第一話 僕と姉の小さな世界
朝の日差しが窓から入り込み、部屋を明るく照らしていく、
今日もいつもの一日が始まる。
朝日に照らされた部屋の住人が、出かけるための身支度をしていた。
遠出でもするのか、荷物が多い、
住人の名は セト・アプフェル。
髪は灰色をしており幼さが残る顔立ち、年齢は14歳で、もうすぐ15歳だ。
まだ、寝間着なのか、少しほつれが目立つ白い上着と茶色いズボンをはいていた。
彼はアクリ村という、片田舎で姉と二人で暮らしている。
両親とは物心が付く前に死に別れたが、優しい村の人たちと姉のおかげでうまくやっている。
ちょっと気が弱く、できればのんびり暮らしていたいと考えているぐうたらな14歳の男の子だ。
セトは、ちょっと入念に準備をしている。
今日は、森で食料を調達する日なので、森に入るための準備をしているのだが、
初めて一人で森に入るのだ、臆病なくらいが丁度いいと言わんばかりの重装備となっている。
食料を調達をするには、軽装の方が動きやすいのだが、セトはそんなことには気づかない。
「これだけ持っていけば大丈夫だよね」
セトは、自分に言い聞かせ、納得するように頷く、
目の前に用意された荷物の量に納得している。
これだけの用意をすれば、木の実だけでなく、森の奥地にある薬草、
いや、小動物も捕まえられるかもしれないと根拠のない自信を沸かせた。
ようするに、不安なのだ。不安な心を装備の量で誤魔化しているのだ。
「セトー? 準備できたのー?」
下から声が聞こえてくる。セトを心配している声だ。透き通ったやさしい声、
セトはこの声を聞くと安心できる、早くに両親を亡くしたセトには、母親代わりの声だ。
「セト、大丈夫?」
心配で部屋に来たようだ。ノックもせずに入ってくる。
彼女の名は アズラ・アプフェル。
セトの姉で髪は姉弟そろって灰色だが、少し黒味を帯びており、腰近くまで伸びている。キリッとした顔立ちで美人という言葉が良く似合う。
太股が半分見えるくらいの緑色の綺麗な模様の入った白いスカートをはき、
薄桃色の上着を着ている。上着も綺麗な模様が入っていた。
年齢は17歳で、胸は控えめだが、腰から脚のラインが見事な曲線美を放っている。
ちょっと強気で、心配性な所がたまにキズの姉、セトの自慢の一つだ。
そんな、アズラは、セトがせっせと用意した荷物を見て少し不機嫌な顔になった。
両手で持ちきれないほどの量、森で一晩過ごすのか寝袋も用意している。
「あんた、こんなに持ってどこ行くの?」
アズラが腕を組み、仁王立ちポーズとなる。
アズラは、お説教モードになると仁王立ちポーズをとるのだ。
控えめの胸を両腕でグイッと上げている状態はちょっと目のやり場に困るが。
アズラは気づいていないのか、不機嫌になるといつもこのポーズを取っていた。
「えっ? いや・・・森に」
条件反射でセトの声が小さくなる。
そんなセトをほっといて、アズラは荷物の整理を始めた。
「森に松明はいらないでしょ、あと斧も、どこから持ってきたのよ」
「必要な装備は昨日いったのに・・・」
前言撤回!セトはこの声を聞いても安心できないと、
心の中で小さな抵抗を試みるも、
素直に説教を受ける。アズラは、もう何度も一人で森に入っているので必要なものは分かっているのだ。
「ごめんアズ姉・・・もう一回準備するよ」
「いいわ、準備しといてあげる、先に朝ごはん食べといて」
「うん、ありがとう」
ここで謝ってしまうのが、セトの悪い癖だ。ここは、心にある不安を解消するため相談するべきだ。
とアズラは思うのだが、口にはせず黙ってフォローしてしまうのは彼女の悪い癖だろう。
こんなやり取りをいつも繰り返している。それは、とても幸せなことなのだろうけど、セトはそろそろ自立しないといけないと考え始めていた。
「今日もパンとスープかな?」
先のことは飯を食べてからだと自立の考えはあらぬ方向へ飛んでいく、セトはおそらく思い出さない。セトはあまり物事を深く考えないのだ。
階段を下りると、パンの香ばしい香りがしてきた。アズラが毎日焼いてくれるパンだ。村で取れる麦に水を加えてこねたものを焼いただけなので、質素な味だがセトはこの味が好きだった。
調理場に用意されていた豆のスープを装い、セトは朝ごはんを食べ始める。
たしか、スープに使っている豆が残り少ないんだったか、今日ちゃんと取ってこれるかな?と本日の目的を思い出す。アズラに採取物を確認したほうが良さそうだ。この分だとセトの自立は当分先だろう。
セトたちが住んでいる家は、木造で立てられている。
1階は調理場と食事をするための机と椅子があるだけだ。
足元は土が剥き出しで安物っぽいが、セトたちは気にしない。奥に2階へ行くための階段があり、そこからは靴を脱いで上がる。2階は3部屋あり、セトの部屋とアズラの部屋、あとは物置だ。奥の階段からアズラが下りてくる。荷物の準備が出来たようだ。
「はい、荷物をどうぞ」
「荷物をどうも」
セトはパンとスープを口に押し込み、アズラから荷物を受け取る。
パンが少し大きかったのか、飲み込めなかったパンを頬張っていく。
セトはどれだけ無駄な荷物を持っていこうとしていたかを改めて思い知る。
コンパクトだ、片手で持てる!
「へっほね、アズねえ」
「はい、お水」
「ムグムグ・・・、ふう・・・」
「えっとねアズ姉、今日、森で取ってくるやつなんだけど、もう一回教えてくれないかな?」
セトは忘れたとは言わず、再確認の感じで聞いてみる。確認は大事なことだ。
「今日、必要なのは、クル豆とエノハ草よ。クル豆は取れるだけ取って、
エノハ草は痛み止めに使うから少量でもいいから摘んでおいて」
「ほかには?」
「ロートラットの肉がほしいけど、見かけたらでいいわ」
「うん、わかった」
アズラは朝ごはんを食べながら、詳しく教えていく。
セトは聞いてよかったと安心した。エノハ草は覚えていなかったからだ。
朝ごはんも食べ終わり、出発の準備をしていく。
セトの服装は、盗賊のような格好となっている。黒い上着に動物の皮で作られた胸当てをつけて、脚は長ズボンに黒い甲冑のようなものが着いている物を履いていた。左腰あたりにダガーをぶら下げて、アズラに用意してもらった荷物を背負う。
森に入るのに、命を守るための装備がいる。
この世界には、魔獣と呼ばれる人類の天敵が存在する。
人間との意思疎通はおよそ不可能で、人を餌として襲い掛かってくるのだ。
森もそんな魔獣の生息域の一つだ。人里に近い辺りはいないが、森の奥深くに縄張りを持ち侵入者を捕食しようと襲ってくる。
セトの服装は、魔獣に遭遇しても生きて帰ってこれるためのものだ。
亡き父譲りの服、セトは父に守られている気がした。
村の出口を目指して家を出る。アズラは、村の出口まで送ってくれるようだ。
アクリ村は何年経っても変わらない。森が拓いている一画に家が集中しており、
森に飲まれてしまいそうな印象を受ける。森に面したこの村は、人の往来が少なく、行商人が来るのも数ヶ月に一度くらいだ。農業はあまり盛んでなく必要量しか栽培していない、村の収入源は森で採れる山菜や薬草だ。
村の出口が見えてくる。村長もおり、見送ってくれるようだ。
村長はセトに送りの言葉を送る。
「セト、御主も明日、成人を迎える。成人になれば町に赴き、洗礼の儀を執り行うこととなろう。一人で仕事をこなし、アズラを安心させるのじゃぞ」
「はい、村長」
セトは明日15歳となり成人を迎える。
この森での仕事は、一人前になったと村のみんなに証明するためのものだ。
一人前の証明になるからこそ、森での仕事は危険がともなう。
魔獣もそうだが森で迷ってしまったら命に関わる。
「無理しないでね、身の危険を感じたらすぐに逃げるのよ」
アズラが不安でいっぱいだという顔をして心配している。
「あと、森で迷ったらクル豆を探すのよ、森の外側にしか生えていないから目印になるわ。あと、ちゃんと、お弁当は持った? 取ってくるものは大丈夫?あと・・・」
「アズ姉、大丈夫、ありがとう」
心配する姉を安心させるように、セトは礼を述べる。これは、自分がやり遂げなければいけないことだ。
今まで、姉や村の人と何回も森の中には入っている、魔獣を見かけたのは数回程度、今回は一人なだけだ。
セトは、自分を安心させる言葉を心に浮かべる。
「それじゃ、行って来ます」
「気をつけて」
アズラの言葉を背に森に向かう。
やはり一人で森に入るのは怖い、両親を食い殺した魔獣がいる森に入るのは、
それでも、セトは森に向かう、一人前になって姉を安心させてやりたい守ってあげたいと思っていた。
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森に着いた。
日はまだ高いところにある。
目の前に広がる緑の壁。人を拒んでいるようにも、招きいれようとしているようにも見える。
いつもと雰囲気が違うように感じ、セトは、そんな違和感を押さえつけて、森の中へと足を進めた。
この辺りは、まだよく来る場所だ。山菜などを採るときに手伝いに来ていたから。だが、今回は、より奥に入る必要がある。
エノハ草などの薬草は湧き水が湧いている洞窟辺り、
ロートラットは木の実が落ちているところにいるだろう。
まずは、すぐに採れるクル豆からと目的の物に目星を付けて行く。
森は6、7mの木々が所狭しと並んでいる。木の根が行く手を遮るように飛び出しており、ツタが絡み合いさながら迷宮のような印象を受ける。
奥はさらに複雑だ。
セトは木の根に絡まるツタをたどって行く、しばらくすると実がついているツタの塊を見つけた。これが朝食べたクル豆だ。
鳥や虫の鳴き声を聞きながら、クル豆を採っていく。
クル豆は、この地方ならどこにでも生えていて、食用として重宝されている。
枝豆に似た味で水分は少ない、そのまま食べてもいいが、スープの具にするのが一般的だ。森の深い場所には生えていないので、クル豆があるうちは森の出口に近い。最初は少量でいいだろうと、次の場所を目指す。帰りにでも大量に採っていけばいいからだ。
獣道を通り奥へ進む。
緑が濃くなり、空気が重くなっているように感じる。
獣道が途切れる。
ここから先は、行ったことがない。
話では聞いているものの、実際に見るのと聞くのでは大きく異なる。
この先からは魔獣のテリトリーと重なっている箇所があるとのこと。
エノハ草がある洞窟はテリトリーを回避していける。
セトを大きく息を吸い込み、吐き出す。
気を引き締め奥に入っていく。
地面と呼べる部分が消失し、木の根の上を歩いていく。
もうすぐ昼だろうか、空は枝で隠れて見えないが、日の光が森に注ぎこんでいた。
時折、木の根に毟り取られたような傷があった。
魔獣 フォレストボア の縄張りのサインだ。
森に生息するイノシシのような魔獣。
二本の牙で敵を突き殺し、鉄のように硬い毛は生半可な剣を弾き飛ばす。
比較的おとなしい魔獣なので刺激しないように、細心の注意で縄張りから離れる。
薄暗い森の奥へと進んでいく。
しばらく歩くと、
周囲の温度が下がるのを感じた。
「!?」
水の臭いを感じ、セトは走り出す。
木々が忽然となくなり、湖とそれに続く洞窟が現れる。
「見つけた!」
思わず声が出てしまう。
エノハ草が採れる洞窟に辿り着く。
セトは、洞窟のそばに生えていたエノハ草を引っ込ぬいていく。
エノハ草は痛み止めに用いる薬草で、腹痛などに効果があり村の貴重な収入源だ。
これで、仕事の最低ラインはクリアした。
日も上がり切り、一段楽したので、
セトは岩に腰を下ろし、昼ごはんを食べはじめる。アズラが用意したご飯だ。
豆の入ったパンと、干し肉を口の中に放り込む。
アズラは毎日、ご飯を作ってくれる。
それが自分の仕事と言わんばかりにセトには手伝わせてくれない。
二年前、アズラが成人した時、町で仕事を貰い遠くに行ってしまうと思ってたが、
アズラは村に戻ってきた。
その時からだろうか、アズラがセトの面倒を見ると周囲に主張しだしたのは。
それまでは、村のみんながいろいろと手伝ってくれていた。
セトとしては、アズラが戻ってきてくれて嬉しいのだが。
明日、セトが成人を迎えて洗礼の儀を受けたら、国から仕事を貰い遠くへ行ってしまうかもしれない。
どうなるか分からない。
セトはアズラと一緒にいたかった。
「一匹ぐらい出てきてくれないかな・・・」
ロートラットを探すか、このまま帰るか、セトは干し肉をかじりながら悩む。
アズラのよろこぶ顔が見たいと思うが、欲を出すのは危険だ。
もうすぐ昼過ぎになる。
明るいうちに村に戻るには、後一時間ぐらいが限界か。
セトは帰りながらロートラットを探すことにする。運がよければその辺にいるだろう。
再び木の根の上を歩いていく。行きと帰りでは同じ道でも風景が大きくことなる。
来た道を確実に辿りながら、歩いていく。
途中、フォレストボアと鉢合わせたが、向こうは食事中だったようで事なきを得る。魔獣もずっと縄張りの中にいるわけではない、もっと警戒が必要だろう。
セトは、気を引き締めなおす。
獣道はまだ先、疲れも見え始めてきた、奥のほうで赤いチョロチョロと動き回るヤツがいる。
「!」
いた!! セトは心の中で叫ぶ。
ロートラット 森に生息するネズミの一種。
全身が赤い毛に覆われ刺激的な色をしているが、
威嚇効果は薄いのだろう、いろんな生物に捕食されている。
絶滅しないのは繁殖力の高さのおかげか。
セトは腰を落とし、ジリジリと近づいていく。
あと、1m。
ゆっくり腕を伸ばす。あと、30cm。
「あッ!?」
逃げられた。
腕を伸ばしたときに衣服の擦れる音が出てしまっていた。
セトは、すぐさま立ち上がり後を追いかける。
木の根を飛び越え、赤い点を追いかける。
森の中であの色は目立つ、囮として敵を引き付け群れを逃がすには効果的だが、
一匹の場合は逆効果だ。
ロートラットが木に登っていく。
「シッッ!」
セトはダガーを投げつける。
トンッと、ロートラットの胴体に突き刺さり一撃で絶命させる。
ダガーを抜き取り、ロートラットを布でくるむ。
日ごろから、剣の鍛錬をしていたおかげかうまくしとめることができた。
セトは帰路に着こうと振り返る。
知らない風景が広がる。
「追いかけすぎたか」
ミシッッ・・・、
「?」
バキッ!
「うっ、ああああああああああああああ!!!」
腐っていた木の根が折れて、下へと落ちる。ロートラットばかり気にしたせいで、
足元の確認を怠った。たった一つのミス、だが、命に関わるミスだ。
「がッ! ぐっ、つーーー」
3、4mは落ちたか、体を起こし、ケガの状態を確かめる。
地面がやわらかかったおかげで、軽いケガですんだようだ。
荷物も確認する、全部そろってる。
上を見上げる、登れないことはない、日が落ちてきているのかもともと薄暗いのにさらに暗くなる。
周囲を見渡してみる。木の根のくぼみにしては、かなり深い、白骨化したフォレストボアの死体もある。
「・・・・・・」
セトは、真正面を見たまま動けなくなる。
ダガーを構えて後ずさる。
顔が恐怖に引きつっていく。
セトを見つめる4つの目と目線が交差した。
生首が浮かぶように、4つの目がある顔が浮き上がる、細長い胴体から何十本とある脚を蠢かせ、顔の付け根あたりから長い鎌のような顎を開いていく。
甲殻に覆われた体を広げていきその姿を現した。
魔獣 ギム・ゼント。
森の中で会ってはいけない魔獣。
ほかの魔獣すら襲い、人里も襲う凶悪な魔獣。
セトの両親を殺した魔獣。
全身を緑色の甲殻に覆われた、昆虫の魔獣であり、大きな鎌のような顎で獲物を引き裂く。全長は1mから10mほどで、ムカデのような姿をしており、脱皮するごとに大きくなる。
この魔獣に会ってはいけないのは、凶悪だからではない。
狡猾で獲物の後をつけて巣にいる群れを皆殺しにするからだ。
そう、人の跡をつけて村や町に侵入してくる。
会った者が命を諦めたほうが、被害は少ないとも言われている。
セトの目の前にいるのは、5m級だ。
この時期はもっと東に生息しているはずだと、セトは自身の知る情報と異なることに動揺する。
そもそも、ギム・ゼントが巣を作った森には入ってはならない。
繁殖する前に、傭兵を雇って退治してもらうのが普通だ。
混乱するセトを無視して、ギム・ゼントが突進してきた。
「ぐっ・・・、くそおおおおおおおおお!!」
セトは叫び声を上げて、足に活を入れる。恐怖心を誤魔化す。
体をギム・ゼントの胴体と地面の隙間に無理矢理ねじ込む。
頭一つ上を鎌のような顎が交差し。
立ち上がると同時に、ダガーを振り、脚を二本ほど切り落とす。
その隙に上に逃れようと手を伸ばすが、ギム・ゼントが木の根のくぼみに胴体を叩きつけた。
「がぁっ!!」
振り落とされ、地面に叩きつけられる。
逃がさないと、ギム・ゼントは上に回りこむ。
セトの脳内に死のイメージが広がっていく。
敵は分かっている。自分が上に逃げようとしていることを。
そして、この木の根のくぼみから逃さなければ確実に仕留められると。
「ひぃっ!」
セトは背を向けて走りだす。全速力でこの深い木の根のくぼみの端へ。
逃げるセトに真上から追撃が来た。
顎を槍のように突き刺してセトの肩の肉を裂いていく。
避けきれない。
顎に吹き飛ばされ、盛大に転がる。
セトは、木の根の隙間に体を押し込み、剣を突き立てた。
ギム・ゼントの猛攻が一時的に止まる。
木の根が邪魔で攻めあぐねているようだ。
セトは、どうすればいいか必死に考える。
助けを呼んでも無駄だろう、
ましてや、自分にギム・ゼントを倒せるほどの力はない。
やはり逃げるしかない、だけど、どう逃げる。
痺れを切らしたギム・ゼントが顎を広げてセトを食らおうと顔から突っ込んできた。
「あああああああああ!!!」
思いっきり剣を突き立てる。
ギム・ゼントの目に突き刺さり、緑色の体液を噴出した。
ギィィイイイイイイイイッッ!!と甲高い鳴き声を上げ、顔を仰け反らせる。
今だ!とセトは、剣から手を離して木の根から飛び出し、上へと這い上がった。
死が満ちた狩場より抜け出す。
村に走ろうと顔を上げると。
「あ・・・、そんな・・・」
もう一体、ギム・ゼントが上で待ち構えていた。
ギム・ゼントは狡猾な魔獣だ。必ず複数で狩りを行い獲物を仕留める。
仕留め損ねても、跡を付けて確実に仕留める。
もう一体のギム・ゼントの顎が開く。
セトは、剣を構えようとして、下のギム・ゼントに突き刺したままなのを思い出す。下にいたギム・ゼントが逃げ道を塞ぐように、取り囲んでくる。
「・・・アズ姉、・・・ごめん」
セトは腕を首元によせ、目をつむる、首を守ろうとしたのは、最後の足掻きか・・・。
もう一体のギム・ゼントが獲物を食らおうと動く。
「セトォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
セトは、自分の名を呼ばれ目を開ける。光る白い膜のようなものに包まれた人物が、ギム・ゼントの顔を叩いて砕いていた。
突然の襲撃者にギム・ゼントたちは、吹き飛ばされ木の根のくぼみに落ちていく。
セトはこの声を知っている、セトはこの声を聞くと安心できる。
髪は灰色だが少し黒味を帯びていて、キリッとした顔立ちで美人という言葉が良く似合い、胸は控えめだが、腰から脚のラインが見事な曲線美を放っている。
強気で心配性な自慢の姉。
「アズ姉!!」
アズラ・アプフェル、そう、村で一番強いセトの姉だ。