に当てていた。
「セト様、どうぞ中へ。御付きの方もご一緒にどうぞ」
セトは案内されるまま中に入っていく。
外観とは裏腹に、中は質素な感じだった。
装飾も何もなく、切り出された石の壁が続いている。
「こちらへ、奥にお進みください。御付きの方はここでお待ちください」
セトだけ奥に、ジグラットの中心に案内される。
アズラは、部屋の入り口でセトが入っていくのを見守っていた。
部屋には、セトの他にもう一人女の子がいた。
洗礼名を授かりに来たのだろう。
緊張した面持ちで、背筋がピンと伸びている。
いや、ガチガチに緊張して固まっているのだろう。
セトはそんな彼女を見て逆に緊張が和らいでいく。
どこかの町の出身だろう。
水色の髪を少し短めに切り揃え、前髪だけ目元が隠れるほど伸ばしている。
やや丸っこい顔に幼さを感じ。
セトたちのような武具は身に着けず、ちょっと高級そうなシルクの服を着ている。
背丈が低い彼女の体を青色で包んでいた。
もしかしたら貴族なのかもしれない。
そんなことを考えながらセトは彼女の横に並ぶ。
広い広い部屋だ。中央に祭壇があり床の部分に窪みがある。
その奥には教団のシンボルとなる樹を象った装飾の窓があった。
教団のシンボルである聖なる樹は4つの実をつけている。
そして、4体の獣を象った壁画が壁に掛けられていた。
一柱 それはどこまでも白く、神々しく威厳を持った者。
二柱 それは灰で染まり、荒々しく力で満ちた者。
三柱 それはどこまでも黒く、神秘的で愛に満ちた者。
四柱 それは世界のように鮮やかで、生命と知識を併せ持つ者。
ツァラトゥストラ教の神話に登場する獣たち。
神の代弁者。
悪神の黒き子らを葬った聖なる獣。
そう言い伝えられている。
「セレネ・エーアトベーレよ、ここに」
「は、はい!」
神官より声がかかる。
先に、彼女が呼ばれたようだ。
声を上擦りながら返事をする。
アズラは嫌なものを見る目をしている。
そう、アズラに洗礼名を与えなかった人物だ。
かなり高齢で、髪は後ろを残して抜け落ちている。
立派なヒゲを貯え、白く高貴さを感じる服に身を包んでいる。
「これより、我、ハインリヒ・ルサンチマン・コルネリウスの責により、洗礼の儀を始める。セレネ・エーアトベーレ、汝は、主アイン・ソフの名に誓い、その眷属となることを望むか」
「はい、望みます」
「主アイン・ソフの名において、この契約は成立する。セレネ・エーアトベーレ、祭壇の中央にて主アイン・ソフとの誓いを」
「はい!」
「主の加護があらんことを」
セレネ・エーアトベーレは祭壇の中央で祈りを捧げる。
ツァラトゥストラ教の唯一神アイン・ソフと契約を結ぶ。
この祈りのプロセスを踏むことで、眷属としての階級、洗礼名が決まる。
最高位ニーチェから、デカダンス、ルサンチマン、ニヒリズムと階級が続く。
最高位ニーチェは、皇帝や教皇など教義の根幹を成すものに与えられる。
デカダンスは、教義に多大な恩恵をもたらした者や、領主など一定の地位を持つ権力者にも与えられ。
ルサンチマン、神官、騎士など帝国や教義に貢献している者に。
そして、一般教徒のほとんどがニヒリズムとなる。
セレネの体の周りを青白い光が浮かび、緩やかに光を灯らせた。
祭壇の窪みに光」が集まる。
模様のような文字のようなものが浮かび上がる。
神官ハインリヒがそれを確認し、
「契約は成立した。洗礼名ニヒリズムを授ける。セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレ。主アイン・ソフの加護に感謝します」
「主アイン・ソフの加護に感謝します」
セレネの番は終わったようだ。
かなり緊張したのか、少しぐったりした感じになっている。
「セト・アプフェルよ、ここに」
「はい」
神官より声がかかる。
「セト・アプフェル、汝は、主アイン・ソフの名に誓い、その眷属となることを望むか」
「はい、望みます」
「主アイン・ソフの名において、この契約は成立する。セト・アプフェル、祭壇の中央にて主アイン・ソフとの誓いを」
「はい」
「主の加護があらんことを」
セトは祭壇の中央で祈りを捧げる。
セトの体の周りを青白い光が浮かび、緩やかに光を灯らせる。
先ほどと同じように。
祭壇の中央に変化があった。
青白い光が強く輝く出す。床の上を血管のように流れていく。
先ほどとは異なり、何かが生まれ出ようとしている感覚。
ジグラットが受肉していくような、青白い光が鼓動のように脈動しその光を増していく。
神官ハインリヒは、驚愕の表情でこの光景を見ていた。
洗礼の儀でこれほどの祝福は見たことがない。
本来なら青白い光が浮かぶ程度で、どれほどいってもルサンチマンが限度だろう。
だが、これは与えられるのではなく、自ら階級を宣言するほどの祝福。
ハインリヒは、これは主の定めた運命だと感じた。
セトは祈った。洗礼名が授かるように。
セトは祈った。アズラと一緒にいられるように。
セトは祈った。アズラの心に刺さった棘を抜いてあげたいと。
彼は祈った。 彼女を助けたいと。
彼は願った。 助けてほしいと。
彼は悟った。
(カ・ミ・ニ・コ・ロ・サ・・・)
(それ以上はダメ!!)
「え?」
セトを包んでいた青白い光が一気に霧散していった。
まるで何事も無かったかのように静寂が訪れる。
みなが唖然としている。
セトも何が行ったか分からない。
神官ハインリヒが祭壇に示される階級を確認する。
・・・祭壇に階級は示されなかった。
セトは状況が理解できなかった。
祭壇に現れるはずの階級が現れない。
これは・・・、
これは、
洗礼名を授かれなかった。
セトの心が失意に飲まれていく。
姉を助けるために安心させるために、ここまで来たはずなのに。
アズラが駆け寄ってきた、励ましてくれているのだろう。
しかし、セトに声は届かない。
アズラは歓喜の表情でおめでとうと叫んでいる。
先に洗礼名を授かったセレネも思わず拍手していた。
セトの耳に声がなだれ込んだ。
「・・・た。洗礼名ルサンチマンを授ける。セト・ルサンチマン・アプフェル。主アイン・ソフの加護に感謝します」
「? へ? あ、主アイン・ソフの加護に感謝します」
セトは洗礼名ルサンチマンを授かった。
セトが理由を知る由も無いが、ここに契約は成立した。
じわじわと見てくださっている方が増えていて、感謝です。
登場キャラが一気に増えましたが、キャラ分けができているか不安だったりします