プロローグ 客人は英雄のようで?
優雅に椅子に腰かけ書類に目を通していく一人の少女がいる。
用意させたハーブティーを口に含み一息つき、また、書類に目を通していく。
高貴な雰囲気を漂わせ背中まである金髪の髪をなびかせる。
彼女の青い瞳に目を通された書類は次々と積み重ねられるが、その動作一つも優雅に見せてしまう。
すべての行動に妥協を許すことなく、彼女は振る舞う。
深紅のドレスがそんな彼女をさらに引き立てていた。出会った瞬間に目に飛び込んでくる高貴な金髪と深紅で包まれた彼女。
一度見れば二度と忘れられない強烈な存在感。
そんなカリスマとも言うべきものを持つ彼女は、書類に目を通しながらため息をついた。
どこの町も国もその支配者となる人物が負うべき仕事はやはり管理だ。
彼女、フローラ・ウィリアルナ・ベスタは、ベスタ公国の公女である。
公国とは、王族ではなく貴族などの権力者が治めている国だ。
フローラは一国を治めるベスタ家の長女として生まれ、一族の名に恥じぬ働きをしていた。
今も書類に目を通し財政をどうしようかと思案を巡らせている。
だが次から次へと追加予算が必要な案件が飛び出してくる。
フローラの父であるウィリアム公爵は出兵の件でそれどころではない。
彼女の国はてんてこ舞いだ。
彼女の国、ベスタ公国は大国カラグヴァナ王国の属国である。
宗主国のカラグヴァナ王国を中心に四公国と呼ばれるケレス公国、ベスタ公国、ヒギエア公国、エウノミア公国で構成された大国。
大国の重要な存在である四公国の一国としてベスタ公国は存在する。
世界最大の帝国であるディユング帝国と肩を並べるカラグヴァナ王国は、かつて他国を侵略し大国化した歴史があり、そのためか、今も紛争が絶えない。
ベスタ公国もかつては独立国だった。だが、遠い昔に王族が全滅し歴史の波に呑まれて属国となった。
属国とは宗主国の威を借りて国として存在している。なら宗主国を守るために敵国への先兵にもならなければいけない。
ベスタ公国は、自国の問題と紛争に自軍を派遣せねばいけない問題に挟まれていた。
フローラが頭を悩ます訳だ。
まず一つ、
自国の問題とは、ここ数か月続いた干ばつのせいで、食物が不足し各地で数々の問題が発生してることだ。
食料の不足で暴動の発生、少ない物資の奪い合いで治安の悪化、そこにつけ込んでのツァラトゥストラ教の発言力増大など挙げだしたら切りがない。
カラグヴァナ王国圏はツァラトゥストラ教信者が多数を占めているが、政治にまでその根は伸びていない。
そのためか、王国圏のツァラトゥストラ教徒たちは勢力拡大に躍起になっていた。
そして、もう一つ、
紛争を当事国が解決出来ずに自軍を派遣せねばいけないほどの問題。
当事国とは、カラグヴァナ王国だ。そう紛争は自国領内で発生している。
原因は、四公国の一角、エウノミア公国の反乱。王国に従い守護すべき公国が主に牙を剥いたのだ。
紛争はもう2年目に突入している。戦力比で考えて、4対1の圧倒的劣勢のエウノミア公国が破竹の勢いで進軍してくるのだ。
ついには、フローラのベスタ公国領を脅かすまでになり、彼女の悩みの種を一つ増やしていた。
そんな問題を抱えても彼女は黙々と公務をこなす。
自分がやらなければ問題は解決しないのだ。父は王都で今後の軍事編成会議に参加している頃だろう。
「ふぅ・・・」
一息つこうとしたら思わず声が出てしまった。フローラは妥協を許さない。コホンと咳払いし気持ちを切り替える。
切り替えようとした彼女の前に、お代わりのハーブティーが置かれる。
気持ちを引き締めるのも大事だが、リラックスも重要だ。
「あら、気が利きますわね」
「いえいえ、姫もお疲れのようですし、ちょっと休息が必要かと思われますね」
「まだ、半日ほどのようですけれど?」
「もう半日です」
そういいながら、フローラに休憩を促す男。
名は、マルク・ジョージルナ・スガン。
アズラと同い年ぐらいの背格好、色の抜けたボサボサの金髪だが彼も青い瞳をしている。
付き人のようだがその恰好は白衣を身に纏っており、彼女とはとても釣り合わない。
マルクの職業は研究者だ。この世界での生活に欠かせない術式のさらなる発展を模索する者の一人。
彼は、ベスタ家からの出資で研究しているのだが、あまり成果は芳しくないようだ。
せめて追い出されないようにと始めた付き人だが、なんだかこっちの方が板に付いてきた。
「今日も食料支援の要請が来てたんですかね」
「ええ、まるで足りないからもっと寄越せといってきてますわ」
口にハーブティーを含み、鼻腔に香りを広げていく。
スッと含んだハーブティーを飲み込みその味と滑らかさを味わいながら会話を続ける。
「やはり、クル豆の大量栽培を進めておくべきでしたね。このマルクが折角提案したというのに」
「それには感謝しているわ。おかげで、王国軍に食料供給ができて出兵せずにすんだのですから。今となっては、それも無駄になってしまいましたけど」
「我々の分が確保出来なかったかー・・・」
マルクは頭を抱えてうなだれる。自分たちのために栽培した食料が軍に持っていかれるなど予想外だったようだ。
干ばつが続いていたのなら、どこもかしこも食料不足で軍も例外ではないはずだが。
マルクはちょっとオツムが足りないのかもしれない。職業は研究者なのに。
「国民たちはわたくしが食料を軍に売ってしまったと思っているようですわね」
「それは違います。姫のおかげで徴兵されなくて済んだのですからね!」
「ええ、でも結果は彼らの胃を満たしてやることができなかったのですから、そう思われても仕方がないのでしょう」
そう口ではいうものの、やはり納得いかないと顔に出てしまっている。妥協を許さない彼女は今はそのことに気付かない。
気付いたらまた気を張り詰めてしまうので、マルクは見なかったことにして彼女を慰める。
「そんな彼らのわがままを許してあげられるのも姫だからこそです」
「ありがとう。少し気が楽になりましたわ」
だが、彼女は下々の者は上の者の気持ちなど分からないのだろうと考えてしまう。
彼女と会ったことがないのだ気持ちが分かるはずがない。
けれども、分からなくても努力は認めてほしいものだ。
フローラの父、ウィリアム公爵は国民に慕われているのに、何故、自分はうまくいかないのかまだまだ妥協している部分があるのかもしれない。
そう思うとフローラはさらに気を引き締める準備をする。
そんな彼女を見守る者たち、マルクや執事とメイドたちは彼女が人一倍努力していることを知っている。
全てに認められる必要はないと気付いてほしいものだが、優しい彼女は国民全員から不満を取り除きたいのだろう。
完璧主義のせいもあると思うが。
「そういえば、マルク、帝国から客人がいらっしゃるのですわよね?」
「そうですよ姫。なんでもラガシュの町を救った英雄だとか」
そういってマルクは手に持った書類を手渡した。
「英雄? 帝国は治安が良いと思ってましたけれど」
「名有りの傭兵団が敵わない魔獣を退けたとか。特別指定個体が出現したのですかね」
「特別指定個体を・・・」
「セトという人物だそうで。実際に会って話してみるのも良いのでは?」
フローラは少しこの話を疑っていた。名有りの傭兵団が敵わない魔獣を一人で?
それは、さぞかし立派な騎士様なのだろうかと考えたいが、呼んだ書類には15歳の少年とあった。
「そうね。そのセトというのに興味が湧きましたわ」
フローラは、英雄と呼ばれるセトたちに少し興味が湧く。
下々の出らしいが優秀とのこと、帝国とベスタ公国の連絡係に任命されるぐらいには使える人物のようだ。
自分とはまるで異なる種類の人間。
もしかしたら、思っている以上にすごい人物なのかもしれない。
そう思うとだんだん会うのが楽しみになってきた。
(ちょっと盛りすぎたかもしれない・・・)
フローラが会うのを楽しみにしている時、マルクはそんなことを思っていた。
書類に書いていない情報として、セトは英雄と呼ばれているとちょっと嘘をついてしまった。
そう言えば仕事ばかりの彼女が別のことに食いつくかと思ってのことだったが、効果抜群だった。
マルクは頭を抱える。どうしよう、セトって奴が大したことなかったらどうしようと失礼なことを考える。
残念だがセトは大したことはない。
そんなセトたちがベスタ公国にやってくるのは、約一か月後。
公女と少年の二人が出会う。
お待たせしました。第二章スタートです