第百七十六話 もう一人の智将
第一城壁を突破した新たな敵に対し騎士団が迎え撃とうとする。
アルコ2型を迎撃している部隊を二つに分け、城門から入って来る敵を狙い撃ちできる位置を即座に陣取った。
剣を構え、術式を展開し、一糸乱れぬ鍛え上げられたその動き。
相手が誰であろうとベスタに仇名す者には消して負けない。
そのために今日まで磨いてきた技だと、騎士たちが闘志を燃やす。
前方に剣を持った騎士が構え、後方に術式使いの騎士を配置。
さらに、術式使いの中に複数人で発動させる中規模術式を用意させ、敵術導機を仕留める準備を整える。
技術で劣ろうが。
剣術で劣ろうが。
国を想う気持ちは決して負けない。
それがベスタの騎士たち。
目の前に迫る、巨大な数十機の術導機にも後れは取らない。
騎士の一人が剣を空高く掲げて号令を叫んだ。
叫んだのは迎え撃つ部隊の指揮官。彼もまた、勇敢なベスタの騎士の一人。
そんな勇敢な指揮官に続く様に騎士たちが応え、敵に向かって走り出す。
その姿は見る者に力強い、何かを与えてくれる。
それは勇気だ。
第二城壁まで押されていたルスティヒたちに、駆け付けた援軍が強大な敵に恐れず立ち向かう姿は、まさに勇気を与えるものだった。
一時的にとはいえ、勇気を与える象徴となった騎士たち。
自分たちの何倍もある術導機を押し返し、雪崩れ込んでいた敵の勢いを塞き止める。
壁。
騎士たちの壁がアーデリ王国の侵攻を食い止めた。
徐々に流れが変わる。
僅かだが、確実に敵の勢いが削ぎ落とされ。
今なら勝機をベスタ側に手繰り寄せることができると、ルスティヒたちも第一城壁へと駆けだそうとした。
だが。
象徴と言えるほどの騎士たちの壁が予兆もなく、いきなり打ち破られた。
「と、止まれ!!」
ルスティヒの声に焦りの色が混じる。
流れが変わったと思ったのは、ただの勘違いか。
敵のさらなる攻撃が来るまでの一瞬の間。
それをチャンスと勘違いしたのか。ルスティヒの焦りが増大していく。
騎士たちが攻撃を受けてもいないのに次々と倒れる。
倒れなかった騎士は何者かに一撃で首を刎ねられていた。
たった二人。
いや二体の人の形をした化物に。
あっさりと騎士団が全滅させられた。
ルスティヒたちの足が完全に止まる。恐怖を叫ぶ前に守りを固めろとルスティヒが叫んだ。
援軍の騎士団の陣形が一気に瓦解しアルコ2型の攻撃に蹂躙されていくのが見える。
助けを求める騎士たちの声。
だが、ルスティヒは援軍を送ることが出来なかった。
送ればここが突破される。それが容易に想像できた。
勇敢な騎士たちを虫けらのように殺した二体が、浮遊しながら真っすぐ自分たちの方に来ているのだから。
その二体の名は、癒呪暴走体兵。
アズラを殺すためだけに用意された兵器だ。
「ニャッ!!」
「奴は!?」
その姿を見たエリウとランツェが過剰な反応をした。
どう見てもあの二体は奴に見える。
術導師ファルシュに。
二人の反応をただ事ではないと感じ取ったルスティヒは、あることが脳裏に浮かんだ。
(彼らが、奴と警戒する相手・・・? まさかッ、あれが報告にあった王位継承者斬殺事件のッ!?)
脳裏に浮かんだのはアズラやエリウたちが戦った王位継承者斬殺事件の首謀者ファルシュだ。
報告内容と多少異なるが、あの二体のように仮面を着け高度な術式で浮遊していたとある。
しかし、異なる部分が気になる。
首謀者ファルシュは、王都襲撃の際にアズラとの死闘の末死亡している。
ならあれは何だ?
ルスティヒは、注意深く敵の正体を見極めていく。
援軍が壊滅状態に陥り、もう後がない自分たちだ。ミスは許されない。
だが、ルスティヒが焦る気持ちを無視するかのように、癒呪暴走体兵が先に動いた。
魔力を凝縮していき物質化していく。
その手に現れたのは、魔装・銃剣。
崩壊の銃口がルスティヒたちに向けられる。
「防御術式展開!」
ルスティヒが防御を固めようと叫んだ。それをエリウが必死の形相で止める。
「ダメニャッ!!」
術式を展開した騎士を無理矢理止めようと腕を掴んだ。
「おい! 何をするんだ! ・・・ッ!? ッ! ゴフッ」
エリウが止めた時にはもう遅い。術式を使用した騎士が血を吐き出し崩れ落ちる。
「どうした敵の攻撃か!?」
何が起きたか分からないルスティヒは驚くことしか出来ない。
そんなルスティヒにエリウが、攻撃の正体を伝える。
「これは魔力を毒に変える攻撃ニャ! 術式を使っちゃダメニャ!」
「術式を使えない!? そんな術式封じが存在するのか。防御術式の使用を中止しろ!」
驚愕としながらも、ハッとルスティヒが目を見開いた。
存在している。この攻撃も報告書の中、ファルシュの用いた攻撃手段の項目に確かに記載されていた。
あの魔装もそうだ。報告内容と同じ。
ルスティヒは、敵の正体を見破るため欠けている情報と言うピースを掻き集めていく。
ファルシュと同じ攻撃手段。
二体。
つまりは、ファルシュが二体いると想定し対処する必要がある。
その結論に達する。
(魔力を毒にしてしまう攻撃は、魔装の能力の応用。簡単に言えば魔装の持ち主を倒せばいい・・・)
ルスティヒが結論を出している間に、赤黒い閃光が迸りディレクトア騎士団に襲い掛かる。
魔装からの一撃。
術式を使用せずに防ぐのは不可能に近い。
加えてアルコ2型の砲撃も襲い掛かる。
陣形を引き裂く様に飛んで来た閃光を騎士たちは全力で回避して凌いでいく。
その間、敵の猛攻に晒されながらもルスティヒは勝利のための方程式を解いていく。
敵が何かは定義した。
だが、どう突破する?
敵はファルシュと同等の強さ。それはアズラと死闘を演じるほどの化物。
その怪物に。
(勝てる)
ルスティヒが怪物を倒すための方程式を導き出した。
情報は揃っている。ならば勝てる。
報告書にはファルシュの他にこの存在が明記されている。
癒呪暴走体だ。
勝利の道筋が見えた事で焦りが無くなっていく。
ルスティヒが後ろで援護していたディアへ振り向き。
「ディア君。ちょっといいかな?」
冷静さを取り戻すために、緊張感のない声で呼びかける。
「なんだ騎士さん? 用があるなら早くした方がいいと思うが」
戦場の真っただ中でも、めんどくさそうに返事をするディア。
そんな彼を見てルスティヒは安心する。戦場の真っただ中でめんどくさそうにしていられるのは、余裕のある証拠。
ならば任せられる。
「君に一つ頼みたいことがある」
「ん?」
「奴の魔力を毒に変える攻撃、これを無効化する。手伝って欲しい」
サッと髪をひと撫で。
めんどくさそうに見るディア。
それは部隊の中心に余裕のある雰囲気を作り出す。
雰囲気に包まれながらもディアが何をするのかを尋ねる。
「それはいいが、具体的に何をするんだ? 先に言っとくが俺の剣じゃ勝てないぞ」
「剣は使わない。癒呪術式を唱えるんだ」
「おいおい・・・、騎士さん話は聞いていたのか。術式は奴らの餌食になるだけだ。もっとまともな」
「まともさ。それに癒呪術式を唱えるだけで勝てる」
勝てると宣言するルスティヒ。
ダメージの感じられる息を吐きながらも、人差し指を立て一言。
「まぁ、一工夫しますけどね」
「?」
ルスティヒの意図を理解できないままその作戦は始まった。
指示に従い術式に長けたディアを中心に、術式使いたちが輪になって並ぶ。
やることは簡単だ。
順番に隣の相手に癒呪術式を施していくだけ。
ディアはその時に消費される魔力と、癒呪術式で回復した魔力を監視する。
常に回復量が上回るように調整する役割だ。
だが、それが何だというのか疑問が消えない。
(一体何の意味があるんだ? 本当にこれで何とかなるのか?)
中心に立つディアは疑問と不安で一杯だが、それを消している時間はない。
癒呪暴走体兵がもう目と鼻の先に迫っていた。
前衛の騎士たちと激突し剣と魔装がぶつかり合う。
ディアは腹をくくる。
「ちくしょう! おい! いつでもいいぞ!」
「始めろ!!」
合図と共に騎士たちが癒呪術式の発動を開始した。
騎士たちの肉体の損傷がみるみる回復していくが、当然魔力の汚染が始まった。
癒呪術式を発動するために必要な魔力が毒に変換されていく。
監視役のディアには、黒い泥が騎士たちの体の中に入り込んでいく気持ち悪い光景に思えた。
堪らず叫ぶ。
「魔力が毒に変わり始めたぞ!? どうするんだ!」
焦るディアに対して、焦りが消えたルスティヒは落ち着いて答える。
「誰が汚染された?」
そんなことを聞かれたディアはさらに焦る。
「そんなこと聞いている場合か!」
「いいから答えるんだ」
何か狙いがあるのかルスティヒはそこを重要視した。
ディアもルスティヒの狙いが分からない以上、今は信じて従うしかない。
「~っ! 俺から見て右から2番目、こいつだ。その次も毒に侵され始めている」
「今唱えた癒呪術式を魔力ごと破棄するんだ! 一人が破棄するまで次は癒呪術式を継続、いいな!」
魔力を汚染された騎士が指示に従い癒呪術式を魔力ごと破棄する。それを連鎖的に。
そこへすかさずルスティヒが次の指示を飛ばす。
「次の者の癒呪術式破棄を確認次第、癒呪術式を再開。それを淡々と繰り返すんだ」
作戦は、癒呪術式を淡々と隣の者に施しては、魔力汚染を確認次第破棄を繰り返すという単調なものだった。
ただ黙々と騎士たちはそれを繰り返す。
確かに汚染された魔力を破棄すればそれ以上の浸食は防げるが、再び唱えてしまえばまた汚染される。
汚染と破棄を永遠に繰り返している。
これでは魔力の浪費だ。
ディアは、この作戦はミスだと判断する。
確かにこれなら癒呪術式での回復はできる。
が、敵の汚染の所為で魔力を異常に消費し話にならない。
ディアを監視役にしたのは、この異常消費を制御するためだろうが、僅かでも回復量が下回れば癒呪術式の循環は止まってしまう。
騎士たちの魔力量を見守りながらディアはルスティヒの方を見た。
ディアの目は語っている。お前を信じてよかったのか? それとも間違いだったのか?
疑心の目を。
その目を見たルスティヒは爽やかに笑みを浮かべて、前方に迫りくる癒呪暴走体兵へと突撃指令を下した。
「ディレクトア騎士団突撃! 私に続け!」
その指示にディア信じられないと口を空ける。
敵の攻撃を無力化もせずに突撃?
自殺行為だ。
ディアが作戦を放棄し、援護に入ろうとしたその時。
「良く信じてくれましたディア君」
ルスティヒがそう呟き、癒呪暴走体兵に剣の一閃を刺し込んだ。
真紅の仮面を着けた首が飛ぶ。
ディアは何が起こったのか理解できなかった。
癒呪暴走体兵の動きが鈍っている。さらにはその名の通りの暴走した回復も発動が遅い。
(・・・これはッ! 何故いきなり? だがいける!)
ディアが勝てると判断するのを分かっていたように、騎士団が火の術式を無数に叩き込んだ。
肉が焼け、回復を上回るダメージが加わっていく。
破竹の勢いだった癒呪暴走体兵が堪らずに後方へと距離を取る。
それを見たエリウが思わず声を漏らした。
「すごいニャ」
不死の怪物に確実なダメージを与え、不死者を不死たらしめる無限回復を封じ込めて見せた。
作戦は成功だ。
ルスティヒが術式の使用許可を出し防御術式を展開していく。
避けることしか出来なかった術導機の攻撃も堂々と受けることがこれで出来る。
そして、術式を使用しても問題ないことから敵の魔力汚染もなくなっている。
「報告書通り。魔力汚染は魔装の能力を術式で観測し永続化したもの。私の読み通り永続的に魔力を消費しているということで当たりでしたね」
永続的に魔力を消費。この一言でディアもいったい何をしたのか理解する。
「そうか! 魔力枯渇を誘発したのか。・・・いや? 待てよ。癒呪暴走体は無限に回復するんだ。枯渇のしようがないじゃないか、どうやったんだ?」
理解した途端に矛盾に気付く。
そんなディアにルスティヒは答えを聞かせる。
「簡単です。回復を上回る消費をさせればいいのですよ。奴らは無限の回復に加えて魔力汚染にも魔力の消費を裂いていた。そこへ魔力汚染に裂く量がいきなり増えたらどうなりますか? 癒呪暴走体は傷の無い肉体を再現している。それは魂の無い過去の情報、固定化された回復量しか得られないということです。回復量が固定なら増加する消費に魔力が持つはずがない。分かりましたか?」
自慢たらしい説明にディアが少しイラっとするが、ルスティヒの作戦は見事だ。
魔力の無駄遣いをしていたのは自分たちではなく、敵の方だったとは。
むしろ、ディアたちは癒呪術式の連続使用で万全な状態にまで回復している。
ディアは思う。認めざるを得ないだろう。
この男を自分たちの副団長と。
「へっ、いいね俺好みの展開だ。で、次はどうするんだ副団長さん?」
「おや? もう知っていたのですか」
「ニャ! こいつあちしらの副団長ニャのか!」
「少し早いですが、これからよろしくお願いします。そして、止めを刺しに行きましょうか」
術導機に殴りつけられて全身ボロボロのはずなのに、最前線に出ていく副団長ルスティヒ。
これが彼の戦い方なのだ。
最も真実が見える最前列に出ていき、最高の一手を打つ。
そんな彼に続くように、エリウ、ランツェ、ディアが横に並び立ち。
「「「了解!」」ニャ!」
癒呪暴走体兵に止めを刺すため走り出した。