第百九十話 互いに気付ける距離感で
首都ウェスタの城門を背にしてセトたちが新たな旅立ちを告げる。
向かう先はアーデリ王国。
自分たちが初めて向かう国で、敵国で、そして。
真実を知ることが出来る場所。
セトとリーベはそれを目指して進む。
その真実が何であろうとも聖女を救う。それがセトの決めたこと。
この旅はそのためにある。
岩肌の多い景色が広がる町の外を3人は黙々と歩いていく。移動手段は徒歩だ。
自分たちのわがままで旅立つのだから商会の資産である馬車を勝手に使うのは遠慮した。
目的地までの旅の計画はリーベの転位を用いて大幅に移動期間を短縮する予定になっている。
なっているとは、確定ではないからだ。
リーベの転位は知らない場所に行くには精度が欠ける。そのため、町で情報を収集して転位しても大丈夫な安全な場所を探してから行う。
転位先の条件として。
開けた場所であること。
魔獣の少ない所であること。
人の移動が可能であること。
最後に人が生存できる場所であること。
最後は念のために付け加えた条件だが、転位した先が地中だったり、毒ガスが充満する危険地帯だったりしたら一発でアウトだ。
死が訪れる前にもう一度転位するのは難しい。人が生存できない場所に無防備な状態で現れた人間など簡単に死んでしまう。
だから、転位場所は念入りに調査してからだ。
背にする首都がだんだんと離れて、全体を一望できる丘の上にまで歩いたらセトが二人を呼び集めた。
セトが、まずはここに向かうと旅の中継ポイントを告げる。
「まずはヒギエア公国に向かおう。前に一度通ったルートだし迷わなくていいから」
「でも、あそこは戦争の真っ最中ニャ。どこで殺し合いに巻き込まれるか分からニャい」
「うん。だから、ヒギエア公国領には入らずに途中で南下する」
セトが落ちていた木の枝を拾い地面に簡単な地図を描いていく。
左側にベスタ公国と右側にヒギエア公国。さらに先にアーデリ王国を描き。
上に広い大地とディユング帝国の国境線。下はカラグヴァナ王国を描いた。仕上げにベスタの所に石を置いて自分たちを表す。
木の枝の先を地面に突き刺しベスタから真っすぐにヒギエア公国へ線を伸ばす。領土をまたぐ前に下へ線を曲げた。
下にあるのはカラグヴァナ王国だ。
「カラグヴァナに入るのかニャ?」
「カラグヴァナに入って迂回するんだ。ヒギエア公国とカラグヴァナ王国の国境は切り立った崖が続くからそれに沿って行けば戦闘地域は避けられるよ」
下に描いたカラグヴァナ王国とヒギエア公国の間に山の絵を追加し沿う様に線を走らせる。
本来であればヒギエア公国に入り通り抜けてアーデリ王国に向かうのが最も確実で早いのだが、戦争中の両国だ。そんなことはできない。
よって、セトはカラグヴァナ王国経由でアーデリ王国に入るつもりだ。
崖がセトたちを隠してくれる丁度いい目隠しにもなっている。
「ニャるほど。後は崖の近くにある町を探しておけばリーベの転位でひとっ飛びだニャ」
「移動期間が倍以上になるルートだけど、リーちゃんの転位があればその心配はないはず。いかに安全なルートを選択するかが重要ってことだよ」
「おおっ! セトが頼もしく見えるニャ」
「そ、そう? えへへ」
女の子に頼もしいと言われて喜ばない奴はいない。
セトは口元をニヤけさせて照れている。
そんなだらしないセトの顔を下からリーベが覗き込んだ。
「・・・セト気持ち悪い」
「ぶッッ!!? っ!! ッ!」
リーベの強烈な一言がセトのニヤけた顔を凍り付かせる。照れていた顔が一瞬にしてショックを受けた表情へと変わった。
ショックの余りセトが動けないぞ。
「セト気にするニャ。あちしもキモイと思ったニャ」
さらに追い打ち!
容赦ないエリウの追加攻撃がセトの心を抉りまくる。
「う・・・、エリウも、そう思ってたなんて。もうだめだ。お終いだ」
「ニャんであちしが思ったらダメニャんだ! ニャ! ・・・はは~ん」
何かに気付いたエリウがセトを見透かしたような目で見始めた。セトがなんだよと思っていると。
「あちしにはキモイって思われたくニャいんだ・・・」
「?」
ピンとこないセトにエリウが分かりやすく直球で言い放つ。
「あちしにカッコイイと思われたいんだニャ」
「・・・!?」
その一言には、鈍感のセトも気付かざるを得なかった。
顔が真っ赤になりワタワタと手を振って違うと修正しようとする。
「ち、違うよ! そういう意味で言ったんじゃっ!」
「はは~ん」
「勘違い! 勘違いだから!」
エリウに対してセトは必死に違うと伝えるがまるで聞いてくれてない。
それを眺めていたリーベがぽつりと一言。
「セト・・・エリウのことが好きなんだ」
薄々と感じてはいたが、やはりそうだったのかとリーベが呟く。
それが聞こえたと思いきや、セトが静かに振り返り。やさしいお兄ちゃんの顔で。
「違うよリーちゃん。僕はリーちゃん一筋だから」
と笑顔で言い放つ。堪らずエリウがツッコんだ。
「ニャんでそこは冷静ニャんだニャ。お前は姉御一筋じゃニャかったのか!」
「アズ姉と比べちゃダメだよエリウ」
「ニャ!? お前にとって姉御はそれほどニャのか・・・」
「うん当然」
「そうか当然かニャ・・・」
セトの中でのアズラの大きさを知ったエリウがちょっと残念そうに声を出した。
そっか、自分の入る隙は無いかとため息をつく。
ハァ・・・とため息を吐き終わったら、なんだかモヤモヤする感じが残った。
エリウがある自分の気持ちに気が付く。
(・・・・・・ニャ? あちしはニャんで残念がってるニャ?)
案外、人は自分の気持ちに鈍感なものなのかもしれない。
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わいわいと無駄話をたっぷりとした後、セトたちは旅を再開する。
まずは予定通りにヒギエア公国へのルートを取り、商人の町ミッテを目指す。
以前に訪れたことのある町。そこで周辺地域の情報を集めリーベの転位で一気に移動する計画となっている。
徒歩だから進む速度が遅い。
以前は半日もしない内に崖の森に着いたというのに、まだ平原を歩いている。
後ろを振り返ればようやく首都ウェスタが小さくなってきた所だ。
全然進まない旅にエリウが愚痴をこぼす。
「うにゃ~、セトぉーどっかで馬を手に入れた方がいいと思うニャ」
「確かに徒歩での旅はキツイからね。でも我慢してエリウ」
「うにゃ~」
徒歩での旅の経験があるセトはあまり苦ではないようだ。先頭を切って黙々と進んでいっている。
愚痴をこぼしているエリウはそろそろ休憩したい気配を漂わせているが、彼女も旅に支障はない。
ドンドン進んでいく二人。
そんな二人に遅れまいと懸命についていっているのはリーベだ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
まだ日は傾いていないが、疲労の色が出てきている。
リーベ自身もこんなに早く疲れるとは思っていなかった。
このままでは遅れてしまうと歩くペースを上げようとするが息が荒くなるだけだった。
セトが立ち止まってリーベが追い付くのを待つ。
このペースで速いとなると、旅の計画を練り直した方がいいかもしれないと考え始める。
「セトやっぱり馬がいるニャ」
「うーん。いるかな」
「いるニャ」
リーベが疲れているのを見てエリウが強く馬の入手を提案する。
馬がいれば旅がうんッと楽になるからだ。なにより、自分が馬の上で寝れる。
セトもどうするか考えるが、馬を手に入れるにしても次の町に着くまで徒歩なのは変わらない。
距離的には首都ウェスタに戻って買って来た方が早いだろう。
適当な木陰を探して休憩を取ることにするセトたち。
2、3時間ほど歩いて少し休憩するぐらいのペース。休憩を取るのは別に構わない。
セトが心配しているのは休憩のたびに水が飲まれて減っていくことだ。
旅で水は非常に貴重だ。なによりも先に確保しておかなければならない。
それがこんな序盤でグビグビとセトの前で消えていた。
「ムぐムぐ・・・ふぅ」
グビグビと水を飲んでいくリーベはとても美味しそうに飲んでいる。
そんな妹を見ると、水なんてまた補給すればいいかと思ってしまいそうになるセト。
妥協してしまいそうになる自分を、こらセトしっかりしろ! と叱りつけ、リーベから水を取り上げる。
「む!」
「飲み過ぎはダメだよ。もう少ししたら出発だからね」
自分がしっかりと仕切らないといけないと。
そんな気持ちに押されながら二人に出発の準備を促していく。
セトに急かされながら渋々と準備を始めた二人が、ふとあることを同時に思いついた。
「ねぇセト」
「ニャぁセト」
「ん? 何?」
二人から同時に名を呼ばれたセトが何と聞き返し二人を見る。
エリウとリーベは特に打ち合わせた訳でもなく同時にこう提案した。
「次の町を知っているならそこに転位しよう」
「次の町を知っているニャらそこに転位しよう」
そうだ。場所を知っているなら転位すればいいのに。
なんでこんな呑気に歩いているんだと二人はセトに聞く。
「・・・・・・」
だが、提案されたセトはしばらく固まって。
そして、静かに答えた。
「僕も・・・」
「「?」」
「僕も・・・言おうと思ってたんだ」
そんなことを言い出したセトを見てエリウとリーベは顔を見合わせる。
なぜ、セトがこんな恥ずかしくなるような嘘をついたのか。
二人は気付く。気付いてあげられた。
二ッと笑い。セトの背中をポンッと叩く。
「そんニャこと分かってるニャ。さ、とっとと次に出発ニャ、リーダー」
「・・・!」
「セト、頼りになる」
「・・・!! えへん!」
セトのちっぽけなプライドが見る見ると回復し元気を取り戻す。
二人に気遣ってもらいながらセトリーダーの誕生だ。
「よし! 商人の町ミッテに出発するよ。リーちゃんお願い」
「うん」
では早速と、リーベが手先から青白い光を生み出し目の前に束ねていく。
それは積み重なり、セトたちの目の前に空間に穿たれた一つの穴となって現れた。
リーベが祈るように何かを心の中で呼び続ける。
この穴を通っていくための案内人。
リーベの呼びかけに応えてそれは姿を現した。
「久しぶりイェホバ」
穿たれた穴から姿を見せたのは
六対の美しい純白の翼を持つ上位のセフィラ。
イェホバ・エロヒムだ。
リーベの呼びかけとあらば真っ先に駆け付けてくれるいいヤツ。
本当はそんなに軽々しく呼べない存在のはずなのだが、聖女がお呼びとあらばイェホバは駆け付ける。
(久しぶり。確認。要件)
「えっとね。ここから東にあるミッテっていう町に行きたいの」
(了承。確認。転位場所)
「えっと・・・」
町に転位するのは了承された。では転位場所の正確な位置はと聞かれリーベが悩んでいると、セトが代わりに応えた。
「町の近くに切り立った崖と森が途切れた境目の場所があるんだ。崖の下に続く森の終わりの所。そこに転位させてもらえないかな?」
セトの説明を頼りにイェホバ・エロヒムが転位先を脳裏に浮かべる。
浮かび上がったのは高い崖に囲まれた地形とその下に続く生い茂る森。そして、セトの説明通り森の途切れ目が見えた。町への案内板もある。
(転位場所確認完了。転位開始?)
イェホバ・エロヒムが確認を取るため、リーベの方を見る。
確認を求められたリーベはすぐにOKと頷いた。
(転位。開始)
イェホバ・エロヒムの導きによりセトたちが青白い光に包まれて。
穿たれた穴にへと吸い込まれていった。
木陰から忽然と姿が消え、セトたちは白い世界を飛んでいた。
そこはいつか来た神話の世界。
次に目を開いた時には、転位は完了し目の前に切り立った崖と後ろに森へと続く道があった。
そして。
「やっと来ましたね結構待ちましたよ」
手ごろな岩の上に腰かけてセトたちを待っていた男が一人。
例えるなら胴着。民族衣装のような緑の変わった服を着ていて。
赤く長い布を紐代わりにしてくくって締めている。
髪は黒色だが、前髪だけ白く白髪となっていて、まだ中年ほどの歳に見えるが苦労しているのかもしれないその顔。
セトたちがよく知る人物。
王守・森羅がそこにいた。