第百八十一話 魂神の夢
リーベの前に現れた知らない女の人。
その女は自分のことを聖女ハーザクだと名乗った。
リーベは即座に否定する。だって、ハーザクは自分と同じ顔、声をしている少女なのだから。
ウソをつく女にリーベは頬を膨らませて不快感を露わにしていく。
けれでも、女はそれでも自分は聖女ハーザクだと言い続けた。
「信じられないかもしれないけど、ぼくなんだ。ハーザクなんだよ」
「むー・・・、ハーちゃん私と同じくらいだもん。そんなにおっきくないもん」
ある所を見ながらリーベは言い返す。
その視線を女が追って、自分の程よい大きさの胸にあることに気が付いた。
「ち、違うよ! この躯体は借りものなんだ。ぼくの胸は大きくなってないから!」
片腕で胸を押さえつけ無理矢理隠すようにしながらもう片方の手をワタワタと暴れさせる。
こんなものが原因で疑われるとはと、女が慌てていると。
「・・・ぷっ!」
リーベがその慌てる姿をおかしく思ったのか声を抑えながら笑いだす。
小さく続くその声に、女は雰囲気が和んだのを感じた。
今なら話を聞いてくれる。
「えっと・・・ぼくの話聞いてくれるかな?」
「うん、いいよ。ハーちゃんなんでしょ?」
「え!? 気付いてたの?」
「うん! さっき気付いた」
どうやら、慌てた時にハーザクの素の状態が出ていたようだ。
それをリーベは感じ取った。この人は、自分の本当の姉ハーザクだと。
なら疑う必要はない。
リーベは早速話を聞くことにする。
「それでハーちゃんどうしたの? 前のことは怒ってないからね?」
「う・・・あの時は本当にゴメン」
「許す」
素直に謝ったハーザクをなぜか偉そうに許した。
許されたハーザクも嬉しそうだ。
ちなみに、何のことかというとセフィラ界でリーベを閉じ込めようとしたことだ。
ハーザクも嫌がるリーベを閉じ込めようとするのは心が痛んだし、リーベも悲しくって辛かった。
だから、許してくれたのはとても嬉しかった。
「えへへ・・・、ハっ! えっとね、今日は聞いて欲しいことがあって来たんだ」
「聞いて欲しい事?」
「うん。エハヴァは・・・今はリーベだったね。リーベは転生してしまったからもう憶えてないけど、ぼくたちのやろうとしていることを知って欲しいんだ」
「ハーちゃんたちのしたいこと・・・」
それは。
王都アプスで行ったことだろうか。
リーベが知るものと言えばこれしかない。そして、そう考えた瞬間あの王都の地獄が目に浮かび上がった。
死屍累々が広がり、劫火で焼かれる王都の姿。
セトが血を命を流し、アズラが涙と憎しみを流したあの光景を。
「ッ!! ハーちゃん! あの人たちとまた酷いことするの!?」
「ち、違う! あれは仕方なかったんだ。亜人たちを解放するには、ああするしかなかったんだよ」
「むー!」
違うとハーザクは答えるが言い訳にしか聞こえない。
リーベがプイッと顔を逸らす。
「聞いてリーベ。あれは人に虐げられてきた亜人たちの総意なんだ。亜人の長達がぼくたちへの協力条件として提示したのが奴隷の解放。それを実現するには戦うしかなかったんだ」
ただ話を聞いて欲しいと、ハーザクはあの日のことの裏側を語る。
決して虐殺などという非道を行うためにあの戦いを仕掛けたのではないと。
だが、二人は当事者だ。
ハーザクは仕掛けた側で、リーベは仕掛けられた側。
あの光景は仕方ないでは済まされない。
それを重々承知でハーザクは話を続けた。
「ぼくたちは、ある目的のために何年も前から準備を進めて来たんだ。でも、それにはどうしても必要な物があった。それを手に入れるために」
「あんな酷い事したんだ」
「・・・・・・うん」
「むー・・・ハーちゃんがそうまでして欲しかったものって、何?」
言いたいことを飲み込んでリーベは話を聞くことにした。
過ぎたことを言い続けても何も進まない。それに許すと自分で言ったのだ。
だから、リーベはハーザクを許して話を聞く。
そんなリーベの気持ちにハーザクは感謝しながら話を先に進めた。
「欲しかったものは・・・可能性の原初。魂神に至るための道しるべ」
「魂神・・・神様への道しるべ?」
「そう。そして、それを持っているのが亜人たちだった」
「だから、亜人たちの欲しいものをあげようとしたんだ・・・・・・」
「うん。敵国のカラグヴァナから亜人を解放することは、ぼくたちの利にも適う。利害が一致したんだよ」
ハーザクたちが目的を持って行動していたことは分かった。
それでも、そのために犠牲になった人たちが大勢いる。リーベの大切な人だって。
話を聞いていくうちに、当時の感情も蘇ってくる。
悲しい気持ちになりそうになるのを堪えながらリーベは聞き続ける。
「じゃあ、それはもう手に入ったんだね。話したいことは違うことなの?」
「ううん。関係あることだよ。それを使ってぼくたちがすること。それを聞いて欲しいんだ」
「分かった」
二人は話しやすいように、セトの眠るベッドに腰かけた。
話を始める前にリーベは一つ確認する。
ハーザクの今の姿についてだ。躯体を借りたと言っていたが、どういう意味だろうか。
「ハーちゃん、その体は借り物って言ってたけどその人困ってないの?」
「大丈夫だよ。この体は癒呪暴走体兵と言って、人ではなく兵器なんだ。遠くからぼくが動かしてるんだよ」
「ふーん」
リーベはなんとなく理解してハーザクに話を進めさせる。
本題は何か。
「よし、それじゃ。・・・ぼくたち、ぼくたち聖女は、ある一人の女の人を依代に四聖獣が変化した存在なんだ。でも変化したということはいずれ四聖獣に戻ってしまうということ」
聖女の成り立ち。
それはリーベも聞いた。
「それはとても悲しくて、辛くて・・・。ぼくの前のぼくも。リーベの前のエハヴァも。聖女たちはその運命に、時には従い。時には抗って来た。そして、ぼくの代である事実にたどり着いたんだ」
「事実?」
「うん。それは聖女だけじゃなくて、人の始まりもセフィラだったんじゃないかってこと。もちろん、最初は信じられなかった。デーニャとヌアダもそれだと辻褄が合わなくなるって首を傾げていたよ」
ハーザクたちはいきなりこの考えに至ったのではない。
ちゃんと根拠がある。
それは。
「でも、それはやっぱり事実だった。なんど調べても人はある時代を境にこの世界にいきなり現れているんだ。いきなりという事は、誰かに連れてこられたか誰かが人という存在にならないといけないことになる」
「その誰かさんが」
「そう、セフィラ」
ハーザクは少し間を置いて続きを語る。
話はさらに重要なものとなっていく。
「人は魂神の祝福を受けすぎると魔獣クリファになる。なんでそんな化物になっちゃうかリーベ考えたことある?」
「むー・・・ない」
「うん。普通は考えないよね。人の身に過ぎたものだったって思っちゃうから。ジグラットがそう教えているからね。でも、でもだよ。魔獣クリファになるのは、セフィラたちがいる上位次元に転位しようとしたから。なら、セフィラが今ぼくたちがいる下位次元に来ようとしたら逆のことが起きるんじゃないかな?」
「うーん・・・逆のこと? うーん・・・・・・セフィラが人になるの?」
「そう、その通り」
ハーザクは話をまとめる。
これが言いたかったことだ。
「という事は、ぼくたち聖女が四聖獣に戻るように。いつか、全ての人間がセフィラに戻ってしまう日が来るかも知れない。そのことに気付いたんだ」
「む? なんで人間だけなの? 動物や植物は?」
「それも根拠の一つ。動物や植物はどれだけ魂神の祝福を受けてもクリファにならない」
「む! 知らなかった」
魔獣クリファになるのは人間だけ、なによりセフィラとの対話と契約を成せるのも人だけだ。
人の血に連なる者たちだけ。そこには当然亜人も含まれる。
その話を聞いたリーベはある疑問に行き着いた。
すぐに聞いてみる。
「でも、セフィラたちは人にならないでこの世界に来てるよ?」
「それは行く方法ができたからだよ。人との契約だね。ラビに感謝しなきゃ」
行く方法が確立した。
それは上位次元の存在が下位次元に容易に接触できること。
その話を聞いた時。リーベは気付く。
ハーザクの話が一本に繋がって、ハッと顔を上げた。
「・・・・・・!」
「・・・ぼくたちのしたいこと分かった?」
コクリと頷く。
リーベは気付いた。ハーザクたちが何をしようとしているのか。
ハーザクたちは人がいつかセフィラに戻ってしまうかもしれないことを突き止めた。
突き止めたなら、なんらかの手を打とうとするのが自然。
それが。
「ぼくたちは上位次元に行く。そこで魂神と話を付けてくるつもり」
ハーザクは強く、とても強い決意で伝える。
神様に直談判する。なんだかデタラメで現実味のない方法。
薬を作るのでもなく、セフィラになってしまうのを妨害するのでもなく。セフィラたちを生んだ存在である魂神アイン・ソフに願いを聞いてもらう。
それが、ハーザクたちの計画だった。
「本当に神様に会えるの? いるの?」
リーベは心配する。そんな曖昧な手段に頼っていいのかと。
神様に頼む。それは祈るのと何が違うのか。
「行かなくちゃ分からないけど。魂神は知りたがりなんだ。ぼくたちを創り出したのだってそう、人を知るため。自分で生み出しといて、知りたがるのは不思議なんだけど。でもそれは人の言葉で会話が出来るって証拠だよ」
「知りたがり・・・言葉も知りたがるってこと?」
「うん。だから、こちらの出す情報でうまく誘導できたら・・・」
考えはある。ただ祈るだけではない。
成功させるための知恵があるから計画を立て、協力者を探したのだ。
それは今も。
「リーベこの話を君にしたのは、ぼくたちに協力して欲しいからなんだ」
「ハーちゃんたちに?」
「うん。魂神に会うには可能性の原初となる何かが必要になるんだ。それはエール族やゼヴの血。亜人たちの始祖の記憶。そして、ぼくたち聖女」
「そっか、だから来たんだ」
リーベは、姉がわざわざ会いに来た理由を理解した。
癒呪暴走体兵を経由してでも伝えたかったこと。
リーベは、今の話をゆっくりと慎重に考える。
ハーザクたちのやろうとしていることは悪ではない。
むしろ、人にとっては英雄的行動だろう。
だけど、やっぱりリーベにはあの光景が重なった状態でこの話が聞こえてしまう。
これを成すために、王都アプスと同じ地獄を何個も作り出すのではないか。
数時間前にも敵がこの国にベスタへ攻めてきていたではないか。
それはハーザクたちとは無関係と言い切れるのか。
無関係ではない。攻めてきていたのはアーデリ王国。ハーザクのいる国もアーデリ王国。
手伝ってあげたいとは思う。
でも。
でも、怖い。一緒に進む中のどこかで見えない場所で町を劫火で焼いているかもしれない。
それが嫌だった。
悩むリーベを見て、ハーザクはただ静かに返事を待つ。
その静寂は。
セトの声で遮られた。
「その話、少し間違ってるな。俺が聞かせてやろうか?」
「「!!?」」
ただし、邪悪な意志の声で。
二人はすぐに振り返って立ち上がった。
リーベはセトの声だと。セトが目覚めたと思い。
「セト!!」
「ダメだよリーベ! 彼はセトじゃない!」
ハーザクが二人の間に割って入る。
異常に警戒するハーザクにリーベは困惑するしかない。
だが、その警戒する訳も次の一言で判明する。
「ダート・・・!」
「ああ、そう呼ばれている」
口だけが動き、寝たきりのセトを無視して口が独りでに喋っていく。
まるで、そこだけ乗っ取られたように。
だが、そこだけという部分にハーザクが気付き。
「・・・!? まだ、全ての存在を奪われていない?」
リーベが現状を把握しようとハーザクに尋ね。
女の腕を引っ張り必死に何が起きているのかを理解しようとする。
「ハーちゃん! セトどうなっちゃたの!? 大丈夫だよね!」
「うん! 大丈夫かもしれない。リーベ力を貸してくれる?」
「うん貸す!」
即答。
ハーザクはすぐに行動を開始した。癒呪暴走体兵の女の躯体から青白い光を大量に放出し自分の姿を形作る。
リーベとそっくりの外見、赤い髪に青い瞳。
座り込んだ癒呪暴走体兵の前に立ち、リーベと並んで。
「今からセトの夢に入ってあの悪夢を追い出すよ!」
「うん!」
ダート。
それは神の見る夢にして悪夢。
夢の世界はこの世界とは異なる。人一人が生み出した別次元の世界。
電界25次元。夢の世界。
それは記憶によって変化する人の表層にして、意思の深層。
上位次元に行くのだ。
特異な次元に行くなど、ハーザクにとって朝飯前。