第百七十三話 首都強襲
突然の空の異常。
それに合わせるように現れた空に浮かぶ巨大な鉄の城。
首都ウェスタの人々はその光景を見上げ何が起こっているのかと疑問の声を上げていく。
皆の視線を集めた巨大な城は静かに漂い、無数の光を点滅させ。
そして、疑問の声が悲鳴へと変わるのにさして時間は要らなかった。
その場にいた誰もが認識する前に、シェレグ城が攻撃され崩落していく。
アズラたちが気付いたのは、その轟音と光。自分の身に叩き付けられる衝撃を持ってようやく気付くことができた。
「ぐぅ! シェレグ城が!」
ルスティヒが絞り出すように声を上げる。その声が誰にも届かないとしても。
上げざるを得ない。今、ベスタの中枢が破壊されたのだ。
シェレグ城から最も遠い第一城壁にいるのに、ここまで吹き付けてくる爆発の衝撃。
ハッキリと見える崩壊していくシェレグ城の姿。
ルスティヒが剣を抜き敵に向かって構えた。
遥か上空にいる鉄の城、空中戦艦第二番艦ヌークレオに向かって。
だが。
「高すぎる・・・。一体どうやってあんな質量を浮かべているんだ!」
届かない。
敵は遥か上空だ。空に穿たれた穴に鎮座しこちらを見下ろしている。
小鳥が飛んでいる高度ならまだ弓で撃ち落とせる。それより高い場所を飛ぶ魔獣でも術式があれば対処できる。
しかし、あの鉄の城、空中戦艦第二番艦ヌークレオには届かない。
遠距離攻撃術式ですら射程外だ。
ルスティヒ以外の騎士たちも剣を構え陣形を展開していくが、敵への有効策がない。
それでも、彼らはベスタ公国が有する精鋭ディレクトア騎士団。
瞬時に市民の避難誘導、防衛術式を張り巡らせる。
準備は出来た。
アズラが魔装を構築してく。両腕に魔力が集まり白銀の魔装が両手を包む。
さらに、その魔装に魔力を注いだ。
白銀の手甲に赤いラインが入り液体が流れるように走り抜け、指を覆う魔装が黒く変色する。
手甲から腕輪のような赤い輪が浮かび上がり強く明滅して。
第弐魔装・絶対魔掌を完璧に使いこなしていた。
アズラの魔装を見たルスティヒはその勇ましさに歓喜の声を上げる。
「おお、初めて目の当たりにしましたが、それがアズラ様の魔装!」
「無駄口は後にして。騎士団は防衛に徹してちょうだい」
「アズラ様は? まさかお一人で!」
ルスティヒの予感は的中した。アズラは一人であの空に浮かぶ鉄の城と戦おうとしている。
呼び止めようとルスティヒが腕を伸ばすが。
「騎士ルスティヒ! ディレクトア騎士団と連携してフローラを守りなさい! 私にあなたの実力を見せるのでしょう? なら、このぐらいの窮地。跳ねのけて見せて!!」
「・・・! 仰せのままに!!」
アズラの力強い言葉がルスティヒの胸を叩く。
フローラの護衛をルスティヒに任せたアズラが火と風の術式で一気に空へと飛び立った。
背中に風の渦を発生させその中心に高密度の熱エネルギーを爆発させる。
風の渦によって一方向に吐き出される爆発のエネルギーは推進力となり人を軽々と飛び上がらせる力となる。
それを二つ。背中に展開し、アズラは自由に空を駆ける翼を手に入れた。
一瞬にしてフローラの乗せた馬車とディレクトア騎士団が小さくなっていく。
気付けば首都ウェスタを一望できる高さまで飛び上がっていた。
そして、敵が射程圏内に入る。
それは相手も同じだ。
空中戦艦第二番艦ヌークレオから無数の光が瞬いたと思った直後、爆発が襲い掛かる。
目で捕らえることが不可能な攻撃がアズラに向かって飛んできているようだ。
全力で回避をしながらすかさず、魔装に魔力を籠め乱気流を生み出し可能性を掴む。
敵の攻撃が逸れる可能性の中に隠れていく。
相手から見ればただの風を纏っただけで、まったく攻撃が当たらなくなったように見えるだろう。
荒れ狂う風とそこから生まれる攻撃を逸らす可能性はアズラを守る不可視の壁だ。
怒涛の如く撃ち込まれる火球を全て弾きながら。
アズラはそれ以上の火球を手の平で生成する。
「まずはお礼よ。城のみんなをよくもやってくれたわね!!」
超高密度のエネルギー弾。
高すぎるエネルギーは、周りの空気すらプラズマへと変換し紫電を撒き散らしながらアズラの手より解き放たれる。
術式による可能性の選択のみでエネルギー弾が独りでに動き出し、前へと手をかざすとそのまま真正面へと打ち放たれた。
光が爆発的に広がり、空を埋め尽くす。
空に雲も何もないポッカリとした空間が無理矢理に生み出され、光が収束し消滅した後を見たアズラが苦笑いにも似た表情を浮かべた。
光が消え失せた後に浮かび上がったのは、広大な術式のコード群。
空中戦艦ヌークレオを上回る規模の大きさの幾何学模様がアズラの目の前に立ちはだかる。
幾層にも重なり合った術式が、多数次元障壁を作り上げアズラの超高密度のエネルギー弾を防ぎ切っていた。
「どんな可能性を再現したらこうなるのよ・・・!」
アズラの声に驚きによる震えが混ざる。
術式の規模。それだけではない。その技術レベルの高さ。
アーデリ王国がカラグヴァナ勢力の中で術式技術を司っていたと言われるほどのことはある。
ただの威力では突破できない可能性の壁。
アズラの用いたものよりもさらに高度な術式。それを実用化し戦力として配備している。
「だと、してもッ!」
背中の術式を操作し推進力を高めアズラが仕掛ける。
音速を超える速度をたたき出し、目の前の防衛術式に飛び込んだ。
幾層にも重なり絡み合う可能性の混沌。
それが敵の防御術式。
ならば、アズラは魔装でその全ての可能性を掴みねじ伏せる!
「ハァァァァァッ!!」
術式を物理的に掴み引き千切り、防壁に穴をこじ開けていく。
文字通り可能性をねじ伏せアズラが防衛術式を強引に突破しようと術式のコードから身を乗り出そうとした所。
一瞬だけ動きの止まったアズラに砲撃の嵐が叩き込まれた。
防衛術式という可能性の混沌に体の自由を奪われ、されに魔装の能力が防御に回せない状態。
知らず知らずの内に罠に誘い込まれていた。
爆炎が連続して膨れ上げる。
砲撃の嵐は止まることを知らずアズラを徹底的に叩き潰していく。
アズラを張り付けにした空中戦艦ヌークレオが次なる動きを見せた。
地面に向いた甲板の砲台が取り付けられていない部分が大きく開いて、中より術導機が出て来る。
汎用型アルコ2型。
アズラが国境沿いで相手にしたタイプだ。だが、その手先は砲身ではない。
腕そのものが巨大な剣となっている。その姿から接近戦特化タイプと容易に理解できる。
以前とは真逆の特性を持った術導機。
アルコ2型の型番に付けられた汎用型とは、状況に応じて武装を換装し臨機応変に対処できるという意味だ。
この接近戦特化タイプの武装を装備したアルコ2型は、アズラに止めを刺すための術導機。
その後ろに控えるのは、砲身を取り付けた遠距離特化タイプ。
首都ウェスタを砲撃するための部隊。
術導機たちが発進するとそれを許さんばかりに、張り付けにされていたアズラが吼えた。
「オォォォォォォォォォォ!!」
それを魔力探知で確認していたアズラが防御術式のコードを強引に縦へと引き裂く。
ガラスが砕けるように粉々になりながら崩れ落ちる防御術式。
そして、中から爆炎を突っ切ってアズラが一直線に飛び出した。
「退けェェェッッ!!」
目の前で迎え撃とうと巨大な剣を振り上げ突っ込んでくるアルコ2型。
だが、それがどうしたと怒りの表情を浮かべたアズラがアルコ2型が正面から激突した。
強大な魔力がぶつかり合いエネルギー波が迸る。
自分より遥かに巨大な術導機に一歩も引かないアズラ。拳一つでアルコ2型を弾き返して見せる。
破片を撒き散らしながら、アルコ2型が距離を取り態勢を立て直していく。
前のように一撃で沈まない。接近戦特化タイプに換装したため攻撃を受け流す挙動に優れている。
アズラの拳も受け流す。
一体に手こずっている間に、さらに2機のアルコ2型がアズラを包囲してきた。
「足止めということね。私さえ封じれれば勝てるってことかしら?」
アルコ2型の相手をしてる間に、遠距離特化タイプのアルコ2型が10機以上も首都ウェスタへと降下していく。
そこに畳みかけるように、空に穿たれた穴から別の戦艦が転位してきた。
敵はここで勝負をつける気だ。
ベスタが撒かれた餌に食いついて援軍を出し、ベスタ本国の戦力が低下したこの時期をアーデリ王国は待っていた。
新たに転位してきたのは、4隻の戦艦。
空中戦艦第二番艦ヌークレオよりは小型の船であり、兵の運搬を目的としたもの。
甲板が開き敵の主力が降下を開始する。
しかし、アズラは焦っていなかった。
むしろ、逆に嘲笑うぐらいに余裕の笑みを見せて。
右手を耳に当てながら。
「ええ、準備OKよ。奴らに思い知らせてあげて」
その手に展開した通信術式で通信相手にそう告げた。それをアルコ2型が確認するがもう遅い。
空に穿たれた穴が突如不安定になりいきなり収縮を開始する。
未だに穴の中にいた4隻の戦艦が、穴の収縮に巻き込まれ次元の狭間に飲み込まれていく。
慌てて穴から出ようと降下を開始するが、飲み込んだ得物を逃さまいと次元の顎が戦艦を咀嚼するように、噛み砕き4隻の戦艦を次々と爆発させた。
このために、ベスタは準備を進めて来た。
崩壊したシェレグ城からマルクたちが姿を現す。
崩落から奇跡的に逃れた異端技術管理区画は、万が一にも管理しているものが暴走してもいいように強固に補強されていたのが幸いした。
反セフィラ因子力場発生装置も無傷で稼働させることができたのだ。
「アズラ、空に穿たれた穴の状態はどうですかね?」
マルクが通信術式を介してアズラに問いかける。
返事はすぐに来た。
「大成功よ。穴を封じて、おまけに敵も撃破。大金星ね」
「このマルクの研究成果ですからね。当然です。だから後は頼みましたよ」
「任せて」
アズラの返事を聞くか聞かないか、そのままマルクは倒れ込んでしまう。
技術部門の者が止血をしろ! と叫んでいる。
マルクの背中からは血が流れ落ちていた。崩落に巻き込まれた時に機器を庇って受けた傷だ。
それでも、敵の退路を断ち援軍を一網打尽にしたのだ。
だから、後は仲間に全てを任せてマルクは意識を失った。
通信の途絶えた先にいるマルクに感謝を想いつつ、アズラは未だ健在な空中戦艦ヌークレオに視線を向ける。
彼女を取り囲むのは、接近戦特化のアルコ2型3機。
眼下に広がる首都ウェスタでは、遠距離特化のアルコ2型による砲撃が開始されていた。
援軍が途絶えても、退路が断たれても敵の目的は変わらない。
ここで首都ウェスタを落とす。
自分たちの頭上から降り注ぐ燃える戦艦の破片を振り払いながら、空中戦艦ヌークレオがその全機能を持ってアズラを迎え撃つ。
アルコ2型による突貫に合わせ、首都ウェスタに向けて全砲門を開いた。
「させない!!」
突貫してくるアルコ2型の懐に入り込み、逆に腹に風穴を空けて突破する。
爆発するアルコ2型を背に全力で手を伸ばし術式を展開するが、
容赦なく全砲門から火球が放たれた。
アズラが空に生み出した巨大な氷が砲撃を食い止めるが、防ぎ切れなかった一部が首都へと降り注ぐ。
「しまった!?」
そこに通信術式から声が入る。
「ご安心をアズラ様。この騎士ルスティヒの実力とくとご覧ください!」
「ルスティヒ!?」
降り注ぐ砲弾の雨。
それに対しルスティヒは冷静にディレクトア騎士団に指示を出す。
「市民の避難した場所を重点的に防御! 市街地から逸れた攻撃は無視して構わない。急げ!!」
ルスティヒの指示により首都を包むようにいくつかの防御術式が展開された。
全ての攻撃を防ぐことは出来ない。だが。
(市民を誰一人として死なせやしないッ!)
自分自身も砲撃の雨に晒されながら、さらに。
「騎士団長! 城壁に備え付けられている術式を起動させてきて欲しい。出来るか?」
「ああ。しかし、起動に必要な魔力は貴方の護衛を連れて行って、やっとと言ったとこだが」
「構わない。なに、当たりはしないさ」
この場で最も術式に優れていたディレクトア騎士団の騎士団長をある装置を起動させるために向かわせた。
それは、自分の防御が著しく低下するという事。
フローラの乗った馬車を守る騎士たちは動かせない。となると必然的にこうなる。
砲撃の雨を凌ぎ、次に備えようとしたルスティヒだが状況はさらに不利になっていく。
通信術式に声を乗せ。
「こちらの心配は無用です。それよりアズラ様は敵主力の撃破をお願いできますか?」
「何言って!? 術導機が城壁を突破したわ。第二城壁に後退して!」
「心配ご無用ですよアズラ様」
そして、通信から意識を目の前に迫るアルコ2型に向ける。
たかだか騎士の一人、踏みつぶそうと光の術式を展開して機体を強化し突っ込んできていた。
家を壁を通過していく砲身がなぎ倒し、ルスティヒに突っ込む。
ズズゥンッ!! と重い地響きが鳴り渡る。
そこに、一筋の光がアルコ2型の腕の関節に走った。
ピキリと小さな音を立て、肩の部分から綺麗に切断されるアルコ2型の左腕。
スタっ、とアルコ2型の後ろに着地し悠々と攻撃をかわしていたルスティヒが優雅に剣を構える。
「大雑把ですね。それではレディに嫌われる」
その剣には、彼の一族に伝わる特殊な術式が展開されていた。
使いようにとっては魔装と勘違いするほどの威力を秘めた彼の術式。
術導機など切って伏せてしまえる。
その勇ましい姿にアズラは本当に心配無用だったと安堵する。
ここからでも十分にその活躍が分かる。
だから自分も。
「ハァァァァァッ!!!」
足止めのアルコ2型を屠り、その勢いのまま空中戦艦ヌークレオの甲板にへとその拳を叩き付け、内部へと突入していた。
鉄の城にたどり着く。
侵入したのは広い空間の部屋だ。
恐らく格納庫。
大量のアーデリ王国兵がアズラを包囲していく。
ここからが正念場だ。
アズラは、魔装を握り締めさらに魔力を。力を籠める。
「どいつからでもかかってきなさい。相手になってあげるわ」
100人以上のアーデリ王国兵がアズラを迎え撃つが問題は無い。
その程度の人数では、アズラを止めることなど出来ない。