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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第八章 血赫カラグヴァナ戦
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第百八十九話 決意の旅立ち

数々の戦場の中で、その噂は自然と広まった。

僅か6名で戦局を覆す傭兵たちの噂。


術式使いの可能性への干渉など、その鮮麗された連携で切り崩し。

個々の強力なポテンシャルが敵をなぎ倒す。


その内、2名は術導機などものともしない実力者。


軍という集合が個に蹂躙されていくその光景は戦場にいた者に強烈な印象を叩き込み、それは報告内容として国の上層部に知れ渡る。

そうなれば、もう噂ではなくなる。

彼らは確実に存在する強者たち風の団。


カクトゥスがそんな彼らに報酬以上の活躍を期待しながら指示を出す。


「やって貰いたいことは簡単だ。敵部隊がこちらの囮に食いついている間に、お前たちには本隊を叩いてもらう」


たった6名の傭兵に任せるには無茶が過ぎる指示。

だが、それをカクトゥスは要求した。何ら問題ないと、彼らだからこそ要求できると。

対する風の団、その団長バティルがこう返答する。


「随分と買ってくれているな。俺たち傭兵を普通は囮に使うと思うんだが?」


「ここでお前たちを損耗させるつもりはない。なに、後で嫌と言うほど囮になってもらうさ」


「いいぜ、了解だ。報酬は弾んでくれよ」


「もちろんだとも」


バティルたちが武器を手に持ち歩き出していく。向かう先は敵本隊。

彼ら傭兵は金で戦っている。騎士のように国を守るためだとか、名誉だとかは持ち合わせてないのだ。

だから、カクトゥスはそれ相応の報酬を提示している。彼らが敵の懐に喜んで飛び込んでいくだけの額を。

金で動くのならカクトゥスはいくらでも提示する。

風の団にはそれだけの実力と価値があるのだから。


「カイム、ヴィド爺の仕込みが終わったら二人を連れて敵を誘導しろ。後は俺とハンサがやる」


「了解です。術導機部隊を一時的に沈黙させますのでその隙に」


「ああ、任せる」


その会話は、幾度となく戦場を渡り歩いたからこそ、互いに任せ合える信頼を感じさせていた。

細かい指示などはしない。カイムたちだからこそ最も欲しい時に、欲しい分だけ援護を用意して、バティルたちが勝つ。

それだけだ。

彼らはそれで成り立つ。


(・・・欲しいな私の部隊に。騎士団統一戦でもそうだったが、あのバティルの強さは頭一つ飛び抜けている。私でも勝てるか分からないのはあまりいい気がしないな)


カクトゥスが感じた気持ちは騎士として感じて当然の気持ちだろう。

騎士は誇りと名誉を胸に抱いている。

傭兵は違う。大多数が金だ。

だから、ほとんどの騎士はそんな誇りを持たない傭兵に後れは取るまいと思うのだが、バティルの強さは逆に憧れを抱かせるほどだ。

戦場に彼が立てば士気が跳ね上がる。

バティルという男の存在は戦場を動かす一つの要素。

カクトゥスは素直に嫉妬していると認めて風の団の成果を待つ。


そんなカクトゥスに送り出された風の団は戦場を真っすぐと進んでいた。

前方に副団長カイム、剣士のジズとガルダ、工兵のヴィドフニル。

後方に団長バティルと術式使いのハンサ。


前方のカイムたちが敵影を発見次第、迎撃と誘導を行い。

後方のバティルたちを敵本隊へと導く陣形。

バティルたちはただ歩くだけだ。術式によるかく乱も行わない。それは逆にカイムたちの邪魔になる。

ただ歩き、進むだけで十分。


「ッ!」


カイムが敵影を発見した。視界の先にある砂煙の中に人影が複数。

カイムが右手を上げた瞬間にジズとガルダが一気に砂煙の中に飛び込む。

数秒で接敵し。


「なッ! どこからッ!?」


「ぐぁ!!」


聞こえて来たのはアーデリ王国騎士の驚愕と悲鳴。

倍以上はいたであろう騎士気配がものの数秒で全滅していく。カイムとヴィドフニルも続くように砂煙の中に入っていった。

術導機や遠距離術式が巻き上げた砂が戦場を覆う目隠しになっているのだ。

周囲から散発的に聞こえてくる戦闘音。そのどれもが一方的な襲撃音。


バティルたちの周囲から敵の気配が無くなっていく。カイムたちが邪魔となる存在を根こそぎ潰して道を作っていく。

彼らはただ歩いていく。

隣で歩くハンサがふと顔を上げた。

魔力を高めだし右手へと収束させる。


「流石にバレたみたいね。どうするの?」


ハンサが見上げた先にいたのはアーデリ王国の術導機、汎用型アルコ2型だ。

連隊を組んでこちらに迫り接敵までものの十数秒。搭載されている索敵術式で居場所を探知したのだろう。

戦場での術導機との遭遇は死を意味するほどのことだが、それを倒すために騎士や傭兵は戦場に送り込まれている。

大抵の者は殺される。

だが、ここにいるのは風の団だ。


「いつも通り、このまま進むだ」


「了解、団長!」


風の団は術導機から逃げも隠れもしない。逆に堂々と戦場の只中に立ち、汎用型アルコ2型を迎え撃つ。

砂煙を吹き飛ばし、空から迫る汎用型アルコ2型。隠れ蓑になっていた砂が消え失せ戦場にいるバティルたちが丸見えとなる。

同時に汎用型アルコ2型の姿もバティルたちからハッキリと見えた。

その武装は砲撃タイプ、数は3機。安全地帯の空の上から一方的に攻撃を仕掛けようと上空で砲撃体勢に入っている。


このままでは空から降り注ぐ術式の砲撃で嬲り殺されるのが分かる。

それが分かっていながらバティルは術導機を無視する形で前へと足を進めた。

そんなことをすれば当然、汎用型アルコ2型からの砲撃が容赦なく開始される。

無防備に歩いているバティルたちを狙って間髪入れずに撃ち込まれるエネルギー弾の雨が降り注ぐ。

ドドドドドッ!と砂の代わりに爆発が戦場を覆い地上が破壊される。たった6人を殺すには十分すぎるほどの威力。


目標が沈黙したことを確認した汎用型アルコ2型が飛び去ろうと、機体を巡る魔力を推進力に回した。

その一瞬だ。

戦場を覆う新たな砂煙を何かが貫き、汎用型アルコ2型の砲身の中へと飛び込んだ。

さんざんエネルギー弾を吐き出し熱を帯びて、術式で観測した破壊の可能性、打つ出したエネルギー弾の影響をモロに受けている砲身に異物が混ざり込む。

それは、機体の状態を元に戻せなくなる原因となり、異物一つで術導機がシステムエラーを吐き出した。


汎用型アルコ2型たちの動きが止まる。術導機が下した判断は敵からの攻撃。

即座に砲身の安定化作業を止め、再攻撃に移ろうとする。


この時点で、風の団の工兵ヴィドフニルの役割は完了していた。


砂煙の中、彼が術導機に打ち込んだのはただの矢だ。

ただの矢を汎用型アルコ2型は砲身内部に残したまま攻撃態勢に入ってしまっている。

砲身内部で術式のコードが展開され、矢の存在を考慮しないままエネルギー弾を観測し。

そして。

汎用型アルコ2型の砲身が腕ごと吹き飛んだ。

砲身内部にある矢にエネルギー弾が接触し爆発、そのまま自身の腕を吹き飛ばしたのだ。


再度攻撃を仕掛けようとした汎用型アルコ2型たちの動きが完全に停止していく。

術式の塊である術導機は機械的に状況を学習する機能がある。なら、砲身に異物があれば無理に砲撃をしてはいけないと今回のことで学習するだろう。

それは強制的にだ。

そうなれば、汎用型アルコ2型は主力の攻撃手段を失うこととなる。

この状況の対処法を構築するための思考ルーチンに陥り、一時的に停止する。


それは数秒かもしれない。

だが、バティルたちが敵本隊に到着するには十分な時間だ。

砂煙が晴れた場所にバティルたちが出る。平地が続くその場所にアーデリ王国軍の陣が張られていて、真正面からバティルたちは乗り込んだ。

突然やって来た敵に、騎士たちは大慌てで武器を手にし包囲する。


「さてと、到着だ。団体様だが問題は?」


「ないッ!!」


そう答えたハンサが魔装・天装翼フリューゲルデロールを身に纏い敵陣に突っ込んでいった。

鮮やかな緑の鎧に空を駆けるための3対の翼。

戦乙女と呼ぶに相応しい美しい姿。

裸に魔装の鎧という、少々破廉恥な所が玉に瑕だがそんなことなど敵は気付く暇もないだろう。

敵陣の中心でハンサ魔装が暴れまくり、術式による暴風雨で吹き飛ばされ自軍の本隊が全滅寸前なのだから。


バティルが暴れまくるハンサを眺めながら。


「・・・こりゃぁ、俺の出番はないな」


言い終える頃には敵が霧散し始めていた。

これが風の団。

敵本隊はハンサが蹴散らし、術導機部隊はカイムたちが沈黙させる。

たった6人の彼らが戦局を動かす。


その結果を観測部隊より確認したカクトゥスは満足気に自軍本隊を進軍させるのだった。



----------



隣国が戦争している同じ空の下。

セトたちは出発の準備をしていた。

目的地はアーデリ王国の王都ディケ。その中心であり聖女ハーザクがいるであろうユースティティア城だ。


今回の旅は正直不安の方が大きいとセトは思う。

アーデリ王国は自分の居る国、ベスタ公国とも戦争状態の敵国なのだ。

敵国に行くとなれば不安にもなる。領土に入り村や町に寄ったらいきなり拘束されたりしないか心配になるのが普通だ。

なにより、リーベが一緒なのだ。

彼女はセトの妹であると同時にツァラトゥストラ教の聖女エハヴァ。

セフィラや魂神の力を持つ聖女なら十分に狙われる可能性がある。


アーデリ王国やそれ以外の勢力にも。


アプフェル商会本店にある自分の部屋で荷造りをしているセトはこう思う。

きっとジグラットは自分たちをアーデリ王国に向かわせようとしていると。

セトがそう思うのには理由がある。

神託が告げられたタイミングが良すぎる。それに内容もだ。


セトが目覚めるのを見計らって告げに来たと思うには十分に不自然なタイミング。

神託が告げられたのもセトではなくリーベなのもおかしい。


セトは思う。

罠の可能性があると。


それはジグラットが仕掛けたのか。アーデリ王国が仕掛けたのかはまだ分からない。

どちらも怪しい。

怪しい神託を告げて来たジグラットが仕掛けたと思うのは簡単だが、その前に仕掛けられている可能性もある。

聖女ハーザクの接触事態が罠である可能性。


しかし、聖女ハーザクは嘘を言っていないだろう。彼女は信じられる。なら、聖女という存在に取り巻いている者たちが何かを起こそうとしていると考えていいだろう。

セトもそうなのだから。

聖女を助けようと事を起こそうとしている。


この助けるという行為、ジグラットもしくはアーデリ王国のどちらに有益なのか。

それもまだ分からないが、それでもセトは行くだけだ。

たとえ罠だとしても、そこに何があろうとも。


セトが決意を詰めていくように、リュックに荷物を詰め込んでいく。


「これでよし。荷物は最小限に、食料は保存のきくものを2、3日分。後は寝袋と・・・」


「セト、準備できたかニャ?」


セトに声を掛けたのは一足先に準備が完了したエリウだ。

準備した荷物は金と非常食だけだが。


「うん、OKだよ。リーちゃんは?」


「リーリエがこれでもかと持たせてるニャ・・・」


「はは・・・仕方ないよね。リーリエさんには心配ばっかり掛けてるから」


「戻ったら頭下げるニャ」


「うん」


セトが目覚めてからたったの一週間で旅立ってしまう。

心配していたリーリエからしてみれば、ようやく安心したのに、また心配しなければならないのだ。

セトも悪いことをしているなと思い、絶対に帰らなくちゃと強く思える。


「エリウ、そろそろ行こう」


「みんなに顔を見せニャいのニャ?」


「・・・うん。きっと引き留められるだろうし。決意が揺らいじゃいそうだから」


「そうかニャ」


時間は夜明け、旅立ちには丁度いい時。

セトとエリウはまだ商会のみんなが寝ている間に出発を開始する。

まずはリーベと合流だ。

リーリエが旅路の支度手伝ってくれているが、エリウが言うにこれでもかと持たせているらしいが?


「リーちゃん準備できた?」


「む!? セト準備できたわっとと・・・」


迎えにいってみれば、そこにいたのは荷物の持ち過ぎでダルマさん状態になったリーベだった。

いろいろと持たせ過ぎて重装備と化している。


「ちょ、ちょっと持ち過ぎかな?」


「む~重い・・・」


「ごめんなさい。でもッ、これぐらい持って行かないとって」


「うん、ありがとうリーリエさん」


ダルマさん状態になったリーベ。

それはリーリエの優しい気持ちに包まれたリーベだ。

だから、セトはありがとうと返す。

それだけリーベのことを想ってくれている。


「荷物を減らすから手伝って」


「あ、はい!」


リーリエのたっぷりの優しさを少しでも多く持って行けるように荷物を工夫をして詰め込んでいく。

荷物の収納術をそれなりに鍛えられていたセトは、コンパクトに荷物をまとめて見せた。


「おお! 軽い!」


「準備できたね」


「んニャ、出発ニャ」


そして、出発の準備が整った。3人が本店の玄関の扉を開き外に出る。


「本当に行っちゃうんですね」


「ごめんリーリエさん。でも絶対戻って来るから」


「戻って来て下さい。約束ですよ?」


「うん約束」


それはセトの帰って来る場所。

そして、その帰りを待ってくれている人たち。


「絶対に、絶対にですよ!」


「うん」


「約束しましたからね!」


必死に涙を堪えて見送ろうとするリーリエ。

本当は止めたいのだろう。行かせたくないだろう。

でも彼女は止めない。彼らがそれを決めたのだから。


「行ってきます」


リーリエの涙を背にセトたちは出発した。


首都ウェスタを進んでいき、第一城壁を目指す。

その前に。


「ちょっと寄りたい場所があるんだけどいいかな?」


「いいけど、どこニャ?」


「ルフタさんに一言、行ってきますって」


「ニャ、・・・ルフタも喜ぶニャ」


そう言って足を運んだのは町の一角にある墓地。

そこにルフタは眠っている。

商会のみんなのお金で建てた立派な墓。その石の墓標に刻まれたルフタ・ツァーヴの名。

セトは目覚めてから毎日のようにここに脚を運んでいた。

旅立つ今日も。


「おはようルフタさん。今日、リーちゃんとエリウと一緒に出発します」


墓標の前に立ち報告するセト。

エリウとリーベが見守る中、しばらく来れなくなる分しっかりと気持ちを告げていく。

この旅を決意した気持ちを。


「この気持ちは僕の本当にしたいことなんだ。この旅の先、いろんな事があると思う。良いことも悪いことも。でも、負けないよ。だから、・・・見守っていてルフタさん」


墓標はただ静かにセトの決意を聞き届け、セトたちは旅立って行った。

それはただ守られるだけだった子供たちが、一つ大人になった姿のように見える。

そんな光景だった。

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