第百七十七話 猛威の中
副団長ルスティヒと共にエリウたちが集団から抜け出す。
目指す先は倒すべき敵、二体の癒呪暴走体兵。
全身を火に焼かれ肉が黒く焦げ付いている。さらに一体は首を斬り落とされていた。
それでも、まだ死なない癒呪暴走体兵。
魔力枯渇を誘発させ循環型癒呪術式による回復を思うようにさせないとしても、焼け焦げた足を動かし立ち塞がって来る。
現象を崩壊させる魔装を構えて、再び攻勢に出ようと動き出していた。
倒すには循環型癒呪術式の核となっている部分を破壊するしかない。
術式がどこに施されているのか。それを探し当てさえすれば勝てる。
魔装を構えこちらを狙う癒呪暴走体兵に対し、ルスティヒたちは一歩も臆することなく突き進む。
「敵の力は弱まっている。この好機を逃さないでください!」
「当たり前だ。エリウ、俺が援護するからお前は思いっきり行け!」
「任せるニャ」
ディアがエリウの支援に回り、ランツェは一人で癒呪暴走体兵の片割れを相手取った。
肉体の損傷が激しく回復が間に合っていない所へ爪と槍を叩き込み魔装を弾く。
狙いが狂った魔装からは明後日の方向に赤黒い閃光が打ち出され第二城壁の防衛術式へと閃光が伸びていく。
バキンッ! と金属をへし折るような音を出しながら、魔装が防衛術式を貫いてしまった。
ルスティヒにとっても予想外の事態だ。
「防衛術式が!?」
ディアが焦る。第二城壁の向こうにはアプフェル商会がある。自分たちの家が。
穴の向こうから人々の悲鳴が聞こえて来た。
第二城壁区画に避難している市民たちだ。ここを突破されたら虐殺という惨劇が起きる。
そうはさせないと、ルスティヒは指示を飛ばす。
「敵術導機をこちらに釘付けにするんだ! 術式部隊は火力を集中させろ!」
敵術導機のアルコ2型はまだこちらを攻撃してきている。
自立型兵器であるためか、まだ防衛術式に穴が空いたことに気付いていない。
気付かれるまでのこの僅かな時間が勝機だ。
ディレクトア騎士団の集中術式がアルコ2型に降り注ぐ。
矢の形をした炎が鉄の装甲を歪ませ、貫き、敵術導機たちにダメージを与えていく。
騎士たちが用いているのは、火の術式をベースに矢を放つことで、矢の軌道に貫通力を持った火の可能性を生み出したものだ。
術式は無から可能性を探るものが全てではない。
実際にある現象をプラスすることで、より高度な可能性にへと容易に到達し、自分の実力を上回る可能性を引き出すことができる。
一個人では術導機に太刀打ち出来なくとも、集団であれば対抗は可能。一人ではなく複数人の可能性を重ね合わせ術導機を凌駕していく。
アルコ2型の巨体を覆う防御術式を突き破り、その両腕の砲身を破壊しようと騎士たちが猛攻を掛けた。
一体の巨人に群がるように騎士が周りを包囲し、敵の分断に成功していく。
分断したことでアルコ2型からの砲撃が散発的になった。
エリウたちと癒呪暴走体兵の戦いを妨げるモノが無くなる。
「ニャァァァッッ!!」
凄まじい形相でエリウが爪のラッシュを叩き込む。
一発、一発に殺意を込めて振り下ろしていた。
「おい! 冷静に行け!」
「冷静ニャッ! 黙ってろ!!」
ディアの警告を無視して敵の懐へさらに深く突っ込んでいくエリウ。
完全に頭に血が上っていた。連携も何もない暴れるだけの状態だ。
ディアは吐き捨てるように状況の悪化に悪態をつく。
「切れてるじゃねぇか! クソが」
ディアはおそらくエリウの心の傷が癒呪暴走体兵を間地かで見たことで開いてしまったと推測する。
ルフタを殺したファルシュの仲間と聞くだけで目の前が真っ白になって暴れるのに、ファルシュに似ている癒呪暴走体兵を見て冷静でいられるはずがない。
今から引き戻すのは危険すぎる。
せめて援護をとディアは癒呪暴走体兵の反撃を術式でことごとく相殺した。
「後で感謝しろよ」
エリウとディアが押していく中、ランツェは一人で癒呪暴走体兵と互角に渡り合っていた。
ランツェを消し飛ばそうと魔装を振り回している所に槍をねじ込んで動きを封じ、そのまま槍を軸に体を回転させ一気に死角へと入り込む。
「フンッ!」
癒呪暴走体兵は、ランツェの動きを捉えているが間に合わず槍の一突きに吹き飛ばされる。
魔力枯渇を起こしているおかげで接近戦に持ち込むことができる。
ランツェの得意な間合いだ。
逆に、癒呪暴走体兵にとっては不利な間合いとなる。
魔力枯渇により術式と魔力を用いた技のほとんどを封じられ、魔装に頼らざるを得ない。
そこを狙いすましてランツェは攻撃を仕掛けていた。
エリウとディア、そしてランツェが癒呪暴走体兵を押さえこんでいる時。
戦場を見渡すルスティヒは、なんとか戦局を維持できていることを認識した。
第一城壁を突破した敵部隊は援軍に来た騎士団が死力を尽くして食い止めている。
癒呪暴走体兵に、これでもかと甚振られたがそれでも陣形を立て直し敵の侵攻を止めるべく壁となって戦ってくれていた。
戦局を攻勢に移すには、やはり癒呪暴走体兵の撃破しかない。
ルスティヒが攻勢に出るタイミングを計っていく。
アルコ2型を沈黙させた後に再起動までの時間で騎士団の総力を持って癒呪暴走体兵を倒す。
撃破後は、アルコ2型を第二城壁の防衛術式と挟み撃ちにして集中砲火にてこれも撃破。
これが今できる理想の勝利への流れ。
「よし、このタイミングで」
ルスティヒが攻勢へ出る合図を出そうと腕を上げていく。
その時だ。
「た、助けて!」
「!?」
耳に助けを求める声が滑り込んできた。死に物狂いで、必死にここまで来た者の声。
ルスティヒが振り返る。
そこには、ボロボロの一度も洗っていないような服を着た奴隷階級の亜人。ケレヴ族の親子3人の姿が在った。
首都の第一城壁区画はどこもかしこも激戦区になっている。
逃げ遅れたあの親子は第二城壁区画に逃れようと城門のあるここへと死ぬ思いをしながらやって来たのだろう。
ルスティヒの背に何とも言えない戦慄が走る。
今、この瞬間を逃せばいつ攻勢に出れるか分からない。だが、そんな指示を出せばあの親子は戦火に呑まれて跡形もなくなるだろう。
一瞬、けれど凄まじい葛藤がルスティヒの中で巻き起こっていく。
「・・・ッ!」
目を伏せ、攻勢に出るための指示を出そうと腕を上げる。
迷いを消そうと首を振り。
(この迷いが勝機を逃す。あんな亜人と国の未来比べるまでもないじゃないか・・・)
自分自身に言い聞かすように亜人の親子から目を背ける。
(彼らも頑張っているわ。それでも豊かになれないのはベスタが国として未熟という事。私たちの力不足なのよルスティヒ)
「!!」
ルスティヒの心にアズラの言葉が浮かんだ。それをきっかけに迷いが晴れていく。
自分の信じる道がハッキリと浮かび上がる。
上げた腕を降ろし、ケレヴ族の親子に手を伸ばした。
「こちらへ! 早く!」
ルスティヒの呼びかけにケレヴ族の親子が駆け寄り、彼の背中に隠れるように親子3人で身を隠す。
自分の近くに居ればこの親子だけなら守り切れると、ルスティヒが戦場に視線を戻していく。
(これでいいのですよねアズラ様)
自分の判断は正しいと確認するように心で呟いた。
だが。
ルスティヒが視線を戻すと同時に。
エリウとランツェが吹き飛ばされて宙を舞っていた。
盛大に地面に叩き付けられ、血反吐を吐いていく。
勝機が零れて、無くなっていくのが分かる。
「も・・・う、元に戻ったのか」
視線の先にいるのは癒呪暴走体兵。
完全に回復を完了して、特大の一撃を魔装に構えていた。
火に焼かれた皮膚も綺麗に再生し、斬られた首も元に戻っている。
胸に埋め込んでいる魔晶石が赤く輝き、どこからか流れてくる黒い光が注ぎ込まれてエネルギーを供給されているようだ。
急に魔力を取り戻したのはそれが原因。
ルスティヒがその黒い光の流れてくる元を目で追った。
それは空へと上り、遥か上空。爆発する空中戦艦ヌークレオから伸びている。
「あ、れは・・・なんだ?」
爆発の中に黒い影が見えた。
ここからでは遠すぎて分からない。
だが、蠢くそれは赤い一つの光を輝かせ、明らかにこちらを見た。
頭の芯から足裏まで金縛りのような衝撃がルスティヒを襲う。
敵の力量を測れる強さがあるからこそ、ルスティヒは本能で感じ取った。
あれは捕食者だと。
そして、自分は餌。
新手の気配に呑まれたルスティヒはその場に貼り付けにされてしまう。
一歩も動けない。後ろの親子は恐怖で完全に蹲ってしまっている。
そんな彼らを嘲笑う様に、爆炎の中から影が姿を現した。
全長5mほどの、人の上半身を持った昆虫のような四本足を持つ全身が固い外装で覆われた姿。
赤い一つ目を光り輝かせている。
そして、漆黒の全身に張り付くのは、漆黒に加工された金属の外装。
その上を駆け巡るのは赤い血の線だ。血の線が模様を描いて術式を編み上げている。
より、ある可能性を再現するために全身からその術式は発動していた。
黒の異端者を再現する術式。
黒の偽装術式。
それにより、再現されたのは黒の異端者を模倣した存在。
血界型魔装獣。
そう、術導師ファルシュの最大術式により構成された存在と同等の再現度を誇る化物。
その化物がアズラに巨腕を振り落としながら爆炎をかき消した。
「アズラ様ッ!!?」
巨腕をモロに受けたアズラが地面へと落ちていく。
ルスティヒが声を上げるもここからでは助けられない。
なにより、目の前に立ちはだかる癒呪暴走体兵がそれを許してはくれない。
そして、終わりを告げるように血界型魔装獣より魔力を供給された癒呪暴走体兵が魔装・銃剣から凝縮した赤黒い光を打ち出した。
二つの赤黒い光が第二城壁の防衛術式を打ち破り、真横に薙ぎ払う。
術式のコードの障壁が、ガラスが割れていくように崩壊し、切り離されてた上の部分が下にへと崩れ落ちた。
丁度、ルスティヒたちの居る所に。
「回避ィィッ!!?」
防衛術式と城壁の残骸がルスティヒたちの頭上に降り注ぐ。
砂煙を上げ、最も恐れていた第二城壁がついに突破された。