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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第七章 変動と胎動
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第百八十七話 自分の歩く運命

聖女ハーザクからのセフィラ因子を介した干渉が途切れる。

それは彼女が意識を失った証拠。

邪魔者を排除したその男は、さも今来たと振る舞いながらアプフェル商会本店を訪れた。


腰まで伸びる長い白髪、女性と見違えるほどの白い肌と美貌、突き刺すような目。

ヴェヒター・デカダンス・ホーエンツォレルン。

聖女ハーザクに牙を剥いた神官。


ヴェヒターが本店の前で足を止めた。

店の中からは喜びの声が溢れ聞こえてきている。

セトの目覚めを祝福しているのだろう。ヴェヒターもそうだ。

祝福しに訪れた。


店の扉をノックする。

コンコンと、短く失礼を感じさせないように。

もう店は閉まっているので、すぐには返事が返ってこない。セトの方に気を取られているのもあるだろう。

ヴェヒターはもう一度扉をノックする。


「はーい。どなたですか? もうお店は・・・」


若い女の子の声が返って来て扉が開く。応対したのはリーリエだ。

ヴェヒターを見たリーリエはびっくりして思わず一礼した。

玄関の前で立っていたのが神官様だったら誰でもびっくりするだろう。ジグラットの神官は高貴な役職であり、リーリエ達にとっては先生や親、指導者それ以上の存在に映るのだ。

たとえ、一度ベスタでは、信頼や信仰が薄れてしまったとしても、目の前に現れられたらリーリエのように尊敬の畏怖を持って対応してしまう。


そう、だからこそ。リーリエは何も疑いもせずにヴェヒターを中へと招き入れてしまった。


「神官様。このような時間にどうされたのですか? さ、中へどうぞ」


「お気遣いに感謝しますリーリエ君」


「名前を覚えていただけたんですか! ありがとうございます!」


「もう会うのは一度だけではないですから。それより、なにやら賑やかですが・・・?」


分かっているのにワザと話をセトのことに誘導していく。

もちろん、聞かれたリーリエは嬉しそうに答える。それは自分のことのように。


「はい! 実はセトさんが目覚めたんです! 今さっきですよ。お会いになっていただけますか?」


「ええ、もちろんですとも。ようやく傷が癒えたのでしょう。喜ばしい事です」


偶然を装う様にセトに近づいていく。

その時、リーリエがあることに気付いた。


「あ! 神官様」


「何か?」


「あの・・・何の要件でいらっしゃったんですか?」


当然の質問だ。

もちろんヴェヒターはその答えを用意している。


「実は、リーベ君に神託が告げられました」


「リーちゃんに神託がですか!? え、でも・・・」


「疑問はごもっともです。彼女は洗礼の儀を受けたツァラトゥストラ教徒ではない。ではないのですが、彼女にとって非常に重要な神託が告げられたのです。ですから、私がそのことを伝えに来たのですよ」


「で、ではリーちゃんをすぐ」


「いえ、後で結構です。今は兄との再会を喜んでいるのですから」


そういい、ヴェヒターは用意された椅子に腰かけ、セトとリーベが降りてくるのをただゆっくりと待つことにした。

彼は別に焦る必要はないのだから。


そして、待つこと1時間。

仲間たちとの積もる話もひと段落したセトとリーベのいる部屋に、ヴェヒターは向かった。


「失礼しますが、いいですか?」


「ヴェヒター様!」


「む?」


部屋に姿を現したヴェヒターを見てセトが嬉しそうな顔で出迎える。

リーベはセトの横に張り付き隠れるような位置に移動した。

セトはまだ自力で起き上がることが出来ないため、ヴェヒターはセトの隣に腰掛け話やすい体勢を取り、軽く問診をした。


「どうですか体の具合は、どこか動かない所などはないですか?」


「大丈夫です。体力が落ちて歩けませんけど」


「なら心配はないでしょう。よく食べて体力を戻せばすぐに歩けます」


セトの受け答えはハッキリしており、会話に問題は無い。

ヴェヒターとセトが会話をしていく。王都襲撃の話。夢の話。リーベとハーザクの話。

セトは自分の身に起きたことを事細かく話していった。

ハーザクの警告の部分などは省いてだが。


ヴェヒターは話の中にあったダートとの戦いの部分について詳しく聞いた。

その話が重要だからだ。


「ダートを倒した、といいましたが具体的にどんな姿をしたダートを倒したか覚えていますか」


「どんな姿かですか? うーん、影みたいな巨人、です」


少し考えるそぶりを見せるヴェヒター。

一人納得するように答えを出す。


「影・・・まさしく影を倒したのでしょうね」


「?」


ヴェヒターが何に気付いたのかセトには理解できなかったが、きっと大事な事だったのだと認識する。

喋っているとあっという間に数十分が過ぎた。

セトの話を一通り聞き終えたヴェヒターは、神官らしく優しくアドバイスをしてあげる。


「セト君、夢での出来事は聖女の導きによるものでしょう。君を想うからこそ危険な世界に飛び込みダートとの戦に臨んだのですから。妹への感謝を忘れないようにしてください」


「はい」


ヴェヒターのアドバイスを素直に受け取るセト。

そこには何の疑いもない。

ヴェヒターも騙すつもりは毛頭ない。だから、自然にこう切り出した。


「・・・私が今日来たのは、ある大事な話をするためなのです」


「大事な話・・・」


「リーベ君に神託が告げられました。セト君、彼女のために一緒に聞いてあげてください」


「は、はい」


話の主役がセトからリーベに移るが、当の本人であるリーベはピンときていない。


「む? 私の話?」


「ええ、リーベ君に伝えなければならない大事な話です」


リーベが座っていた位置をセトの横から真ん前に変える。

ヴェヒターの顔がしっかりと見える位置、相手の考えていることも見える位置だ。

聞く態勢になったのを見てヴェヒターが神託の内容を告げる。


「神託の内容はこうなります。大いなる深淵に備え4つの光を灯せ。リーベ君、意味は分かりますか?」


「むー・・・」


「では、簡単に説明しましょう。大いなる深淵、これはダートのことだと我々は推測します。では、4つの光は何か」


「聖女のことですね」


「その通りですセト君。つまり、ダートに対抗するため聖女の力を集めよと我らが主は告げられたのです」


聖女の力を集めよということは、聖女たちと出会い一緒に来てもらうということ。

4人いる聖女の内、一人は聖女エハヴァ、リーベのことだ。

二人目は聖女ハーザク、夢の世界でユースティティア城で待っていると言っていた。なら居場所はアーデリ王国の王都。

だが、三人目と四人目、聖女ペシャと聖女シェキナについては全く情報がない。


そして、そのこと以外にセトは疑問を抱いていた。

ダートに対抗する。それはつまりダートは滅びていていないということではないか。


「ヴェヒター様、ダートに対抗するということは僕が倒したあれは」


セトの疑問にヴェヒターは答える。ダートはセトが思っているような存在ではないということを


「あれもまたダートです。正しくはダートの揺らいだ存在の一つ。まさしく影といえる存在でしょう」


「影・・・本物ではない?」


「そうです。揺らぐ元となった存在、それが本物のダート。おそらく、この世界のどこかに肉体を持って潜伏しているはずです」


セトが神託の内容について詳しく聞いていく中。

黙って聞いているリーベは夢の世界でダートが言った言葉を思い出していた。


(そうさ、呪われた彼は仮初の存在のまま存在し続けるしかなかったんだよ)


あの時の否定したい言葉、拒絶したい声が蘇る。


(確かに俺はラビじゃない。ラビだった何かの成れの果てさ。揺らぐ存在が一個人という自我を維持できる訳がないからな。ラビだった奴は大昔に消えてなくなったよ)


嫌な言葉。うつむきあまり思い出さないようにする。

ラビという人のことは覚えていない。だけど、リーベの心の奥の奥、底の底には彼に対する想いが確実にあるのだ。

それは、尊敬、憧れ。


もしかしたら、好きという感情も。

きっと、一番最初のエハヴァの気持ち。


胸に腕を押し当てる。

不安となる要因はもう一つある。

それは、ハーザクが最後に言ったジグラットには気を付けてということ。目の前の神官はまさにジグラットの人間だ。


「リーちゃん」


不安になりそうな気持を隠して誤魔化す。

セトはどう思っているのだろうかと考え。


「リーちゃん」


「!?」


セトの声で我に返る。


「リーちゃん大丈夫? 気分が悪いなら先に休んでいてもいいよ」


「ううん。平気、大丈夫」


顔を上げ話に意識を戻す。

上げた目線の先には突き刺すような目を持ったヴェヒターがいた。少し警戒するように目線を逸らす。


「あまり長話をするとセト君の体に障りますから、そろそろ引き上げます」


リーベの気持ちを察したのか、本当にセトの体を案じたのかヴェヒターが話を切り上げ。


「リーベ君。君が聖女としてこの神託を受け入れるかどうかは君に任せます。ですが、もし受け入れるのであれば我々ジグラットは君を、君たちを守ると誓いましょう」


その言葉を最後にヴェヒターは去っていった。

ヴェヒターがいなくなった二人だけの部屋でリーベは考え、そして。


リーベがセトの目の前に向き直る。


「セト」


「ん、なに」


改まって目の前に座って来たリーベを見てセトが少し身構えそうになる。

リーベの目は真剣だ。何か決意を固めたそんな目をしている。


「私、ハーちゃんの所に行く」


「ハーちゃんの所ってユースティティア城?」


「うん」


「行くって簡単に言うけど、場所も分からないじゃないの。それに一人じゃ・・・」


セトは心配でそんなことを口にしていく。引き留めようとする。

だが、リーベの意志は固かった。


「ううん、行くの。ハーちゃんが待ってるから」


「でも・・・やっぱり」


「あと、セトも行くの」


「え? ・・・え!? 僕も!?」


「うん。私、セトがいてくれれば大丈夫!」


リーベはセトと一緒に行くつもりのようだ。

だが、現実問題として難しいだろう。セトは目覚めたばかり体力も戻っていない状態なのだ。

だから。


「アズ姉さんが戻るまで待とう。それからでも遅くないよ」


「むー! 行くの!」


「リーちゃん。今、無理矢理行っても怪我をするか最悪死んでしまうかもしれないんだよ。それじゃダメだよね」


「むぅ・・・行くの」


リーベをなだめようとするが、ここまで主張を曲げないのにはセトも驚く。

神託のことを気にしているのだろうか。それとも、ハーザクのことを本当に心配して。

ハーザクのことはセトも気になってはいる。

聖女がわざわざこちらに接触してきたのだ。何かあると考えるのは当然だろう。

少し時間が必要だ。考える時間も準備するための時間も。


「リーちゃんこのことは明日もう一度話し合おう。何かいい方法が思い浮かぶかもしれないし」


一旦、時間を置こうとする。すると、もう一人、会話に参入した。


「ニャらあちしがセトをおぶっていくニャ。姉御はしばらく仕事で戻れニャいから待っても仕方ニャいニャ」


いつの間にか部屋に入っていたエリウがセトを背負っていくと提案した。

提案というよりは、セトの不安を払拭するための方便だ。


「エリウ・・・でも。たしか、騎士になるって、それはどうするの?」


「騎士の話は断るニャ」


「え、どうして?」


「理由はいろいろあるけど・・・あちしは今のままが性に合ってるニャ。さてと、あちしが一緒なら問題ニャいニャ?」


エリウも一緒に行くと聞きリーベが感謝の声を上げた。


「うん! ありがとうエリウ!」


話の流れがリーベの方向に傾く。本当にこれでいいのだろうか?

セトの不安は張れない。

そんなセトにエリウが。


「セトはリーベの姉ちゃん助けたくニャいのか?」


「ッ! そんなことない!」


「ニャら行くニャ。姉御の答えを待つ必要はニャい! セトが本当にしたいこと、やりたいことをするニャ。助けたい、ニャらあちしが手を貸すニャ」


そうだ。

自分はどうしたい?

セト自身はハーザクの所へ、ユースティティア城へ行きたいのか。

答えは初めから決まっている。不安がその決意をさせてくれなっただけ。

ヴェヒターの話は関係ない。


一人で行先を決めること。リーベの全てに関わることを自分が決めてしまうこと。

それが怖かっただけだ。


「・・・うん。分かったよエリウ。行くよ。行かなきゃいけないんだ!」


その答えを聞いたエリウはニっと笑い。


「それでいいニャ。姉御の代わりにあちしを頼れ!」


「それは不安だな」


「ニャ! あ、あちしがいればどんニャ問題でも一発ニャ!」


「ふふ」


「ニャー! リーベ今笑ったニャ! あちしのすごさを見せてやるニャ!」


せっかく決意を固めたのに、いつもの和やかな場面を見せられる。

いや、これでいいのかもしれない。

ここに戻って来る。

セトはそう決意をさらに固めるのだった。

第七章終了です。

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