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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第七章 変動と胎動
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第百八十六話 変動する事態

目の前が光に包まれ、眩しさに目を覆う。

まるで宙に放り投げられたみたいに地面の感覚が無くなり方向も消失し落ちる。

もの凄い勢いで落ちていく。

例えるなら海に沈んでいく状況。深い深い海の底。光が届かない海底に落ちるそんな恐怖。

白すぎる底に落ちてリーベがもがこうと手を上げた瞬間。


「ッ! ・・・あれ?」


目が覚めた。

リーベがいる場所は夢の世界に行く前の場所。

セトの部屋だ。

全く変わりないそのままの部屋。見回してみても特に変化はないが。

人に変化はあった。


「ッー・・・、う・・・ん」


ベッドで寝ていたセトが目を覚ます。

ゆっくりと体を起こそうとして、衰えた体のせいで起き上がれずにベッドに倒れ込んだ。


「セト!」


「リーちゃん・・・おはよう、ただいまかな?」


もう一度、上半身に力を入れ体を起こしていく。

そこへリーベが喜び一杯に飛びついた。

せっかく起き上がったのに、またベッドに倒れ込んでしまうがセトは笑っていた。

今度は夢の中ではない本当のリーベの温かさ。

ようやく戻ることができた。家族のいる所にやっと。


「セトッ、セト!」


「うん・・・ここにいるよ」


セトの胸にギューッと顔を押し付けて簡単には離れそうもない。

自覚は無いがセトが目覚めるのは一年ぶり。

一年も待たされたリーベにとっては永遠と錯覚する月日だったのかもしれない。

姉のアズラもそうだったろう。


思い出すようにセトの頭にアズラの顔が浮かんだ。

本店にはいないのかセトが確認する。


「あ、リーちゃん。アズ姉は?」


「アズ姉さん? アズ姉さんはお仕事に行っちゃってるよ」


「そっか」


「戻って来たらアズ姉さん喜んで倒れちゃうよ絶対!」


嬉しそうにみんなが揃う日のことを話すリーベ。

そのキラキラとした笑顔からはその日が待ち遠しいのがよく伝わってくる。

どれだけ自分が待ち望まれていたのか。どれだけ愛されていたのか。


帰る所が、ある。


今、セトの胸にいるリーベはその象徴。

セトの帰るべきところであり、愛を与えてくれる人。

大切な家族。


リーベの頭を撫でてやっていると、ふと、一人いないことに気が付いた。


「あれ? あの子は?」


そうだ。ハーザクはどこに行ったのだろうか。

姿が見えない。


「む! 本当だ。ハーちゃんいない」


「・・・」


もう時間がない。

そう言い残して夢の世界で別れたが、夢の世界の時間がないという意味ではなかったのか?

ハーザク自身の時間がないという意味?

もう一度部屋を見回していく。


「! これは・・・」


その時、ベッドに白い石が落ちていることに気が付いた。

白く淡く輝き幾何学模様の線が石の表面を流れている。

これは魔晶石。

術式の補助などに用いられる鉱石だ。


(なんでこんなところに?)


拾い上げて眺めてみるが、セトの物ではない。

リーベも不思議そうに見ている。

二人が消えたハーザクのことを考えていると、ガチャッと扉が開いた。


「やっぱりッ! セトさん!!」


「リーリエさん!」


入って来たのは綺麗なブラウンの髪を髪飾りで整えている女の子リーリエだ。

いつものメイド服で駆け付けた彼女が目から涙を浮かべる。


「うぇぇぇえぇえん・・・セトさんがっ、セトさんが戻ってきた~・・・!」


「な、泣かないでリーリエさん!」


長い眠りから目覚めたセトを見て、込み上げた感情を抑えられなかったリーリエは大粒の涙を流す。

一年前のあの日から帰って来ていなかったセトがようやく帰ってきた。

姉弟が笑顔で揃える日が戻って来たとリーリエは泣き続ける。


彼女の泣き声を聞いて続々と人が集まって来た。

そして、セトを見て感激の余りエリウがすっ飛んでくる。


「うぇぇぴ!」


「ニャァァァ!! セトォォォオオオッッ!!」


「わぁぁああ!」


部屋の入口からリーリエを押しのけてエリウがひとっ飛びでベッドに突っ込んだ。

ムギューッと力いっぱいセトを抱きしめるエリウ。その小っちゃい二つの丘を無意識にセトの顔面に押し付けて離さない。

リーベもびっくりしてセトから離れてしまった。


「ムグ・・・! ムムッ!」


二つの丘に挟まれ鼻と口が塞がれたセトはワタワタと手を振り苦しいと伝えようとするが。


「セトぉ、心配したんだニャ。みんな心配したんだからニャ。でも、よかったニャ・・・」


「ムゥ・・・」


そんなこと言われたら苦しいから離れてと言えなくなる。

エリウの背中をポンと優しく叩いてありがとうと伝えるセト。

少しの間抱き着いていたが、気持ちが落ち着いたエリウがスッと離れ。


「本当によかったニャ。もう、姉御とリーベに心配かけちゃダメニャ」


「プハ! スゥ・・・うん。もちろん。それよりエリウ」


「んニャ?」


少し真面目な顔でセトが話題を変えるものだからエリウが何だと構える。

セトはエリウのある場所を凝視しながら訪ねた。


「胸・・・大きくなった?」


「ニャうッ!」


「イタッ!?」


くだらないスケベ野郎には優しさ詰まったビンタをお見舞いだ。

セトの顔を引っ叩くエリウの顔は恥ずかしさで真っ赤になっているが、なぜかちょっぴり嬉しそうでもあった。


ようやく、アプフェル商会はあの日から解放される。

失ったものは大きいけれど、それでも前に進むためのメンバーがようやく揃ったのだ。

ランツェとディアも部屋の外からその微笑ましい様子を見守りながら、笑顔を浮かべる。

戦時中でもこの一時の幸せをアプフェル商会の皆が噛みしめて、ずっと笑顔でいられる日々が戻って来ると願うのだった。



----------



セトの夢の世界が映し出されている会議室。

映像はダートが縦に切り裂かれ崩壊していく所で停止している。

ユースティティア城の一室で支配者たちが次の一手を打ち出す判断を下した。

映し出される映像が拡大されセトとリーベの二人を画面中央に映す。

映像を囲むように席に着くのは、アーデリ王国の最高戦力である五血衆、ラバン、シャホル、ゼヴ、ヌアダ。

宰相のジュゼッペ。そして、導師ノネだ。


「無事伝えることが出来たようですね。聖女エハヴァの選んだ少年、彼も目覚めてなによりです」


「途中、全く映らなかったのは何だったんだゾ?」


「ちょっーと不安かなー」


「機器に問題はないはずですが・・・後ほど確認いたしましょう」


アーデリ王国宰相ジュゼッペとエールの姫たちが今回の聖女同士の接触について話していく。

聖女エハヴァと聖女ハーザク。この二人の接触はリスクを背負うものだ。

それはダートとの遭遇確立が格段に跳ね上がること。

聖女の側に寄って来る悪夢。二人も揃えば確実に仕掛けてくると予想はしていた。


聖女たちが敗北した場合に備え、セトを見捨て聖女たちだけでも救出する算段をしていたのだが、無用に終わったのは幸運なことだろう。

なにより、ダートを退けることができた。

これは最も大きい収穫だ。


「不明な点も多々ありますが、まずは作戦の成功を喜びましょう。聖女エハヴァの協力を確約できなかったのは仕方ないにしても、こちらの決意を伝えることは出来た。彼女なら必ず応えてくれます」


「なぁ、それならリーベをこっちに連れて来たら早くないか? 待つのはめんどくさいゾ」


「彼女には、彼女の事情があるのですよ姫。こちらの事情を押し付けてはいけません」


「そー言えば、ハーザクはー? もう、意識こっちに戻ってるよね?」


「それならこのゼヴが迎えに行こう」


そう立候補した青い狼の顔をした亜人ゼヴがハーザクを迎えに行く。

ハーザクのことはゼヴに任せてジュゼッペたちは今後のことを話し合う。


「では、導師様。ステージを次の段階に移行させます。ヒギエア公国首都ヒュギエイアへの進軍許可を」


ジュゼッペの進言と共に映像が切り変わる。

映し出されたのはヒギエア公国の首都ヒュギエイア。

首都の周りを埋め尽くすほどの術導機と騎士の姿、ヒギエア公国の本隊だ。

一筋縄ではいかない大軍を見てアーデリ王国の指導者、導師ノネが表情を硬くする。


「・・・やっぱりケレスのようには行かないかな。たとえヒギエアを攻略できても次が持たない。ベスタか、カラグヴァナに直接叩かれて終わる」


「いえ、その心配は無用でございます導師様」


「ん?」


ノネの心配にジュゼッペが対策済みだと片手を上げた。

それは合図。後ろに控えていた騎士がある人物を会議室の場に案内してくる。

ジュゼッペが立ち上がり、その人物を出迎え導師に紹介するように隣に立たせる。

それは、この人物がアーデリ王国宰相と同格の者として扱われなければならないと告げていた。

その様子にノネは、その人物を見極めようと表情をより硬くする。


国賓級の扱いで招かれたその人物は全身を鎧で覆っていた。

騎士のような鎧ではない。鎧が肉体のような鉄の体。取り外すことが出来るのか怪しいその鎧は、黒く、赤い血のような線が走っていた。

黒の異端者のように。

その人物は流暢に喋り始める。


「・・・お招きいただき光栄です。私は、天主国アマテラスより来ました守護三天人の一人、帝殻ていかく六合りくごうと申します。・・・よろしくお願いしますねアーデリ王国の方々」


それは優しく紳士的に耳に滑り込んでくる声。

だが、その名乗りにノネとヌアダが驚いた。


「!」


「!?」


決して表情には出さないが、心の中で帝殻ていかく六合りくごうと名乗った人物を警戒する。

そうせざるを得ないほどに、この人物は強大な気配を持っていた。気配だけではない。帝殻ていかくの名乗った立場もだ。

守護三天人とは天主国アマテラスの政治、軍事、宗教の最高責任者たちの二つ名だ。

最高責任者の内、この場に出てくるのは、政治と軍事のどちらか。

ノネたちの警戒を知ってか知らずかジュゼッペは事の経緯を説明する。


「この度、天主国アマテラスとの国交条約を結ぶにあたり、友好国の安全を確保する名目で軍事援助を受けました。その進言をしてくださったのが帝殻ていかく様でございます」


「・・・出過ぎたマネかと思いましたが、安全は早期に確保されるべきと判断しました。まずは、挨拶と援助の順序が逆になったのをお詫び致しましょう」


丁寧に、警戒をしている理由を忘れさせる振る舞いで謝罪を口にする。

頭を下げるその姿は信頼していいと思ってしまう印象与えてくるほど。

軍事援助を進言でねじ込んできたということは、恐らく軍事の守護三天人。

ノネがヌアダに目線だけを送った。

信用できるか? そう尋ねる。

その合図にヌアダは、ゆっくりと口を開き帝殻ていかくに尋ねる。


「謝罪は不要だ。それよりこちらが感謝を述べよう。貴重な戦力の提供に感謝する。それで、我らは何で応えればいい?」


ヌアダは探る。天主国アマテラスが何を企んで接触してきたのかを。

政治に関することはジュゼッペに一任しているが、世界の敵と呼ばれる大国をどう扱うのか計りかねる。

そんなヌアダを見透かすように帝殻ていかくは答えた。


「もう応えてもらっています。魂神からの解放、それは私共の願いと同じです。協力は惜しまないことをここに約束しましょう」


「・・・」


計画のことも話したのかと一度だけジュゼッペを見るが、ジュゼッペは気にしていないようだ。

帝殻ていかくは映し出されるヒギエアの戦力を見ながら、こう宣言した。


「国同士の信用も、個々の信用の積み重ねが重要です。そこで、私共のことを知ってもらうためにこう言うのはいかがでしょうか?」


どうやったのか分からないが帝殻ていかくが映像に腕を伸ばすと、戦略会議に出てくる自軍戦力単位を表す赤い駒が表示された。

青い駒はアーデリ王国。黒がヒギエア公国だ。

その配置は赤の天主国アマテラスが囮となり黒のヒギエア公国本隊を引き受けるというもの。

その隙に青のアーデリ王国軍が首都ヒュギエイアを攻略するという流れだ。


それは、最も激しい戦闘を引き受けるということ。


「・・・構わないのか? 他国のために自軍を犠牲にすることになる」


「もう友好国ですよ。それを信じて貰うためなら私共は犠牲も許容しましょう」


「・・・・・・貴殿の協力に感謝する」


嘘はついていない。だが、感情を感じない。機械のように淡々と喋っている感じ。

ヌアダは、ジュゼッペの連れて来たこの男を一旦信用することにした。ジュゼッペなら何か考えがあっての行動なのだろうと。


「ああ、そういえば・・・」


帝殻ていかくが唐突に会議室の外に顔を向けた。

そして。


「聖女が負傷しているようですが、何かあったのですか? 必要なら医療班を手配しますが・・・」


「ハーザクが!」


「何も感じなかったゾ!?」


席から飛び跳ねるように走っていくエールの姫たち。

そして、部屋の外からゼヴの怒りが叩き付けられてきた。


なぜ、いままで何も感じなかったのか。ノネが表情を険しくする。


「それほどまでに憎いのかな?」


「何のことでしょうか?」


「何のことでもないなら、その異神の力を消してくれるかな」


「ああ、これは失礼を。汚染体に対しては自動迎撃機能を持っていますのでご容赦を・・・、聖女は貴方たちにとって重要な存在でしたね」


汚染体。

帝殻ていかくは聖女のことを汚染された者と呼ぶ。

これが天主国アマテラス。根本的にセフィラへの認識が異なる国。

文化の違い。価値観の違いは簡単にどうこうできるものではない。

ノネは異なる価値観を持つ人に対して、自身の要求を告げる。


「今後は気を付けて。聖女は私たちの象徴であり希望でもあるから。それに危害を加えることは許さないかな」


「承知しました。導師ノネ殿・・・」


会議室の外、離れた一室に癒呪暴走体兵アンデットゾルダートを遠隔操作するための設備が置かれていた。

魔晶石が大量に組み込まれた機械。術式のコードが大量に浮かぶ部屋。

その中の一つ。

聖女専用に魔獣クリファの器官が追加された生生しいグロテクスな設備の前でハーザクが血を吐きゼヴに抱えられていた。


「ハーザク様ッ!!」


「う・・・ん。大丈夫」


弱弱しく返事をするハーザク。明らかにダメージを負っている。

エールの姫たちが駆け付け、血の可能性による治療をすぐに開始した。


「誰にやられたんだ。あっちが殺してやるゾ!」


「・・・あいつ」


「あいつ?」


ハーザクはその人物を思い出す。

セトの夢の世界が崩壊する少し前に、遠隔操作していた癒呪暴走体兵アンデットゾルダートを刺殺した人物を。

癒呪暴走体兵アンデットゾルダートを破壊するだけでなく、操作者であるハーザクにすらセフィラ因子経由で攻撃してきた。

聖女を上回るセフィラの力。


その人物は。


「・・・ヴェヒター、ヴェヒター・デカダンス・ホーエンツォレルン。あいつは、危険・・・だよ。気を、付けて、リーベ・・・ッ」


「!? ハーザク様ッ!! ハーザク様ッ!!」


「落ち着け、ばかゼヴ! 意識を失っただけだゾ。ヴェヒター・・・覚えたゾ。殺してやる。愛さずに殺してやるゾ」


「すーぐに殺そうラバン。私我慢ならない」


これはジグラットからの明確な宣戦布告だった。

魂神を信ずる神とし、その眷属たちを神聖視するジグラットが聖女を攻撃する。

異常事態でしかない。

自分たちの教義に存在する聖女に危害を加えるなど、彼らの存在意義に関わることだ。

それを実行した。


それが、ジグラットの総意なのか、教皇ディオニュシオスの命令なのか。


それとも、神官ヴェヒターの独断なのか。

いずれにしても、もう引き金は引かれたのだ。

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