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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第八章 血赫カラグヴァナ戦
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第百八十八話 始まりの朝

セトが目覚めてから一週間が経った。

ベスタの空に朝日が射し、心地よい目覚めの時間に、今日もセトは一人早く起きてリハビリをしている。


軽く町を歩き。

筋肉を温めてから軽く走る。

第三城壁区画は首都襲撃の被害が及ばなかった区画、街並みもそのままだ。

石造りの家が並ぶ住宅街は円形の城壁内で所狭しと並んでおり、城へと続く道だけが大きく開かれている。

その城はもう破壊されてしまい道がたどり着くのは瓦礫の山だが、それでも主要道路は交通機関として十分に機能していた。


セトもその道を走っていく。

時々すれ違うのは見回りの騎士たち。皆、セトを見ると一礼していき、よかったなと声を掛けてくれる。

セトの事情は騎士たち全員が知っていることだ。近衛騎士隊長の弟となれば個人の情報を把握されていて普通だろう。

だから、セトが昏睡状態だったことを知っている。そして、無事目覚めたことを喜んでくれている。

セトも笑顔で挨拶を返して走っていった。


道から逸れ石畳の階段を上がっていき、息を大きく吐きながら汗を流す。

朝の澄んだ空気は体を動かすには丁度いい。

さらに階段を上がり高台から城壁内の街並みを見渡す。

見の前に広がるのは首都ウェスタの街並み。戦争で第一城壁区画が破壊された景色。

セトが眠っている間に起こった事。


この光景を見るたびに自分は1年も昏睡状態だったセトは自覚できた。

何も変わらない景色だったら何も感じなっただろう。

周りの変化にすぐ気付けず、分かった時にはすッ転げるぐらいだったかもしれない。


いや、すッ転げるぐらい驚いた。

セトは目覚めた瞬間その変化に気付けたのだが理解が追い付かなかったのだ。

だから驚いた。

まず、目覚めてからセトが驚いたのはアズラや商会のみんなの立場が変わっていたことだ。


アプフェル商会がベスタ公国公認の商会になっていたり、リーリエが新総括になっていたり、ランツェたちが騎士になるなど驚きの連続。

とくに、アズラが近衛騎士隊長になっていたのには心底驚いた。


そう、驚いたのだ。みんなの立場が全然変わっていた。

まるで、久々に会った友達全員が出世していて自分だけ取り残された感じ。

セトは無事仲間たちと対面できた喜びと同時に取り残されていくような気持ちも感じた。


でも、それは悪いことではない。

取り残されたと思ってしまうほど、みんなが成長したのだ。

ならセトも追い付こうと、後れを取り戻そうと素直に思える。


「剣の腕、鈍ってるだろうな・・・」


思えるけど、ちょっとがっかりな部分もある。せっかく鍛えた剣術もやり直しだ。

アプフェル商会本店前まで戻ったセトは、壁に掛けていた木刀を手に取り最後の仕上げとして素振りを開始した。


セトが朝の稽古の仕上げとして素振りをしている最中。

リーリエはお店の準備をしていた。

アプフェル商会も従業員が増えてかなりそれらしくなっている。

人が増えたことで、朝、昼、晩と交代して夜遅くまで店を開けることも可能だ。ランツェたちがいる間は魔獣討伐や護衛も請け負っている。


アプフェル商会が魔獣討伐を請け負う理由は、単純に魔獣を駆除する者が減ったため。

カラグヴァナ王国が請け負っていた部分が戦争によって行われなくなったため、そのしわ寄せということだ。

それでも悪い事ばかりではない。

魔獣討伐は単価が高い仕事だ。それに、ランツェたちの実力を聞きつけアプフェル商会にと新たな討伐依頼が舞い込むし、商会に入りたいと人も集まってくれる。


そんなこんなでリーリエは今日も仕事でてんてこ舞いだ。


「え~っと、今日の討伐依頼は二件ね。南の荒野にいるグリーン・ヴォルフの群れを追い払うのと、首都近郊に住み着いたシュタッヘル亜種の退治っと・・・・・・先にシュタッヘルかな」


依頼書を手に掴みながら優先順位を割り振る。もう手慣れたものだ。どの順番で誰を向かわせればいいのか瞬時に分かる。

この配分がアプフェル商会の魔獣討伐達成率を引き上げるのに一役買っているのだ。


「よし、ランツェさんに最後の一仕事を頼もう! 騎士になったらこっちの仕事できなくなるし。・・・さてと、お店を開けなきゃ」


魔獣討伐の割り振りを終えたら本業の準備を始めていく。

基本、アプフェル商会はなんでも屋だが、アクセサリーや魔晶石を用いた術式に補助効果のある道具を主に扱っている。

これはこの一年商売をしてみて一番売上のいい商品を選んだ結果だ。何かと小物は売りやすく、魔晶石が取り付けられたものは傭兵や騎士にも需要がある。

なにより、保管が楽だ。

生もののように腐らない。術式で凍らせ腐らないようにする手もあるが、凍らせるための高価な魔晶石とそれなりの大きさの箱がいるだろう。

リーリエが商品棚のある場所に移動すると、もう店員が陳列を始めてた。

今日もリーリエは店の扉を開ける係。


店の扉を開け移動式の商品棚を表に出す。すぐ横ではセトが素振りを続けていた。


「398、399、400ッ・・・」


「セトさん、そろそろ朝ごはんですよー」


「あと百回!」


「はーい」


鍛錬に熱心なセトに声を掛けたら、中に戻っていく。

この一週間、この繰り返し。

待ち望んだ一日のサイクル。アズラやランツェたちがずっといてくれたら満点だが欲張ってはいけない。


「じゃあ、今日もよろしくお願いします」


「「「よろしくお願いします!」」」


店員たちが元気に返事をしてくれる。リーリエとしては嬉しい限りだ。

そんな彼女の後ろに、何やら黒い影が・・・。


「リーリエ~」


「ん~ちょっと待ってね」


後ろからひょこっと顔を出したのはリーベだ。

リーリエが仕事をしていると、ここ最近早起きをしているリーベが後ろからちょこちょこと顔を出し、何か聞いて欲しそうな目をする。

そう、リーベは早く出発したいのだ。


リーベとしてはセトが目覚めた次の日にでもアーデリ王国に向けて出発! といった気持ちだったのだが。

セトの体力が戻るまでは到底無理な話。

みんなから説得されてセトの体力が最低限戻るまで待つこととなる。

それから一週間。リーベは我慢の限界に達しつつあった。


「リーリエ~、私大丈夫だから」


「はい、そうだね。これ手伝って」


「むぅ、うん・・・」


リーリエから小堤を渡され、指さされた商品棚に入れていく。リーベは不満そうだがリーリエはこれでいいと思っている。

自分がいいよ、と口にした瞬間に明日から永遠に会えなくなるのではないか。

そんな予感が彼女の頭を過るのだ。

セトが鍛錬を終えて店の中に入って来るのが見えると、リーリエはそのまま話題を変える。


「セトさんも来たし朝ごはん食べよっか」


「むー」


ちょっと不機嫌なリーベの手を引き店の奥に向かう。

その手はリーベとセトをここから離さないと握っているように見える。

手を握ったまま奥の部屋に向かい、朝ごはんが用意されたテーブルを囲んでいく。

セトも汗を拭いてからやって来た。


「では、いただきましょう」


今日のメニューはクル豆のスープに、市場で買って来た出来立てパン。

セトとリーベがよく食べている組み合わせだ。

スープは少し塩味が利いた寝ぼけた頭を起こすのにちょうどいい味。パンは今日のエネルギーだ。

朝ごはんをリーリエとセトは黙々と食べていくが、なぜかリーベはあまり進んでいない。

何か考え事をしている。それはもちろん何時出発できるかだ。


「・・・」


スープの入った皿にスプーンを突っ込んでカチャカチャといじるだけで食べようとはしない。

そんなリーベの気持ちを二人は十分に感じている。

感じているからリーリエは何も起こらずに今日も過ぎて欲しいと思って。

逆にセトは今ならどこまで行けるかを想定していた。

そして。


「リーリエさん」


「はい」


セトがリーリエに伝えようとする。それをリーリエはついに来てしまったと構えた。


「前に一度話したやつだけど・・・僕は行こうと思う」


「・・・」


リーベがセトの方を向き、ようやくだと目を輝かせる。

もう行く意思が固まっているの知っていて、それをもう一度見て聞いたリーリエは。


「私は・・・止めない。でも、帰ってきてください!」


「うん。絶対、帰ってくるよ」


そう返した返事は、なぜかリーリエの寂しさと不安をかき消してくれる力強いものだった。

彼女がセトを信じられるから。絶対帰って来てくれると思えるから。

リーリエは二人を止めなかった。


この日、セトとリーベが旅立つのが決まった。



----------



地平線の先から自分のいる位置まで、それは徹底的に充満していた。

死だ。


死の臭い。味。感覚。雰囲気。


死の全てがこの場に満ちていた。

ここは、ヒギエア公国とケレス公国の国境地帯。そして、ヒギエア公国軍とアーデリ王国軍が全面衝突している激戦地だ。

直ぐ先では、術式の応酬による爆発。術導機同士の殲滅戦が行われている。

ここからでも、その光が十分確認できた。すぐ横の足元を氷の槍が突き抜けていく。

流れ弾も十分に。


その激戦地の只中にいるのはヒギエア公国近衛兵隊長のカクトゥス・ヴュスルナ・ゼーラフ。

石のような白い鎧に剣を重ね翼のようにした装備を背中に装着したカクトゥス専用の装着型術導機メヒャーニク・ツァオバークンスト

悪魔のような禍々しい印象を与える姿だ。


そんな専用装備を身に着け、守るべきガスパリス公爵の側から離れ遠い地に来たのは訳がある。

敵の足止めだ。

アーデリ王国軍を確実にこの地で磔にし、自軍の準備が整うまで時間を稼ぐ。

そのために、わざわざカクトゥスは部隊を引き連れ敵勢力圏に入ったのだから。


カクトゥスの後ろにヒギエア公国製術導機が陣形を組んで姿を現す。

球体に手足を取り付けた構造をしており、胴体の外装部分が規則的に回転している。

顔らしいものは見当たらず、代わりに目と思われる装置がいくつも胴体に直接取り付けられギョロギョロと辺りを見ていた。

ヒギエアの騎士たちと同じく白をベースとした色。

他の術導機とは設計思想が根本から異なるのがヒギエア公国製。名称はクーゲル。


クーゲルたちが指示を仰ぎ、カクトゥスが通信術式を発動させ一瞬にして作戦内容を伝えた。

次の瞬間にはクーゲルたちは飛び立って行ってしまっている。

そして、十数秒後には新しい光が戦場に追加されていた。


「観測班、戦況は?」


耳に手を当て通信術式で戦況を分析している部隊に繋ぐ。

返事はすぐに来た。


「現在、敵術導機部隊に進攻を阻止されています。敵術導機部隊は3部隊に分かれ遊撃戦を展開。敵本隊から完全に独立しています」


「分かった。観測を続けてくれ」


「ハッ」


戦況は思わしくない。

アーデリ王国軍の主力術導機 汎用型アルコ2型にいいようにかき乱されている。

クーゲルが決して性能で劣っている訳ではないのだが、練度で差を付けられている。

術導機を扱う騎士に実力差があるのだ。


ヒギエアが術導機の技術を確立したのはここ数年の話。

対してアーデリ王国は昔から独自の技術を保有していた。

この差は大きい。

差を埋めるためには何かが必要だ。


カクトゥスはそれを用意する。

通信術式で指示を出し、後ろに待機していた部隊を前へと移動させた。

騎士や傭兵、接近戦特化の術導機を組み合わせた部隊。

遠距離の砲撃戦とそれを突破するための術導機での戦闘。

この膠着状態を打破する。


「来たな。お前たちには敵砲撃部隊の殲滅をしてもらう。本隊が進攻するための道を作るのが仕事だ。なに、上手くいくさ」


昔の戦争のように騎士たちを鼓舞するようなことはしない。

最小限で最適の指示により、素早く戦場へ行く。

それが彼らの仕事だ。

褒めるのは生き残り勝利してからだ。


送り出した部隊の背を見ながらカクトゥスは戦況を分析し、次の一手を考えていく。

こちらが動いた。なら、相手も動くはず。


撒き散らされる破壊の可能性と死が充満する戦場で、激しくぶつかる。

暴力の混ざり合う地で、カクトゥスはさらに一手を付け加える。


「では、お前たちにも出てもらおうか」


カクトゥスが振り向いたそこには、6人の名のある傭兵団。胸に鳥のシンボルを刻んだ彼らは。


そう風の団だ。

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